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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編3 憂い
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ENEMY 2

 

 

 ~人棟一階~


 この棟で何が行われているのか、そのヒントとなるシュタインの言葉を聞いたのはリリカだけだった。

 例えばそれがミュウだったとしたら、ソリューニャだったとしたら。その悪夢のような実験を、おぞましい内容を、察してしまったかもしれない。


 だが、そんなことは些細な問題である。


「な……!」


 セリアたちと別れた扉の部屋で、リリカは否応なく真実の一端を目の当たりにする。


「ぉ……ぉ?」

「セリア……マトマ……!」


 倒れたマトマと、泣く二人の子供。

 首を掴まれて持ち上げられているセリア。


「んのらぁ!」


 ジンの行動は迅速だった。リリカを背負ったまま、セリアを襲う“敵”に飛び蹴りを放つ。

 “敵”はいとも容易く吹っ飛んで壁に衝突した。


「あり、軽い? リリカ、そいつら頼む」

「うん! セリア! 大丈夫!?」

「げほ、げほっ!」


 リリカは激しく咳き込むセリアを介抱する。流血などは見られないため、すぐに回復するだろう。


「セリア、離れて休んでて」

「うん……」


 次にリリカはマトマと二人の子供に近づく。そしてマトマの呼吸や脈を確かめる。


「……きぜつしてるだけだ、よかった」

「お姉ちゃん、誰?」

「もしかして、姉ちゃんたちと一緒に来てくれたっていう」

「あ、うん。そうだよ」


 子供たちも汚れてはいるがケガはないようだ。そしてセリアたちを姉と呼んだことから、この子供たちがセリアたちの姉弟だろう。


「あ、早く逃げなくちゃ!」

「怖いよぉ」

「大丈夫だよ。あいつがやっつけてくれるから」


 子供たちがリリカの袖を引く。

 だがリリカはにっこり笑って二人の頭を撫でた。そしてマトマを慎重に抱えると、安全な場所まで連れて行った。


「おい、なんだお前は」

「……ぉ、ぉ」

「ち、言葉も通じねぇのか」


 “敵”がゆっくりとその身を起こした。


 それは死人のような、灰色の肌の人間だった。眼球は繰り抜かれたように空洞で、骨と皮だけの瘦せ細った肉体を隠すものは何も纏っていない。

 こんな生き物を、ついさっきリリカは見ている。人工屍人だ。


「……死体。でも、ちょっと違う?」


 ジンもまた、これにもっと近い魔物を屍の洞窟で見ている。屍人だ。

 しかし明確に、あの時とは違う点があった。一蹴りで首が取れたあれとは比較にならない耐久力だ。


 それなりの威力のキックが直撃したというのに、屍は何事もなかったように立ち上がっている。棒切れを組み合わせたみたいな体では、少なくともノーダメージとはいかないはずだ。


「とりあえずパンツぐらい履け、死体ヤロー」


 ジンが再び蹴りを見舞う。今度は足を狙った鋭い蹴りで、当たれば千切れてしまうように思われた。


「なにぃ!?」


 脚が奇妙に折れ曲がり、屍の体は脚に引っ張られるように吹き飛んだ。だが、直撃したというのに脚は千切れていない。

 それどころか、再び何事もなかったように立ち上がってきた。捻じれた脚もなぜか真っすぐに治っている。


「なに、あれ」

「わかんないよ……。ここに連れてこられて、何とか逃げて、でも」

「あいつがフラフラしてて、見つかって……怖い!」


 怯える子供たちを抱きしめるリリカ。セリアが補足をする。


「ちょうどそこに私たちが来たんだけど、見ての通り」

「それで……」

「うん。打撃が通用しないんだ」

「ジーンー! だげきがつーよーしないってー!」

「なんじゃそりゃ」


 だが、ジンも身をもって理解していた。

 あれはただの死体ではない。何かもっと別の、しなやかで硬い素材でできている。


「リリカ。そいつら連れて先帰ってていいぞ」

「一人じゃ連れてけないよ。ジンこそ戻ろーよ」

「やだ。俺はこいつを倒したくなった! 邪魔すんなよ!」

「もー、相変わらずだなぁ。みんな心配するから、早くしてね」

「すぐ終わらせてやらぁ」


 ジンが魔導で鉈を創造して飛びかかった。


「とりあえず斬る!」

「「ぎゃーーーー!?」」


 リリカとセリアの目の前に切断された灰色の手首が飛んできた。


「ちょっとぉーー!」

「るっせーなぁ。だから帰れって言ったのに」

「もっと綺麗にやっつけてよー! こう、ポコンって感じでさぁ!」

「そりゃ無茶だ。見てみろ」


 ジンが親指で屍を示す。


 屍の左腕、手首の断面から触手のようなものが束になって伸びていた。触手はうぞうぞと波打ち、そのおぞましい光景にリリカたちは声を失う。


「わっ……!?」

「な?」


 屍の骨と皮だけの身体がボコボコと脈打つように歪み始める。

 肩から首、胸、頭部へと網状の筋が浮かび上がる。


「うっ……!」

「気持ち悪い……」


 そして肩が一瞬盛り上がったかと思うと、そこを突き破って巨大な黄色のつぼみが現れた。


「花だーーーー!」


 さらに背中からは四枚の巨大な葉がまるで蝶の羽のように開く。

 もはやそれは疑う余地もなく植物であった。手首から出た触手も、蔓と呼ぶのが正しいだろう。


「すっげー! 死体に咲く花なんて初めて見た!」


 興奮したジンがさっそく突進する。

 しかし屍の腕から出る蔓がわっと広がって、ジンを捕らえる網になった。


「げっ」


 ジンが飛び退く。

 獲物を捕らえることのなかった蔓はまた腕に戻っていく。


「おえ~。近づくとあれが飛んでくんのか」


 ジンはこのおぞましい攻撃を前にして、あくまで冷静だった。


「死体の中に花が咲いてたんだな」


 軽く体をほぐしながら、ジンは敵を観察する。

 細い蔓を体内に張り巡らせていたため衝撃に耐性もあったし折れたはずの脚も治せたのだろう。

 これでは打撃が通用しないはずである。


 だが、直接的な物理攻撃の多彩さならばジンの右に出るものはいない。


「よっし、もっかい斬り飛ばす!」


 うねうねと蔓をくねらせながら、死体が近づいてくる。

 ジンは不敵に笑うと、真正面から突っ込んだ。


「おおおお!」

「ジン!」


 ジンの姿が蔓に包まれて見えなくなる。思わずリリカはジンの名前を叫んだが、刹那、蔓が千切れ飛んで両手にナイフを握るジンの姿が現れた。


「どりゃっ!」


 ジンの蹴りが死体の胸を打つ。

 しかし死体の胸を突き破って出てきた蔓がその足に絡みつく。


「ちぃっ!」


 咄嗟にジンが創造したのは、底に刃が付いた靴。それを履いた自由な方の脚で、絡みつく蔓を断ち切る。


「んのらあっ!」


 四つん這いで着地したジンは足払いをかけて死体をひっくり返す。そして素早く立ち上がると、創造した槍を死体の胸に突き刺した。


「どーだ!」

「シャーーーー」

「んなっ!?」


 ジンが危険を察知して飛び退く。ジンの手を離れた槍は三秒待たずして消滅した。


「なんだなんだぁ?」


 死体が蔓を使って直立不動のまま身を起こす。

 そして肩から出たつぼみが解けて、鮮やかな花が咲いた。

 花弁には黒の斑点模様があり、花の中心部には大きな赤い球体が収まっている。


「へぇ、なるほどなぁ」


 さらに球体がパックリと裂けて、それは牙のある口になった。

 蛇のようにゆらゆら頭を揺らし、


「花っつーか、花みてーな生き物かよ!」

「シャーー!」

「最初っからこいつが死体を動かしてたのか。すっげぇな」


 ジンの推測通り、死体は本当にただの死体である。

 そして本体は死体に寄生して移動する植物型の生物だ。


「シャーー」

「ひゃはっ! 行くぜっ!」


 ジンが両手に鉈を創造して斬りかかる。狙いは花と肩を繋ぐ、怪物の首とも呼べる部位だ。

 しかし死体の胸が裂けてそこから無数の蔓が伸びる。


「ふんっ!」


 ジンは素早い判断で狙いを蔓に変えて、鉈を振り下ろす。鉈は蔓をぶちぶちと音を立てて引きちぎったが、すべてを斬り落とす前に勢いが殺されてしまった。

 その隙に怪物が蔓を伸ばしてジンの両腕を絡めとる。太さの異なる蔓がジンの腕にびっしりと張り付いた。


「うげぇ……!」

「ジン……!」


 セリアが身震いし、リリカは不安げな眼差しでジンを見る。


「シャーーーー!」

「気持ちわり……ッ!?」


 ジンの腕に張り付いた蔓のうち、先端が針のようになっている細い蔓がジンの皮膚を突き破って体内に侵入を始めた。


「痛っ、根ぇっ!?」

「ジン!!」


 ジンが声を上げる。

 リリカが叫んだ。ジンを助けようと、体が動く。


 しかし。


「うがああああっ!」

「!?」


 ジンが吠えた。蔓が絡みついたままの左手で死体の首を掴みへし折る。

 ちらりと見えたジンの表情はひどく狂暴に歪んでいた。


「どってこたぁねぇよ! リリカ!」

「あ……」

「今度はお前が信じて見てろ!」


 そのまま地面に叩きつけて、右腕を引いて無理やり蔓を引き千切った。そして自由になった右に剣を創造して、左腕に絡まる蔓もまとめてぶった切る。


「おおおっ!」


 死体を蹴り飛ばし、腕に残った蔓を乱雑に引き剥がして捨てる。


「クソが! 痛ぇだろうが!」

「シャアアアア!」


 四つん這いの死体が飛びかかる。

 ジンが深く踏み込んで、迎え撃つ。


「シャアアアアアアア!」

「おおおおおおお!」


 トンファーの一撃が花にめり込む。

 さらにトンファーを振るう勢いを利用して回転し、裏拳まで叩き込む。



(……あぁ、くっそー)


 リリカは立ち尽くしたまま、悔しげに唇を引き結ぶ。



「シャア!」

「うおおおっ!」


 口をいっぱいに開いて、怪物がジンに食らいつく。ジンが両手剣を創造する。

 両者とも会心の、最後の衝突。



(強いなぁー。遠いなぁー)


 リリカは一瞬たりとも見逃すことがないように目を凝らす。



「枯れとけェェェェ!」


 豪快な一振りは、花の怪物を真っ二つに切り裂いた。



「格好いいなぁ……」


 ジンの凄まじい気迫、人間離れした体術。

 彼はいつも強くて、ずっと遠くて、憧れるほど格好いい。

 それを再確認したリリカは、自分でも気づかないほど小さく、自然に、笑っていたのだった。


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