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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
155/256

レンとエリーン 3

 

 


 レンの目的は終始一貫して仲間との合流である。そしてエリーンら魔族の目的は追手からの逃走だという。

 話し合いの結果、レンは彼女らに同行することにした。未知の環境で生き延びることを考えるなら、案内役の存在は極めて重要だ。彼女らの目的地が自分たちの拠点だということで、レンはルートの変更を余儀なくされたものの、それでも案内をしてもらえるというメリットは大きかった。現在は左回りに動くコース、つまりジンかリリカを目指している。


「今日はここまでです。何とか無事に来られました」

「ここって……中に何かいるんじゃねーのか」


 一行はしばらく進んだのち、とある洞穴に到着した。明らかに何かの生き物の巣だ。

 レンが聞くと、リラはかぶりを振って心配いらないことを伝えた。


「いいえ。いた、です。この巣がもう捨てられたものだということはあらかじめ確認していました」


 リラを先頭に洞穴に入っていくと、そこには荷物が置いてあった。

 どうやら今日は最初からここまで来る予定だったようだ。入口は植物に覆われて目立たず、ここまで逃げてこれば確かに一晩くらいは安全に過ごせるだろう。


「それにしてもでけー穴だな。どんな奴が棲んでたんだ?」

「クェクェでしょう。ただシ特別大きな」

「クェクェ? クェクェ……面白ぇー名前!」

「とんでもない! 極めて危険な怪物ですよ!」


 クェクェはニエ・バ・シェロに生息する夜行性の大型魔獣である。牙、爪、巨大な体躯といった獣らしい武器に加え、魔力によって針のように硬くなる体毛を持つ。

 基本的に人里を襲いに来ることはないが、もしも夜に縄張りに踏み入れば生きて戻ることはできないという。だからこそ夜は、たとえ逃走中だろうと出歩かない方がいいのだ。同じ理由で、夜は追手も来ない。


 リラとレンがそんな話をしているうちに、食事の用意が整った。

 簡単かつ味気ないものばかりで申し訳ないとリラは言ったが、レンにとってはここに来て初めての食事だったため、猛烈な勢いで自分の分を平らげてしまった。


「モっと食べますか? まだまだありますカら」

「いいのか!?」

「丸一日なにも食べテいないって、本当だったンですね。すごい食欲」

「おう! いやぁ~本当にありがとな!」


 あっという間に消えていく追加分。

 エリーンは自分の分を半分近くも残しながら、レンの食べっぷりを見ていた。


「お? エリーン、腹減ってねーのか?」

「い、いえ!」

「食わねーと強くなれねーぞ!」

「強く……ハイ……」

「……?」


 全員の食事が済んだところで、レンがリラに尋ねた。


「んで? お前ら、なんで追われてるんだ?」


 ここに来る途中でレンは自分のことは話したのだが、エリーンたちの事情はほとんど聞かされていなかったのだ。


「私はレンのこと、信じてもイイと思っています。巫女様、みんな、どうでしょう?」

「……はい。話してモ大丈夫です」

「巫女様がそう言うなら」

「私も悪い人じゃナイかと」


 エリーンが何やら含みある態度で頷くと、他の者たちも続いて頷いた。


「話したくねーならいいぞ?」

「いいえ。ただ巫女様には少し辛い話もあるのです」


 リラはそう前置きして、話を始めた。




 チュピの民。

 雲海に浮かぶ空の島、ニエ・バ・シェロの上に生活する唯一の民族である。

 彼らには代々不思議な力を持った「巫女」がいた。巫女の血統である宗家と、それを守る分家。この二つを中心にして一族はまとまり、平和に暮らしていた。


 しかし、おおよそ15年前のこと。

 静かな夜のニエ・バ・シェロに、突如として謎の人工建造物群が出現した。激しい火花を散らしながら広大な森の一部が消失し、広がる衝撃波が平和の終わりを告げた。


「そんなんあんのか……!」

「ツァークの向こう、ちょうどアノ方角です」

「それって、まさかソリューニャたちもそこに!?」

「その可能性は高いでしょう」


 ツァークとはニエ・バ・シェロの中心に聳えるあの山のことだ。チュピの民はそこを聖なる地とし、立ち入ることを決してしないという。


 人工建造物群からは侵略者たちが現れた。チュピの民が初めて見る自分たち以外の人類だった。

 外見の特徴が同じ者もいたが、だからといって分かり合うことはなかった。彼らはまったくもって侵略者であったのだ。そこに種族の同等性など意味を為さなかった。

 侵略者たちは島の開拓をはじめ、ツァークにも容赦なく踏み込んだ。当然チュピの民は憤慨し、抵抗した。しかし侵略者たちは数で勝り、また強大な力を持つ個もそろっていた。抵抗むなしく、チュピの民は数々の同胞を失った。生かされた者たちは島の案内のために駆りだされた。


 だがチュピの民は決して奴隷のような扱いを受けていたわけではなかった。チュピの民を見張る小隊は常に村の近くに在留するようにはなったが、彼らは見張るだけで不干渉を貫いた。従順であるうちは女を攫われることも無意味に殺されるようなことも決してなかったから、不自然なまでに自然な生活風景が戻りつつあった。

 侵略者たちからは“誇り”のようなものが感じられた。まるで自分たちの高潔を守るために手出しを控えているというような、奇妙な“誇り”。チュピの民も初めて抵抗した時の圧倒的な敗北を恐れて反逆を企てることもなかったため、互いは互いを意識しつつも歪な共生が成立していた。


 とはいえチュピの民の腹の底に溜まるものが全くなかったかというとそんなことはなく、むしろそれは表面上ではなまじ平穏な時が過ぎるものだから激しく抑圧されていた。


 事件が起きたのは三年前だった。

 巫女の家系に生まれる女は代々不思議な力を発現させるが、その力を求めて侵略者が巫女の身柄を求めたのだ。

 もともと宗家と分家、つまりはチュピの民の中核は意図して残されていた。それは侵略者たちが不満を抑えるためや民の自治のためにあえて生かしたという理由もあったが、民が巫女の力を秘匿していたからでもあった。

 しかしそれがついに知られた。巫女は大人しく従い、まだ力の発現していない娘を託し、連れられて行った。


「それが先代巫女……エリーン様のお母様、エイラ様です」

「!!」


 エイラが連れ去れれると、ついに民の抑圧された怒りは限界を超えた。

 エイラを取り返すために蜂起した彼らに対し、侵略者たちは道を開けた。全員白い都市へと通されて、そこで初めて侵略者たちの王と。


 ガウスと、対面した。


「ガウス……」

「その時私たちヲ率いていたのはウルーガで、実力も彼が一番でした。しかし彼はガウスに手も足も出ずに完敗しました」

「ガウスってそんなに強ぇのか」

「……ウルーガは一撃で顔の半分を吹き飛ばサレ、片目を失いました」


 エイラを返してほしい。それに対する回答は「時が来れば返すと約束する」であった。

 しかしそれで引き下がれるような状況ではなかった。ウルーガをはじめ、腕に自信があるものは一斉に攻撃をはじめた。


「この事件で私たちの多くが犠牲となりました」


 結末は凄惨たるものだった。見せしめとして多くの同胞が殺された。やがて戦意が完全に失せてしまっても、誰かが泣きながら命乞いをはじめても、無慈悲に摘み取られた。

 ここでもまたあえて生かされた一部は村へ戻り、自分たちの口から力に屈したことを伝えた。


 エイラはしばらく後になってからこの事件を知り、自分が招いたことだと言って自ら命を絶った。


「…………」

「こウしてエリーン様は……巫女と、なりました」


 残されたリラたちは新たに巫女となったエリーンを守ることをせめてもの手向けとエイラに誓った。

 これがチュピの民の窮愁の歴史でありエリーンの苦悩の記憶である。


「……そっか」

「一時は落ち着いていたのですけれど……最近になって再び敵は巫女様を欲するようになりました」


 エリーンは自ら敵に連れていかれることを選んだ。

 知る人は彼女の背中に亡きエイラの姿を見て涙を流したという。


 俯いているエリーンの手を、ミィカが握った。そしてレンを怯えの入り混じった目で睨みつける。


「……もう聞かねぇよ。悪かったな」

「巫女様を……お姉ちゃんをいじめタら、ダメ!」

「ミィカ……私なら平気だから……」

「ああ。いじめねー」


 聞くところによれば、この少女はエリーンの世話係として付いてくることを許されたのだという。それはエリーンにとっての人質でもあり、彼女が勝手なこと、命を絶つことを防ぐ目論見があったのだが。


「ずっと守ってたんだろ。こうやって」


 ミィカはまだ幼く、非力だが、エリーンを想う気持ちは誰よりも強い。それは分家だからとかエイラのことがあるからとか、そういうものが一切ない純粋に人としてエリーンを慕う気持ちだ。


「立派じゃねーか。すげぇよ」


 レンはミィカを認めた。

 そして彼女の言うとおり、エリーンとミィカが囚われてから何があったのか、レンは聞こうとはしなかった。




 リラたちはレンたちを残して外の見回りに出た。

 エリーンは膝の上で眠ってしまったミィカの頭を撫で続けていた。


「オレも眠たいや」


 レンはごろんと横になって目を閉じる。

 タフな彼もさすがに体力の限界だったのだ。


「レンさん」

「んー?」


 背を向けて丸くなるレンに、エリーンが声をかける。レンはそのまま返事をした。

 構わず、エリーンは言葉を紡ぐ。


「私は……私のタメに人が死ぬことがとても怖い」

「……ああ」

「食べ物……たくさんありました。きっと、今日ここにはもっと多くの仲間がいたはずなんです」


 食べ物の一部は税として敵に納める決まりとなっており、困窮するほどではないが決して潤沢というほどの食料はない。

 それでもレンに食べさせる食料が余っていたというのは。


「私を助けるために……何人が犠牲ニなったのでしょう」


 エリーンは震える声でレンに語り掛ける。


「それでも、私は……」

「生きてるんだから、生きなきゃいけねーよ」

「……!」


 エリーンの言葉を遮って、レンは静かに力強く肯定した。


「ミィカはお前が大好きだから。死んだら、ミィカは悲しいだろ」

「……ミィカ」


 やがてレンの方から寝息が聞こえてきて、エリーンは一人静かに泣き始めた。




 レンとエリーンの邂逅。

 これが後々、大きな意味を持つこととなる。

 それはすべてが終わって思い返された時、確かに一つの転換点となっていたのである。

レンサイド一日目、終了

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