三つ巴 4
月の見えない暗い夜が明けた。
「レンたちはうまくやったみたいね」
「完璧だ。これなら途中までは見つからずに行けるな」
ヒバリが指笛を鳴らす。鳥たちはすぐに集まった。
「おはよ。みんな、お願いね」
ヒバリがぽっぽの背に乗り、ソリューニャたちもそれに続く。ここ数日で何度もお世話になっているため、もう慣れたものだ。
「頼むぞ、アイ」
「今日が勝負よ。頑張りましょう、グレイ」
「よろしくです、キャップ!」
そして四羽は飛び立った。
ジンたちの危機は知るすべもなく、作戦の第二段階はすこぶる良好な状態でスタートした。
◇◇◇
「味方だったらいいな」
そんなリリカの希望は、現実の前に敢え無く崩れ去る。
「ジン!」
「んー、あれれ?」
息を切らしたジン。険しい顔で刀を構えるミツキ。知らない青年。バラバラに散らばる眷属の破片。
この空気、この光景。それを見てなお「味方だったらいいな」と言えるほどリリカも愚かではない。まして青年……カルキが笑って殺気を放ってきたともなれば。
「……あはっ」
「っ! 逃げろっ!」
ジンが叫んだ。
カルキの魔導は刃状の純魔力を放つだけの単純なものだ。
その最大の武器は発動までの速さにある。発動条件は刀を振り抜くこと。名前もついていないため、無言で軽く振るだけで標的の首は簡単に飛ぶ。
「え」
速いことが最大の武器とはつまり、奇襲性能が高いということに他ならない。
そして魔導攻撃を防ぐ最大のコツは“知る”ということ。逆に言えば魔導を用いた戦闘で最も危険な状態とは、相手の魔導を“知らない”という状況。
そう。まさに今、この瞬間である。
カルキが腰元に刀を持ってゆく。
運悪く、ジンとミツキはそれを止められる距離にない。
「は──」
リリカが腕を突き出した。
考えての行動ではない。ただ脳裏にはここに来るまでに見た、真っ二つになった飛行型の眷属の姿があった。
「っ」
刀でリリカを斬るにはとても届かないような距離。それでも、次の瞬間には死んでいるかもしれないという得体の知れない恐怖が沸き上がる。
突き出した腕を動かして、盾のように魔力を固める。
「リリカぁ!」
カルキが刀を振り抜いた。魔力の刃は一瞬でリリカの盾に当たり、それを易々と破壊して、
「あ」
間一髪。レンがリリカを押し倒した。
仰向けに倒れるリリカの頭上を魔力の刃が飛んでゆく。
「あら~、よけられちゃった」
「ぐ……!」
「っう……!」
リリカをかばったレンの左肩から血が流れる。同じく、リリカの腕からも血が垂れた。
二人とも掠った程度の傷だが、リリカの方は少し大きいようでダラダラと血が流れてしまっている。
「はぁ!」
「よっ……と! いいよ、続きだ!」
レンたちへの追撃を防ぐために、ミツキが猛攻を仕掛ける。カルキの手軽な魔導は刀を振るだけの隙があれば傷ついた二人を殺すだろう。
「さすがにこの人数は厳しいだろう!」
「そう、でも、ないよ!」
レンたちを殺しそびれはしたものの、カルキの目的はある意味達成されていた。すなわちそれは、レンかリリカの無力化である。
はっきり言って遊んでいるカルキにとっても、能力の不明な援軍は警戒すべき対象なのだ。
「おいレン! こいつともう一人、俺らを狙ってる! 気を付けろ!」
「仲間の心配かい? 集中してくれよ」
「うるせぇバカ! もう怒ったぞ!」
ジンとミツキが引き付けている間に、レンがリリカをつれて離脱して怪我を看る。
「痛……! ごめん、あたしをかばって……!」
「いや、これくらいで済んでよかった。あいつ、強えーぞ」
「う、うん……」
服を裂いた布でリリカの腕から肩までをギュッと縛る。布はすぐに朱に染まった。
「い……ったぁ~~……!」
「あんまうまくねーけど、我慢しろよ」
「うん、ありがと。……行くの?」
「いや、オレも血が止まるまではじっとしてた方がいい」
レンは一旦休憩すべく、リリカに肩をかして立ち上がる。
相性が悪いのはレンも同じだ。それにこのまま戦っても失血で動きは悪くなってゆくだろうし、そうなれば死の危険はグンと上がる。
「お前は血が止まったらまだ眷属も残ってるし、そっちを頼む」
「うん……仕方ない、よね」
「そんな顔してんなって」
「だって、また何も変わってないみたいで」
しゅんとするリリカ。
ここに来て再び無力さを突き付けられるのは辛かったが、強力な飛び道具持ちのカルキと相性が悪いのも事実だ。そもそもカルキの実力が高すぎるのもある。
それでも死ぬよりはマシだ。
「リリカ。やっぱナシだ」
「え?」
だが、状況はさらに悪化する。
「テメー、あの蛇の背中にいた奴だな? 追いかけてきてたのか」
「……」
二人の前に現れた、黒いマントに身を包んだ男。
所属組織はNAMELESS。カルキの相棒。名前はハル。
「何とか言いやが……」
「……」
「うお!?」
そして実力は、カルキに比する。
素早い身のこなしでレンの懐に潜り込んだハルは、魔力を纏わせた手でレンの腕を掴んだ。
「な……っ!?」
「悪く思うな」
掴まれた腕に淡い群青色の氷が張り付いている。
「や……っっ!!」
レンがのけぞる。そしてその勢いで敵の顔面を狙って蹴り上げる。
かわされれば隙だらけの、苦し紛れの一撃だ。
「……!」
そして、なんとも呆気なくかわされた。そんなものが通じるほど甘い敵ではない。
「レンっ!」
「……っ」
リリカがハルの横から中段の蹴りを放つ。ハルはそれを腕で受け止めた。
ダメージにはならなかったが、レンの危機を救ったという意味で大きな意義がある一撃だった。
「うおおお!」
「む……」
レンが上げた脚を思い切り振り下ろす。ハルはリリカの蹴りを受け止めたのと反対の腕でそれもガードする。
「おおおおお!」
「ぐ……!」
レンの体を強い風が覆う。それを警戒してか、ハルは速攻を諦めて後ろへと下がった。
「はぁ、はぁ。あっぶね……!」
「大丈夫!?」
「あぁ……信じてたぜ」
レンは袖についた氷を掴むと、それを握り砕いた。刺すような冷たさは氷そのものだが、しかし砕かれた氷は跡形もなく消滅した。
「魔力だ……! あいつの魔力、凍るのか」
「レン……! 傷が!」
「ちっ。ちょっと無茶したか……!」
リリカもレンも血が止まっていないうちに激しい動きをしたせいで、流れる血の量が増えている。
「う」
「リリカ、しっかりしろ! マジで死ぬぞ!」
「う、うん」
急な失血で軽くふらついたリリカをレンが支える。
これほどの敵を前にして隙を見せるのは絶対に避けなければならない。
「くっそ……! 冗談じゃねえぞ、こいつら……!」
とはいえ、レンも危険な状況に違いはない。
確実に敵の方が強いうえに、レンは手負いで疲労もある。
「レン! リリカ!」
「無事か!」
「あぁ! サンキュ、助かる!」
二人のピンチに、ミツキとジンが駆けつけた。そして二人を守るようにミツキがハルと、ジンがカルキと向かい合う。
「やあ、ハル。戻ってきたのか」
「ああ。四人は厳しいだろう」
「ナーガ君はあっちで虫取りかい? 乗ってくればよかったのに」
「……巻き添えくらうぞ」
「それもそうか」
レンたちを挟んでカルキとハルが会話する。
その言葉の節々からは、二人が気の置けない間柄であるように思わせる。
「おいレン。離れてろ」
「かっこつけんな。一人でどうにかできる強さじゃねぇだろ」
「うん。だから血ィ止めて戻ってこい」
「……!」
カルキとハルのやり取りはどこかレンとジンのような、ともに成長してきた“家族”のような信頼があると、リリカは感じていた。
「……それにしても、驚いた」
「まだ殺せてないことが?」
「遊んで……いたのか?」
「あははっ。いや、純粋にすごいよ」
「…………」
「特に土壇場の反応とかさぁ……」
(悪そうな人には見えない……。でも今までで一番強い……)
椅子に座って、向かい合って、お茶でも飲みながらとりとめのない会話でもするように。
肩の力を抜いて、極めて自然体。だが、いつでも戦えるという気迫が彼らにはある。
リリカが初めて出会うタイプの脅威だ。
「さーて、そろそろ続けるか」
「!!」
「ジン、持ちこたえてくれよ」
「るせぇ。勝つ気でやる!」
いつ死んでもおかしくない。
レンも、ジンも、ミツキさえも。
そして当然リリカも。
リリカたちの危機。
それを知らないソリューニャたち。
迫る復活のタイムリミット。
千年越しの運命の糸は、幾重もの思惑と想定外とが絡まり合い、ただ一つの結末を描く。
彼らがそれを目の当たりにするのは、もう間もなくのことである。




