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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編3 憂い
123/256

亀裂 4

 投稿ミスで話が抜けていたのに気が付いて割り込み投稿しました。121話です。今回はその続きとなっておりますので、ご注意ください。

 

 

 ~人棟一階・第二実験場~


「ど、どうして……ここに」

「いや~。ソリューニャかと思って追って来たんだけどよ、間違えちまったみてーだ。あははは!」


 リリカが振り返ると、いつの間にかジンが立っていた。本来なら獣棟にいるところを間違えたというのにまったく気にする様子もなく笑っている。


「さーて、間違えちまったもんはしゃーねぇし、リリカはガキ探しに行きな。あいつには少し借りがある」


 ピクリ、とリリカの体が僅かに強張った。彼女の心に焦りが生じる。

 それはジンに“また”、“取られる”、という焦り。


「……あたしも……ううん」

「ん?」

「あたしがやる!」


 リリカがジンを置いて飛び出した。

 ニゴイが右腕を振るうと、肩から伸びる二本の強化外筋が鞭のようにしなる。リリカは跳んでそれを回避すると、ニゴイの懐に潜り込んだ。


「はぁっ!」

「ぐけけけけ!」

「なっ」


 アッパーカット気味にみぞおちへと打ち込んだ拳は、腹部に巻き付いた強化外筋によって止められた。想像以上の硬さに有効打を与えられず、隙を晒してしまったリリカに太い腕が迫る。


「ほらよっと!」

「あ……ジン!」

「ったく、バカみてーに突っ込みやがって」


 ジンがリリカの襟を引っ張り、ニゴイのパンチが空振る。時間差で強化外筋も迫るが、ジンは片腕のトンファーで上手く捌いた。



「て、おい!」

「あたしがやるから!」

「待てよ!」


 ジンの制止も聞かずリリカが飛び出す。ニゴイの攻撃をくぐり抜けて、強烈な蹴りを繰り出す。

 さすがによろけたニゴイに、ジンの回し蹴りが決まった。しかしリリカからは怒声が飛ぶ。


「ちょっと! あたしがやるって言ってるでしょ!」

「何言ってやがんだ! お前変だぞ!」

「いいから! 手出さないで!」


 一刻も早くニゴイを倒そうとするかのように、リリカの攻撃が激しさを増す。その身軽さを駆使して、至近距離からニゴイに打撃を叩き込んでいく。



 そんな戦いを、シュタインは興味深そうに眺めていた。


「ほぉ……。自信作の251号を相手に、あそこまでやるか」


 ニゴイはシュタインが生きた人間を改造して生み出した、屈強な兵士である。そして同時に初めての成功でもある。

 初代より続く人体強化実験、その積み重ねの上にさらに失敗と発見を重ね、ようやく辿り着いた“一体”。


「柔軟で俊敏。かつ魔術も相当とみえる」


 その作品はシュタインの目の前でジンとリリカを相手に劣勢に追い込まれている。


「ふむ、壊されでもしたら大変だな。あの子供たちもいい素材になりそうだ」


 ここでシュタインが考えたのは、ニゴイだけでなくリリカとジンの保護だった。研究の目的はあくまで強化であり、ジンやリリカのような若く柔軟な素材はより強力な一体となりうる。


「ここまで優秀な素材、みすみす逃す手はないからな」



 ところで、この実験場は先ほどニゴイと屍人を戦わせていたような戦闘実験を行う場所である。当然外壁は頑丈に作ってあるし、部屋も広い。

 しかしなにより、被検体の保護のためのギミックが組み込まれているという特徴があった。


「“隔離”したまえ!」

「了解しました!」


 シュタインの命令を受けて、研究者たちが壁の装置をいじり出す。


「おいリリカ! なんか来るぞ!」

「はぁぁ!」

「あのバカ聞いちゃいねぇ!?」


 よっぽど余裕がないのだろう。向こうが何かを仕掛けてくるのは明白だというのに、リリカは相変わらずニゴイに集中している。


「がぁーーお!」

「くっ!?」


 ニゴイの攻撃をガードしたリリカが弾き飛ばされ、距離が開く。


 その瞬間を待っていたかのように、ジンとリリカを囲むように魔方陣が展開した。


「え?」

「っ、リリカァ!」

「きゃあ!」


 反射的に、ジンはリリカを突き飛ばしていた。


 リリカが魔方陣から転がり出た直後、魔方陣の縁から魔力が噴き出す。


「なんだこれ! 壊れねぇ!」


 魔力は初め膜のように薄く広がっていたが、やがて等間隔の棒状に収束していき、ジンを閉じ込める檻となった。


「むぅ、女の方は捕まえ損ねたか」

「複数展開は不可能です! 博士!」

「ここは男を隔離できただけ良しとしようじゃないか。251号! またこの前のように、そこの二人を捕まえておいてくれたまえ!」

「ぐけけ。わ、かったぁ」

「ではでは、諸君。データはしっかり集めておいてくれたまえ」


 シュタインの見立てでは、ニゴイがリリカに破壊されることはない。ジンの隔離だけで最低限の目的は達成されている。

 シュタインは二人をニゴイ任せて部屋を出ていった。


「待てやこらぁ! ちっ、魔法が使えねぇのか!」


 ジンが檻を破壊しようと打撃を加えるが、檻はびくともしない。さらに魔法も封じられ、もはやジンにこれを破壊することは不可能であった。


「おまえ、を。やっつける!」

「くっ、負けないっ!」


 そしてリリカはというと、相変わらずニゴイに執着を見せていた。


「はぁぁ!」

「ぐけけけけぇ!」

「たあぁっ!」


 彼女の武器である鋭い感覚、敏捷性。それらを存分に発揮して攻撃をかい潜り、ニゴイに接近する。

 しかし、届かない。衝撃を吸収、分散させる帯がニゴイのボディを守り、ダメージを最小限に抑えている。


「けぇーー!」

「かは……!」

「リリカーー!」


 そしてニゴイの反撃は確実にリリカを削る。リリカは二度、三度バウンドして壁にぶつかった。


「リリカ! 上だ! 先にあの機械をぶっ壊せ!」


 見かねたジンが叫ぶ。

 機械を破壊してジンを解放する。それはこの場における最善の手段である。


 だが。


「ごめん、嫌だ……ッ!」


 リリカはそれを拒否した。


「いい加減に……!」 

「じゃあ何で助けたの! あたしを助けないで、一人で勝てばよかったじゃん! 最初から助けなきゃよかったじゃん!」


 ずるずると壁に背を預けながら立ち上がる。血がにじむ膝が笑って、今にもバランスを崩してしまいそうだ。


「バカなこと言うなよ!」

「うるさい!! なんで……っ!」


 前方へ、リリカが頭から飛び込む。背後で鞭が壁を叩いた音が聞こえる。

 しかし二本目の鞭がリリカを捉えて、リリカは部屋の中央まで吹き飛ばされた。


「リリカ!」

「見ててよ、ねぇ! お願いだから……!」

「っ……!」


 はっきりとした拒絶の言葉に、ジンは思わず声を詰まらせた。

 それが今にも泣きだしそうな悲鳴のような叫びだったから。


 よろけながら、彼女は立ち上がる。


「あたしは……あたしは……」


 その手は力いっぱいに胸を押さえている。

 その唇は血が出るほどに嚙み締められている。


「もう、嫌なんだよぉ……!」


 リリカは今にも張り裂けそうな心の痛みと戦っていた。


「もう足手まといにはなりたくないの!」


 心の奥に居座っていた劣等感が心の亀裂から漏れ出して、言葉となって溢れ出た。目をこすった袖には涙の跡が残った。


「勝つから! だから……何も言わないで……あたしを、見てて……見ててよ」


 彼女のキモチがどれだけ伝わったのかは分からない。

 だが、少なくともジンはその場に座り込んだ。それが答えだった。


「分かった。見てる」

「うん……ごめん、ごめん……」

「けど一つ、言っとくぞ」


 ジンはニゴイと対峙するリリカの背中を見つめて、言った。



「俺はリリカが足手まといなんて思ったこと。一度もねぇぞ」

「え」



 硬直したリリカを二本の鞭が捉え、勢い良く壁に打ち付けた。


 確かな手ごたえを感じたニゴイがジンの方を向いて、それ見たかとでも言いたげに、ニタリと笑う。

 しかしジンは眉一つ動かさず、腕を組んでじっと前を見ていた。


「ぐけけ……」


 その時、ニゴイの腕がぐいと引かれた。


「け?」


 見ると、肩から伸びた強化外筋がピンと張っていて。

 ニゴイが引き戻そうと力を入れるが、ピクリとも動かない。


「ぐ……!?」

「もー……なんでそんなこと今言うんだよぅ……」


 その先端を握るリリカが俯いて、涙声で言った。


「嬉しくて、ニヨニヨが……! 止まらないじゃんか……!」


 顔を上げたリリカはくしゃくしゃに笑っていた。

 ジンも笑っていた。


「あぁ、もう!」


 照れ隠しのように声を張って、リリカは強化外筋を引いた。

 抵抗しつつも及ばず、ニゴイは吸い込まれるように突っ込んでいく。


「たぁ!」

「があ……あぁっ!?」


 ニゴイの強化外筋で守られた腹部にリリカの脚が突き刺さる。ニゴイの勢いも利用した凄まじい威力の蹴りは衝撃の分散など許さない。


「いたあああたたああああ!?」

「体が軽い!」


 リリカは素早く腕を掴むと、ニゴイを背負い投げる。重量を感じさせる鈍い音を残して、ニゴイは背から叩きつけられた。


「魔力が馴染む」

「ぐ、おおおお!」

「体が軽い!」


 ニゴイは素早く立ち上がると、無茶苦茶に腕を振り回した。それに合わせて計四本の強化外筋が部屋を無差別に蹂躙する。


「に、逃げろ!」

「うわぁ!?」


 上で観察をしていた研究者にも鞭は襲い掛かり、彼らは泡を食って逃げ出す。

 キャットウォークが崩れ、壁の装置が破壊されてジンを閉じ込めていた魔方陣が消えた。


「……」


 魔方陣が消えるということは、逆にジンを守っていたものもなくなったということだ。それでもジンは座り込んで動こうとはしない。

 たとえ一本の鞭が猛烈な速度でジンに迫っていたとしても。信頼は微塵も揺るがない。


「させない!」


 ジンの前にリリカが立つ。

 リリカはグローブの力で空間に魔力を固定し、バリアを張る。


「……!」


 バリアに強化外筋が衝突し、バリアは粉々に砕け散った。

 しかしリリカには見えていた。バリアでスピードの落ちた鞭の動きが。


「っ、やああぁぁっ!」

「があああ!」


 リリカはそれを掴んで止めると、ニゴイに向かって走り出した。リリカに気付いたニゴイが強化外筋を腕に巻き付けて迎えうつ。


「がぁぁぁぁっ!」

「はぁっ!」


 リリカは立ち止まり、脚に魔力を集めた。

 そして次の瞬間、ニゴイの顔面にリリカのハイキックが炸裂する。瞬身の応用、高速の一歩で放つ蹴りだ。


「け……?」


 間抜けな声が漏れる。

 二人の間には確かに距離があった。だというのに、気づいたときには蹴られていた。ニゴイはわけも分からぬままに意識を手放したのだった。




 泣き笑いの少女が見上げると、隣にジンが立っていた。


「見てたぜ」

「うん! ありがとう!」

「立てるか?」


 ジンが差しのべた手を、リリカは力強く握った。


「立つよ。あたしは強いもん!」

「むっ、調子乗んなよ」

「ひどい!」


 手を引かれてリリカは立ち上がった。


「あっ……」

「おっと」


 よろけたリリカをジンが支える。


「へっ。しまんねーなぁ」

「む~~っ」


 今はまだ、歩くのは難しそうだったから。


 ◇◇◇




「ねぇ、ジン?」

「んー?」


 暗闇に靴音がこだまする。


「フィルエルムでシドウに負けたときね、あたし悔しかった」

「うん」


 リリカはジンに背負われて、来た道を戻っていた。


「それから頑張って、お祭りじゃあ上手くできたよね」

「そうだな。優勝した」

「でもその後あいつにやられちゃって」

「それだけであんなにこだわってたのか?」


 リリカはそれに答えず、ジンの頭をはたいた。


「いてーな落とすぞバカヤロウ」

「ばかやろーはジンだよ! あたしが負けたって言っても、ジンは何とも思ってなかったじゃん!」

「耳元でうるせぇ!」

「あーあー! 傷ついたなぁー!」


 リリカはジンの頭をバシバシと叩く。


「ジンはあたしの強さに興味がないんだなぁーって、すっごく傷ついた!」

「はぁー……。泣くなよ冷てぇ」

「泣いでない!」


 リリカはただ認められたかっただけなのだ。認められたかったから、強い敵に一人で勝つことにこだわった。たとえジンを拒絶してでも、一人で。


「……シドウのときな。リリカが逃げなかったから俺は約束を守れた」

「……」

「シドウも言ってたぜ。見所あるって」

「……!」


 強くなりたいと焦る気持ちは、ジンにもわかる。それで盲目的に、取り憑かれたように足掻いてしまうことだって何度もあった。

 だから少しだけ、リリカに伝えたい言葉があった。


「カキブの後も動けない俺たちを助けてくれたし、俺だけじゃねぇ。みんなたくさん助けられてるんだぞ」

「……ほんと?」

「本当だ。だから、胸張ってろ。俺もお前の強さに胸張ってやるからさ」


 リリカは気づいていなかっただけなのだと。少し素直に打ち明ければこんなにも軽くなる悩みだったんだと。


「えへへ~、そっかぁ。あたしちゃんと力になってたのかぁ」

「だーから弱いって思ったことなんざねぇって言っただろーが」

「うん、うん……!」


 リリカの表情が綻ぶ。頬も、バシバシ叩く手の平も、体全部が熱を持つ。


「いてて、だから叩くな! もう怒ってねーだろ!」

「これは嬉しいからだよー! ニヨニヨさせんなよーもー!」

「あーあめんどくせぇな。落とすぞバカヤロウ」


 これは、リリカのちょっとした遠回り。彼女がとっくに認められていたことに気付くまでの。


 二人は来た道を戻っていた。

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