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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編3 憂い
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獣棟の秘密

 


 ~獣棟地下空間~


 ファウストが手に持つ宝玉は淡い赤色の光を放ち、圧倒的な存在感を醸している。

 口火を切ったのはファウストだった。


「さて、まずは君のことが聞きたいね。報告じゃ、君ほどの竜人はいなかったはずだが」

「……」


 ソリューニャは考える。いったいどこまで喋ってもいいものか、そしてどのように宝玉を取り戻すのか。

 黙り込んだソリューニャに対してファウストが続けた。


「おっと、気を付けた方がいい。私は竜をここで見つけて以来それに命を懸けていてね。これでも内心穏やかでないのだよ」


 ファウストが宝玉を持った手を上げる。


「いっそこれを壊してしまって、君に殺されてしまうことも辞さない気分なのだよ」

「待て!」

「では、話し合いと行こうじゃないか。君も知りたいことは多いだろう? なんでも話してやろう。そういう気分なんだ」


 ファウストは笑って手を下ろした。


 今この状況において二人は対等だ。


 そう思っているのは、実はファウストの方だけである。そして現実はソリューニャが不利だ。


(まずい……!)


 ファウストが求めるのは身の安全。そしてソリューニャは宝玉。宝玉はファウストの手の中にあり、ファウストの命はソリューニャが握っている。

 一見するときれいな均衡が保たれているが、実はソリューニャにファウストを殺すつもりがない。さらにファウストが自分の命になげやりになりかけている。


(悟られちゃいけない、アタシに殺す気がないってことは! 細心の注意を払え……!)


 あくまで対等であると、そう思わせつつ相手の気持ちを交渉に向かわせなければならない。

 ソリューニャは話し始めた。


「アタシは確かに襲撃時にはいなかったし、あそこの出身でもない」

「なるほど。ではなぜここに?」

「竜に導かれて」

「ふむふむ。なぜ君だったんだね?」

「二次魔力があったからだろう」


 ファウストは納得したのか何度か頷いた。

 このまま質問に答え続けていては一方的に情報を与えることになると思ったソリューニャは、すかさず聞き手に回る。


「次はアタシだ」

「いいだろう。何が聞きたい?」

「竜や宝玉についてしてきたこと、知っていること、全部だ」

「もっともだね。それに、予想通りでもある」


 複雑に絡み合っていた謎がようやく解ける。

 ファウストは獣棟の秘密を話し始めた。


「とは言ってもね、大層なことじゃあない。竜の研究はすでに先祖が行っていたんだが、研究所が捨てられてね。それ以来竜の研究は行われなかった」

「竜の研究……」

「しかし最近になってその頃の資料を見つけてね、それはもう素晴らしかった。この施設の隠し通路から竜や宝玉の存在まで、非常に価値のある情報が詰まっていたからね」

「なるほどな。ゴヨウの推測は当たっていたみたいだ」


 ソリューニャが考える。

 ここで重要なのは、宝玉についてファウストがどこまで知っているかだ。それによってこの後の対応も変わってくる。

 だがそれを質問するのは悪手だろう。向こうは宝玉が竜の力を封印したもので、ソリューニャはそれもすべて知っていると思っているため、その質問では違和感を与えてしまう。

 情報的な、そして精神的なアドバンテージを与えてはいけない。


「なぜ宝玉を狙った?」


 これが最善手だろうと、ソリューニャは判断した。


「竜を生き長らえさせることが可能だと思ったからだよ。資料にも宝玉は竜が切り離したものだと書かれていた」

「それで村を襲撃したのか……いや、待て。その資料には宝玉の在処まで書かれていたのか? そもそも先祖とやらはどうやって宝玉を知ったんだ?」

「さあね。ただ山を一つ隔てた向こうに竜人族がいるという。竜と竜人、もしやと思って行ってみると運よくこれが大当たりだったわけだよ」


 偶然資料を見つけて竜と宝玉を知り、偶然ソリューニャが竜に呼ばれ、偶然ジンたちは襲撃の場に居合わせた。

 もしもこの一連の流れが運命なるもので結ばれ、交わると決まっていたとしたらそれはなんと奇妙なことだろう。


(これで大体理解できた。分からないこともあるが、きっとそれは知りようがないことなんだろう。とにかく奴にとって宝玉が意味のないものになったことが分かっただけでも……!)


 ここから交渉に持っていけるはず、そう思った時だった。

 この地下空間に奇怪な鳴き声が反響する。


「な、なんだ!?」


 その不快な音に耳をふさぐソリューニャ。

 しかし正面のファウストはその正体を知っているのか、特に動揺はしていない。


「そうそう。私がここで何をしていたか、まだ話してはいなかったね」

「なに……!」

「そもそも獣棟の研究は混合魔獣“キメラ”を造ることだ。一角剣獣、テイルイッチ、白毛狒々……。より戦闘力に特化した生物兵器をこの手で! 生み出す!」

「外道が! どいつもこいつも命を弄ぶ!」


 ソリューニャが激昂した。

 それに触発されるように、再び耳をつんざくような鳴き声が響く。


「想像してみるがいい! 素材に竜を()()()()キメラを! ここで私は竜の血を引くキメラを研究していた!」

「そんなことのためにっ! 竜を傷付けたのかっ! 動けないのをいいことに!」

「ふーはっはっは! あれを見ろ!」


 ファウストが壁に空いた大穴を指さす。口を塞いでいた封魔銀の格子は歪み、爛々と輝く瞳がその奥でソリューニャを射抜いていた。


「先ほどステア君がぶつかったのが、ちょうど奴の檻だったようだ! 手に負えんから薬で眠らしていたが、その衝撃で目を覚ましたようだな!」

「な……!? まさか!」


 暗闇から長く鋭い爪が伸びて、格子を揺らしている。歪んでしまった金属は根元から徐々に外れていき、中のものが出てくるのももはや時間の問題である。


「見ろ! あれがたった一体、成功した竜のキメラだ!」


 バキン!

 格子がはずれ、またはへし折られて、キメラはとうとう姿を現した。


「なん……っ!」


 キメラは穴から這い出ると、岩壁に爪をかけてへばり付くと三度、鳴いた。


「ギャアアアアアアアアア!」


 大きく裂けた口、ノコギリの刃のように細く鋭い牙。すらりとした首は曲線を描き、翅の機能を持った腕は長い。鞭のように細く長い尻尾の先端には鉤爪のようなものが付いている。

 そのシャープなフォルムも、非生物的な冷たさも、鱗の代わりに体を覆う甲皮も、それを竜と呼ぶのをためらわせる。竜を作ろうとしたのならばそれはとんだ失敗作だった。


「ふははは! 終わったな! 私も貴様も!」


 キメラは二人に向かって飛びかかった。しかし脚に取り付けられた鎖がキメラを引き戻し、制御を失った体は無様に岩壁に衝突する。


「ギャオオ!」


 キメラは力任せに杭を引き抜くと、脚に鎖を付けたまま今度こそ二人へと滑空した。


「ギャアアアアア!」

「うあああ!?」

「はっははは……は……」


 ソリューニャは咄嗟にかがんで躱したが、風圧で飛ばされ転がる。


(これは、本当にヤバい! とにかく宝玉だけは……!)


 どうにか宝玉を手に入れて、ここを脱出しなければならない。そう思ってソリューニャは、狂ったように笑うファウストを見た。


 いつの間にか笑い声は消えていた。


「……は?」


 ファウストが手に持つ宝玉を掴む手がある。

 虫のような節くれだったその手は明らかに人のものではなかったが、それ以上に奇妙なのはまるでその手が虚空から現れているように見えたことだった。


「あ……え?」


 違う。

 正面からで見にくいが、その手はファウストの胸の真ん中から伸びていた。


「……ぐふぅ」


 ファウストがごぼりと血を吐いた。

 それと同時に、手が。宝玉を握り砕く。


「なん、だよそれ……」


 手が、胸に引っ込んでいく。

 胸に穴をあけた白衣の肉塊はその場に崩れ落ちた。


「チキチキチキチキ……!」


 ファウストの後ろにいたそれの姿が顕わになる。


「虫人間……!?」


 ソリューニャが呟いた、その言葉通りの怪物がそこにいた。

 感情の読めない小さな三つの複眼。まるで人型の幼虫に甲羅のパーツを張り付けたような、異形の姿。左右非対称の体はあのキメラ以上に作り物臭い。


「さ、最悪だ……」


 ソリューニャの本能が、強い拒絶を示していた。

 キメラだけでも手に余るのに、それをも上回るだろう脅威の出現にソリューニャの膝は震える。


「こいつ……竜の……」


 契約の影響だろう。ソリューニャの中で目の前の怪物の正体についての知識が浮かぶ。

 漆黒の竜が復活のために、封印の狭間からこの世界に遣わした存在。それがこの怪物の正体だった。


「チキキキチキ!」

「くぅ!?」


 怪物がソリューニャに飛びかかる。ソリューニャは竜の鱗を発動して攻撃を防ぐ。


「ギャアア!」

「しま……っ!」


 ソリューニャの背後からキメラが急襲し、ソリューニャの肩を浅く切り裂いた。


「うぐぅ!?」

「ギャアアアア!」

「チキチチチチチ!」

「くそ、せめて一対一なら……!」


 上からキメラが、正面から怪物が同時にソリューニャに襲い掛かる。

 ソリューニャは大きく踏み込んで、大口を開けた怪物に渾身のパンチを食らわした。


「っ! 硬……!」

「キーーー!?」


 怪物が吹き飛ぶ。しかし殴られた顔面には傷一つついてはいない。むしろあまりの硬さにソリューニャの右腕がダメージを受けていた。


「ギャアアア!」

「うあああ!」


 キメラの体当たりがソリューニャに直撃し、ソリューニャも吹き飛ばされる。竜の鱗を纏っていなければ無事では済まなかっただろう。

 冷たい地面の上を転がったソリューニャが立ち上がろうと身を起こす。そのとき、体の下の地面が僅かに盛り上がった。


「チキチキ!」

「がう、あ!?」


 地中から怪物が飛び出して、ソリューニャを殴りつけた。


「か……は……!」


 完全に不意を突かれて、ソリューニャの顔が苦痛に歪む。


(地中から……! そうか、ファウストの背後に音も無く現れたのも……!)


 今さらになって、怪物がいきなりここに現れた謎が解けた。地中を通ってきたのならここに来れたのも納得である。

 が、今はそんなことよりもどうやってこの危機を乗り切るのかが重要だ。


 しかしソリューニャにはもう打つ手がない。

 何かが必要だ。この状況を打ち壊してしまえるような何かが。

 そう、例えば……


「ソリューーーーニャァーーーー!」


 例えば、頼れる助っ人の登場のような。


「レン!!」

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