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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編3 憂い
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ENEMY 5

 


 夕暮れ、冷たい空気が焚火を揺らす。

 竜人を送り届けて戻ってきたヒバリを加えた八人は、情報を共有する。


「待たせたわね」

「お疲れ様です、ヒバリさん」

「どこまで話したの?」

「ミュウちゃんとレンの話だけです。ヒバリさんはもう知ってると思ったんで」


 ミュウとレンがなぜソリューニャを見失ってしまったかという理由を知らないのはジンとソリューニャ、リリカだけであった。


「レン君とミュウちゃんが因縁の相手と戦ったっていう話よね」

「それと、何かの“組織”が狙ってくるっていう話ね」

「その通りです。それと新事実、その相手がどうやらカキブの刺客だったみたいで」

「カキブ? ずいぶん離れてるけど」

「まあその辺は後にしましょう。きっと驚きますよ」


 マオをはじめクロノス組には、初めて会ったあの村で簡単な事情を話してあったが、その時は詳しいことは伏せていた。


 むやみに素性を明かすものではないという、レンたち一行の間での決まりがある。懸賞金がかかっているとバレれば相手によっては面倒なことになる可能性があり、この決まりはそれを防ぐためのものである。


「じゃあ、本題に入ろっか」

「おう! もー待ちくたびれたぜ」

「ソリューニャぁ、早くー」


 全員の視線が自然とソリューニャに集まる。夢遊病のようなあの症状は何なのか、彼女がなぜ研究施設に引かれていたのか、あの虫人間やキメラは何なのか、なぜ彼女を狙っていたのか。

 一連の奇妙な現象や謎はすべてソリューニャに関わっており、そして答えられるのもソリューニャだけである。


 彼女だけが知っている、強大な存在に迫る脅威。

 ソリューニャは語る。彼女が知った絵空事のようなすべてを。


「うん、少し複雑だから一つずつ。まず、アタシが意識を失うのも研究施設に向かっていたのも、すべては真紅の竜の影響だ」

「「「竜ぅ!?」」」


 初っ端から全員に衝撃が走った。


「竜は獣棟の地下で死にかけていた。それでも必死に生きようとする意志がアタシに割り込んできた。アタシの意識が途切れたのはそういうことだ」

「なんでソリューニャだったんだ?」

「二次魔力だよ。竜が生きるには元の世界に帰らなきゃならない。けど世界を繋げて竜が行き来するには二次魔力が不可欠なんだ」

「ソリューニャも二次魔力持ちなの!? すごっ!」

「ソリューニャお前そんなことできたのか!? 知らなかったぞ!」

「てゆーか世界って何!?」


 出るわ出るわ、驚きの事実。レンたちは驚きと興奮で休む暇がない。


「じゃー竜は帰ったのか。くっそー、見たかったなぁ!」

「おれたちは少し遅かったみたいだね」

「いや、見れるよ」

「「「見れんの!?」」」

「そういう契約だから。竜はもう一度この世界に来なきゃいけない」


 しかし本番はここからである。

 ソリューニャは少し溜めると、今回の“核”に触れた。


「……漆黒の竜を、封印するために」


 遥かなる時を超え、再び動き始めたこの因縁こそ、今回の事件すべてにかかわる元凶だ。


「千年以上も昔、二頭は人類の存亡をかけて争い、そして引き分けた」

「ええええ!?」

「竜が二頭!?」

「すっげー! 戦争か!」

「真紅の竜は漆黒の竜を封印した。ただ問題は封印の半分を“宝玉”が維持していること」

「宝玉? あぁ、村で聞いたあれか」

「そういえば見つからなかったって言ってたねー」

「ああ、それ嘘」


 ソリューニャはセリアたちに宝玉は見つからなかったと、嘘の報告をしていた。


「嘘ぉ!?」

「だますのはよくないよ!」

「仕方なかったんだ。だって宝玉は壊されたんだから」

「壊され……た?」

「なるほどね」


 敏いヒバリが納得したように頷く。


「この話をしてしまったら、宝玉を盗まれてしまったことに責任を感じてしまうものね」

「うん。正直セリアたちが手伝えることもないし、ただ負い目を感じ続けるくらいなら知らない方がマシだと思ったんだよ。壊れたことくらいは伝えるべきだったのかもしれないけどね」

「いいえ、いい判断だと思うわ。優しいのね」

「ソリューニャは優しいんだよ!」


 リリカが嬉しそうに胸を張る。そんな姿がかわいらしくて、ソリューニャはリリカの頭をわしわし撫でた。


「ちょっと話がそれたね。封印の話だけど、つまりもう解けかけてる。竜の復活も時間の問題だ」

「あ、わかった! “おーいなるサイアク”だ!」

「微妙に違う」


 宝玉にまつわる伝承はまさにこの事態を示唆していたのだろう。


「それで復活できねーようにもう一回封印すんのか。いや、それより竜同士の戦争が見てー!」

「無茶だ。真紅の竜は回復が間に合わない。戦いになれば恐らく負ける」

「そんときゃ俺が代わりに……」

「もっと無茶!」

「でもよ、じゃあどうすりゃいいんだ?」

「うん。そこでアタシの使命は三つ」


 ソリューニャは三本の指を立てた。


「一つ。復活前に竜が封印されている場所に行くこと。リミットはあと数日」

「ずいぶんテキトーだな?」

「具体的には分からない。敵の魔力の高まりでなんとなく分かるんだよね」

「間に合うのです?」

「そこは考えがあるよ。とにかく、行かなきゃ始まらない」


 ソリューニャははるか遠くまでそびえ立つカーテンウォールを指して、指を一本折った。


「二つ目。そこで真紅の竜を呼び出すこと」

「おおおお! 楽しみだぜ!」

「どんなんかなぁ~」


 また指を折る。


「そして三つ、死なないこと。アタシが死んだら竜は呼び出せないし、最悪の事態でも生きてさえいれば希望は残るから」


 ソリューニャは最後の指を折り、拳を握った。竜との契約時につけた手の平の傷が熱くうずく。

 彼女には彼女の目的がある。そのためにもこんなところで死ぬわけにはいかない。


「死ぬ? どういうことだ」

「竜は弱まった封印の隙間から“眷属”を送り込んできてる。封印を確実に解くために」

「さっき宝玉は“壊された”って言ってたですね。それって……」

「その通りだ、ミュウ。もうちょっと遅かったら竜もやられてたし、アタシは実際襲われた」

「あっ、あの虫人間がそうなのか」

「うん。あれだよ」


 ミツキが気づく。そして実際に戦ったことを思い出しながら補足した。


「あいつら、異様に賢いぞ。並の人間以上かも」

「どういうことです?」

「最初に奴が接触してきたときに刀が擦ったんだが、それきり距離を取るようになった。しかも、間合いもほぼ正確に測ってた」

「それは……強敵ね。一度見た攻撃は通用しないかも」

「しかも首を切り離しても動いていた」

「ええ!? そんなことあるのー?」

「人みたいな姿だけど、人とは全然違う。気を付けなくちゃね」


 ミツキが補足を終えて、ソリューニャに目を向ける。続きを促されて、ソリューニャがまた話しはじめた。


「奴らはまだまだいるはずだ。そいつらから身も守らなきゃいけない」

「一体一体もそれなりだし、骨が折れそうな話だね」

「ああ。だからみんな、聞いてほしい」


 ソリューニャは仲間たちの一人一人と目を合わせる。


「これは竜とアタシだけの問題じゃない。何も聞かずにいてくれたマトマたち、旅の中で助けてくれた人たち、そしてすべての人類のために戦わなくちゃいけない」


 レン。ジン。リリカ。ミュウ。彼らはみな一様に決意に満ちた目でソリューニャを見ていた。


「今回も、一緒に戦ってくれ!」


「それを待ってたぜ! オレはもちろんやる!」

「ソリューニャおめー、一人でこんな面白そうなことさせるわけねーだろ! 俺も混ぜろ!」

「あたしもっ! もっと頑張るから、ちゃんと見ててね!」

「私も頑張るです! フィルエルムも守ってみせるのです!」


 答えなど決まりきっていた。


 彼らの絆を目の当たりにしたヒバリたちクロノス組も、考えていることは同じであった。


「眩しいわね。彼ら」

「ええ。つい協力したくなっちゃう魅力があるわ」

「ま、見過ごしやできませんよね。ミュウちゃんとか」

「おい」


 ヒバリたちは立ち上がり、ソリューニャに手を差し出した。


「私たちも手伝わせてもらうわ」

「私も、乗り掛かった舟ってね。仲良くしましょ」

「戦う幼女を見捨てるのはおれの信条に背く行為なのさ」

「自重なさい」


 ソリューニャは笑って手を握った。


「いや、こっちから頼もうとしてたとこだったんだ。ありがとう!」

「心強いのです!」

「また賑やかになるねっ!」




 協力関係が継続ということで、クロノス組が改めて自己紹介をする。


「私はヒバリ。みんなを鳥に乗せて目的の場所まで連れていくわ」

「わーー! 楽しみだなぁ」

「うふふ。よろしくね」


 ヒバリ。鳥と心通わせ、主に移動のサポートを行う。


「おれはミツキ。腕には自信があるよ」

「でも危ない人なのです」

「そうね」

「よっしゃ喧嘩しようぜ!」

「こんな時に怪我でもしたらどうするつもり!?」


 ミツキ。刀を扱う剣士で、その実力はレンたちをも凌ぐ。


「私はマオよ」

「「眠いのか?」」

「それ昨日も聞いた! 何なのこの二人!」

「あぁ、レンとジンは双子だって」


 マオ。戦闘ではバリアで味方を守り、日常ではミツキから少女たちを守る。


「まあ、こんな感じよ。改めてよろしくね、ソリューニャさん」

「こちらこそ。心強いよ、ヒバリさん」


 この八人が人知れず挑むのは、人類の“敵”。

 かつてないスケールの“敵”との戦いは、すでに始まっているのだった。


 ◇◇◇






 どこかの国、どこかの町。

 大きな白いフクロウが、一人の青年が伸ばした腕に止まった。同じ白の髪の青年は、フクロウの首にかけられた筒を外して手紙を取り出す。

 隣にいた金髪の青年が笑顔でフクロウを労った。


「いや~、雨の中ご苦労だったねぇ」

「……ターゲットはカーテンの南側」

「お、近いな」


 金髪の青年は嬉しそうに目を細め、口の端を釣り上げた。


「毎度毎度、“目”はいい仕事をするねぇ」

「……上機嫌だな、カルキ」

「はは。分かるかい」


 カルキと呼ばれたその青年は隠そうともせず、ますます楽しそうだ。


「予感がするんだ。今回はきっと楽しいぞ」

「……」

「ハルはどうなんだい?」


 ハルは無言で遠く彼方に目を向けた。雨はいよいよ強さを増している。


「嫌な予感だ」

「そっか。当たるよなー、ハルの勘」


 遠くで黒雲が光り、遅れて雷鳴が轟いた。


「うわ。今のは大きかったね」

「……入ろう」

「そうだね。こいつも拭いてやらなくちゃ」


 そのとき、また稲妻が走ってハルとカルキを照らした。


「荒れるね、これは」

「……ああ」


 ここに二人、さらなる“敵”もすでに動き出していた。

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