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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
時を超えし因縁編
134/256

三つ巴 3

 


 秘密結社“NAMELESS”。

 意味は名前もなき者たち、または名付けられぬ者たちだと言われる。

 彼らの活動は様々だ。一騎当千の傭兵、凄腕の暗殺者。傾きかけた国さえ立て直したという噂もある。


 しかし、それを知るのは主な顧客である各国の首脳たちをはじめとしてごく僅かだ。多くの人々はその存在すら知らない。

 だが、かつて起こった戦争やその名残で続く小競り合いの戦場では、神がかった強さで自陣を勝利に導く誰も名前を知らない魔導士が確かにいたという、その噂だけは知る者も少なくない。


 彼らはその働きと引き換えに多額の報酬を受け取る。その金額は莫大で、彼らの助けで立て直された国は彼らへの報酬で滅びたという。


(だったかなぁ……)


 ミツキはギルドマスターから聞かされた情報を思い出す。


(ていうか、なんでうちのマスターは知ってたんだ……)


 ミツキの脳裏に、ヘラヘラ笑う眼鏡の男が浮かぶ。あの時も質問したはずだが、結局ははぐらかされてしまった。

 ミツキはいつかあの茶色い天然パーマを引き千切ってやりたいと思っている。


「せいっ!」

「ギチィ!?」


 そんなことを考えながら、飛行型の翅を斬り飛ばした。飛行型は勢いそのままに落ちて転がる。


「おおおおおおお!」

「はぁぁ!」

「キチキチ!」


 ジンとカルキがぶつかる。トンファーを刀で受け止めて、カルキは鞘でジンを払おうとする。


「させるか!」

「ふっ!」


 ジンが鞘を足で押さえる。しかし同時にトンファーに亀裂が入る。単純に魔術の練度に差があるため、まともに打ち合ってもジンの鉄では凌げない。

 ちょうどそこに二本爪が飛びかかり、ジンは鞘を蹴って飛び退いた。


「キチキチキチ!」

「君も忘れてないよ!」

「キチッ!」

「む」


 二本爪を斬ろうとしたカルキが後ろからの気配に気づいてしゃがみ込む。


「おるぁ!」

「っ」


 そこに飛び込んできたジンの強烈な蹴りをガードして後方に転がる。待ち構えるようにそこにいた飛行型と地中から現れた三本爪を切り捨て、カルキは素早く起き上がった。


「キチキチ!」

「でりゃっ!」


 カルキを蹴ったジンには二本爪が襲い掛かる。二本爪の攻撃をトンファーで受け止めて、ジンは気合いで振り払う。しかし、薄くなった上方への警戒、その隙を狙う飛行型が急降下してくる。


「させないよっと」

「ギチッ!」


 それをミツキが斬り払う。さらに放たれたカルキの飛ぶ斬撃をかわしてジンの隣に立った。


「やっぱり飛行型は陸型より数段脆いな。飛ぶために体を軽くしてるんだろう」


 ミツキは研究施設で陸型と戦っている。そのため、飛行型の脆さにも気づくことができた。


「なに、君。これが何か知ってるの?」

「まあね」


 カルキが軽い調子で聞いてくる。

 もともとジンたちの一行の行く先を追って乱入したカルキとハルは、ジンたちが今どんな状況で何と戦っているのかも知らない。


「いやぁ、複雑なことになってるねぇ」

「本当に。やあ、今は見逃してくれないかい?」

「あははは、嫌だよ。君たちが何してるなんて、関係ないもの……ね!」

「一応お前たちの身にも関係があるんだけど……な!」


 ミツキとカルキが刀を交える。

 そこにジンが突っ込もうとするが、さらに二本爪もジンを狙って動く。


「邪魔すんじゃねぇ!」

「キチキチ!」

「ジン!」

「う……おぉ!?」


 カルキの斬撃に何とか反応し、体をずらす。

 斬撃はジンの横を通り、二本爪を掠めて飛んでいく。斬撃が通った跡が一本の道となって湿地に刻まれた。


「ありゃ、外した」


 この場において実力では間違いなく頂点に立つカルキ。


(外した……? いや、よけられたんだ。なんで今、“外した”なんて感じたんだ?)


 しかし彼はいまだにジンやミツキにかすり傷以上のダメージを与えられずにいた。

 それが彼に、とある疑念を生ませる。


(殺せない……? 死なない……? つまり彼は生きている……)


 実力はミツキに劣るジンも、回避能力に限っては互角のものを持っているだろう。こと直感的な面では、カルキ以上に鋭い可能性を垣間見せている。


(おいおい、どうかしてるな……)


 カルキは一度、肩の力を抜いて呼吸を整える。

 彼自身、気づかぬうちに、関心はミツキからジンへと移っていた。


「ふっ。“殺せない”なんて考えるなんてさ」


 馬鹿馬鹿しいと自嘲気味に吐き捨てて、刀を構えた。切っ先はジンの心臓に向けられている。

 無意識のうちに手を抜きすぎていたのかもしれない。


「まだまだ行くよ!」

「邪魔すんな!」

「チキチキチキ!」


 ジンとミツキ、眷属たち、カルキがそれぞれ自分以外を相手にしているというサバイバル。一方を攻めるともう一方に隙をさらすという緊張感。

 三つ巴の戦いは続く。


◇◇◇





 飛行型の眷属を引き付け、または減らす第一段階。

 外側を見張る眷属を相手取るレンとリリカには、さらにもう一つ役目があった。


「だいぶ減らしたな!」

「そーだね」


 レンとリリカは見晴らしのいい道を選んで森を駆ける。


「それでもまだ残ってるな!」

「そーだね!」


 その後ろ、彼らを追う飛行型、たくさん。


「もうヤダ~~!」

「あははは!」


 正面切って戦うのはまだいい。しかし作戦通りとはいえこうやって背を向けて、後ろから狙われるのはまた違った恐怖があった。

 リリカは後ろを気にしながらも前を行くレンに必死でついていく。


「だいたいなんであんた平気なの!?」

「後ろの様子くらい分かんだろ」

「なるほどぉー」


 レンは気を張って周囲の空気の流れを肌で感じることができる。風を扱う魔道を使いこなす過程で獲得した副産物だ。

 こうして走っているときは立ち止まって集中できているときに比べると著しく性能は落ちるものの、それでも敵に攻撃できるだけの距離まで近づかれたら反応できる。


「……って、レンだけだよそれは! なんかもう真上にもいるし!」

「あー、イワタカの巣つついて襲われたの思い出すなー」

「何それこっわい!」

「いいから走れ! もう夜明けだ!」


 レンが声を上げる。


 彼らのもう一つの役目。それは敵を引き付けつつ火山湖に向かうことだ。

 正確にはソリューニャたちが見られない場所まで行くこと。彼女ら本命組が見つかるのを少しでも遅らせるのが目的である。


「くーっ、あたしジンたちと代わってもらえばよかった」

「そう言うなって。あの岩の裏まで行けばいいだろ」

「もうちょっとだね!」


 終わりが見えて少し元気になったリリカの後ろの地面に、矢のように突っ込んできた眷属が刺さった。


「きゃぁ~~~~!!」


 ドス、ドスと立て続けに刺さっていく眷属。リリカはあの節くれ立った槍のような腕で串刺しにされる想像をして、ちょっと涙目になった。


「うえぇ……なんか初めての怖さだぁ」

「たまにはこういうのも悪くねーな!」

「悪いに決まってんでしょ!」


 とはいえ、なんとか串刺しにならずに目的の岩場の後ろに来ることができたリリカ。その後ろに眷属が刺さる。


「いい加減にしろーー!」

「チギィ!」


 リリカの涙目キックが炸裂し、眷属の胴が千切れ飛んだ。


「うわっ……」

「苦い顔!? 引いてんの!?」


 レンが顔をしかめる。リリカが怒るが、レンはリリカの方を向いてはいなかった。


「ちげーよ! 分かんねーのか!?」


 真剣な顔で、湖の方角をじっと見つめている。すぐそこで飛行型の眷属たちに囲まれているというのに、何かもっと別のものが彼の目には映っているようだ。

 やがてリリカの耳にも、ぱき、ぱきと。


「……あ! 聞こえた!」

「キチキチキチキチ!」

「るっせぇ! 邪魔すんな!」

「ギッ!」


 高速で近づいてくる虫頭を真上に蹴り上げる。


「魔力も……!」

「ああ。やべぇな。こっち来るぞ」


 次の瞬間、白く巨大な蛇が大口を開けて飛び出し、二人は度肝を抜かれた。


「「ぎゃああ!?」」

「シャラァァァァ!」


 二人とも頭から転がってこれをかわす。


「うっわーー。でっけぇ!」

「怖いーー! 胸がバクバクする!」

「目とか金色だったぞ! かっけぇ!」


 レンは尻餅をついて王蛇を見上げる。

 王蛇は飛行型を蹴散らしながら天を衝く勢いで伸びてゆく。


「……!」


 その筋力は流石としか言いようがない。

 山ほどの高さまでピンと一直線に伸ばした身はしばし微動だにせず、その圧倒的な存在感をこれでもかと見せつけると、骨を抜かれたようにくにゃりと身を折って大地に戻った。


「すごかったねー……」

「……誰か乗ってた!」

「は!?」


 リリカが驚く。


「リリカ! 動くぞ!」

「ええええ!? また!?」

「ジンたちのとこまで行く!」


 レンの判断は早かった。魔力を感じる方へ、そこにジンたちがいるという、そして何かが起こっているという確信をもって。


「急げ! 蛇に囲まれるぞ!」

「食べられちゃう!?」

「ああ! 丸呑みだ!」


 王蛇の巨大な躰はそこにあるだけで行く手を阻む壁になる。もし囲まれてしまえば逃げ場はなくなるだろう。


「虫追っかけてるみてーだし、今のうちだぜ」

「うわぁー。蛇強-い」


 王蛇は空中を飛び回る飛行型の眷属を噛み砕き、刎ね飛ばし、一方的に蹂躙している。強大な敵の前に眷属たちは成す術無いようで、白い巨体のまわりを飛び回り攻撃を仕掛けているがその全てが硬い鱗ではじき返されてしまっている。

 もはや眷属たちにはレンたちに構う余裕すら無いようだ。


「あっち! けんぞくいる!」

「ジンたちだな!」


 遠くで飛行型の眷属たちが群がっている場所がある。ジンたちもうまく働いているようだ。

 だが、羽虫のような影が一つ真っ二つになって落ちたのを見たリリカが異変に気付く。


「……あれ? 今、変な……」

「ああ。見てたぞ。ジンでもミツキでもねーなありゃあ」

「だよね、だよね!」


 ジンは生粋の近接型戦闘スタイルで、同様にミツキも知っている限りでは遠距離攻撃はない。例えあったとしてもあの硬い眷属を真っ二つにする何かが見えなかったのもおかしい。


「そーゆう魔導、だよねきっと。なんでも真っ二つにしちゃう魔導?」

「よくわかんねーけど、オレたち以外に誰かいんだろーな」

「あ、一緒に戦ってくれてるのかなぁ!」


 リリカが希望を口にする。


「ほら、さっきも蛇がけんぞくやっつけてくれたしさ! きっと手伝ってくれてるんだよ!」

「んー。だったらいいんだけどよぉ」

「悪者だったらって?」


 歯切れの悪いレン。

 もちろんリリカもそれが味方でない可能性も考えている。だがそれを判断するには情報が少ない。だったらいい方に考えるべきだとリリカは考えている。


「ま、行けば分かるさ。気を付けようぜ」


(……何をピリピリしてるんだろう)


 経験の差。

 一言で端的に表すならこれに尽きるだろう。リリカが感じてはいない、嫌な予感のような不確かなもの。それをレンは感じ取っていたのだった。


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