ENEMY 4
~獣棟・崩壊した第2実験場~
キメラを斃したレンとソリューニャは、瓦礫の上から廃墟のようになった研究施設を見た。竜の息吹が通った跡が一直線の道のようになっており、黒煙を昇らせる兵棟は終着点の目印のようだ。
「よっと、ソリューニャ! 助かったぜ」
「アタシの方こそ、危機一髪って感じだった。来てくれてありがとう」
「へへ。それよりもう眠くなったりしねーのか?」
「それについては後でみんなに話すけど、うん。ひとまずは大丈夫」
「そかそか」
これで、少なくともソリューニャの問題は解決したといっていいだろう。
代わりに漆黒の竜の脅威という問題が浮上しているわけだが。
「じゃあ戻ろうぜ。ミュウとマオが待ってんぞ」
「誰だマオ。その前に人棟が気になるな。子供は見つかったんだろうか」
「あ、それもあったかぁ」
と、そこにミツキが駆け寄ってきた。
「ミツキー!」
「いやあ、すごいことになってるねぇ」
「あいつ滅茶苦茶に撃ちやがったからな」
ミツキも地上の惨状を見て目を丸くする。
「うーん、終末」
「あ、これ返すよ。ありがとう」
「どういたしまして」
ミツキが二振りの刀を受け取り、異空間へと仕舞い込む。
「お!? なんだそれ!」
「ただの召喚魔導さ。刀を出し入れするってだけのね」
「へぇー」
「それより、ここから移動した方が良くないかい?」
「ん、そーだった。人棟行くぞ」
三人は移動を開始する。
「だいぶガタついてるね。気を付けないと、瓦礫の下敷きになっちゃうかも」
「レンも大丈夫か? だいぶキてるよね」
「おう! 心配いらねー」
レンが見せつけるようにスピードを上げる。
ソリューニャとミツキは顔を見合わせて笑うと、同じようにスピードを上げて追いついた。
「タフだよね、彼」
「いっつも驚かされてるよ」
「あぁ、そうだ。おれはミツキ。わけあって今は協力してるよ」
「ソリューニャだ。ミツキも何か目的があったのか?」
簡単な自己紹介をして、ソリューニャが訊ねた。ミツキは懐から紙の束を取り出した。
「研究施設の調査。これはそこらで集めた」
「あー。変な場所だよね、ここ。アタシも気になってたよ」
「あとで君たちからも話が聞きたいな」
「無事に脱出できたらね」
そのとき、レンたちの進行方向からジンたちが駆けてきた。マトマを背負ったジンを先頭に、セリアに肩を貸しながらリリカと、二人の子供が続く。
「ジンーー!」
「レーーン!」
向こうも同時に気付いたようだった。
そして合流。
「「こんのヤローー!」」
からの喧嘩。
レンとジンがつかみ合う。
「お前みんな倒しやがって! くっそつまんなかっただろうがぁ!」
「知るかァ! テメーこそソリューニャ一人で歩かせやがって!」
「そりゃテメーもだろ! 結局ソリューニャ一人でピンチだっただろうが!」
「なにをーー!」
両手を合わせて押し合う。
喧嘩する二人を今さら気にすることもなく、リリカはソリューニャに駆け寄った。
「ソリューニャ! 体は」
「大丈夫だよ。リリカこそ……」
「あえっ! なんでもないよ! なんにもないよ!」
「ふふ、そう」
リリカの目は赤く腫れていたが、その表情も晴れていた。
リリカが何に悩んでいたのかは知らなかったが、この様子だとそれも解決したのだろう。そういう機微には人並みに敏いソリューニャはあえて何も触れなかった。
「お? リリカ泣いたのか?」
「んななな泣いてないよっ!」
「ぶふっ」
そういう機微に疎いレンがさっそく直球をぶつけた。ソリューニャが噴き出す。
「泣いたぞ」
「んななななんで言うんだよぉ!」
「ぶふふっ!」
そういう機微に疎いジンがあっさり暴露した。ソリューニャはお腹を抱える。
「もぉーーっ! バカーー!」
「「ぎゃああ!」」
「あははは!」
レンとジンが殴られる。ソリューニャはとうとう声を上げて笑い出した。
そろそろ収拾がつかなくなりそうな予感がして、ソリューニャが手を叩く。
「はいはい、そこまでー。こんなことしてる場合じゃないよー」
「あれ? レンなんでいるの?」
「遅っ!」
「あれ? これ誰?」
「どうもミツキです!」
ミツキが勢いよく頭を下げてリリカの手を握る。
「あ、握手だー」
「……」
「どしたの?」
ミツキが手を握ったままリリカを頭からつま先まで観察する。そしてその視線がリリカの平坦な胸で止まった。
「うーん、惜しい。惜しいな。背も幼ければいい感じだったろうに……」
真剣で純粋な目だった。本気で惜しんでいた。
「どこ見て言ってんだ!」
「出会うのが遅すぎたっ!」
リリカの背負い投げで、ミツキの身体は美しい軌跡を描いて叩きつけられた。
「ソリューニャぁぁ! こいつ敵だーー!」
「よくわからんけどそうみたいだね。行くよー」
「はーい」
◇◇◇
~兵棟地下2階・魔方陣の部屋~
「……上が騒がしい気がするのです」
通気孔から漏れ聞こえる音を聞いて、ミュウが呟いた。フロア内を探索していたマオがちょうど戻ってきて、相槌を打つ。
「そうだねー」
「……やっぱりさっきの揺れは何かあったんだ」
「すごい音だったもんね」
キメラの息吹攻撃で爆発した火薬庫は、実はこの部屋のほぼ直上にある。通気口が繋がっているわけではないので爆炎が吹き込んで来ることはなかったが、揺れは岩盤越しに伝わってきた。
そわそわと落ち着かないバッカルが立ち上がる。
「やっぱり心配だ。見に行く」
「待ちなよ。危ないからさ」
「あれから敵は一人も降りてこないし、きっと大丈夫さ」
「危うく死ぬとこだった人が何言ってんのって。怪我もひどいんだから大人しくしていなさいよ」
マオが冷静に引き留める。
バッカルたちの傷は浅くなく、二人とも応急処置こそされてはいるが少し動くとまた傷が開きかねない状態にある。
言葉に詰まったバッカルがクリートを見るが、クリートも静かに首を横に振った。
「……焦りも無意味だ」
「うぅ……そうだな、すまん」
「きっと皆さん無事なのです。その証拠に、私の仲間はちゃんと四人ともこっちに向かっているのです」
「本当か!」
「はい。もうすぐそこまで来ているのです」
ミュウがにっこりと笑う。
そしてその言葉通り、すぐに騒がしい声が聞こえてきた。
「すごい。本当に分かるんだ」
「はい! なのです」
「セリアたちは無事なのか……!?」
聞こえる声はだんだんと大きくなってくる。そして曲がり角から二人、レンとジンが飛び出してきた。
「あった! あそこだ!」
「おーい、ミュウ!」
「レンさん! ジンさん!」
「「うおおおお!」」
「え、わああ!?」
レンとジンがスピードを上げて突っ込んでくる。ミュウは慌てて引っ込んだ。
そして勢いそのままに部屋に突っ込もうとしたところで、入り口に弾かれるようにしてひっくり返った。マオがバリアを張ったのだ。
「痛ええええ!」
「こら! 怪我人もいるんだから騒がない!」
「頭割れてねぇ?」
「大丈夫、真っ赤に腫れてるだけなのです。あ、ちょっと血が出てるです」
「割れてんじゃねーか!」
二人に遅れてリリカたちも到着する。
ジンの頭をさすっていたミュウはソリューニャを見るなり飛びついた。
「ソリューニャさんー!」
「ミュウ! 心配かけたみたいで、悪かったね」
「うわあああん! よかったのですー!」
ミュウたちが再会を喜ぶ一方で、バッカルたちも互いの無事を確認して喜び合っていた。
「セリア! マトマ!」
「わっ、聞いてたよりひどい怪我!」
「……子供たちも、見つけたんだな」
「うん、クリート」
そしてマオとミツキも。
「やあ。おれは無事だよ」
「心配なんてしてないわ。それより、何か分かった?」
「まあ、どうだろうね。そもそも命令も曖昧だったし、これでいいんじゃない?」
「ほんと、モヤモヤする。帰ったら一発殴ろうっと」
その時、再びフロアが揺れた。別の火薬庫にも引火したのだ。
パラパラと天井の土が落ちる。全員が無事に集合できた以上ここに長くいる必要もない。
「おーっし! ここを出るぞ!」
「うん!」「ああ!」
竜人の子供は取り返した。ソリューニャの問題もひとまず解決した。ミツキとマオも研究施設の視察ができた。
「あ、そうだ。宝玉は……見つけられなかった」
「別にいいですよ。うちの長もそれほど気にしてないみたいだったし、気にすることじゃない」
「みんな無事。それだけで十分すぎるよ」
「うんうん」
そして全員誰も欠けることなくここにいる。
これを研究施設との戦いだとするならば、大勝利と言っていい。
勝者たちはこうして研究施設を後にしたのだった。
そして一行は洞窟の魔方陣の上に戻ってきた。ここまで来ればもはや安全だろう。
急にしんとした場所に出たからか、先ほどまである種興奮状態だった一行の気も緩む。特にそれはセリアたち戦闘慣れしていない竜人たちに顕著に表れた。
「つ……っかれたぁ~」
「改めてありがとうね、みんな。私たちじゃ何もできなかったと思う」
「あたしこそ、途中勝手なことしてごめんね」
「何かあったのです?」
「あっ! これ内緒!」
「え~~!?」
マトマが言ったのは本心からの言葉だ。
見つからなければとか、誰かと一緒だったらとか、初めはそんなことを考えていた。しかしあらゆることが想像の上を行っており、実際には手も足も出なかった。
「セリアたちはこういうこと初めて?」
「当たり前でしょ! え? 何、あるの?」
「え~っと、いち、にい、さん……」
「嘘でしょ!?」
もっとも、研究施設の規模もそこにある戦力も異常だったわけであり、それは誰の予想をも上回っていたので仕方ないこととも言えるのだが。
「ん? どうしたクリート」
「……魔方陣」
「あぁ、なるほど。またあいつらが来るかもしれないな」
クリートの懸念を察したバッカルが代弁する。また今回のように敵が来る可能性は彼らにとっては脅威である。
それならば、と魔道に詳しいミュウが答えた。
「この石板を割るか動かしてしまえばいいのです」
「どういうこと?」
「もともと転送陣は複数の魔方陣が必要で、これは接続による空間への……」
「ぷしゅうー」
「……」
早くもリリカが音を上げたので、ミュウは説明を諦めた。代わりに初歩的な仕組みは理解しているらしいマオが噛み砕いた。
「要するにそもそも魔方陣を崩してしまうか、魔方陣の場所を変えてしまえばいいのよ。転送陣は一度決めた場所でしか使えないからね」
「よくわかんないけど、そうなんだねー」
「……ミュウちゃんから聞いていた通りね」
「え? なになに、なんて言ったのー?」
まさか本人に向かって「ハネた黒髪の胸がちっちゃいアホっぽい女の子です」とは言えない。マオは笑って誤魔化した。
そしてその隙にミツキが動いた。
「いや~ミュウちゃんは物知りだなぁ~~」
「きゃ!」
「しまった目を離した! マオぱんち!」
「容赦ない! ぐぉぉぉ」
ミュウに近づこうとしたミツキの腹部に一切の手心がかかっていないパンチが当たる。たまらずミツキが膝をついた。
「やめなさいよ危険人物」
「じゃあ壊すぞー」
「あぁ……。珍しいものなのに勿体ないのです」
ジンがハンマーで魔方陣が彫られた石板を叩くと、石板はばかんと真っ二つに割れた。
これで不安も消えた。一行は部屋を後にする。
洞窟から出ると、太陽の光がマオの目を刺した。マオは目を瞑りながら両手を広げて暖かさを受け止める。
「なんだか久々の太陽ね」
「まぶしいのです!」
「おかえりなさい。みんな無事?」
「わぁ、きれいな人ー」
「お、ヒバリさん! ただいま戻りました」
出迎えたのは、マオやミツキと同じくクロノスに所属するヒバリだ。彼女は研究施設には行かず、村と町を往復して食料などの物資を村に運んでいた。
「ちょうどさっき来たの。セリアさんたちのこと、みんな心配していたわ」
「あはは……。絞られそう」
「うふふ、それだけ心配かけたってことね」
ヒバリの後ろで四羽の鳥が鳴いた。リリカとジンが目を丸くする。
「うっわー! おっきい!」
「おおおおー! すげーー!」
「かわいー!」
「ふふっ。そうでしょう? 右からグレイ、アイ、ぽっぽ、キャップよ」
ソリューニャも驚く。レンやミュウがあれだけの距離を短時間で移動できた理由が分かったからだ。
「まさか、え? レン、飛んできたって言ったよね」
「おう、言ったぞ」
「本当に“飛んで”きたのかぁ……」
「だから言っただろーが」
「アタシてっきり急いできたって意味かと、ねぇ」
こういう反応には慣れているのか、ヒバリはここに来た理由をさらりと口にした。
「さ、セリアさんたちは乗って? 村まですぐよ」
「えっ!?」
「乗れんの!?」
「そのために待っていたんだもの。ささっ、乗り方を教えるわ。怪我人からどうぞ」
呆気にとられる彼らをよそにヒバリはてきぱきと指示を出して、気づけばとクリートとバッカルはグレイとキャップの背に乗せられて“空飛ぶ魔法使い”をかけられていた。非常に手慣れた様子だった。
「子供は危ないから私と乗るとして、あと一人。アイに乗って」
「あ、あたし乗りたいー!」
「ちょっと待って。悪いけど、アタシたちは戻らない」
「えー? なんでソリューニャー」
「ごめん。少し、話があるからさ」
「……そう。何か事情があるのね」
ヒバリはそれ以上の追及をすることなく頷いた。そしてミツキに目を遣るが、ミツキも首を振って残る意思表示をする。
「おれもソリューニャには聞きたいことがあるんでね」
「なら私も残るわ」
「ええ、了解。その話、あとで私も聞きたいから」
「もちろん」
ヒバリは子供と一緒にぽっぽに乗った。どうやらここでソリューニャたちと別れると理解したバッカルとクリートは感謝の言葉を伝える。
「……ありがとうございました。皆さん……」
「本当に助かったよ。何も恩返しできないのがすごく残念だ」
「気にしないでいーよ!」
「おう! 次はお前たちで守れよ!」
「必ず……!」
そして鳥たちは飛び立った。話題は当然ソリューニャの「話」になる。
「で? ソリューニャ」
「あぁ、うん……。まだ、今は」
「あんだよ、じれってーなぁー」
その時、ソリューニャがちらりと自分たちを見たことをマトマは見逃さなかった。そして察する。
「私たちには話せないこと、なんだね」
「っ、ごめん……」
「ううん、いいの。それって私たちのためでもあるんだよね」
「あ、ああ……」
「じゃ、聞かない。ね?」
「……そうだね。何か理由があるってんなら、いいよ」
セリアも笑って首を振る。気にならないはずもないが、気持ちを汲んでくれた彼女らにソリューニャは笑って礼を言った。
しばらくしてヒバリが戻ってきた。ヒバリは村に置きっぱなしにしてあった全員分の荷物を下ろす。
「さっすがヒバリさん! 気が利くー!」
「ありがとう!」
「どういたしまして。さ、次はセリアさんたちね。乗って」
「あはは、ちょっと怖いかも」
恐る恐る、といった風にキャップとアイに上る。ヒバリが魔導を二人にかけて、自分も子供と一緒にぽっぽに乗った。
「……それじゃ、元気でね」
「ソリューニャこそ。何があるのかは聞かないけど、気を付けて」
「ああ」
最後まで聞こうとしなかったマトマに、ソリューニャは決意とともに頷く。
必ず竜の復活を阻止して、マトマたちも守らなければいけない。それが言えなかったせめてもの報いだ。
「ばいばい!」
「リリカ。今度は負けないからね!」
「うん!」
「本当に……ありがとう」
セリアが最後にもう一度礼を言う。
格闘祭で戦って、ともに研究施設を駆け回って、セリアはリリカに強い信頼と深い感謝を抱いていた。そんな気持ちは伝わったのか伝わっていないのか、リリカは満面の笑顔で手を振った。
「いいよっ!」
セリアたちの影が遠ざかっていく。
竜人たちとの別れ、これで研究施設との戦いは一旦終わった。しかし立ち止まる暇はない。
次なる戦いはもう、始まっているのだから。




