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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
150/256

悪夢の館

 


 光があまり届かない、鬱蒼とした森の中。


「昼なのに暗いなぁ。あ、蛇。わ、蜘蛛」


 野生児リリカ、たくましくも蛇や蜘蛛がいる茂みをかき分け。


「ケケケケケ!」

「うわぁ! あっち行けよぅ!」


 見たこともない、歯の生えた人食い鳥に襲われては撃退し。


「もぉ~……ここどこ?」


 歩き疲れたリリカは、森の中にひっそりと佇む屋敷の前に立っていた。


 黒い屋根に苔の生えた壁。ただでさえ不気味な外観ではあるが、何より人の気配が全くないということがリリカの恐怖心を煽る。


「ひぇぇ……」


 とはいえ、リリカにはこれを無視するという選択はなかった。

 地上での作戦で火山湖に向かった先行組のリリカたちは、持ち物を最小限に抑えてある。今のリリカは防寒コートと武器のグローブを装着しているくらいで、全くの手ぶらなのだ。当然食べるものなどない。


「ま、まずは調べなきゃね!」


 リリカは屋敷の周りを歩きながら、窓から中の様子をこっそり覗いて回った。ついでに鍵も開いてはいないかと期待してみたが、鍵はきっちり閉められていた。


「暗くて見にくい……」


 カーテンの隙間から中を覗いてみるも、全くといっていいほど見えない。

 これはもう入って確かめるしかないだろうという結論に至った。


「お腹すいたし……ちょっと眠いし……外は危ないし……うん」


 生きるために仕方ない。不可抗力だ。

 そう自分に言い聞かせて、リリカは正面玄関の両開きの扉の片側を引いた。鍵はかかっていなかった。


「う……重っ」


 扉はリリカの身長の三倍近い高さがあり、相応の重量があった。


「何もいませんように……」


 願いが通じたか、幸いにしてそこには誰もいなかった。

 リリカはほっと胸を撫でおろし、恐る恐る屋敷に侵入すると静かに扉を閉めた。


「お、おじゃましま~……」


 それに応答する者はいない。

 窓から差す光だけを頼りに、リリカは薄暗い屋敷の広い廊下を進み始めた。


「ふわぁ……おっきぃ」


 リリカが見上げる天井は遠く、玄関ほどではないが部屋の扉も大きい。リリカはまるで自身が小さくなってしまったかのような錯覚に陥った。


「もしかしたら大きなお化けの家かも……うぅ」


 数々の冒険を経て否応なく度胸が鍛えられたリリカだが、こういったオカルティックなものには滅法弱い。屍人の洞窟では恐怖で気絶したほどだ。


 やがてリリカはT字の突き当りに出た。左右は対称で、どちらに行けば安全なのかなど見分けることはできない。


「うーん、左!」


 こういう時に迷わないのがリリカの長所である。


「ふぁー。いけない、集中!」


 差し当たって必要なのは補給と休眠である。

 この屋敷を食糧を探しながら一通り見回った後は、安全そうな場所で寝ようと考えていた。

 もう昨日からずっと活動しているのだ。この緊急時においてももはや睡魔は無視できないものとなってリリカを悩ませていた。


「うーん、やっぱりどこかの部屋には入らないとダメだよねぇ……」


 分かり切っていたことだが、廊下にスープの入った皿が落ちていることなどない。厨房を探すべきだろう。


「よし、入ろう……!」


 緊張の瞬間である。

 ふと思いついて、扉を軽く叩いてすぐに隠れてみた。


「……よし」


 扉が開かれなかったのを確認して、リリカはそっと扉を開ける。


「お、おお……」


 広い部屋だった。長めの大きなテーブルとたくさんの椅子がある。

 そこが食堂であるということはすぐに分かった。


「もしかしてすぐ近くにあるかも!」


 リリカの予想通り、部屋の奥の方には厨房へと続く扉があった。

 なぜか鍵も開いていたが、リリカはその異常に気づかず中へ入る。


「大正解だぁ……!」


 調理器具が置かれているのをみて、リリカは目を輝かせた。食材もある。


「ごめんなさーいいただきまーす」


 リリカはまず白いパンのようなものを口に含んで、咀嚼して、飲み込んだ。粉っぽいが、穀物特有の仄かな甘みがある。


「……んん。食べられる! ちょっと薄味?」


 続いて、干し肉。


「おいしー! なんのお肉かな?」


 喉が渇いていたリリカは、半透明のぶよぶよとした実を手に取った。

 ひんやりと冷たく、手に乗せるとずっしり重い。


「果物、かな?」


 リリカは皮を剥こうと指でつまんでみる。

 すると皮が破れて、中に入っていた水がこぼれた。


「うわ!?」


 リリカの手には皮だけが残り、中身はリリカの手を濡らして床にこぼれた。匂いを嗅いでみると、その水からは甘い香りがした。

 果肉も種も無い、皮と果汁だけの実のようだ。


 リリカは二個目を手に取ると実を咥え歯で穴をあけて、中の水を吸った。


「んー、おいし! なんか薄いけど甘い!」


 ちうちう水を吸い尽くすと、ふにゃふにゃの皮だけが残った。


「面白い果物だなー」


 すっかり気に入ったリリカはパンのようなものと、干し肉と、水の実を腹がいっぱいになるまで楽しんだ。


「ふぁぁ……。うう、眠気が……」


 久々に腹が膨れると、今度は眠気が襲ってきた。

 しかし、こんなところで寝ては誰かが来た時にすぐ見つかってしまう。リリカは少しでも見つかりにくい安全な部屋を探して、再び廊下に戻った。


「……ん!?」


 リリカは、その異変にはすぐに気が付いた。

 独特のニオイがする。


「グルル……」

「わぁ……」


 眠気も吹き飛んだ。

 振り返ったリリカは、闇に溶け込む黒い毛皮と、闇に輝く双眸を見る。


「ガァウ!!」

「ひゃああああ!?」


 黒い犬だ。それもリリカより大きな犬だ。


 リリカは一目散に逃げだした。

 普通だったら戦っていたかもしれないが、不気味な屋敷の中で出会ってしまったインパクトが立ち向かうという選択肢を吹き飛ばしていた。


「バゥ! ガウ!」

「やああーー!」


 右に曲がり角。追いつかれる寸前だったリリカは横に飛び込んで三転、即刻立ち上がって逃走を続ける。

 黒犬は曲がり切れずに壁に身を打ったが、お構いなしにリリカを追う。


 再び距離が縮まっていく。


「来ないでーー!」


 分かれ道。直進か、左折か。


 リリカは左の道に飛び込んで走る。


「バウッ!」

「来てるしっ……! 行き止まりだしっ……!」


 後ろに犬の気配を感じながら、リリカは絵画が飾られたギャラリーを駆け抜け、正面の扉を蹴破った。


「あああああどうしよ~~……!」


 部屋に飛び込んだはいいが、今度こそ逃げ道は見当たらなかった。


 しかし、犬は入って来なかった。


「あれ?」

「グルルルル……」

「ひっ!」


 黒犬は部屋の入り口でうろうろとしているが、なぜかそれ以上先に来ようとしない。

 何かを警戒している。もしくは怯えている。

 それはリリカのような野生児にとっても無視できない“勘”だった。


「…………んぁぁ」

「!!」


 背後で何かが身じろぎした。

 リリカの肩が跳ねる。


「挟まれたっ!?」


 ここに居残るか、獣を正面突破するか。

 リリカは素早く決断すると、踵を返して黒犬に向かって走り出した。


 しかし、リリカが目指していた出口が消えた。


「あれっ!?」


 消えたというより、周りの壁と同化してしまったといった方が近いのかもしれない。

 触れてみても確かに冷たい石の触感があるし、獣の息遣いも聞こえなくなってしまった。間違いなく出口が壁になっている。


「うがああ! 目が!」

「ひゃ!?」


 部屋の壁に沿って配置された燭台の上。そこに置かれている蝋燭が一つずつ順番に灯りはじめ、やがて部屋中がオレンジ色の光に照らされた。


「か、勝手に光った……」

「がああ!」

「っ、それよりも!」


 リリカは苦悶の呻き声の主を見る。


 それは見たこともないような大男だった。

 筋肉質な体を柔らかそうなソファーに沈みこませている。

 下顎から突き出た牙と尖った耳を見るに人間ではないのだろう。右半分だけ残して刈られた頭髪には奇妙な模様の剃り込みが入っており、その厳つい風貌と合わせて威圧感を撒き散らしている。


「目! 目! 俺の目!」

「目!? 何のこと!?」

「があああああああ!」


 男がひときわ大きな悲鳴を上げると、異変は起きた。


「は?」


 部屋の真ん中に髪の長い女の生首が落ちてきたのだ。ごとり、と重量感のある音が鳴った。


「ひっ!?」

『ア、ア……』

「くっくくくく首ーー!?」


 怪しい屋敷の中。

 これからリリカは恐ろしい「悪夢」を見ることとなる。

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