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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
149/256

vs黒腕のマーヤ=ロール 2

 


 死闘を終え離れていく三人を、スクーリアはただ見つめるしかなかった。


 殺そうと思えば、殺せるというのに。


「スクーリア!」

「え?」

「無事か! そこで異人の死体がたくさん見つかったんだが」

「おい、ここにも死体があるぞ!」


 だんだん呼吸が浅くなっていくウルーガをどうすることもできずにいたところ、スクーリアの仲間たちが続々と現れた。


「ウルーガ様!?」

「おいスクーリア! 何があった!?」

「二人で見回りをしていたんじゃないのか!?」

「そんなことよりウルーガ様だ! 息はあるか!」

「……ある、が。巫女様の御力が必要だ……!」


 スクーリアはとにかくウルーガを運ぶことを仲間たちに訴えた。


「わかった。ところで、あそこにいる三人は?」

「まさか、ウルーガ様をやったのは……!」

「待って、違う!」

「だが」

「全部私が話すわ。だからとにかく今はウルーガを」


 仲間たちはまだ何か言いたそうだったが、ウルーガの容態が悪いこともあり、スクーリアに従った。


「……」


 ジンたちとは反対方向に歩きながら、スクーリアは立ち止まって振り返った。

 何者かは分からない。味方ではないが、敵でもない。


 何かが起きる。いや、もう起きているのかもしれない。


「おい、スクーリア。どうかしたか」

「ええ、何でもないわ」


 仲間に呼ばれて、スクーリアは再び歩き出した。







「ギャアア!」

「ひっぶ!」


 断末魔を残して、魔族が倒れる。


「ふぅ、これで片付いたかな」


 魔族を斬り捨てたミツキの後に続いて、ジンとカルキが辺りを見回す。


 三人は、恐らくカルキが壊滅させたであろう部隊の駐屯地まで来ていた。

 カルキの落下地点はここから少し離れていたところだったらしく、すぐに兵たちが集まってきて戦闘になってしまったという。特に戦闘を望んではいなかったカルキは、落下時に駐屯地を確認していたがそこを避けてジンたちの落下点を目指したのだ。


「どれくらいテントに残ってるのか分からなかったからね。君たちを探すことを優先したんだ」

「ほとんど残ってなかったみたいだな。あの女……マーヤ? は離れてたみたいだし、まだ誰かが戻ってくる可能性もある」

「おお。急ごう」


 なぜ危険を冒してまで戻って来たのかというと、それは彼らの怪我の手当てのためだった。

 ここならば確実に物資があると踏んでカルキの案内でやってきたのだ。


「おれは見張ってるから」

「ジン、気を付けろ。まだテントに隠れてるかも」

「うっせ。わーってるよ」


 ジンは慎重に近づき、創造した鉄の剣を入り口のすぐ横に突き刺した。そしてそのまま剣を振り抜き、テントに大きな穴をあける。中に隠れる敵がいたのならば何らかの反応があるはずだが、それらしいものはなかった。


「よっしゃ大丈夫だ」

「まずは治療だな」


 最初のテントには薬も包帯も粗方揃っていた。


「ミツキ、外はどうだ?」

「うーん、誰もいないし、それがまた不気味だな」

「あん?」

「普通、全滅ってことはあり得ないんだよ。劣勢とみれば逃げて援軍を呼ぶし、非戦闘員がカルキに向かっていくわけがない」


 ミツキが語るこれは人間の軍隊の話だが、たとえ魔族だろうとまったく当てはまらないということもないはずだ。

 事実このテントは衣料品が集められており、衛生兵かそれに近しい性質の役割があったのは間違いないだろう。


(それ以上に奇妙なのはそもそも駐屯地があること自体なわけだが……)


 ミツキは思考する。


 マーヤが言っていた第七小隊という言葉から、かなり統率された軍隊が組織されていることが予想できる。それならば本拠地はあの白い都市にあるだろう。


 が、ミツキはそこに引っかかる。


(やはり変だな)


 違和の原因は文明レベルの格差だ。

 あそこには確かに近代的な都市があったのに、ここは木を切り倒して作った空間にテントという仮設の拠点だ。まだあちこちに切り株が残っていることからも、ここに拠点を構えてからそれほど経っていないと予想できる。


(あれほどの都市を作る技術があって、ここは未開の土地? ありえないだろ)


 この大陸は空にぽつりと浮かぶ逃げ場のない閉鎖空間。

 だというのに、だというのに。


「探険隊みたいだ。どこか別のところから来たような……そう、まるで最近になってから()()()()()()()()()()()……」

「んあ?」

「いや……今はいいや」

「おう、ミツキも手当てしてこい」

「そうしよう」


 それからしばらくテントを荒らしまわったが、運よく必要なものは十二分に集まった。

 腹は膨れ、怪我の処置もできた。

 ソリューニャたちのところまで行くために必要な水や食料、簡単な地図さえも見つかった。


「結局あれで最後だったな」

「そうみたいだね。拠点を完全に放棄したのかはどうも気になるけど」

「まぁそう警戒せずに。たとえ100人の敵だって、たった一人に半分殺されて頭も潰されては逃げ出すしかないものさ」

「経験則か。頼もしいね」

「だろ」


 ミツキからの皮肉を軽く受け流して、カルキは横になった。

 話し合いの結果、ひとまずこの場所で休息することになったのだ。


 ここに留まるということはそれなりの危険を伴うことは百も承知だが、未知の環境を歩くには疲労が大きすぎて危険であることを考慮して留まることにしたのだ。


「ま、増援が来たら今度こそ生け捕りで情報喋りまくってもらおう」

「さっきの奴生かしておけばよかったのに」

「迷ったんだけど、もしかしたら厄介な能力を持っているかもしれないと考えるとね。休むことを最優先に考えるならあれが一番安全さ」


 ミツキはテントの外で見張りをしながら刀の手入れをしている。


「それより早く寝ろ。この先いつ寝れるか分からないんだ、寝ないなら交代してくれ」

「はーい。ほら、ジンも休もうぜ」

「……俺は今すぐにでも助けに行きてぇんだよ」


 ジンは座り込んで、カルキに目を合わすことなくただじっと正面を睨みつけていた。


 ここに留まるという案に、一人反対していたのがジンだった。


「焦っても仕方がないさ」

「…………ああ」

「ま、さっきも言ったしこれ以上うるさく言うつもりはない」

「ああ。分かってんだ……」


 じっとしていられないのだろう。仲間たちが心配で心配で、それゆえ焦る気持ちはミツキにもカルキにもよく分かる。


「死ぬほど眠い。寝る」


 ジンは横になると、ほどなくして寝息を立て始めた。

 カルキはくすりと笑い、自分も目を閉じ、そして今日の出来事を思い返した。


(嫌な予感は今回も大当たりだったよ……ハル)


 心の中で語り掛ける相手は命よりも大事な友。

 彼の勘は相変わらずよく当たる。

 カルキはこうして大怪我を負い、ハルは謎の竜に連れ去られた。

 ここがどこか、敵は誰か、生きるための最善は何か。今はまだ分からないことだらけだ。


(君も無事で……)


 ただ一つ、確信して言えるのは。

 このままでは終わらないということだ。


 それから結局、ただの一人もそこに現れることはなく、不気味なまでの静けさの中彼らは休息を終えた。

 これから先に待つのは避けられない戦いばかりが待ち受ける修羅の道。ウルーガとの戦いも、続くマーヤとの戦いも、ほんのはじまりに過ぎなかったのである。




ジンサイド一日目ラスト。

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