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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
146/256

vsウルーガ

 


 ガラ空きの背中だった。

 その大きな背中の、肩甲骨のあたり。そこの筋肉が盛り上がったかと思うと、次の瞬間、腕が飛び出した。


「っ!?」

「なんだ!?」


 筋肉質な太い腕。

 見た目は全く同じ彼の腕だ。

 その腕がまるで背中を突き破る勢いで生え、そのままミツキへと伸びていた。


「ちぃ!」


 やむなくミツキはその腕へ、一閃。灰色の腕が飛んだ。

 かなりの手ごたえがあった。


「フンッ!」

「やべぇっ!?」


 だが敵はひるまず、振り上げていた右腕をジンに叩きつける。

 たとえ失敗したとしても、ミツキの攻撃が作った一瞬の隙はジンを救っていた。

 ジンが飛び退いた直後、拳がジンの残像をかき消しその下の岩を粉々に砕く。


「ぬおおお!?」

「逃がさん!」


 無理な体勢で跳んだジンは、今度こそ避けられない。

 やむを得ず、防御体勢をとる。


「ジン!」


 ジンと敵との間に、刀が現れた。

 敵は敏感に反応すると、横に跳んでミツキと刀から離れる。


「ふーっ、助かったぞ……」

「奴が刀を警戒してくれてたおかげさ」


 ミツキは表情を険しくした。

 敵は離れてはいるが、先程より二人との距離が微妙に縮まっている。


「今ので刀への警戒が少し薄れた。次同じことがあれば、きっと構わず殴られるぞ。もうハッタリは効きにくい」

「問題ねぇ。それよりあいつが魔導を見せたのがデカいな」


 ジンが敵を睨む。敵は背中から一対の腕を生やし、計四本の腕で油断なく構えている。


「ああ。ダメージは見られないが、感触は本物の腕だ。恐らく顕現化までいってる」


 顕現化。

 ジンなどが使う創造タイプの魔導はイメージを魔力へ投影し、イメージを再現するものである。これはあくまで魔力で、ジンが創造するものはすべて「鉄に近い性質を持った魔力の塊」と言い換えることができる。

 しかし魔導士は、莫大な時間をかけて創造魔導を習熟することで、現実に存在するものとして物を具現化できるようになる。これが一般に「顕現化」と呼ばれる現象である。


 ミツキがそう判断したのは、斬り飛ばした腕が消滅せずに残っていたからだ。

 本来、生成された魔力は生成者から離れると急速に性質を失い消滅する。ところが物質化すると性質が崩壊するまでの時間が飛躍的に伸び、たとえ体から離れようとも存在し続け、世界に影響を与え続けるのである。


「厄介だな」

「まったくだ」


 厄介なのは顕現化した腕ではない。

 それができるほどの時間を鍛錬に費やしてきたという事実、そして才能に裏付けされた実力である。


「ま、だからって負ける気はねぇけどな!」

「そうだね、例えば」


 ジンとミツキが一歩下がる。

 二人の足元に鋭利な刃物が突き立った。


「……増援でも来ない限りは」

「わはは」


 ジンがなげやりに笑う。

 ミツキは敵の増援を見てからこのジョークを言っていたし、ジンもまたそれに気づいていた。


「どうイうこと、ウルーガ!」


 増援は一人だった。

 身軽な格好の女で、当然魔族だ。

 彼女は四本腕の魔族の隣に立った。


「この地を汚す奴らだ」

「落ち着きなさい! 巫女様が……」

「もはや我慢ならぬ! どうしてこれを見過セルというのだ!」

「っ!」

「貴様はどうする、スクーリア!」


 スクーリアはウルーガの斬り落とされた腕が落ちているのを見て、覚悟を決めたようだった。

 薄い、楕円の形の刃物を両手に構える。


「ったく、面倒くせぇ」

「これ以上人が増えるまでに片を付けるか、逃げるか」

「逃げる? 冗談だろ」

「うん、冗談だ」


 ここはそれなりに高い壁で囲まれている。時間があれば登れないことはないが、ウルーガ相手にそれは自殺行為だろう。


「やるしかねぇだろ!」


 ジンが駆けだした。

 ミツキもそれに続いて走り出す。

 作戦は変わらず、ジンが隙を作ってミツキが決める。


「スクーリア、後ろの男に気を付けろ!」

「分かったわ!」

「俺はいいってか!? ゴラァ!」


 ジンが吠える。


「舐めんなコノヤロァ!」


 ジンは巨大な剣を創造すると、力任せに振り回した。

 文字通り手数に優れた拳闘スタイル相手には、距離を詰めない戦い方が有効だ。ジンの魔導ならリーチのある武器はいくらでも創れる。


「奇妙な術ヲ……!」


 ウルーガは大剣の刃に拳を合わせて、そのまま振り抜いた。

 普通ならば拳が裂けてもおかしくないような一撃、しかし拳には傷一つなく、かわりに大剣が粉々に砕けて消えた。


「げぇっ、マジかよ!」

「ウガアア!」


 ウルーガの四つの手には籠手が装着されていた。これが彼の手を守り、大剣を砕いたのだろう。


「いつの間に籠手なんて着けやがった!」

「ははっ、硬そー。斬れるけど」


 ジンが伏せた、その上をミツキが飛び出してウルーガと対峙する。

 ウルーガは突進の勢いそのままに、生やした二本の腕でミツキを狙って攻撃を仕掛けた。


「ウルーガ! 援護シます!」

「そう来ると思ったぜ!」

「嘘!?」


 ミツキ目掛けてスクーリアが刃を投擲する。

 それを読んでいたジンは飛び出して、ナイフでそれをはたき落した。そして、ウルーガの脇を抜けてスクーリアに向かおうとする。


「させン!」

「ごああっ! くっそが!」


 ウルーガの背中から五本目の腕が生えて、ジンを殴り飛ばした。

 しかしそれによって僅かに生まれた隙を見逃さず、ミツキはウルーガの胴体を狙って斬りつける。


「このっ!」

「うぬ……ぅ!」


 刀はウルーガの腹部から胸部にかけて浅く切り裂いた。

 しかし、致命傷とは程遠い。ウルーガは僅かに顔を歪ませると、凄まじい気炎とともに地面を殴りつけた。


「グオアアアアアアア!」

「くっ!」


 足場が砕け、ミツキは追撃より回避を選択してその場を離れる。


「浅かったか。けど、一太刀入れた!」


 敵に大きいダメージを与えられたことで、戦況はミツキたちの方に傾いてゆくだろう。


「ウルーガ! 今行きま……」

「げっほ! おい俺は死んでねぇぞ!」

「なっ」


 殴り飛ばされたはずのジンがスクーリアに向かって突進する。額は切れ、口からも血を流してはいるが、ジンもまた致命傷を負っているわけではないようだ。


「まずはテメーだ!」

「くっ、ウルーガ……!」

「自分の心配しとけコラ!」


 投げられた刃を凄まじい動体視力で見切り、それを最小限の動きでかわす。

 ジンは左手にトンファーを創造して、スクーリアに殴りかかった。


「よかった、生きてた」


 ミツキはほっと胸を撫でおろすと、冷静に現状を見直した。

 スクーリアはジンに任せて問題はない。だがジンは目に見えて動きが悪くなっており、たとえスクーリアに勝てたとしてもウルーガと戦えるほど余裕は残らないかもしれない。ただでさえ酸素が薄いのだ、急激な環境の変化がもたらすものなど、いざ自分の身になってもはっきり分かるものではない。

 となると、やはりミツキがウルーガと一騎討ちで勝つ想定をすべきであった。


「ガアアアア!」


 ウルーガももはやミツキを倒さねばならないと理解している。粉塵の中から飛び出したウルーガの腕は六本になっており、鬼気迫る表情でミツキを睨んでいた。


「必死だな……!」


 文字通り手数では勝てない。

 生やした腕は斬ってもまた生えるため、手数を減らすことも叶わないだろう。創造ではない腕ならば生えないだろうが、そもそも十分な手数があるのに生身の腕を積極的に出してくることはないだろう。


「ウオオオッ!」

「く、う、う、うっ!」


 ウルーガは籠手を着けた六本の腕で猛攻を仕掛ける。


(なんとか凌いで、本体を斬るしかない! 急所か、脚だ!)


 刀では受けられない。通常の剣と異なり、刀は“斬る”ことに特化している。その構造上、刀は特定の向き以外からの力に弱いのだ。たとえ魔力で強化していても、ウルーガの攻撃力の前には意味を為さない可能性が高いだろう。

 ミツキは滑らかな足さばきで器用に攻撃をよけながら、刀で敵を牽制しつつ下がる。


「オオオオオオ!」

「っ、ぐぅぅ!」


 敵も然る者だ。

 オリジナルの二本の腕は無闇に出さず、残りの四本でミツキを狙ってくる。しかも、ミツキが刀を振るえばそれが致命的な隙になるように、それぞれ別の方向から攻撃を仕掛けている。


 熱くなっていても、しっかりと対応してきている。

 ミツキはウルーガの強さを認めつつ、それ以上の冷静さでチャンスを窺っていた。


「……っ、く」


 時間が経てばジンが勝つことが見えているからこそ、ミツキは防御に徹しているのだ。多少無茶をして攻勢に転じれば勝てなくもないだろうが、あくまで目的はあの都市に行くこと。足に怪我でもしようものならば、それはもう負けと同義なのだ。


「っ!」


 そしてチャンスは巡ってきた。敵の潰れた左目、それによって生じる死角に入り込む。

 ミツキは神速の一振りで敵の腕を一本斬り飛ばした。


「ガア!」

「はあっ!」


 刃を返して、もう一太刀。

 さらに一本の腕を斬るが、敵の拳によって止められた。打ち所が悪かったため、刀は根元から折れてしまう。


「構わない! 千本刀!」

「グヌ!?」


 瞬時に手元に現れた刀を掴み、ミツキは一気に攻撃を仕掛ける。


「おおお!」


 一閃、刀を殴った拳が宙を舞う。

 立て直そうとしたのだろう、ウルーガが下がった。

 が、それ以上のスピードでミツキが前に出ながら突きを放つ。


「ガッ!?」


 ウルーガが咄嗟に体をかばい、刀は彼の前腕を貫通して止まった。

 ウルーガは刀が刺さったままの腕を振るい、刀はミツキの手から離れる。


「グウウーー!」

「まだだ!」


 しかし次の瞬間にはもう新たな刀がミツキの手に納まっており、攻撃は止まらない。

 さらにウルーガの進行方向上空にも刀は現れ、彼の死角から襲い掛かる。


「!?」

「わ、気づけるのか」


 微かな風切り音を聴き取ったか、召喚の際の魔力を感知したか。ウルーガは横にずれて直撃を避ける。

 だが、それすらもミツキの予測ルートの一つに重なる。ウルーガの腕がまた一つ飛び、生やした腕は四本すべて失われた。


「グ、うおおおおおおお!」


 ウルーガは渾身の力を込めて後ろに跳んだ。着地を考えない、とにかく離れるための力任せの動きだ。


「逃がすか!」


 あまりにも無理な跳躍。ウルーガは背中から落ちてゆく。

 しかし、敵の体が不自然に空中に留まるのをミツキは見た。


「ん……そういう!」


 背中から四本の腕が再び生え、それがウルーガの体を支えていた。そして、ウルーガはバック転するようにその体を回転させ、着地した。


「へぇ……って」


 ウルーガの四本の腕はまだ地についたままだ。

 そこでミツキは気づく。自分が今、一枚の岩盤の上にいることを。そして敵の指が岩の割れ目にかけられていることを。


「マズいっ!?」


 果たして予想は当たった。

 ウルーガはミツキの乗っている岩を力任せにひっくり返した。


「おわああっ!?」


 体が浮く。

 ミツキはほぼ垂直に持ち上がった足場を蹴って安全なところに着地すると、どこからウルーガが来ても対応できるように神経を研ぎ澄ました。


「…………」


 持ち上がった岩盤がゆっくりと倒れ、派手に砕けて砂埃を巻き上げる。

 それが晴れたとき、ミツキは己の失策を悟った。


「狙いはジンかっ!!」


 ウルーガはミツキに背を向け、真っすぐにジンへ迫っていた。ミツキも急いで後を追う。


「はあ!」

「おらぁっ! んん……あれは!」


 スクーリアと接近戦を繰り広げていたジンは、ウルーガの接近に気が付いた。


「マジかミツキの奴……」

「そこだ!」

「うっ!」


 仰け反ったジンの鼻先を刃が掠めてゆく。

 スクーリアを相手にしながらウルーガも相手にするのは、さすがに無理がある。


「粋な真似してくれるじゃねぇか!」


 ミツキも急いでウルーガの後を追ってきているが、間に合いそうもない。


「どっちも俺にくれるってか!? アァ!?」


 誰でもなく、自分を鼓舞するためにジンは声を上げた。

 絶体絶命のピンチだ。

 それでもジンは無意識のうちに壮絶な笑顔を作っていた。


 だが、水を差すように放たれる声。


「それは困るなァ」

「ヌ!?」


 ウルーガが咄嗟にしゃがみこんだ。

 魔力が風を切り、ウルーガの頭上を高速で過ぎてゆく。ウルーガが生やしていた四本の腕がまとめて転がり落ちた。


「テメェは……!」


 ウルーガよりも、スクーリアよりも早く。ジンが反応した。


「カルキ……!」

「やあ。ジン」


 カルキは笑って手を振った。

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