表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
天雷の大秘境編1 魔族と人間
142/256

高度10000M

 

 

 リリカはひんやりとした土に手をついて身を起こした。

 土。そう、土だ。


「すっごい……」


 そこはまるで知った森の姿だった。


「けっけっ。何か落ちてきたよなぁ?」

「ちょうど退屈だったからなぁ、どれ、このあたりだろう」


 そしてそれは知らない“人”の姿だった。


「わぁ! 何だろう」

「おぉ、人だ……人?」

「人じゃない、人間族の子供だぜ!」


 黒目と白目の色を入れ替えたような目をした「人」だった。肌の色も微妙に赤みがかっているし、耳も尖っている。

 “人間”でないのは明らかだった。


「人間族! やったじゃねぇか、コイツを連れ帰ればすげぇ手柄になるだろ、ザギ!」

「そうだな、ギザ!」


 筋肉質な体をした一人(ギザ)がリリカに槍を向ける。

 腹の出たもう一人(ザギ)が鎚を担ぐ。


「うわ、やっぱ味方じゃないんだね」


 リリカは少し落胆しながら、上着を脱ぎすてた。



 散り散りになってしまった仲間たち。とにかく今は合流しなければならない。

 決意とともにリリカは構える。

 同時に思い返していた。

 ついさっきまでの、信じられないような出来事の連続を――――


 ◇◇◇





 ソリューニャたちが漆黒の竜に連れ去られたのも、深紅の竜がそれを追って雷雲に飛び込んでいったのも、レンたちは地上から見ていた。


「ソリューニャ! ミュウ!」

「どどどどうしよう!」

「追うぞ!」


 追いつけるはずはない。それでも走らずにいられない。

 頼みの綱は、深紅の竜だった。


「ああっ!」


 しかし、リリカが声を上げて空を指差す。言われるまでもなく、レンたちも空を見上げていた。


 気づかないはずがない。

 深紅の竜が雲を突き破って堕ちてくる光景など。


「マジかっ!?」

「悪夢かよ!」


 竜は何とか翼を広げ、大地との衝突を回避した。だがその体には明らかに力がなく、滑空するように湖へと滑り込み、岸にぶつかって止まった。


 レンたちは再び水を浴びることになったが、もはやそれを気にも留めず、竜の下へと駆け寄った。


「おい竜! ソリューニャは!?」


 竜は特殊な魔力で、レンたちの頭に直接声を届けた。


『……飛ぶ、掴まれ……』


 返事にもなっていないような、あまりに唐突で訳のわからない返事だった。


「えっ、えっ」

「わかった、信じるぞ!」

「おらリリカ、来いよ」

「う、うん!」


 それでも判断は一瞬だった。

 事態は切迫している。もはや一刻の猶予もない。その明確な一つの事実が背中を押した。


 レンとリリカ、ミツキ、ジン。四人が掴まったことを確認すると、竜は飛び立った。


「なああああ!」

「ぐっ!」


 あっという間に大地は遠ざかり、黒雲に近づく。

 ヒバリから預かっている魔導水晶を使い、さらに竜の魔力で保護されてなお、体にかかる負荷は凄まじい。


『すまないが、耐えてくれ……!』


 レンたちの身体を守る竜の魔力が、明滅を繰り返すように不安定だ。竜がこの世界にいられる時間はもうあと僅かなのだろう。

 風を操る術に長けたレンだけが、それでも引き剥がされそうになるのを堪えて返事をできた。


「あぁ、何でもいい! 急げ!」

『……!』


 竜は僅かにスピードを上げてそれに応えた。


『備えろ!』


 すでに雲は目前。竜は一言伝えると、掴まる者たちの体を覆う魔力を強くした。



 直後、リリカはただ爆発の中に放り出された。

 音が鼓膜を乱暴に叩く。衝撃が全身を貫く。


「あ……」


 ふわふわ、ふわふわ。漂う。


「リリカぁっ!!」

「っ!?」


 一瞬飛んでいた意識は、レンの声で引き戻された。竜から離れていた体も、レンの腕に引き戻された。


「手ェ離すな!! しっかりしろ!!」

「あ、ありが、とっ!」


 レンはリリカに被さるように竜にへばりつく。


 そして、雲を抜けた。

 風を切る音が、遮るもののない太陽が、そして「島」が。


「うおお!? んだありゃあ!?」

「島!?」

『主はあそこにいる』

「信じらんねぇ! うおおおお!」



 空に浮かぶ大陸は、圧巻だった。

 広大な雲海は文字通り海。蒼天には太陽。その大陸は海に浮かぶ島のように、雲に半身を沈めている。

 島の表層部は深緑に覆われて、側面はうっすらと苔が生えている様が見える。

 島から流れ出した滝が風に煽られて霧散し、島に虹を架けている。



 竜はまっすぐ島を目指す。しかし限界もすぐそこだった。

 突然ガクンと揺れて竜の体が落ちる。


「うおぁっ!」

「レン!」

「おぉ……サンキュ」


 リリカが腕を伸ばして、体が浮いたレンの腕を掴む。片方の腕だけで竜にしがみつくリリカは、レンが飛ばされてしまわないように必死に力を入れる。


「竜!」

『まだだ、もう少し……!』

「ああ、頑張れ!」

『む……!』


 竜はなんとか体勢を立て直し、一つはばたく。

 そして彼らは島の上空へと辿り着いた。


「おお、すげぇ!」


 島は全体的に森林に覆われており、中心には岩山がそびえ立つ。


 このどこかに、ソリューニャたちはいるのだろう。


「っ……!」


 ズキ、と痛みを感じて、リリカが小さく呻いた。

 痛みの元はレンを掴んでいる左腕の、カルキに受けた傷だ。


(あとちょっと……離さない!)


 リリカにはそれを見る余裕などなかったが、レンはリリカの肩から血がにじみ出しているのが見えた。


「リリカ!」

「え?」

「後で追いつく!」


 不意に、リリカの左腕にかかっていた重さが消えた。


「レン!?」


 どれだけ肩の傷が開こうとも、きっとリリカは意地でもレンを離さなかっただろう。

 だからレンは自分から手を振り払ったのだ。


「ううっ、レン……!」


 事実リリカは限界だった。

 自由になった左腕は無意識のうちに竜の鱗にその指をかけていた。右腕は痺れ、肩が悲鳴を上げていた。


(また助けられた……! ううん、代わりにあたしが頑張るんだ!)


 ぐっと奥歯を噛んで、決意を固める。


 ちょうどその時、竜が山を越えた。


『あそこだ!』

「!!」


 都市だった。

 ほとんど開拓されていないような森に、白い都市があった。

 その白さはこの島における唯一の異物のように、その都市と島とのアンバランスさを際立たせていた。

 都市はまるで、どこかから“持ってきた”かのように浮いていた。


「あそこにみんなが……」


 竜は都市へと飛んでゆく。



 ――――――パリッ。



 そのとき一体何が起きていたのか、リリカは今でもわからない。

 ただ攻撃を受けたのだという実感と、痺れて硬直した全身、そして竜から弾き飛ばされる仲間たちだけは鮮明に覚えている。


 宙に投げ出されたリリカたちへ、竜は最後に言葉を残した。


『主を、頼む……!』


 竜は透けて、やがて空に溶けるように消えてしまった。


「うわああああ!?」


 竜が消えても、リリカたちを包む魔力は残っていた。


「あああああ……あれ?」


 落ちているはずなのに、速度が上がらない。それどころか、徐々に緩やかになってすらいるようだ。


「あ、竜」


 それが竜の魔力によるものだとは、すぐに気づいた。

 魔力はリリカが地面に近づくとパチンと弾け、リリカは尻から落ちて悲鳴を上げた。


「きゃん!」


 リリカは土を払い落しながら立ち上がろうとした。しかし先ほどまでの飛行ですっかり平衡感覚を失ってしまっていたためによろけ、今度は顔から倒れ込んだのだった。


 ◇◇◇






 ジンとミツキは、運よく同じ場所に着地していた。


「落ちて死ぬかと思った……!」

「リリカだけはぐれたか」


 二人が降り立ったのは、むき出しの岩場、その窪地のような場所だった。


「最後のアレ。何だと思う?」

「…………」

「ま、そうだろうね。おれも初めて食らう攻撃だった」


 ジンの無言をどう解釈したか、ミツキが痙攣する手を見ながら言った。


「竜が、おれたちをあの町から離すように飛ばしたのはきっと偶然じゃない。ジンも感じただろう?」

「ああ。あの攻撃を食らわせやがった、誰か強い奴がいる」

「間違いないね。それも、おれたちじゃ危険な相手だろうな。だから竜はここに飛ばした」

「けっ、関係ねぇよ。早く行かねーと」


 ジンが都市のある方角を睨んで言う。

 握られたお守りからは、ソリューニャとミュウがひとまず生きていることが伝わってくる。

 しかし、いつまでも無事であるとは断言できない。彼女らが漆黒の竜に連れ去られた理由も分からなければ、今どういう状況にあるのかも分からないのだから。


「こっから急いでどんくらいで着くかな」

「丸一日歩き通してようやく、くらいだろうね。だが焦るなよ」

「んなのんびりしてられるか! 俺は……ぐっ!」


 立ち上がろうとして、よろめく。ジンは気合いで踏みとどまったが、ミツキは冷静に言った。


「ほら見ろ、疲労もある。失血も多い。おれとてすぐにミュウちゃんを迎えに行きたいが、そのためにはおれたちが無事でなきゃ」

「関係ねぇ……」

「あるさ! この島のことを何も知らないで動くのは危険すぎる! こんなこと、ジンは分かってるはずだろう?」

「……あぁ。悪ぃ」


 図星だった。


「レンとリリカは?」

「生きてるぞ。レンが遠いけど、リリカも遠いな」


 都市からの距離はレン、リリカ、ジンとミツキの順に大きい。

 ミツキは安堵の表情を浮かべると、しっかりとした足取りで立ち上がった。


「生きてるならよかった。さて、動くか」

「おう。ところで、ここは何だ?」

「そう言えば妙だな。ただの岩場にしてはどこかおかしい……」


四方を壁に囲まれており、二人が立っている岩もそこら中に散らばった大小様々のそれの一つだ。まるで崩れ落ちた天井の残骸のような人工的な平面がみられる。


「……っ!?」


 ジンとミツキは同時にその場から飛び退く。

 直後、上から降ってきた男の拳が岩を砕いていた。


「貴様ら、またもこの地を汚すかァ!」

「おわっ!? 敵か!」


 舞い上がった砂煙の向こう、男は拳を引き抜いて立ち上がる。

 そして憎しみに燃える“黒い目”で、二人を睨みつけたのだった。


 ◇◇◇





「後で追い付く!」


 リリカの手を振り払い、風に流されながらレンは不敵に笑った。

 しかし直後、レンの目は驚愕に見開かれる。


「……!? なんで()()()が……!?」


 考えている暇はなかった。

 レンの力をもってすれば、この高所からでもうまく着地できるだろう。だがそれにはかなりの集中力を要する。


「ちぃっ!」


 レンは一つ舌打ちすると、手の周りに風を集める。

 それを地上に向けて破裂させることで、落下速度を緩和できるのだ。


「ぐっ、つっ!」


 何度も、何度も。

 体で反動を受け止める度に強い負荷がレンを襲う。


 そしてレンは、巨大な水柱を上げて川に落ちた。陸に下りるよりも比較的安全なのだ。


「ぶはっ!」


 このまま流されていけば、あの滝から雲へと放り出されるのだろう。

 レンは川岸まで泳ぐと、這いずるようにして身を引き揚げた。


「ゲホッ! あぁ痛ぇ、死ぬかと思った……」


 力なく体を投げ出して、水を吐き出す。


「それにしても、クソ。だいぶ遠くなっちまったな」


 お守りを通して、リリカたちが離れていくのを感じる。

 だが、レンは置き去りになった自分のことよりも、リリカたちのことが心配だった。


「みんな、死ぬんじゃねぇぞ……!」





 散り散りになった彼らは、それぞれの場所で新たな冒険に身を投じてゆく。

 胸にある想いは一つ。

 “生きて、また会うために”



 雲の上。

 高度10000Mの秘境にて、物語は幕を開けた――――!

ようやく新章突入です。

大冒険の長編となりますので、ゆっくりとお楽しみくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ