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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
カキブ編1 街並と竜人
14/256

ソリューニャ、その過去 2

 

 


 ─平和な日常は、一夜で失われた。

 家族も、友達も、仲間も、何もかも。全てが──。


 ◇◇◇




「ソリューニャ! 行ったぞ!」


 バキバキと枝木をへし折りながら、丸々と太った巨大ないのししが逃げてきた。

 最近になって現れた、パルマニオの農作物を食い荒らす害獣だ。


「任せろ! 竜の鱗(ドラゴンスケイル)!」


 ソリューニャは魔導を発動した。

 ソリューニャの魔力色である薄赤色の魔力が立ちのぼる。


 ──竜の鱗(ドラゴンスケイル)──

 鱗のような形状へと変化させた魔力を纏う魔導である。

 その鱗は、触れたものを傷つける鋭さと、金属のような硬さを併せ持つ。

 ただし、鱗を展開できるのは魔力を通す物体のみ、つまり魔法使いの肉体や魔導水晶などだけだ。


「ハァーーーっ!」

「ブガァッ!」


 赤い拳を頭に叩き込まれ、猪は気を失ってしてドスンと倒れた。

 その巨体の向こうから仲間が駆け寄ってくる。


「おーい!」

「よくやったソリューニャ」

「さっすが!」

「その歳で入団できただけのことはあるな」


 ソリューニャは自警団に、歴代最年少で入団していた。


「ソリューニャ、いい一撃だった」

「あっ、団長! お疲れ様です!」


 数年前、父は副団長から団長になった。

 ソリューニャが入団したのは、その後のことであるため、当時は親のコネでの入団という偏見ももたれていた。


 だがソリューニャは、仕事中は父を「団長」と呼び、敬語で話し、団員内での力比べに積極的に参加するなどして認められようとした。

 その甲斐あってか今ではこの通り、作戦のめを任されるまでになったのだ。




「よし、みんな! 作戦は成功、怪我人もなし! よくやってくれた! さあ、帰るぞ!」

「「おおおおお!」」


 団長が団員たちをねぎらう。

 ソリューニャもあくまで団員たちの一人として話を聞いていた。


 今回の任は、害獣の駆除。

 害獣は村に持ち帰って解体が決まりである。

 つまり、持ち帰るまでが仕事なのだ。


「おーい、猪縛れー」

「いや、死んでるって。頭蓋骨割れてるよ」

「まー、でかいだけの猪だからなぁー。さすがに魔力にはかなわんだろ」

「それにしても強いなぁ、ソリューニャは」

「俺の半分の年齢で、しかも女。末恐ろしいよ」


 自然解散の流れで、雑談に興じる団員たち。


「これ運ぶぞー」

「誰が持つー?」

「オレが一人で運ぶ!」

「やめとけって。怪我するぞ」


 猪を運ぶ人を決めようとすると、団員の一人が手を挙げた。

 彼はソリューニャと同い年だが、ソリューニャより一年遅れて入団した若手の団員だった。


「なにぃ!? できるぞ!」

「やめとけ。怪我するよ?」

「うるさい! ソリューニャ!」

「心配してんのが分かんないのか?」

「余計なお世話だ!」

「なんだと! やるかてめぇ!」


 彼はミールといって、小さいときからことあるごとにソリューニャにつっかかってきた。

 そのライバル意識は基本一方的であったが、ソリューニャも血の気の多いパルマニオの竜人ゆえ、取っ組み合いの喧嘩となることもままあった。

 ミールはいつも負け、それがまた彼のライバル意識に火をつけるのだ。


 ソリューニャが入団試験を受けたときもミールは張り合おうとした。

 だが、結局は試験さえ受けさせてもらえず、今年になってようやく入団することができたのだ。

 が、その時はもうソリューニャは他の団員に馴染んでいて、一年の遅れを強く実感させられた。


 彼はますます意固地になり、ソリューニャを強く意識することとなる。


「はっはっは。やめとけ二人とも」

「特にミール。そんなことしてたら命がいくつあっても足りないぞ?」

「バカにしないでください! オレだって……!」

「はあ……。アタシは行くよ。みんな、無茶させないようにね」

「おう! お疲れソリューニャ」

「お疲れさん!」


 ソリューニャは先輩に止められ、大人しく引いた。

 その大人な対応がまたミールには悔しいのだが、ソリューニャもそれが分からないほどには子供だった。


 ◇◇◇




 ──月日は流れた。

 そしてとうとう、あの夜が来た。

 生涯で決して忘れられないであろう、あの夜が──。


 ◇◇◇





 暖かい夜だった。

 不吉を運んでいるかのようなぬるい風が肌に纏わりつく、不快な夜だった。


 ソリューニャは眠っていた。

 いや、刻は零時を回っている。

 見張りの団員以外、誰もが眠っていた。



「…………!」


 見張りは特殊な魔方陣の上に座り、一晩中魔法を使い続ける。

 生み出された魔力は、「聴力強化」「夜目利き」「嗅覚強化」「広範囲魔力探知」「虫のしらせ」の魔導を発現させるのだ。

 一晩中魔法を使い続けることは簡単ではなく、その難易度から入団試験に組み込まれるほどである。


 この日見張りは、近づく何者かの染み付いた血のにおい、二人分の声と高い魔力を察知した。


「あー、月出てねぇ。ムードが足りんなぁ」

「仕事がしやすくなるだろう?」

「ちっげーよ! 楽しみたいんだよ! 真っ暗闇じゃあ、瞬殺じゃん? 顔すら覚えられねぇよ」

「顔を見てもどうせすぐ死ぬんだ。同じことだ」

「あひゃひゃひゃひゃ! 確かにそうだ!」


(こいつら、危険だ……!)


 見張りは警戒レベル“高”の虫のしらせを発動。

 頭でその信号を感じとった竜人たちは一斉に目を覚ました。


「……ん! 気づかれた?」

「奴らを、侮るなよ」

「分かってるって! だからこんなに楽しみにしてんだろーがよ! それより早く囲めよ。森に逃げられると厄介だろうが」

「もうやっている」


 二人組の片方、ひょろりとした背高の男のマントから、黒い影がいくつも走り出る。

 小柄なもう片方の男が、刃物を取り出す。

 パルマニオは、すぐそこだ。


「……誰だ! お前ら!」

「お! お前が一番乗りか!」

「名乗れ! 貴様ら、何者か!」

「いーから早く乗れよー」

「乗る? どういうこ……」


 見張りをしていた団員が、武器を手に二人の前に現れた。

 常に警戒し、武器を相手に向けながら油断なく構える。

 と、先に小柄な男が動いた。



「冥土行きの船に、さぁ! あひゃひゃひゃ!」



 ゆらりと捉えどころのない動きで間合いを詰めた男が、得物の小刀で団員の首を切り裂いた。

 団員は少しも動けぬまま、二度と動かなくなった。


 男の高笑いがパルマニオに響いた。


 ◇◇◇




 パルマニオは大混乱となった。

 あちこちから火の手が上がり、夜空を燈に染め上げる。

 道にはたくさんの血が火を映し、的確に急所を切られた死体が転がっている。


「ソリューニャ! 無事か!」

「うん!」

「父さんは行く! ソリューニャは母さんを頼む!」

「アタシも行く!」

「ダメだ! 絶対に!」


 父は家を飛び出した。

 団長として、パルマニオを守るのだ。


 ソリューニャはそれ以上何も言わず、母を伴って裏口に回った。

 いきなりの襲撃に、母は震えていた。

 ソリューニャは母の肩を抱いて、落ち着かせようとした。

 母のことも、自分のことも。


 ◇◇◇





「ぐあ…………」


 小柄な方の襲撃者が、大柄な竜人を切り捨てた。


「あひゃひゃ! どいつもなかなか抵抗するなぁ! 噂通りの強者揃いだ!」


「待てっ!」

「おお? 次は君ぃ? かかっておいでよぉー! あひゃひゃ!」

「うおおお! 竜人兵団団長の名にかけて貴様はここで止める! 竜の鱗っ!」


 男が鱗状の赤い魔力で身体と剣を覆う。

 この武器は魔力をよく通す鉱物で造られたものだ。

 したがって竜の鱗を纏えるのだ。

 竜の鱗でコーティングした剣は、並みの剣とは比べものにならないほどの硬度を持つ。


「お前の鱗は硬いなぁー! 簡単に折れそうにない」

「貴様の小刀も、魔力を通すのか!」

「あひゃひゃ! 死人に口なし発言権もなしっ!」


 襲撃者の得物は、小刀。

 男の剣を受け止めても刃こぼれ一つしない。

 魔力を使わなければ、とてもできない芸当だ。


 男はリーチの差を武器に襲撃者に切りかかる。

 高速の連撃。目にもとまらぬ命の狩りあい。


「あひゃひゃっ! 俺も上げてくぜっ!」

「む、おおおお!」


 白い魔力が襲撃者を包む。

 襲撃者のスピードがさらに上がる。

 男はジリジリと押し込まれていく。


「負け……ん!」

「あひゃひゃ! その調子よぉ!」


 男が小刀を大きく弾き、上段に切りかかった。

 怒涛の連撃。

 今度は襲撃者が後退する。


「あひゃひゃひゃ!」

「おおおお!」


 赤と白の剣閃が煌めく。

 火花が二人の間で無数に散る。


「おおおおおおお!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 襲撃者の頬が切れて血が伝う。

 男の腕に血がにじみ出る。


 と、男の一撃をかわした襲撃者が懐に入り込んだ。


(まずい! 奴の間合い!)


 小刀はリーチが短く、その分正確さと手数、スピードに優れる。

 剣と比較したとき、小刀は間合いを詰めるのが難しい分、一旦詰められればそれだけで命取りになるのだ。


 それを理解していたから、男は咄嗟に飛び退いた。

 数瞬前に腹があった空間に刃が走った。


「しかーし! 俺の間合いは伸びるぜぇ!」

「うぉ!」


 襲撃者が小刀を投げた。

 男はギリギリ剣で弾く。


 が、さらに何本もの小刀が飛んできた。

 その全てが急所に一直線。

 そしてギリギリよけられないようなタイミング。


 冷や汗が流れる。


「ぐっお!?」


 男は身体をひねって急所を外した。

 しかし小刀は鱗を突き破って男の肩と大腿部に刺さった。

 飛び散り消える赤の魔力。

 広がる、魔力より深く赤い血。


「竜の鱗を……こうも簡単に……!?」

「よそ見はだぁーめよぉー!」


 男の動揺の隙をついて、襲撃者が一気に間を詰める。

 そして強烈な蹴りを放った。

 竜の鱗の防御を砕き、魔術による強化すら軽く凌ぐ威力の蹴りだった。


「ぐおはあああ!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 血を吐いて吹っ飛ぶ男。

 狂喜の嗤い声を上げる襲撃者。


 男の後を追うように大量の小刀が飛んでいった。


 ◇◇◇





 バキバキバキバキッ!!!!


「!」


 突如として聞こえてきた家の戸や壁が壊れる音。

 ソリューニャは武器を手にとって顔だけ覗かせた。


「んな!?」


 ソリューニャが見たのは、まっすぐに飛んでくる無数の小刀だった。

 大穴の開いた戸口から家に入り込んできたそれは、貫通に特化した代物であるとソリューニャは感じた。


「く……そ!」


 ソリューニャは瞬時に魔術を発動して、小刀を撃ち落とす。

 が、いかんせん数が多すぎた。捌ききれない。

 何本かが、ソリューニャをかすめて裏口を貫通した。


「ぁ……ぅ……」

「か、母さん!」


 振り返ったソリューニャは、わき腹を血に染めた母を見た。そこには銀色のナイフが深々と刺さっている。


「ご、ごめん! 母さん! 今手当てを……」


 ソリューニャは苦しむ母を見て、母を守りきれなかった己を責める。

 ようやく13になったばかりの彼女にあの数の凶器を撃ち落とさせるなど、とても無茶な話であったのに。

 魔力は人によって微妙に性質が異なり、色も違ってきます。

 魔力色はソリューニャは薄い赤、ソリューニャ父は濃い赤、襲撃者チビは濁った白です。

 全く同じ色も存在します。必ずしも全く同じ精神構造をしてるわけじゃあないですけど。

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