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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
時を超えし因縁編
133/256

三つ巴 2

 




 ジンと自分を分断するように現れた“それ”。ミツキは吹っ飛ばされた空中で“それ”の頭部をはっきりと見た。


 白い躰は艶やかな鱗に覆われ、開かれた巨大で真っ赤な口には透明の鋭利な歯がずらりと並ぶ。細い瞳が浮かぶ眼は金色に光る。


「シャァアアアアアアアアア!」


 見えたのは一瞬。しかしミツキの脳裏にはその正体が焼き付いていた。


「王蛇……!!」


 その正体は、蛇。それも、最大最強と名高い「王蛇」だ。


「50年級……か……!?」


 王蛇は生きている限り脱皮を繰り返して成長し続ける。

 多くは幼少期に死んでしまうが、過酷な生存競争を生き抜き成長していくにつれ外敵は減り、食物連鎖の頂点へと昇っていく。


 5年で7割が死ぬ。

 10年生きられる個体は1割を切る。

 30年で体長は1キロメートルを超え、外敵と呼べるものはなくなる。

 50年級と呼ばれるようになるともはや生きた伝説だ。


「シャァアアアアアアアアア!」


 推定100年。この王蛇の年齢である。


「冗談じゃないぞ……! どうしてこんなところに」


 本来、王蛇は広大な湿地帯に生息する。高山地帯であるここに現れるなどミツキは聞いたことがない。


「とにかく合流だ……! 眷属も見失った……!」






 脅威。

 突如として乱入した王蛇は紛れもなく脅威と呼ぶにふさわしい。


「やあ」

「……っ……!!」


 が、ジンが見上げる。

 ジンの勘が全力で逃げろと警鐘を鳴らす。

 動きを止めた王蛇の背中。


 そこから姿を現した二人。

 ジンは彼らを脅威と呼ぶにふさわしいと、


「……マジか……!」


 判断した。


「はじめまして、僕は殺し屋。カルキだ」

「……」

「こっちはハル」


 にこやかに言い放った金髪の青年が手を振る。

 隣に立つ、黒いマントに身をくるんだ白髪の青年は無言でジンを見下ろす。


「殺し屋だぁ? 心当りねーな」

「うん。僕も」

「っ!!」


 金髪の青年は手に持った、装飾も何もない練色の棒を無造作に振るった。

 ジンが咄嗟に屈む。

 頭上を何かが凄まじい速度で通り過ぎた。


「切れたっ!?」

「よけた!」


 ジンの背後の草がまとめて切り裂かれ、美しい平面を形作った。一瞬遅ければ、ジンも美しい断面で二つに切り分けられていただろう。

 ぞっとするジンとは対照的に、金髪の青年は嬉しそうに手を叩く。


「やあ、見たかいハル! 少しは期待できそうだよ!」

「……カルキ。何か様子がおかしい。……ほどほどにしろ」

「あいつらかい?」


 カルキがちらりと湖の方を見る。もうすぐそこまで迫っている、飛行型の眷属だ。


「見たこともない魔物だな。ハルは?」

「……ない」


 眷属たちはまっすぐハルとカルキに向かってくる。

 それはジンたちを見失っているからか、はたまた乱入者が一番の脅威だと本能が囁いたのか。ただいずれにしてもその判断は正しく、間違っている。


「「キチキチ!」」

「うーん、やかましい」


 確かに脅威には違いない。が、止められるかといえばそれはまた別の話。


「……よっ!」

「ギチィ!?」

「……!」


 ジンは見逃さなかった。カルキが棒で空を切った瞬間、三日月型の魔力が猛スピードで飛んでいったのを。

 魔力を感知でもしたのか、眷属たちが散開する。しかし先頭の一匹だけは間に合わず、斬撃の餌食となった。


「ありゃ。引き付けが足りなかった?」

「いや……勘がいい」

「やったね、腕が鳴る!」

「……気を付けろ」


 長めの前髪に隠れがちの目を細めて、ハルが言った。


「言ってた、ヤな予感ってやつ?」

「……」

「覚えてるよ。ちゃんと」

「……あぁ」


 カルキはこの無口な相方の勘がよく当たることを知っている。だからないがしろにはしない。

 ハルもこの軟派な相方が自分の言葉をないがしろにはしないことをよく知っている。だからそれ以上何か言うこともない。


「さて、僕は彼とやるよ。ハルは?」

「残りを探す」

「ま、そうだね。じゃあ頼むよ」


 カルキが王蛇の背から飛び降りる。


「さあ! せいの時間だ!」

「!!」


 そして軽やかに着地した。

 と思った次の瞬間、ジンに肉薄する。

 ジンは創造したトンファーでカルキの武器を押さえるようにして組み合う。


「ははっ、いいね……!」

「ぐ……!」


 武器を押さえ、距離を詰めたジンの判断にカルキが感心する。離れればそこはカルキの魔導の間合いだ。すでにジンはそれを理解し、恐怖をも押し込めて距離を詰めたのだ。


 しかしジンは話す余裕もない。

 目の前の敵の立ち振る舞いには隙が無く、魔力からは研ぎ澄まされた闘志が感じられる。そんな敵を前にして少しでも気を弛めることはすなわち死ぬことだからである。


「っつああ!」

「はっ、ふっ!」


 ジンがトンファーを持たない右の手にナイフを創造する。カルキが左手でジンの右手首を取る。


「ぐ……!」

「しっ!」


 ジンがトンファーにかける力を一瞬強める。カルキはジンの手首をひねりつつ、武器を持つ右手に力をかける。

 その瞬間を見逃さず、ジンがトンファーを消す。勢い余ってカルキの腕が上がる。


「っ!」

「おあああ!」


 その隙をついてジンがカルキの武器を持つ右手首を掴む。カルキはそれを嫌がったか、ジンの手首を離して後退した。

 当然距離を取られまいとするジンだったが、カルキがいつでも「撃てる」準備ができていることに気付いて深追いを諦めた。


 わずか2秒の攻防だった。


「くっそ、こいつ……」

「器用だね。すごく楽しいよ!」

「強ぇ……!」


 カルキがぴくりと右腕を動かす。ジンが飛び退く。

 しかし斬撃は飛んでこない。フェイントだ。


「反応もいい。すごいな」


 たとえフェイントだとしても、ジンは動かざるを得なかった。

 もしもカルキが気まぐれで飛ばしてきていたとしたら。その可能性だけでかわすには十分な理由だ。


「クソがっ、完全に遊ばれてる!」


 ジンが歯噛みする。


 ジンは強い。それゆえ、分かってしまうのだ。

 目の前の敵が自分よりも強いという事実が。


「ジン! 無事か!」

「あっ、ミツキ!」

「よかった!」


 そこに、ミツキが駆けつける。


「で、どういう状況?」

「殺し屋。強い。二人」

「なるほど」


 ミツキはようやく状況を飲みこめてきた。

 目の前で笑っている青年と、姿は見えないが少なくとももう一人がこの王蛇に乗ってここに来たのだろう。そして目的は


「……っぅ!」

「!!」


 カルキが一瞬で間を詰めてミツキの胴を払う。ミツキは鞘から少し抜いた刀でそれを受け止める。

 二人の魔力がぶつかり、鋭い殺気の魔力がジンの皮膚をチリチリと刺激した。


「ぅおら!!」


 動きの止まったカルキめがけてジンが蹴りを繰り出す。カルキは紙一重でそれをかわすと、飛び退きながら斬撃を放った。


「でぁっ!」


 ミツキは一瞬で抜刀すると、そのまま斬撃を真っ向から斬りつけた。カルキの斬撃が消える。


「……へぇ」


 カルキが目を細めた。


「ミツキ、大丈夫か!」

「問題ないよ。ああゆうのは充分な魔力さえあれば防げるから」


 魔力は原則、他人のそれと混じり合うことはない。

 その性質より、純魔力の攻撃には魔力をぶつけることで抵抗することができるのだ。


 だが、打ち消されたことなど全く気にしたそぶりもなく。

 カルキの関心はミツキに移っていた。


「ふふ。その助っ人はレンかな? ジン君」

「こいつ、俺たちの名前まで」

「……なるほど」


 ミツキが得心したように頷く。


「奴がミュウちゃんが言っていた追手だ。あるいは“組織”」

「きっとそれで正解だよ。黒髪の人間三人と、ダークエルフ。そして赤髪の竜人族だったな。依頼は」

「依頼……」


 本人が呆気なく自白する。

 彼らはカキブの依頼を受けて、ジンたちをカキブの代わりに仕留めに来た刺客で間違いない。


 そして、ミツキには心当りがあった。


「ジン。こいつらは……っ」


 カルキが体を沈めるのを見て、ミツキは言葉を切った。ジンも向けられる殺気に対して集中力を高める。

 腰元に左手に持った得物を据えて、右手はそれを掴むように添えられ、膝をぐっと曲げる。一見すると首を差し出しているような、カルキの奇妙な構えはジンに戸惑いを与えた。


「…………!!」


 刹那、凄まじい速度で接近したカルキが抜身の刀を横薙ぎに振り払った。


「……へぇ……!」


 ミツキが刀でそれを受け止めていた。


「居合。知ってたんだね」

「やっぱり仕込み刀か。ただの杖じゃないと思ってたけど……」


 お互い涼しい顔で会話しているが、はた目からは想像もつかないほどの力がその腕にはかかっていた。どちらかが一瞬でも弛めば崩れてしまう、そんな拮抗だ。


「このっ!」


 それを見逃すジンではない。ミツキのものと同じ刀という珍しい武器に驚きはしたものの、すぐに切り替えて創造した槍で突く。

 当然均衡は崩れ、カルキが捌きつつ下がったため再び睨み合いの様相を呈する。


「ふーっ。ヤバいなアイツ」

「ああ、今は二人がかりだけど、サシでやるのはおれでも難しいよ」

「で? さっき何言いかけてたんだ?」

「ああ、敵の正体。刀で確信したよ」


 ミツキは人づてにカルキと思しき人物についても、彼が所属する組織についても聞いたことがあった。


「間違いない。“NAMELESS”」

「ねーむ……何だそりゃ?」

「そういう組織さ。……そうだろう?」

「へー、知ってんの? 一応秘密結社なんだけど」

「秘密って、自分から言ってもいーのかよ」

「あは、そりゃそうだ。だけどさ……」


 カルキはただ変わらぬ笑顔で二人を見ていた。

 自分が何者か、どこに所属しているか。そんなこと、今ここではどうでもいいことなのだ。


「「キチキチキチキチ!!」」


 空からは眷属が襲い来る。


「キチィ!」


 二本爪も茂みをかき分けて現れた。


「関係ないだろう? 僕が誰とか、君が誰とか」


 カルキは言う。


「ここが戦場である限り」

「チキチキチキ!!」


 飛行型が一匹、カルキに向かって急降下する。

 カルキは一瞬、魔力を急激に高めてそれを真っ二つに斬り伏せた。


「生きるか! 死ぬか! それだけさ!」


 復活する漆黒の竜。

 それを止めようとする者たち。

 そして乱入者たち。


 夜明けの火山湖で、三つ巴の戦いが始まった。

はいということで今月いっぱいは毎日投稿です。大変お待たせ致しました。

待ちわびたぞ畜生と思って下さる方がいましたら僥倖です。ごめんなさい。

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