三つ巴
レンの先制攻撃を受けた眷属たちはすぐに反撃に移った。
「来るぞ! リリカ!」
「うんっ!」
複眼に見える標的は二人。
レンと、リリカだ。
囮の四人はここでさらに二手に分かれていた。すなわち、ここで戦うレンたちと一足早く火山湖へと進むジンたちだ。
「「キチキチキチキチ!」」
空気を震わす不快な羽音を立てながら眷族が二匹向かってくる。
翅の動きは激しく、うかつに触れれば指が飛ぶ。スピードは凄まじく、常人では目で追うことも不可能だ。
「一匹行った! 速ぇ!」
「任せて!」
リリカは自分の方に向かってきた一匹にまっすぐ右腕を出した。
敵は槍のような鋭い爪をリリカに向けて猛スピードで突っ込んでくる。
「え、おいリリカ! 串刺しにされっぞ!?」
「大丈夫。大丈夫だよ」
リリカは右手を開いて、それを左手で包むように重ねる。
そしてありったけの魔力をグローブに注ぎ込んだ。
「キチキチキチ!」
「……っ!」
グローブの効果で固まった魔力が眷族の爪を受け止めた。体当たりの勢いは殺しきれず少し仰け反ったリリカだったが、すぐに立て直して、動きが止まった眷族の腕を捕まえた。
「速いなら、止めちゃえばいいんだよね!」
「チキチキチキ!」
「えいっ!」
それを地面に引き倒し、今も激しく震える翅の根元、首のすぐ下を思いっきり踏み抜く。
脆い部分に的確に圧力をかけられ、堅硬な翅はあっさりとへし折れた。
「おいおい……リリカ……」
「え、なに? ちゃんとやっつけ……」
ほぼ同時に眷族を瞬殺していたレンが、次が来るまでのごく僅かな間にリリカを見て、言った。
「やるじゃん!」
「…………!」
じわりと、リリカの体に熱が広がる。認められると、やっぱり嬉しい。
「へへっ、負けてらんねぇなぁ!」
次が来た。今度は四匹、一斉にリリカを狙う。
一対一ならば一匹に集中して苦戦することもなく倒すことができるが、複数相手となるとそうもいかない。
さすがに緊張するリリカだったが、隣にレンが立ったことで余計な力がすっと抜けていった。
「やっぱりいいね、こーゆーの」
「んん? 何がだ?」
「こーやって、誰かがいてくれるのはってこと」
「へっ、こんな時に何似合わねーこと言ってやがんだ!」
「ああっ、ひどい!」
レンが一歩先に出て、両腕に風を纏う。そして空気をかき分けるように腕を振るった。
「飛ぶ奴にはこれが効く!」
空気の流れを作られてバランスを崩した眷族たちは、レンを避けるように地面に突き刺さった。
「リリカっ!」
「あちょー」
「ギチィ!?」
リリカが一匹の眷族を踏みつけて倒す。
「すごいねレン! そんな使い方もできるんだ!」
「あぁん? 試してみたらできた」
「すげーー」
レンの魔導。その最大の強みは応用力、レンの柔軟な発想力と噛み合うことで生まれる、無限の可能性である。
「だろだろ?」
そもそも、レンの魔導は周囲の狭い範囲に干渉して空気の流れを操るというものだ。原理は至極単純で特別に強力な効果はない。
しかしそれをレンが使うことによって、この魔導でやれることは爆発的に広がる。拳の周りの空気を操って集めたり、集めた空気の塊を一方向に放ったりはそのほんの一部でしかない。
「だりゃぁ!」
「とあー!」
空気の渦を纏った拳が振るわれる。眷属はそれをかわしたが、遅れて発生した突風に吹き飛ばされる。
それに巻き込まれた一匹がリリカから意識を逸らし、その瞬間を見逃さなかったリリカが瞬身の勢いのまま弾丸のように飛び蹴りをかます。二匹の眷属は重なって岩に打ち付けられて昏倒した。
しかし着地したリリカの背後から敵が襲い掛かる。
「バカ、隙が大きいぞ!」
「チキィ!?」
「あう! ありがと……」
「おうよ」
リリカのフォローついでに無力化し、これで第二波の四匹をすべて仕留めた。
「うーん、欲しいなぁ」
「あん?」
「レンの魔導をね。ぶわーって、すごいパワーだし! ぽぽんって面白い動きもできるし!」
「ん~、そんな簡単じゃねーぞ? こんだけできるようになるのに十年はかかったし」
「えーっ、そんなにっ!?」
見栄えは派手で強力なレンの戦闘スタイルは、実は非常に緻密なコントロールありきだ。
例えばレンが竜巻を放ったとき、彼は反動で吹っ飛ぶことも腕が捻じれることもない。それはレンが自身の周囲に反動を逃がすように空気を流しているからだ。
風を纏っているときに、目を開けていられることも呼吸ができることも全て、レンが自身の顔の周りを保護するように緩やかな動きの空気の層を作っているからだ。
また意図して反動を受け止めることもでき、キメラ戦のように空気の破裂で跳ぶこともできる。
さらに応用で空気抵抗を小さくして走ったり、暴風の中でも直立したり、空中で自在に姿勢も変えられる。集中すれば全身を取り巻く空気の流れを全てコントロールした状態、「風衣」もできる。
一見して派手な動きでも、それは集中力と緻密なコントロールがあって初めて成り立っているのだ。
「まぁ、生まれたときからこれをおもちゃに遊んでたらしいし」
レンの手の平の上で、小さな風の渦が独楽のように踊る。
今でこそ指を動かすような感覚で使えるが、その領域に到達するのには長い時間を費やしてきた。仕組みが単純なだけにやれることも多いが、少なくとも並々ならぬ才能と努力と時間がその土台となっているのである。
「ほへ~~。なんかごめんね、そんなに頑張ってたって知らずに」
「いーよいーよ。そんなことより、あいつら」
「うん。さっきの戦いも見られてた」
「本番ってとこかな。気合い入れろよ!」
「うん……!」
第二波と戦っている間も、そのスピードがあれば眷属たちは加勢することもできたはずだ。
しかし奴らは見ていた。レンの竜巻を楽にかわせる高さに滞空しながら、レンとリリカの動きを。
ミツキが言っていたとおり、高い知能が備わっている証拠だろう。
戦うほどに手強くなっていく異形の怪物たち。対するは類稀なる能力を持った二人の人間。
「かかって来やがれ!」
「「キチキチキチキチ!!」」
正念場だ。
「うん、見つけた。やっぱりいたね」
「数は同じくらいか」
レンたちと別れて先に火山湖を目指していたミツキとジンは、木々の間から上空を見上げた。
まだ暗く非常に見にくいが、眷属だろう飛行体が確認できる。
「結構な距離があるな。湖の真上か?」
「恐らく。これは……うん。なるべく多く引き付けて落とすべきだな。奴らが向かってこない場合が怖いけど……」
「なんか適当に投げりゃ当たるだろ」
「多分当たらないし、当たっても致命傷にはならない。奴らは賢いからな、徹底して居座ってくるかも」
ミツキとジンは遠距離攻撃手段がほぼない。そのため、敵が意図的に無視という行動をとってくるパターンはまずい。囮という役割を満足に果たせなくなるからだ。
しかし、まだ最悪のパターンとは言い難い。
「ま、その時は待ち、だろ?」
「その通りだね」
このパターンはすでに想定済みだからだ。
再び駆け出すジンとミツキ。
上空の灰雲は薄く白み始め、夜明けを知らせる。
そして夜明けの暁光が雲を黄金色に輝かせる頃、二人は森を抜け、火山湖を一望できる草原に立った。
「……すげぇ」
「うん、綺麗だ……。こんな静かな湖に竜が現れるなんて、信じたくないな」
「ソリューニャが言ったんだ、間違いねえよ。ま、復活なんてさせねぇけどな」
「そうだな」
二人は背丈の高い草に身を隠しながらさらに湖へと近づいていく。
ふと、ジンがミツキに訊ねた。彼らはこうして行動を共にしてはいるが、まだあまり互いのことを知らない。
「なあ、ミツキはどっから来たんだ? 何かの組織にいるんだろ?」
「ああ、君には言ってなかったか。フラムだよ」
「知らねぇ」
「ミュウちゃんたちもそう言ってた。シルフォードに用があるんだろう? フラムはシルフォードの都市さ」
「へぇー、そうなのか」
セレナーゼがミュウに預けた手紙は「シルフォードにいる友人」に宛てたものだ。その友人がどこにいるのかは分からない。もしかすると今はシルフォードにはいないのかもしれない。
だが、その友人を探すことも含めての「命令」なのだろう。
「確か、なんつったっけなぁー……名前」
「言わなくていいさ。それはミュウちゃんのための試練みたいだし、おれたちが手助けするのはミュウちゃんに頼まれた時だけだよ」
「お前……変な奴だけどなんか、悪い奴じゃねーのな。変な奴だけど」
「二回言ったな。おれはいつも少女たちの味方だからね、彼女らのためになる行動を優先するんだよ……ふっ」
「変な奴」
「このやろ」
ミツキにはミツキなりの矜持があるようだ。
と、ジンが何かに気付いた。
「待て」
「どうした」
「臭う。これは……血と、少し腐った……」
「すごく鼻が利くな君」
「あっちから臭う」
「確認しよう」
ジンに先導されて進んでいくと、ミツキにもわかるくらいはっきりと腐臭が漂ってきた。そして臭いの元を発見する。
「やっぱ死骸か」
「水生生物の一種だね。獰猛な性質の肉食獣だ」
その死体はまだ新しいのだろう。非常にきれいな状態を保っている。
なにより二人の目を引いたのはその死因であった。
「喉を掻かれてるな」
「手際よく急所を狙った証拠だな」
「食われたわけでもねーみたいだぜ……。んん?」
と、ここでまたジンが鼻をひくつかせた。
「まだあるぞ!」
「なに?」
「こっちに……ほら。腐った臭いはこっからだったんだ」
「……なんてことだよ。むごいな」
強い臭いで隠れていたが、よく注意してみると別の方向からも臭ってきていた。そしてジンが見つけたのは新たな死体、三つ。
「傷の具合がどれも違うな。みんなさっきと同じ生き物なんだが」
「それにやっぱ食われてもねぇみてーだし、何したかったんだ」
「……!」
ここで今度はミツキが気づいた。
「ジン! 足元、足跡とか無いかい!?」
「いや、ねぇぞ。どういうことだ」
「この傷、段々と減っていっている。一番傷が多いものは尾から脚、硬い背中まで傷だらけなのに、それ以外は腹部、頭部に集中している」
「あん? ああ、確かに腕上げてるな」
「それだよ! 学習してるんだ!」
「……!」
ジンもミツキが言いたいことを理解して、警戒を強めた。
「食べるためじゃない。まるで練習するようなこの殺し方」
「眷属か」
「ああ」
果たして、その推測は当たっていた。
にわかにジンの足元が盛り上がったかと思うと、眷属が飛び出してジンの首に鋭く大きな爪を突き上げた。ジンはそれをなんとかかわすと、後方に跳んで距離をあける。
「マジか! きっちり首狙って来やがった!」
「気を付けろ! そいつは二本爪だ!」
「どーいうこった!?」
「死体の傷は一種類じゃない! 二本と……」
ミツキの足元が盛り上がる。
ミツキは跳び上がり、直後に眷属の爪が空を切る。ちょうど足首があった位置だ。
「三本だ!」
「キチキチキチ!」
「はっ!」
ミツキは刀を鞘から抜き、空中で体をよじってそれを振る。しかし刀は爪に触れること叶わず、三本爪は着地したミツキの背後に現れた。
反撃を考える暇はない。ミツキはカウンターを諦めて前方に跳ぶ。眷属の爪はミツキの羽織を少しだけ裂いた。
「地上型も……そりゃいるよなぁ」
「「キチキチキチキチ……!」」
「二匹だけかぁ?」
「まだいると思う。足元に気を付けろ」
ジンは二本爪と、ミツキは三本爪とそれぞれ対峙している。今は一対一でジンたちに負ける要素は少ないが、まだ地中に潜んでいる可能性を考えると油断できない。
「チキチキチキ!」
「「!?」」
虫のような口吻を震わせて二本爪が鳴く。
「威嚇のつもりかぁ?」
「キチキチ!」
「ジン! 違う!」
「あっ、マジかこいつ!?」
ミツキに遅れてジンも気づいて、湖の方角へ振り返る。二本爪が鳴いたのは仲間に知らせるためだったのだ。
だがすでに遅い。湖の上空を飛び回っていた飛行型の眷属たちがこちらへ向かっていた。
「まずいな……!」
「へっ、ラッキーじゃねーか! 向こうから来てくれたぜ!」
「半分残してる当たり統制が取れてるな、はは」
「キチィ!」
「ああ、きついねぇ!」
ミツキが三本爪の攻撃をかわす。その頬を一筋の汗が伝う。
飛行型が到着すると、ミツキとジンは上空と地上に意識を向け、なおかつ地中からの奇襲にも神経を尖らせておかなければならなくなる。控えめに言って大ピンチだ。
「速攻で……!!」
ジンが足に魔力を集める。
いささか足場が悪いが、瞬身で一気にカタを付けるつもりだ。眷属たちは瞬身を見たことがないため、一発限りの必殺技としては非常に有効だろう。
しかし、ここで誰にも予測できなかったイレギュラーが窮地のジンたちを襲った。
「う、お!?」
「キチキチ!?」
「っ、なんだ!?」
遠くで鳥が一斉に飛び立った。それに連鎖するように鳥の集団は次々と飛び立つ。森の木々が小枝を踏むようにへし折られていく。
しかもそれは飛行型以上のスピードでにジンたちに近づいてきており。
「なんか、やべーぞ!」
「ジン! 一旦退く!」
ジンたちのすぐ近くで鳥が飛び立った直後、“それ”は来た。
「シャアアアアアアアアアアアアアア!」
「う、おおおお!?」
「ぐっ、おわぁぁぁ!?」
ジンとミツキが吹っ飛ばされる。
「でっ…………っけーーーー!」
受け身を取って立ち上がったジンは“それ”を見上げて思わず叫んだ。
「ふーー、ようやく見つけたね」
「……ああ」
「さーて、仕事だ」
それは新たな“敵”の乱入で。
そしてジンたちの命運に大きく関わる“脅威”との邂逅だった。
連絡です。
投稿の目処が立ちました。設定ノート1冊埋まるくらいごちゃごちゃしていた次章ですが、ようやく書きため作業に入れます。
投稿は世間の夏休みに合わせようかなと思っております。50話くらい毎日投稿します。する予定です、たぶん、きっと!
半年以上更新もせず、たまに過去の話を編集していたくらいが唯一の生存証明でした。すみません。ブクマを残しておいて下さった皆様には感謝しております。まだしばらく時間を頂きますが、何か質問等あれば気軽にどうぞ。
それでは。ぜひ楽しみにしておいてくださいませ。




