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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編2 契り
121/256

人棟の闇

 割り込ませました。

 

 

 ~中央棟一階~


 セリアとマトマ、そしてリリカは兵棟を抜けて中央棟に来ていた。どうやら施設側もリリカたちが兵棟にいないことに気づき始めており、人が増えてきている。


「……まずいじゃん。このままじゃ見つからずに人棟なんて無理があるよ」

「うん。見つからないので精一杯」

「どうしよう」


 リリカが呟く。

 もしもこんなところで見つかってしまえば、それは非常にまずい展開といえる。先の戦闘では敵が一人だったから全員が無事で済んだのである。


「うーん、何か。何かチャンスがあるはず……」


 それはマトマにもよく分かっていることである。もしも兵隊が付いていたとしたら、少なくとも誰かは怪我をしていた可能性が高い。

 そしてそれはセリアかマトマだっただろうということも。


「……あたしが囮になるよ」

「ばっ、お前……!」


 セリアは思わずリリカに掴みかかった。


「ちょっとセリア……!」

「分かってるよ!」


 声を潜めて怒鳴る。リリカのまるで自分を鑑みない言動はセリアにとって許しがたいものだ。


「あたしならそう、負けないよ!」

「強さは関係ないじゃん!」

「やめなってば!」


 マトマが慌てて仲裁に入る。今は仲間割れをしている場合などではない。


「ん? 誰かいるのか」

「いけない……!」


 巡回していた警備が三人のいる方に近づいてくる。

 もはや猶予も取れる選択肢もなかった。


「離して。あたしが行く」

「ぐ……っ!」

「セリア。ここは任せるしか……」


 セリアが唇を噛んだその時、フロア全体を謎の揺れが襲った。


「うわ! 何だ!?」


 途端にフロア一帯が騒がしくなる。そしてその原因が地下での敵襲だと判明すると、その混乱はより大きなものとなった。

 動くなら今しかない。セリアはリリカに文句を言いたい気持ちをぐっと抑えて、ここを突破することに集中する。


「チャンス!」

「うん!」


 中央棟には特に非戦闘員が多いようで、浮き足立ってパニックになる人が多い。それが上手く簔として作用し、リリカたちは人棟に繋がる通路に辿り着いた。


「ふぅーっ。何だか知らないけど、運がいいじゃん」

「うん。ついにここまで来たよ」

「早く行って二人を助けよう」

「そうだね。それにしても……」


 中央棟の混乱にも全く無関心であるかのように、そこは動的な何物も見当たらない。誰からも忘れられたかのような静けさに沈んでいた。


「嫌なところ……」

「うん。だけどこんな所に捕まっているんだったら、一刻も早く助けなきゃ」

「行こう……!」




 ~人棟一階・第一区画~


 人棟は、獣棟や兵棟に比べて極めて異質である。ゴヨウ含む部外者が得られる情報はほとんどなく、研究内容などもいまひとつハッキリしない。


 ただ非人道的な研究がされているということだけが、唯一確信を持って言える情報なのだった。


「……誰もいない?」

「うん」


 扉を開けて人棟に侵入した三人は、誰もいない部屋で辺りを見回した。奇襲を狙って潜めている呼吸の音すら聞こえない。

 あるのは乱雑に積み上げられた物資ばかりだ。


「物置みたいじゃん」

「これは……食料か。それも最近届けられたものだな。新鮮だ」

「こっちには包帯があるよ!」


 この部屋は中央棟から運ばれてきた物資が一旦置かれている物置のような場所である。配達係が荷物をここに置いておくと、知らないうちに消えていて次に来たときには少し減った荷物だけが出迎えてくれるのだ。


「見て、これ!」

「扉か。何か書いてあるね」

「掠れてるけど、これは……」


「立チ入リヲ禁ズル」


 掠れた黒いペンキで描かれた文字を見た瞬間、三人の背に冷たいものが走った。


 ここから先は別の空間である。ここまでの通路など文字通り入り口でしかなかったのだ。

 そしてそれを理解して尚、退くことはできない。


「どーりで人がいないわけじゃん。ゴヨウに聞いてた以上だね」


 セリアがいかにも鈍重な鉄の扉に手をかける。ギギ……と軋みながら観音開きの扉を押し開けると、冷たい空気が三人の足元に絡み付く。


「また廊下……」


 三人は進んで、さらに先の扉を開けた。

 そこも人の気配がしない、薄い鉄板を六面に張り付けただけの部屋だった。小さな窓から差し込む光で辛うじて二つの扉が見えた。


「開く?」

「だめ、こっちには鍵がかかってるよ」

「こっちはかかってないみたい」


 三人は開いていた方の通路を進む。奥に行けば行くほどに、空気がねばつくような錯覚に囚われる。


「さて、と。これで三枚目の扉だけど」


 リリカが扉に耳を当てる。すると微かだが音が聞こえてきて、リリカは慌てて耳を離した。


「気を付けて」


 セリアとマトマが頷く。

 ゆっくりと扉が開く。


「誰もいない?」

「広い……!」


 そこは天井の高い部屋だった。これまで以上の広さといくつもの扉があるが、例によってそれだけである。

 ただ違いがあるとすれば、ひときわ大きな扉から冷たい空気が流れ込んでくることだ。わずかな隙間を通る風はヒュンヒュンと音を響かせている。


「あたしが聞いたのはたぶんこの音だ」

「外に繋がってるんだね。寒いよ」

「とりあえず一つずつ行ってみよう」


 リリカが手近な扉を開けた。一本道の通路を進むと、ある部屋につき当たった。

 こんな部屋をリリカは知っている。


「ろーやだ、ここ」

「牢屋? 奥まで行ってみよう」


 やはりそこは牢屋で間違いなかった。細長い部屋の左右の鉄格子の向こうには、確かに何かがいた形跡がある。


「ここだ! 捕まったなら、ここにいるかもしれない!」

「はっ、そうか! よし、戻って探そう!」


 三人は広い部屋に戻ると、手分けして探し始めた。



 リリカは二人と別れて、足音だけが反響する暗闇の中を走っていた。


(気分が悪い……。早く見つけて帰りたいな)


 リリカは考える。理屈でなく、ここにいてはいけないとずっと思っていた。


(どうか何もありませんように……!)


 長い通路だったが、ようやく先に扉が見えた。何もなく、行き止まりで、少し手間だが引き返さなければならない。そんな未来を思い浮かべながら、リリカは扉に手をかける。

 その時だった。この場所に来て初めて何かの気配を感じたのは。


 そして耳を塞ぎたくなるような悲鳴を聞いたとき、リリカは思わず部屋に飛び込んでいた。






「え…………?」


 竜人の子供たちが血を流して倒れている。流れた血の量は二人の死を確信付けていて。


「嘘……」


 などという嫌な想像がリリカの脳裏をかすめて、しかしそれを上回る目の前の光景に一瞬で掻き消された。


「これは……っ!」


 動物たちの死骸が床に散らばる部屋。断末魔の悲鳴をあげていた一体が、それを殺した張本人によって投げ捨てられる。

 “それ”は部屋の中央で、死体の群れの中心に立っていた。その隣にもう一人、初老の男がリリカに気付く。


「おや? ふむ、もしかして彼女が侵入者とやらかな?」

「シュタイン博士」

「いや、気にするな。君たちは記録を続けてくれ」


 部屋の壁に取り付けられたキャットウォークの上の研究者たちも侵入者に気が付いたが、それが武装もしていない少女だと分かると、警戒することもなくまた作業に戻った。


 しかし、リリカにとっても彼らのことなど眼中にはなかった。

 巻き付いた太い帯も、縫い痕走る肉体も、彼女には忘れられないものだ。


「おー、ぐけけけ」

「知り合いかね? 251号」

「ちがぁう。にーごーいー」


 リリカを見てニタニタと笑うニゴイは、村で彼女を倒してセリアとマトマの家族を攫っていった張本人で。

 そしてリリカが倒したいと思った“敵”だった。彼女の動悸が加速する。


「今度こそ……!」


 リリカがセリアたちとともに人棟に来たのは、戦力配分を考えてのことや責任を感じていたからだけではない。

 彼女は密かにこうなることを狙っていたのだ。


 つまりは、リベンジの機会を。


「オオオン!」

「けけけ?」


 と、ここで倒れていた一匹の動物がその身を起してニゴイに飛びかかった。ニゴイは軽く右腕を振るい、解けた二本の帯で叩き落とす。


「詰めが甘かったな。だが、強化外筋の本数を増やしたことで戦闘力は向上している。順調順調」

「あ……!? その生き物……!」

「ん? 知っているのかね?」


 剥いだ皮膚を裏返して貼り直したかのような、毛のない体表。くっきりと体表に現れる骨の形と眼球の嵌っていないない窪み。

 それはリリカがレンとソリューニャとともに洞窟で見たあの生物と非常によく似ていた。


「なんでこんなところに……!? でも大きさが違う……!?」

「ほう! それは恐らく初代の創ったオリジナルだろう!」

「おりじなる?」

「新鮮で強力な魔導師の死体から造った人工屍人(リビングデッド)。君が見たというなら、それは偉大なる初代の作品だろう。まさかまだ動いていたとはさすが、命が宿っていたとしたら驚きを禁じ得ないな」

「え、な……っ!?」

「それで? どこで見た?」


 あの不気味な生物のおぞましい正体を明かされて、リリカは衝撃を受けた。そしてそれ以上に激しくこみ上げる恐怖と吐き気で眩暈がする。

 普通に生きていたら決して味わうことのないその感覚を振り切るように、リリカは叫んだ。


「攫った子供たちはどこにいるの!」

「ん? あぁ、亜人の被験体が欲しいとニゴイに頼んでいたね。すっかり忘れていたが、どこかにはいると思うよ」

「くっ、探さなきゃ……!」

「まあ落ち着きたまえ。君には聞きたいことがたくさんあるのだ」

「言うもんか!」

「まあまあ、仲良くしようじゃないか。このシュタイン、君次第で子供たちに会わせてやると約束しよう」


 シュタインと名乗る初老の男は、にこやかに手を差し出した。ニゴイもいつものニタニタ笑いでリリカを見ている。


「……っ!」

「だったら自分で探すから別にいいぜ。なぁ」


 そのとき、リリカの肩に手が置かれた。驚いたリリカが振り返る。


「ジン!?」

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