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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編2 契り
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ドラゴン・エール

 


 ~獣棟・地下クレーター中央部~


「あぅ……ぐ……っ?」


 ソリューニャは全身の痛みに顔を歪めながら起き上がった。怪物の一撃は床を破壊し、足場を失ったソリューニャはここに落下したのである。


「ここは……?」


 ゴヨウからは獣棟の地下にこのような空間があるとは聞いていない。


「あんな高くから落ちたのか……つぅっ……!」


 上を見るとかなり高くに穴が見える。ふらふらと立ち上がって確認すると、どうやらここは広大なドームのような空間であることが分かった。


『祝福を受けし者よ』

「!?」


 頭に直接響いてくるような、不思議な声にソリューニャは振り返った。

 得体の知れない、それでいて恐怖を感じない。そんな巨大な影が横たわっていた。


「あ……あ……」



 砂埃が収まるにつれ露わになっていくそれに、ソリューニャは目が離せなかった。


 あの怪物よりもさらに巨大な体躯。

 僅かな光でもはっきりと輝く真紅の鱗。


『祝福を受けし者よ。よくぞ来た』


 力の象徴のような牙と角。

 かつて空を駆けたのだろう、その姿を想像せずにはいられない翼。


 砂埃が完全に晴れて、見るものを圧倒する神秘的なその姿がついに現れた。


「…………竜……」


 ソリューニャの目から涙があふれた。

 こんなことは彼女の人生の中でただの一度もなかった。

 傷だらけの竜は、それでもなお美しかった。


「まさか、こんな……! 本当に存在していたなんて……!」


 竜は、幼いころから昔話として聞いていた伝説の生き物だ。それが今、彼女の目の前に。


「アタシを呼んでいたのは、竜。お前だったのか……!」

『そうだ』

「なぜ」

『時間はもう、残されていない』


 そのとき、瓦礫の山が吹き飛んで中から怪物が現れた。肩にはぼろぼろなステアもいる。


「この子のパワー。ここまでとは、しくじりましたわ……!」

「ステア……! 奴も落ちてきていたのか……!」

「ここは誰も知らない、知られてはならない場所……! いよいよ生かして帰せませんわね!」


 怪物が迫る。

 しかし竜は微塵も意に介さず、ソリューニャに語り掛ける。


『我が命は、もはや尽きる寸前。急げ』

「……」

『我は、生きねばならぬ。大いなる災いを止めねば……』

「アタシが、アタシにできることがあるのか」

『ある。竜の祝福を受けし者よ。我と契りを結べ』


 ソリューニャの答えは決まっていた。

 それでも、彼女には譲れないものがある。竜に生きなければならない理由があるように。

 だから彼女は尋ねた。


「見返りは」

『死にかけの竜に何を望む』

「力だ」


 何をすればいいのか、不思議と分かった。

 ソリューニャは鱗を纏わせた左拳を胸の前で右の掌に打ちつけた。


『よかろう、主よ』

「うおおおおお!」


 ソリューニャの右手の傷と竜の傷が重なる。

 流れ出る血液が竜のそれと混じり合った、瞬間。


 竜は消えた。





 ソリューニャは観測していた。



遥か昔、大陸にいた二頭の竜。真紅の竜は人の敵である漆黒の竜と幾度となく争った。


 二頭の竜はこの世界の存在ではない。人の魔力でこの世界に現れ、人の魔力で帰っていく。


 しかし。最後の戦いで互いの主は死んだ。もはや双方この世界から消えるのを待つのみ。


 漆黒の竜は言った。再びこの世界に現れ、すべてを滅ぼすと。


 だから真紅の竜は、漆黒の竜がこの世界に二度と現れぬように魔法をかけた。これで自分たちはもといた世界で争い続け、この世界に現れることもなくなるだろうと。


 しかし間際に漆黒の竜は真紅の竜を呪った。真紅の竜は動きを封じられてこの世界に取り残された。


 竜はこの世界では生きられない。この世界は死ぬと生き返らないのがルール。漆黒の竜は真紅の竜が死んで魔法がとけるのを待つつもりだった。


 竜は決戦の地、この場所で魔法を半分に分けた。自らが死んでも完全に魔法がとけないように、半分を宝玉に封印した。


 漆黒の竜の呪いで決戦の地から空が、光が失われていく。完全に閉じ込められてしまう寸前に、宝玉は山の向こうに飛んでいき竜人の手に渡った。竜人たちはそれを大切に守ることにした。そうしなければ何か恐ろしいことが起こると予感したのだ。


 竜は主となりうる、祝福を受けし者を待った。しかし大地に閉じ込められた竜を見つけるものは誰もいなかった。


 やがて竜は眠りにつく。一瞬でも長く大陸に平和が続くようにと、自らの命を守った。


 人に見つかり、動けないのをいいことに実験のためにと様々な苦痛を与えられたのは、だからほんの短い時間だった。



 ソリューニャは観測を終えて、偉大なる竜に敬意を表して目を閉じた。





「なんてことを……! 貴重な……貴重な……!」

「……それで生きようとする強い意志がアタシに干渉したのか」

「返せェェェェ!」


 ステアが激昂した。怪物の拳がソリューニャを捉える。

 衝撃波が辺りの瓦礫を吹き飛ばした。


「竜は苦しんだよ。鱗を剝がれて、切られて、血を抜かれて、それでも生きたよ」

「な……!」


 ソリューニャは片手を挙げてそれを受け止め、振り返ることもせず、竜がいたところを見つめていた。


「無傷!? ありえないわ!」


 ソリューニャの体から、真紅の魔力が立ち昇る。


「きっと竜はアタシが近づいていることなんて知らなかった」


 魔力が全身を覆う。ソリューニャの瞳が真紅の光を宿す。


「それでも待ったんだ。最後の瞬間まで」

「くだらない! ああっ、せっかくの……せっかくのぉぉ!」


 ステアの感情が振り切れる。怪物は震えると、無茶苦茶にソリューニャを殴りつけた。


「あああああ!」

「それでも待ったんだ」

「はっ!?」

「人のために!」


 ソリューニャが怪物の一撃を受け止めて、気合とともに殴り返した。

 メキリ、と怪物の指が折れた。

 痛みを感じない怪物は巨大な腕でソリューニャを払う。


「アンタみたいな奴のために!」

「うああ!」


 ソリューニャがその腕を蹴りつける。腕が折れて、外骨格が弾け飛んだ。

 バランスを崩して怪物が倒れる。


「ああああ! 立て! 立て!」

「竜は恨んでなかったよ。怒りも感じちゃいなかった」

「きゃあ!」


 ソリューニャが怪物を掴んで放り投げた。大きさも重さも何倍もあるというのに、まるで蹴られた小石のように怪物は吹き飛ぶ。


「だからこれは!」


 ソリューニャの背中に鱗が集まってできた一対の翼が生える。

 凄まじい衝撃波を残して、ソリューニャは飛んだ。


「アタシの!」


 そして一瞬で空中の怪物に追いつくと、その勢いを全て乗せた渾身の蹴りを叩き込んだ。


「怒りだッ!!」


 怪物はステアを乗せたまま壁に衝突して、もう二度と動き出すことはなかった。




「はぁ、はぁ……」


 ソリューニャが着地すると同時に、真紅の魔力は消滅した。


「すごい……。いずれこの力、引き出してみせるぞ」


 今の力は一度きりの力だ。しかし二度と引き出せない力ではない。

 馴染ませて、引き出して、鍛えて、制御して、相当な努力の末にいつか自分の物となるだろう力だ。たった今ソリューニャが体験したのは未来の可能性なのだった。


「さて……」


 一息ついたソリューニャの、次の目的は宝玉の回収である。


 真紅の竜は消えた。

 ソリューニャの二次魔力、“竜の祝福”を通してもとの世界に戻った。

 そして現在、漆黒の竜を閉じ込めているのは宝玉の力だけだ。

 封印の力は確実に弱まっているが、竜の完全なる復活は何とか抑えているこの状況。万が一宝玉が破壊されたりすれば、真紅の竜の回復が間に合わないうちに漆黒の竜が降臨することになる。


「竜がもっかい封印するまで、絶対に守らないと……」

「ふむ。ともするとこれは重要な交渉材料になりうるね?」

「!!」


 振り返ると、宝玉を手にファウストが立っていた。二人の間に緊張が走る。

 敵の手にそれがある以上、ソリューニャは下手に動けない。しかしファウストも宝玉に命を守られているという状況。

 奇妙な膠着状態が発生する。


「……」

「……」


 しかしこの数分後、事態は急変することとなる。研究施設での戦いもいよいよ終局に向かっていた。

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