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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
156/256

希望を持つということ

 


 案内役の魔族たちに連れられて、ソリューニャたちは大きな屋敷の一室に入った。


「人間風情にゃ勿体ねえが、今日からこの部屋がテメーらの檻だ」

「この部屋に鍵はねぇ。逃げたきゃ逃げるがいいさ」

「ただし! 部屋から一歩でも出てみろ? その瞬間から貴様らは客じゃねぇ」

「ちょっとでも長生きしたけりゃあここに籠って震えてな!」

「ヒャハハ!」


 下卑た笑い声を残して、案内してきた魔族たちは戻っていく。


 バタン、と音を立てて扉が閉まった途端、ハルが倒れた。


「あっ!?」


 手首の出血を止めていた氷が消滅して、再び流れ出した血が絨毯に広がってゆく。


「し、止血なのです!」

「ちょっと! コイツの目が覚めた時、何してくるか分からないわ!」

「でも……!」


 マオの制止も聞かず、ミュウは肩掛け鞄の中から布をひっぱり出した。そしてそれをハルの手首に当て、強く抑える。


「もぉ。ソリューニャからもなんか言ってあげてよ」

「……ミュウがやりたいなら、いいさ」


 ソリューニャも屈んで、ハルのマントを脱がせはじめた。マントにもベルトにもカートリッジが多々仕込んであり、ハルが戦闘を生業とする世界の人間であると再確認する。

 マオの言うとおり、助けられたことに油断するのは危険だろう。ハルの目が覚めた時、いきなり襲い掛かられる可能性もある。果たしてそれを防げるのか、ソリューニャには自信はない。


「ありがとうなのです」

「ううん。でも、回復魔導は使わないでね」


 今現在、撃てるヒールボールは制約により一発しかない。

 ミュウの回復魔導はおよそ一週間で一発撃てるようになり、最大で二発分までしか溜めておけないという制約がある。昏睡状態のソリューニャと、ウィミナ戦直後のレンに使ってからちょうど一週間ほどが経過しているから、ここで使ったとすると次に撃てるようになるまでまた少しかかってしまうのだ。


「……分かったのです」


 もしもその間にソリューニャやマオに何かあっても助けられない。それはミュウも理解していたから、彼女は使いたいのを我慢したのだった。


 ハルの手当てをする二人を見て、マオも折れたようだった。


「はぁ、分かったわよ」

「ごめんなさい。ありがとうですっ」

「……ズルいなぁ、可愛いの」


 マオは頬を染めて目を逸らした。




 ハルの止血を済ませ、彼を寝かせた三人はようやく肩の力を抜いた。

 緊張の連続で、息をつく間もなかったのだ。


「あーあ。三日分の疲れが一気に来たみたい」

「短い間に色んなことがありすぎて……くたくたなのですよ」


 窓から外を見ると、立派な城が見える。

 ここにくる途中でも見たが、どうやらここは城壁の内側に建てられた屋敷のようだった。


「……大変なことに、なったですね」

「そうね……」


 落ち着いて、先のことを考える余裕ができた今。ミュウはその閉塞された未来を思って顔を曇らせた。


 空の大陸、強大な敵たち。

 分からないことだらけだ。逃げ場もないこの空間に押し込められ、並みの心ではきっと押しつぶされてしまうだろう。


「こんな場所が、あったのですね」

「すごい魔力を感じるわ。きっとここも“聖域”なのね」


 聖域。

 主に人や魔物などからしか発生しない魔力だが、この世界にはそれが自然に発生する土地がある。それが俗に呼ばれる聖域である。

 ミュウが行ったことのある場所で言うと、フィルエルムの神樹周辺がそうだった。


「聖域……。あの魔族さんたちは、ここに住んでいるのですかね」

「魔族か。アタシは初めて見たな」

「私もなのです」


 魔族は、ソリューニャたちとは別の大陸に住んでいるとされる亜人族だ。見たこともない人もいるが、その存在はかつて起こった「戦争」とともに語り継がれている。


「私はあるよ。ていうか友達だよ」

「目が黒くて、耳が尖ってるのです?」

「うん」

「私とおなじなのです! それに、人とお友達にもなれるのですね」


 ダークエルフであるミュウも、竜人族であるソリューニャも、耳が尖っているという共通点がある。

 ミュウが聞いていた話では魔族は人間と戦った怖い敵だったが、マオの言葉を聞く限りでは全部がそうではないらしい。


「ここの魔族は私たちを仲間とは思ってないみたいだけどね」

「みんな敵、なのですかね……」


 孤立無援。未知なる土地で頼れるのはこの場にいる者たちだけ。この部屋から一歩でも出ることはできない。

 再び暗く落ち込んだ気持ちになったミュウだったが、ここでソリューニャが声を上げた。


「……! そうでもなさそうだ」

「え?」


 ソリューニャが手に握ったそれを突き出す。

 お守りだった。


「……っ!」


 ミュウも意味が分かったのだろう。慌てて自分のお守りを取り出し、魔力を込めて目を閉じる。


 確かな三つの反応があった。


「皆さん! 来てくれているのです!」

「嘘!? リリカたちも来てるの!?」

「ああ! きっと炎赫だ!」

「私たち、だけじゃないのです……!」


 にわかに差し込んだ希望の光は、彼女たちの鬱屈した心に巣食う絶望を幾分か和らげた。


「ミツキも来てるのかな? ヒバリさんは?」

「分からないです、けどきっと来てますよ!」

「ああ~~」


 マオが両手を広げて、仰向けに倒れた。


「~~っ、すっごく嬉しい!」

「アイツらはきっとここを目指してる。アタシたちも諦めちゃダメだ」

「はいですっ! きっと生きて……」


「みんなに会うのです!」


 それから三人は、手を取り合って笑いあった。

 一通り喜びを噛み締めたあとは、生きて脱出する算段を立て始めた。

 話し合いの途中で、ポツリとミュウが言った。


「なんか、いいですね。こういうの」

「え?」


 マオが聞き返す。


「私、こうやって捕まっちゃうのは二回目ですけど、その……」


 その気持ちを伝える言葉を探しながら、たどたどしく。


「変な話ですけど……ワクワクしているのです!」


 ソリューニャもマオも、黙って聞いている。


「えへへ……ごめんなさいです」


 ミュウは照れ臭そうに笑っていた。


「でも、これが希望を持つってことなんだなーって」


 ソリューニャも笑っていた。


「それはこんなにも嬉しいことなんだなーって……」


 マオも笑っていた。


「思うのです」


 言い終わってはにかむミュウに、堪えきれなくなったマオが抱き着いた。


「きゃーーもぅ! ミュウちゃんてばいい子ーー!」

「ぴゃあ!」


 マオにわっしゃわっしゃと撫でられて、ミュウが悲鳴を上げる。

 ミュウは身をよじって逃れようとするが、頬ずりを楽しむマオが許してくれない。サラサラの銀髪がするりと白魚のような指の間を抜けてゆく。


「ソリューニャー。ミュウちゃんちょうだーい?」

「ふふっ、ダメ。ウチの子だ」

「ソリューニャさんも助けてください~~!」


 ソリューニャは笑って見ている。

 一通りミュウを愛で終わったマオが肩で息をしながらぼそりと言った。


「あー嫁に欲しい……」

「…………」


 ミュウは思う。実は危ないのはミツキだけでなくマオもなのではないかと。


「あっ!」

「なんなのです?」

「もっかい抱きたくなった!」

「ひぇっ!?」

「待て待て~~!」

「助けてソリューニャさぁぁん!」


 少女たちのひとときは姦しく過ぎてゆく。





 こうして天空の初日が終わる。

 それぞれがそれぞれの出合いを、それぞれの戦いを経た。しかし降りかかる困難はまだ終わらない。

 複数の思惑が交差するこの雲の上で、舞台は試練の二日目へと移ろうのであった。

ミュウサイド一日目ラスト。


ソリューニャ・ミュウ・マオ・ハル:白い都市にて軟禁中。

ジン・ミツキ・カルキ:謎の遺跡にて魔族らと交戦後、休憩中。都市を目指す。

リリカ:オーガ族と接触、滞在中。

レン:原住民族チュピたちと接触後、リリカ(レン自身はリリカかジンか判別できていない)を目指し行動中。

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