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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編3 憂い
125/256

ENEMY

 

 

 ~獣棟・地下空間~


 レンは崩壊した床の奥に広がる空間をのぞき込んでもう一度ソリューニャの名前を叫んだ。


「ソリューニャーー!」

「レン!」


 切羽詰まったような声が返ってくる。

 それはレンの隣にいるミツキにも伝わったようで、彼は素早く下に降りる手段を探し始めた。


「レン! あそこ、壁伝いに階段がある! あそこに繋がってる部屋がどこかにあるはずだ!」

「よっしゃミツキ! 行くぜっ!」

「へ?」


 レンはミツキの腕を掴むと、底の見えない穴に飛び込んだ。


「おおおおおい!?」

「大丈夫だ!」


 レンが集めた風を操り、二人の速度が落ちる。


「どりゃっ!」

「うわ!?」


 そして最後に一際強く風を放ち、二人は無傷で着地した。


「せ、せめて一言くれ! 心臓止まる!」

「ソリューニャ! 無事か!」

「無視!」


 ミツキの苦言を無視して、レンがソリューニャに駆け寄る。ボロボロで肩からは血も流しているが、大きな怪我などもなく命の心配はない。


「もう目は覚めてるんだな。よかった」


 まさか追いつくとは思ってもいなかった仲間の登場にソリューニャは驚いていた。


「レン……! どうやって」

「飛んで」

「はは……」


 そこにキメラが襲い掛かる。あくまで標的はソリューニャのようで、すぐ隣のレンは眼中にもない様子である。


「おお?」

「竜の魔力にでも反応してるのか? アタシばかり狙ってくるが」

「ギャアアアア!」

「だとしたらそれは愚かだね」


 ソリューニャは余裕を取り戻して、小さく笑った。先ほどまでとは違い、今は仲間がいる。


「ぬありゃ!」

「ギャアア!?」


 そしてその仲間は、自分よりも強い。彼への警戒を怠るのはあまりにも不用心というものだ。


「無視してんじゃねーぜ!」

「ふっ。さすが」


 強力な飛び蹴りでキメラを退けたレンが軽やかに着地する。

 キメラは軌道をずらされてふらついたが、すぐに持ち直して旋回する。


「キチキチキチ!」


 今度は漆黒の竜が遣わせた怪物がソリューニャに飛びかかる。怪物もまた狙いはソリューニャのようだ。

 が、その前にミツキが立ちふさがる。


「おおっと、彼女はやらせないよ。ミュウちゃんが泣く」

「!!」


 上段の構えから、得物を一気に振り下ろす。

 怪物は危険を感知して足を止めたが、しかし間に合わずに腕に得物が掠った。


「鋭い。あと一瞬反応が遅れてくれれば両断できてたんだけど」

「キィィ!」


 ソリューニャの全力のパンチでも傷つかなかった怪物の甲殻はぱっくりと割れて、緑の体液が噴き出した。

 その危険な切れ味にソリューニャが驚く。


「すごい! あんな細くて薄い剣で……!」

「剣じゃない。これは日ノ丸の武器で刀っていうのさ」

「ギィーーーーッ!」

「ソリューニャ! 来るぞっ!」


 キメラが三人の頭上を通り過ぎる。隙を窺っているのだろう。

 悠長に話している時間はなかった。


「レン! お互い色々聞きたいことはあるだろうが、まずはこの二匹を倒すぞ!」

「そうこなくっちゃな! 手ごたえ無くて退屈してたとこだ!」

「だったらおれはこの虫人間をやるよ」


 ミツキは最初の一撃以降まったく近づいてこない怪物に向き直る。

 怪物は近づいては来ないが離れることもなく機を狙っていた。


「レン。大丈夫なのか?」

「うん。心配ねえ」


 ミツキのことを知らないソリューニャが訊ねると、レンはきっぱりと言い切った。実際に手合わせをしたのだ。彼を信じるのに、これ以上の根拠はない。


「たぶん一番相性がいいのはおれだからね。あっちの鳥は二人に任せるよ」

「……分かった。そいつは地面に潜る。気を付けろ」

「りょー……かい!」


 ミツキが刀を構えて飛び出した。


「じゃーオレらはあいつを」

「ああ」


 レンとソリューニャも戦闘態勢に入る。


「硬い体とスピード、大きさ。強いよ」

「知るか、とっとと倒して帰るぞ。ミュウも心配してる」

「ふふ。そう」


 ソリューニャの体を薄赤色の魔力が覆い、竜の鱗が発動する。

 レンの両手に空気が集まり、渦巻き、圧縮されていく。


「ギャアアアア!」

「うおお!」


 大口を開けて襲い掛かるキメラに対し、レンは真っ向から殴りかかる。

 キメラがレンを咬みちぎろうとした瞬間、解放された空気の壁にぶつかって弾き飛ばされた。


「ギャアア!」

「ソリューニャ!」

「はぁぁ!」


 体制の崩れたキメラにソリューニャが肉薄する。

 そして鱗を纏った拳で強力な一撃を放った。

 キメラは逃げるように飛び上がる。


「ソリューニャ、どうだ!?」

「ダメ、鉄みたい! せめて武器があれば……!」

「ん! また来るぞ!」


 再びキメラが襲い掛かる。レンの攻撃を脅威と認識したのか、その眼はしっかりと彼を睨んでいる。

 その意志を感じさせる眼に、ソリューニャはこれまで見てきた生物にない、嫌な予感を覚えた。


「観察してる? まさか……」

「来いやぁ! 吹っ飛ばしてやる!」

「っ、気を付けろ! 何か……!」


 ソリューニャが最後まで言うよりも早く、レンが纏った空気を足もとに叩きつけた。

 レンの体が空中に投げ出され、しかし風の力で体勢を保ちながら、眼下を高速で通過するキメラを狙う。


「おおおおおお!」

「ギャアアアア!」


 キメラの無防備な背後。そこに竜巻を放つ。

 キメラはバランスを崩し、片羽が地面を削った。

 流れる空気を翼でコントロールして飛行するキメラは、空気の流れを乱すレンと相性が悪いのだろう。


「すごい、けど……」


 しかしソリューニャは、レンを捉えたキメラの瞳が怒りに燃えているのを見た。

 感情とも呼べるほどの、強い意思。ソリューニャはその人間らしさにぞっとする。


「レン!」

「ぬ……ごぁ!?」


 空中のレンの体にキメラのしなやかな尾が巻き付いた。レンの体に強烈な横向きの力が加わる。


「ギャアアアアア!」

「おあああっ!」


 キメラはレンを連れたまま飛び上がる。

 レンは手足を振り回してもがくが、キメラの尾はしっかりと胴に巻き付いたまま緩まるどころかさらに締め付けを強くした。


「あああ! 放せ!」

「ギャアア!」

「げ、やべっ!」


 そして壁にすれすれまで近づくと、レンを壁に叩きつけた。


「がっ、ぐっ、あっ!」

「ギャア!」


 レンが咄嗟に頭を庇った直後、断続的な衝撃。ゴツゴツとした岩肌がレンの腕を容赦なく叩く。

 キメラは一度壁から離れると、レンの腕から流れる赤色を見て、哭いた。


「ギャアアアアアアア!」

「うるせぇぞ! クソが!」


 これが有効な攻撃だと学んだのだろう。キメラがさらに勢いをつけて壁に迫る。


「二度も喰らうかァ!」


 レンは足腰に力を入れて凄まじい衝撃に耐えながら、走るように岩肌を蹴る。そしてキメラの羽目掛けて突風を放った。


「ギャアアアア!?」

「ざまぁみやがれぇ!」


 今度はキメラが壁に衝突する。

 しかしキメラはすぐに飛び立つと、地面に向かって急降下をはじめた。羽を折り畳み、重力も利用してキメラはぐんぐん加速する。


「レン!」

「うぎぎぎぎ! 放せぇぇ……っ!」

「ギャアアアア!」


 さすがのレンもこのスピードで叩きつけられれば無事で済まないだろう。


息吹ブレス……!」


 焦ったソリューニャは竜の息吹を放とうと二次魔力を生成する。レンを巻き込む可能性もあったが、今はそれしか思いつかなかったのだ。兎にも角にも、時間がなかった。

 だが、二次魔力は出なかった。


「しまった……!?」


 真紅の竜と契約を結び、ソリューニャの二次魔力はソリューニャだけのものではなくなった。二次魔力は回復のため真紅の竜がその総てを使っているのだろう。


「ギャアアアア!」

「っ、レン!」

「こなくそぉぉ!」


 レンはレンで、わずかな時間でこの窮地を脱する策を一つ。

 彼の脚は限界まで収縮された風を纏う。

 そして地面まであとわずかというところで、それは弾けてレンを押し出した。


「おらぁーーーー!」

「ギャ!?」


 レンは一瞬で着地した。

 歯を食いしばって、膝をぐっと曲げて、全身で凄まじい衝撃に耐える。


「ぐ……あ……ああ!」


 レンは恐るべき体力と精神力でこれを耐え抜くと、キメラの尾を抱えて地面に叩きつけた。


「ギャアアーーーー!?」

「くっ、はぁーっ……はぁー……っ!」


 レンの膝が崩れた。

 全身の筋肉が悲鳴を上げて、発生した熱で滝のように汗が流れる。


 レンの体力や精神力、土壇場での勝負強さは驚嘆に値するものだろう。

 しかし、それをもってしてもキメラとようやく互角以上。生命力も、備わった武器も、体の大きさも、それに伴うエネルギーも。


「差がある……! 生物としての差が……!」

「ギャアアアア!」


 キメラが雄叫びを上げる。


「アアアアアアアア!」

「っ!」


 キメラの魔力が高まる。

 満身創痍のレンを連れて、キメラは飛び上がった。そして空中で羽を広げてさらに高く飛んでいく。崩れた天井の穴に向かって、一直線に。


「----!」


 キメラの口から凄まじい魔力の奔流が放たれた。


「なっ……! 竜の息吹!?」


 竜が放つ、魔力を込めた息吹。ソリューニャが使う竜の息吹はこれを模倣したものとして竜人族に伝わるものだ。

 ソリューニャは本来の威力など知らないし、そもそも竜が実在したことも知らない。しかし竜を模倣して創られたキメラが使ったそれは、ソリューニャを驚愕させるに十分な威力を見せた。


「ぶち抜いた……!」


 たった一発の息吹は研究所を貫いて、地下空間には一筋の光が差しこむ。


「まずい! 地上に!」


 ソリューニャはすぐに切り替えると、地下空間の壁を掘って造られた螺旋状の階段を上り始めた。


(……アタシが、この手で)


 キメラの息吹を見て、ソリューニャの覚悟は固まった。

 竜の血を引く、創られた孤独な生命を終わらせてやるために。

 ソリューニャは地上を目指す。

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