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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
154/256

レンとエリーン 2

 




 球はレンの上半身を呑み込めるほどの大きさになった。

 そのくせスピードは変わらず、当たった時のダメージも比例的に膨れていることだろう。


「いつまで逃げる気だぁ? ギャハハ!」

「さっきの威勢はどうした! 手も足も出ないじゃないか!?」

「うっせー! 出すわ!」


 少女を連れて逃げながらレンは怒鳴り返した。とはいえ、守る対象たる少女がいたのでは近づくことも難しい。

 加えて球との距離は少しづつ縮まってきている。


「ちょっとそこにいろ、すぐ戻る」


 少女を近くの木に隠れさせると、今度はまっすぐ敵に向かって走り出した。


「お、来るぜ!」

「構えろ!」

「押しつぶせ!」


 球もレンを追ってくる。球に引かれながらではスピードも出せず、このままでは敵に近づく前に捕らわれてしまうだろう。

 そこでレンは飛び上がり、追いついた球に足を付けそれを蹴った。球の引力を振り切り、レンは瞬く間に敵の眼前に現れる。


「な!?」

「ほらよ、手だ!」

「かっ!?」


 まず狙ったのは球を操作する男。左アッパーが顎を打ち抜き、男を沈める。

 球は制御下から解放され、慣性のまま飛んでくる。


「んで、足だコノヤロウ!」

「げふぁ!」


 強烈な蹴りがガードの上から脇腹に突き刺さり、球を作った方の男も吹っ飛ばす。

 一瞬で二人を倒したレンは振り返りざまに球を抱きとめた。


「むおぉっ!?」


 中にはファーナスが埋まっている。

 レンは衝撃を押し殺すように転がり、木にぶつかった。


「げほっ! 思ったよりめちゃくそ重てーじゃねーかよ……」


 悪態をつきながら、レンは球を崩しにかかった。術者を倒しても崩れないのは圧力で固められているからだろう。それほどの圧力ともなるともはや小動物が生きていられる可能性も低い。


「ちぃ、生きてやがれよ……!」


 レンはなるべく負荷がかからぬよう気を付けながら球を崩してゆく。そして毒矢を引き抜いたとき、その矢じりに血が付着しているのを見つけると、レンは指をかけて一気に球を割り虫の息のファーナスを救出した。


「……毒もらってる。クソが」


 レンは毒矢が掠っていたのだろうファーナスの足の傷を見て舌打ちをした。これではそのうち毒で死ぬ。


「あーあ、気分悪ぃなぁ」


 どこかから毒矢が放たれた。レンは見もせずにそれをかわすと、右腕に風を集め纏う。

 いつの間にか敵はレンのセンサーの領域内に踏み込んでいた。

 風の揺らぎが移動する敵の居場所をレンに教えてくれる。


「おおっ……らぁっ!」

「!?」


 突風の比ではない破壊力を持った竜巻が、草木ごと敵を呑みこんだ。


「うぐああ! バカな、見つかっている!?」

「おう」

「ひっ!? なんで!?」


 レンは弓を捻じり折ると、敵を容赦なく蹴り飛ばした。そして髪を掴んで持ち上げると、拳を振りかぶった体勢で質問する。


「おい、毒消しは」

「あ、ぐ。な、無い……」


 レンは顔面を殴って淡々と、もう一度同じことを聞いた。今度は奪い取った矢筒から引き抜いた毒矢の束を握っている。


「毒消し」

「ひぇ! ほ、本当にない、いらない! 弱い毒でで死なない……しし痺れるだけなんだ!」

「……」

「嘘じゃない! やめ、だから刺さないで!」


 嘘ではなさそうだったから、レンは矢を突き刺す。

 敵はビクビク震えると泡を吹いて気絶した。

 一応調べてみたが本当に解毒剤の類は見つからず、レンはそのままそこから立ち去った。






 レンが戻ると、少女は球の残骸のところに座り込んでいた。


「おいおい、まだ敵が残ってるかもしれねーってのに。いや残ってないけどさ」

「あっ、あなたケガしてる!?」

「これは今受けたもんじゃねーよ。それより、ファーナスが毒受けちまったみたいでな……」


 レンは少女のところへ歩み寄ると、目を丸くした。

 瀕死だったはずのファーナスが元気よく木の実を齧っていたからだ。


「おわっ!? 生き返ってるーー!?」

「キーー!」

「うおっ、くすぐってぇ! あはははくしょい!」


 ファーナスはレンを見ると嬉しそうにレンに飛びかかって、彼の体の上を駆け回った。ふかふかの体毛がレンの鼻をくすぐり、レンは笑いながらくしゃみをする。


「ふふ、懐かれてまスね」

「いひひ、おい首はやめてくれ! お前、どういうことだこりゃ?」

(わたし)、ア、名乗ってナかったですね。エリーンです」

「オレはレン! こいつは非常食のフジミウサギ!」

「食べないデあゲてください! もっとかわいい名前を! あと別に不死身じゃ無いです!」


 一息で突っ込むと、エリーンは手を合わせて目を閉じる。

 するとレンの足元の地面がライトブルーに光り始めた。


「これは……」

「私の力です。ニエ・バ・シェロの加護がアナタを癒します」

「治癒魔導か! なるほどこれで……」

「ハイ! ファーナスの傷も悪いものもこうやって癒しマした。不死身じゃありません」


 光は少しずつ強まり、地上での研究施設戦とNAMELESS戦で受けた傷がみるみるうちに治っていく。そのスピードはミュウのヒールボール以上だ。

 もともと深い傷もなかったレンはすぐに全快し、エリーンは祈りの身構えを解いた。


「すっげーな」

「エヘヘ……はい。気になるトコロ、ないですか?」

「体の元気を一気に吸われちまったみてーだ」

「ゴメんなさい、傷を治すのって大変なことなんです」

「だいじょぶ、慣れてる。ありがとな!」


 レンは軽く体を動かして異常がないのを確かめると、エリーンの手を取った。

 敵を倒したからといって、戦闘があった場所に長居するべきではない。

 しかし、残党を警戒して感度を高めたままにしていたレンのセンサーが、再び不自然な空気の揺らぎを感知した。


「あ。エリーン。やっぱそこにいろ」

「え?」

「まだいたわ、敵」


 レンが言うと同時、覆面で口元を隠した魔族が一斉に飛び出してきた。全員、得物は小型の刃物だ。


「巫女様から離れろ!」

「っ!」

「あん?」


 レンにはこれといって心当りがなかったが、とりあえず武器持ちとの接近戦は不利なので空気砲を破裂させた。

 そして足が止まり、まともに目もあけていられない敵をまず一人、無力化する。


「ああっ!」

「女か」


 感触といい声といい、どうやら女性のようだ。

 しかし二人目を殴り飛ばす寸前で、エリーンが腰にしがみついてきた。


「おあっ!? 馬鹿、何してんだ!?」

「ダメですっ! やメて!」

「くっ、覚悟ォ!」

「とまって、止まりなさーい!!」

「うっ、巫女様……!」


 エリーンが叫ぶ。

 レンにナイフを突き立てようとしていた魔族はびくりと動きを止めた。


「えっ?」


 が、レンの体はしみ込んだ“癖”に忠実に従い、極めてスムーズに、動きの止まった敵を地面に引き倒していた。エリーンに体を張って止められていることなどお構いなしだった。


「がっは!」

「えええーー!? レンさん、ヤメてくださいってば!」

「すまん、つい癖で」


 レンはぱっと手を離すと、反撃されても大丈夫なように少し離れた。完全に信じたわけではないのだ。

 エリーンは倒れている魔族の元に駆け寄る。


「アノ人は敵じゃナいんです……」

「は……しかしその、見たことがなく……」

「助けてくれたんですよ。信じてください」

「巫女様がおっしゃるなら……はい」


 どうやらレンが引き倒してしまった魔族はこの集団のリーダーだったようで、彼女が合図をすると一斉に武器を下ろした。

 そして彼女が覆面を取ると、仲間たちもそれに倣う。驚くことに全員が女性であった。


「エリーン、敵じゃねーのか?」

「違いますよ! 私の仲間です!」

「おー、そうだったか。急に襲ってくるもんだから、てっきり!」

「こちらもてっきり巫女様が襲われているのカと……いえ、助けてくれたのでしたね。礼を言イます」

「オレも助けられたからな、おあいこだ」


 隊長はリラと名乗り、肩の力を抜いて微笑んだ。

 エリーンほどではないが若く、爽やかで色気のある美人だ。細められた目は柔らかく、とても戦いに身を投じるような雰囲気を感じさせない。


「私はリラです」

「レンだ! よろしく!」


 ひとまずの仲直り。

 それが済むと、レンは森の奥の辺りを指さして言った。


「で? じゃあもう一人、あの辺に隠れてる奴も味方でいいのか?」

「え?」


 不自然なものは何もない木々だ。

 しかしレンの言うとおり、木の裏側に隠れていた魔族の少女がおずおずと顔を出した。


「て、敵ジャないです……!」

「ミィカ! 無事だったのね!?」

「なんだ、仲間か」


 少女はとててと駆けてくると、エリーンに抱き着いた。

 エリーンも少女をしっかりと抱きとめると、二人は再開を喜び合った。


「巫女しゃまぁ……無事でよかったぁ」

「ミィカこそ私のタメにあんな無茶をして……心配しました……」


 どうやらあのミィカという少女も彼女らの仲間のようだった。

 いまいちよく分からない顔のレンに、リラが近づいてきて言った。


「巫女様とミィカは一緒に囚われていたのですけど、逃げ出すときにミィカは囮になったのです。そして巫女様を追う途中で合流しました」

「ほえ~。ちっこいのに勇気あるなぁ~」

「はい。あの子も私たちも、巫女様をお守りすることが使命ですが、あの子は特に巫女様を慕っているんですよ」


 傍から見ると、二人は本当の姉妹のようであった。

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