死体遊び
~兵棟地下一階~
広い施設内を走り回るレンとミツキ。彼らは時たま現れる兵隊たちを蹴散らしながら順調すぎるほど順調に中央棟へと向かっていた。
レンが吼える。
「っつっまんねぇぇぇ!」
「どうやら向こうさんもだいぶ疲弊してるみたいだね。きっとレンの仲間がやったんだろう」
「ジンめあとで覚えとけやコンチクショー!」
「なぜにピンポイントで……」
実際兵棟の兵力はその大半をジンが倒してしまっていた。
一方で怒るレンとは対照的に、ミツキは冷静に目的である視察を行っていた。
「施設は広大で、しかも近代的。ずいぶんと金がかかってるな」
ミツキは事前に情報を与えられていない。下された命令は「見て来い」というだけで、具体的なことは何も言われていないのだ。
恐らく何らかの情報は持っているのだろうが、それをあえて教えなかった理由。それは見て感じたこと、受けた印象をそのまま知りたいためだろう。
彼はいつも素直な言葉を使わないから面倒だ、そんなことを考えながらもミツキは分析を続ける。
「しかし、兵の装備が目立つな。量産型の銃とは、技術力も相当と見える。そしてなにより兵の数が多い。兵棟と中央棟は特に多くを雇っているらしいけど、何をそんなに警戒しているんだろうか」
進行方向に、多数の兵が集まっているのが見える。誰にやられたかそのほとんどがボロボロで、戦意もあまり感じられない。
そこにレンが突っ込んで手あたり次第に殴り飛ばし、ミツキが鋭く斬り抜ける。
「うわああああ!」
「ぎゃあああ!」
二人が足を止めて戦うまでもなくそれは崩壊した。
「お前、人を斬り慣れてんのなー」
「まあね。向かってくる奴には情けは無用さ。ところで、ここからどうする?」
「んー、右に行こう。反応が一つしか感じられねぇ」
「そっちは獣棟だよ?」
聞いていた作戦だと、獣棟方面にはジンとソリューニャがいるはずだ。しかし反応が一つということはそのどちらか、もしくはリリカがいることになる。
「どっちにしろ一人かも知んねーならそっちに行くぜ。お前はどうすんだ?」
「おれも行くよ。ここから先は道も分からないし、一人になったら帰れなくなりそうだ」
「そっか」
それにしても、とミツキはひとりごちる。
「嫌な予感がするなぁ。この規模、技術、どれをとっても国が深く絡んでるようにしか見えないや……」
ミツキの予感が的中しているなら、これから行く獣棟では酷いものが見られるかもしれない。気を引き締め直して、ミツキは走るのだった。
~獣棟地下一階~
暗く長い廊下を進んでいくと、いつからか鼻につく臭いが漂い始め、それは進むほどに強くなっていった。
「獣臭……。獣棟は生物についての実験を主にしてるらしいし、おかしくはないね」
ソリューニャは冷静に分析する。恐らくは実験動物を飼育している部屋でもあるのだろう。
「そんなことより、近い。どこだ……?」
自身を呼ぶ意思はいよいよ強くなり、感じられる焦りもより強いものとなっていた。近すぎて逆に方向が分かりにくいほどだ。
ソリューニャが行きついたのは、おおよそ中央棟と比較しても劣らない広さの大部屋だった。大小さまざまな檻が設置されており、中には見たこともない動物が多数収容されている。
動物たちはソリューニャが入ってくると途端に緊張感を増し、唸るもの、吼えるもの、怯えるものなど様々な反応を見せた。
「あら、お客様ね」
「ああ。ちょっと案内を頼みたいんだが誰もいなくてね。ちょうどいい」
「うふふ、死後の世界までご案内して差し上げますわ」
たった一人、部屋の中央で佇んでいた女が、スクロールを取り出して魔力を込めた。すると、四足歩行の獣が現れる。
「転移魔方陣で死体を呼び出す。聞いてるよ、アンタがステアか」
「死体遊び。さあ、躍りましょう?」
「望むところさ……!」
背中に触れられた獣は立ち上がり、まるで生きているように身震いをした。そしてグッと溜めると、ソリューニャへ一気に跳びかかった。
「遅い!」
ソリューニャが真っ向から竜の鱗を纏った拳を叩き込む。鼻っ面の骨が砕ける確かな手ごたえを感じた。
生きていれば即死すらありうる怪我だが、しかしその死体はひしゃげた顔のまま再び飛びかかった。
「げ。頭を落とすくらいじゃなきゃだめか?」
「ひどいことをするのね。せっかくの人形が……」
「胸糞悪い。悪趣味だ……!」
獣の顔面を見てソリューニャが呟く。
まったく生気を感じないのは当然としても、気分がいいものではない。
「でも、セリアたちに聞いてる。弱点は……ここだっ!」
「まあ!」
獣の突進をひらりとかわして、その背中に肘を落とす。足元に叩きつけられた獣が起き上がる前に、ソリューニャは背中を思い切り踏みつけた。
すると獣の背中から魔力が漏れ、獣はただの死体に戻っていく。
「倒し方は分かってる。覚悟しな」
「そう。知られていたのですね。これはあまりよくないわ」
ステアの隣には新たな死体が一つ。彼女はその背中に触れると、魔力を流し込んだ。
「オートモード。時間を稼いで」
「逃げる気か?」
「まさか。とっておきの人形があるの。きっと気に入るわ」
ステアが奥の部屋に駆けていく。追おうとしたソリューニャの前に死体が立ちはだかる。
四本の腕を持つ白い狒々の死体が牙をむき出しにして襲い掛かった。
「オートモード、それも聞いてるよ」
ソリューニャは飛び退いてその腕から逃れた。四本の腕がそれぞれ異なるタイミングで掴みかかってくるのを、ソリューニャはギリギリで避けながら分析する。
セリアとマトマから話を聞いて、ステアの魔導の正体について一つ立てていた仮説がある。
ステアが操ることなく自動で動いているということは、彼女に魔力を与えられた際、何らかの命令を与えられているということだ。
「アタシの考えが正しければ、それは“アタシを襲え”じゃない」
ポイントは二体が仲間割れを始めたということ。このことから、命令は“セリアとマトマを襲え”だったとは考えにくい。
ソリューニャの予想だとその命令とは、
「“動くものを襲え”だ!」
ソリューニャは近くの大きな檻まで駆け寄ると、それを思い切り蹴りつけた。穏やかでないのはそこにいた動物だ。檻の中からソリューニャを食い殺そうと暴れだす。
「どうだ!?」
果たして追ってきた四つ腕の狒々は檻に飛びかかった。
荒ぶる双方は鉄格子を挟んで喧嘩を始める。その隙にソリューニャは静かにその場を離れた。
「よかった、上手くいった……。それにしてもあの猿」
ソリューニャはガンガンと檻を叩いている白い狒々を見る。ソリューニャの何倍もある巨大な体躯も目に付くが、それ以上に異常なのは四本の腕だった。
「腕が全部バラバラだ。長さも、太さも、形も全部違う。まるで後からくっつけたみたい」
ステアは「とっておきがある」と言っていた。あれ以上の何かがいるとすると、ソリューニャにとっていい話ではないのは明らかだ。
ステアはとある部屋でそれを見上げていた。ここは彼女のコレクションルームである。
臓物を取り出し、特殊な薬品に漬け、そうやってできた死体のコレクションはそれぞれ魔方陣の上に乗せられて静かに眠っている。彼女が召喚した死体はすべてここに置かれていたものである。
「うふふふ。いい、いいわぁ……」
彼女はうっとりとした表情でそこに佇む。唯一魔方陣に乗っていない、乗れないほど巨大なそれは鎖で壁に磔にされてステアを見下ろしていた。
そこにソリューニャが追いついてきて、絶句した。
「なっ!? なんだここ!」
「ようこそ、私の聖域へ。いいところでしょう?」
「これ、全部死体か。どうやって集めた」
ソリューニャの質問にステアが答える。それは、聞くもおぞましい獣棟の秘密だった。
「全部実験で死んだのをもらったの。気に入った死体を……ね?」
ステアがソリューニャを見て、ニッコリと笑う。同時に、それを磔にしていた鎖が解け落ちた。
ずん、と音を立てて着地し、手足や胴に絡まった鎖をジャラジャラと鳴らしながらそれは身を起こす。
「冗談だろ……! どうしたらこんな怪物が死ぬっていうんだ……!」
「この子だけは保存ができないから、そろそろ腐るところだったの。お礼を言わせてもらうわ」
それは、部屋の天井に届くかというほど巨大な怪物だった。
全身が甲殻のような外骨格に覆われているが、その半分は欠け落ちて、筋肉質な人間のような肉体が見える。頭部は牙のある牛のようで、山羊の様な太い巻き角が外骨格を突き破って伸びている。
「この子で遊ぶチャンスを頂けたこと」
また腕は長く筋肉質で、肩から背中にかけてマントのような白い毛が生えている。そして鈍重そうな上半身とは対照に下半身は小さく、おおよそ二足歩行など不可能そうである。
「うふふふ。最高の人形遊び、しましょ?」
「くそっ!」
人間のように五本の指のついた手がステアを掴み、肩に乗せた。ソリューニャは踵を返して走り出す。
「まともにやって勝ち目あるか!」
「あらら? さっきまでの勢いはどうしたの?」
「やかましい!」
怪物が床を殴ると、大きく亀裂が走ってソリューニャを吹き飛ばした。
「ああああ! 地下でやることかぁ!」
全速力で逃げるソリューニャ。障害物を弾き飛ばしながらそれを追う怪物。それほど広さもない地下なのが幸いして圧倒的な歩幅の差でもなんとか逃げきれているが、危うい均衡であることは明確である。
例えばそう、
「げっ……」
「ふふふふふ。観念なさいな」
行き止まりの部屋に逃げ込んだ場合などにはもう為す術がないように。
ステアが余裕の笑みを浮かべて、怪物は巨大な両腕を振り上げたのだった。
現在地
ソリューニャ……獣棟B1
リリカ、セリア、マトマ……人棟F1
ジン……中央棟F1
レン、ミツキ……兵棟B1




