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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
時を超えし因縁編
131/256

雲の霊峰

 


 遥か千年も昔の話。


 二頭の竜は空を駆け、海を燃やし、大地を裂いた。場所を変え、主を変え、繰り返し行われたその闘争は漆黒の竜の封印で幕を閉じる。


 しかし今、大いなる災厄は再び舞い降りようとしていた。





 地上1500m。ゴツゴツとした灰色の岩に手をついて、リリカは空を仰いだ。冷たい空気が襟巻きの間から入り込み、ぶるりと体を震わせる。


「ふわぁ~~」


 漆黒の竜が封印された場所は、「雲の霊峰」と呼ばれる高山帯にある。ソリューニャが見た光景ではそこはマグマ噴き出す火口だったようだが、今ではそこには美しい火山湖があるという。


「雲の霊峰……。この辺りは常に厚い雲に覆われていて、太陽も月もない。寒い土地だよ」


 ミツキが解説する。


「“冒険王の手記”にもあったわね。私、ちょっと憧れていたの」

「ぼーけんおー?」

「ある探検家が大陸中を巡って見たもの会ったもの、食べたものなんかも記録した手帳があってね」

「それを書き写したものが“冒険王の手記”よ。聞いたことない?」

「うーん、ソリューニャやミュウちゃんなら知ってるかもしれないけど」


 冒険王の手記。

 探検の記録が詳細に残された有名な本であり、マオもミツキも一度は読んだことがあった。


 レンとリリカ、マオとミツキはヒバリたちを待ちながら雑談に興じる。鳥は四羽なので、こうして四人ずつ先に進んでは後を待ち、といったように移動しているのだ。

 風が吹いて、リリカがくしゃみした。


「くしゅっ! うぇぇ、さぶいよ」

「コート、買っておいて正解だったろう?」

「人が生きるには厳しい過酷な環境が強い魔獣や特殊な植物を育てるらしいわ」

「へー! わくわくすんなぁー!」

「冒険だー!」


 確かに、ここに近づくにつれ気温がぐっと下がっていた。今は傾いた赤い太陽が雲と地平線の隙間から光を届けているが、夜になった時どれほど寒くなるのか。


「あれ? あそこだけ雲が黒いよ?」

「うん。あれは“雷鳴の山”って言ってね、ほら今も光ってる」

「本当だ! 雷!」


 リリカが指差したのは一際高い山だ。頂上は黒雲に隠れている。


「あの辺りは不思議な力を感じるらしいわよ。なんか、山頂には伝説の雷獣なんてのも棲みついてるって言うわ」

「らいじゅう! すごそうだね!」

「探検家は会ったのか?」

「いいえ。その土地に残る伝承のようなものらしいわ」


 と、ここで鳥に乗ったヒバリたちが追いついて着地した。

 ヒバリは四羽の翼を軽く撫でて労うと、特殊な餌の入った袋をぽっぽに咥えさせる。鳥たちはその巨体に見合うだけのエネルギーを消費するため、長旅では栄養価の高い特製の餌を用意してやるのだ。


「ゆっくり休んで」


 鳥たちは安全な寝床を求めて飛び立った。彼らはこれから餌を分け合い、きっと狩りもするのだろう。

 彼らの習性だ。ヒバリはそれをよく分かって、一日に一回以上こうして自由にしてやる。


「おまたせ。そっちはどう?」

「動きはないですね」

「鳥さんばいばーい」


 彼らはヒバリの鳥に往復してもらうことで、ソリューニャの予定していたよりも格段に早く封印の地へと近づいていた。

 本来なら真紅の竜を呼べるようになった瞬間に呼びだしてそのまま封印の場所まで強行突破という無茶な予定だったのだから、ヒバリたちに出会えたのは奇跡的な幸運と言える。


「ねぇソリューニャー。ほんとにまだダイジョブなの?」

「ああ。そのはずだ」


 真紅の竜が漆黒の竜に対して使用した封印術は、漆黒の竜が人の世界に顕在するための力を封じるものでもあった。

 よって、ほぼ封印は解けた今でも竜は現れない。


「どっちにしても、真紅の竜はまだ出てこられないからね。むしろ早く到着した方が危険だ」

「うん、そうだな」


 くちゅん、と可愛らしく鳴いたミュウが体を震わす。厚手のコートを羽織ったリリカがすかさず抱きついて、同じく飛び込もうとしたミツキを蹴り飛ばした。


「こっちへいらっしゃい? 毛布があるわよ」

「わーい」

「ごめんねー、ミュウちゃん。火はおこせないのよ」

「あれのせいでな」


 ジンが遠く火山湖の方角を睨んだ。そこには羽虫のようなものが飛び回っている。


 眷属。

 漆黒の竜が作り出した存在で、竜の復活を邪魔するものを阻む、まさに番人だ。しかも飛行能力を獲得しているようで、輪をかけて厄介になっている。


「あいつらがいる限り、鳥じゃ近づけねぇもんなぁ」

「かといって全部相手にしてたら間に合わない」


 もともと鳥で空中から安全に行こうと思っていたところで、眷属の飛行タイプを発見。急遽作戦を変えて、ソリューニャたちは見つからずに鳥で近づけるギリギリのところに降りたのだった。


「で? こっからどーすんだ?」

「それなら竜出せるようになるまで待てばいいんじゃねぇー?」

「まあ妥当だね。いけるんじゃないかい?」


 しかし、ソリューニャが首を振った。


「ここで呼び出したとして、アタシも竜も無事に火山湖まで行けるか分からない。空を飛べて能力も未知数なのは怖いよ」

「だったらあたしたちがソリューニャを守ればいいんだよ!」

「竜の背中に乗るって? さすがに無茶だろう。立ってもいられないよ」

「かと言ってソリューニャさんだけを送るのもねぇ」


 封印にはソリューニャの力を使うようで、ソリューニャと竜がともに無事でいることが必要らしい。空から飛行型の群れに突っ込むとなると、竜はともかくソリューニャが危険だ。


「オレも反対だ。んなもん、オレがいる意味がねーだろ」

「その通りだ。俺にも暴れさせろ!」

「何か考えがあるの?」

「「先に行って掃除する!!」」


 無茶な作戦に聞こえないこともないが、しかし的は射ていた。どのような作戦だろうと最終的に火山湖に近づくのならば、障害を排除するのは単純に有効だろう。


「ええ、ちょうどそれを考えていたわ。ミツキ君?」

「はい、ヒバリさん。分かってますよ!」

「んー、私はどうしようかな」

「二手に分かれるなら、私と一緒にソリューニャさんを守るです!」

「ま、そうなるわね。私の魔導を活かすなら」

「それに、急ぐなら私じゃついていけそうもないですし」


 着々と話は進み、あっという間に作戦はまとまった。


「じゃあ、確認するよ。まず、レン。ジン、リリカ。ミツキ」

「おう!」

「アンタたちは先に行って眷属を引き付けてくれ。危険だけど、頼む!」

「うん!」


 第一段階。レンたち戦闘力と生存力が高いメンバーが地上から敵を引き付ける。


「そして、ヒバリさん」

「ええ。私たちは手薄になった隙に空から行くのね?」

「ああ。まったく危険がないとも思えないから、その時はマオとミュウ」

「ふふ。あなたと鳥たちのサイズなら任せて。守りには自信があるの」

「怪我した時は、お任せです! ヒールボール一発分の魔力は回復したのです!」


 第二段階。ソリューニャとそれを守るメンバーが一気に空から突破する。


「ありがとうみんな。きっと成功させる……守ってみせるよ」


 第三段階。ソリューニャが封印を行う。それを全員でサポートする。


「よっしゃ! 最初は任せろ!」

「気を付けるのよ。ここは山の上だから、空気も薄くなっているしね。いざとなったら“空飛ぶ魔法使い”、使うのよ」

「ありがとうヒバリさん。夜は冷えるから、そっちも気を付けてください」


 ちょうど日が落ち切って、辺りは暗闇に飲み込まれた。この冷たい夜の時間がカギを握る。

 レンたち先発隊はすぐに行動を開始した。






 ソリューニャたちがいる場所から火山湖に向かうには、二つのルートがある。正面に火山湖を隠すように巨大な岩が盛り上がっており、それを迂回する必要があるのだ。


 レンたちはそのうちの北側、彼らから見て右側の道を行く。遮蔽物が少なく、目立ちやすい危険なルートだ。

 しかしそれでいい。彼らの役目は眷属を引き付けることなのだから。


「いいか、真っ先に翅を狙うんだ。片方でいい。とにかく飛べなくするんだ」

「うん。わかった」

「もちろん殺せるならそれがいいんだけど、なにぶん首を落としても動くからね……。体力も保ちたいし、無理はしないでくれよ」


 ただし見つかるのはもっと近づいてからだ。火山湖の周りにもいる可能性が高いため、そこの眷属も引き付ける必要がある。

 だからこうして真夜中に、眠りもしない眷属から隠れて木々の間を進むのだ。静かに、しかし速く。たまに休憩を挟みながらも、風のように。




 そして夜明け前。


「うおおおおお!」


 レンの放った竜巻が夜明け前の静けさを破る。


「全員、かかってきやがれぇーーーー!!」

「きやがれーーーーっ!」


 大陸の命運を左右する戦いの、火蓋は切って落とされた。

気づけば半年経っていたので、更新します。

この章は次章への導入部でして、次章が完成しないうちは変更の可能性もあります。実はこの章10話分は完成してますが、そういうわけで投稿は厳しいのです。何卒。

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