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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編2 契り
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次世代のクロノス 2

 

 

 出発は一晩待つこととなった。レンは当然不満をあらわにしたが、


「なんでだ! こんなところで悠長にしてられっか!」

「駄目だ。ミュウちゃんは相当無理をしている。ここで一晩、ぐっすり眠らなきゃ」

「わ、私は別に……」

「ミュウもこう言ってるぞ!」

「これが強がりなのが分からないのか! それは無責任というものだろう!」

「ぐ……」


 という妙に迫力あるミツキの言葉によって切り捨てられた。レン自身、ミュウが眩暈でふらつくような体調であることなど百も承知であったが、少し気が急いていたことを認めて引き下がったのだった。


「え? ミュウちゃん体調悪かったの?」

「あ、えと、はいです」

「あなた、よく見抜いたわね」

「ふふ。おれを舐めないでくださいよヒバリさん。伊達にロリコンやってませんから」


 得意げに笑うミツキは、相変わらず幼い少女が関わるとギリギリである。


「お前、ミュウに変なことしたら殴るぞ」

「私も。少しは自重しろ」

「少女が嫌がるようなことを、このおれがするとでも?」

「ミュウちゃん。何かされたら言うのよ?」

「ちょっと、ヒバリさんまでそんなことを言う。おれがそんなことをしたことがありましたか?」

「じゃあつい言いたくなるような言動はやめなさいよ、ミツキくん」


 クロノス組は彼が一線を越えないことをよく知ってはいるが、かといってギリギリまで行く彼のことを野放しにするつもりもない。


「む、だいたいそれならレン。きみはもっとミュウちゃんのことを考えるべきじゃないかい?」

「なんだと! お前には関係ねーだろ!」

「あるぞ! だいたいなぁ、だいたいなぁ……!」


 あたふたするミュウを挟んで、レンとミツキが睨み合う。反対に、マオとヒバリは落ち着いていた。


「わわ、喧嘩が始まってしまうのです!」

「大丈夫と思うわ。ねえ、ヒバリさん」

「そうね」


 二人はミツキの次の言葉が分かるくらいには付き合いがある。

 そしてミツキは二人の予想通りの一言を放ったのだった。


「うらやましいッ!」

「知るか、バカヤロ!」

「よし、出ろ! 八つ当たりしてやる!」

「望むとこだボケぇ!」


 そして二人がいなくなり、しんとなったところでマオが口を開いた。


「ビンゴ」

「私も」


 二人はパチンとハイタッチ。


「じゃなくて! 喧嘩! 始まっちゃったのですけど!?」

「問題ないわ。あんなでも馬鹿じゃないもの」

「ええ。本気でやったりはしないわよ」


 この時、ミュウは気が付いた。二人はレンよりもミツキの実力の方が上だと思っていることに。


 そして夕刻になり、長い喧嘩を終えて戻ってきた二人を見た時。ミュウにもはっきりと分かった。


(ミツキさん……レンさんよりも強い……!)


「いやー、まいったね。まさかこんなにも長くなるとは」

「くっそ~~! すぐに勝てるようになってやるからな!」


 昼の戦闘でもうすうす感じてはいたが、あのレンを抑えることができるだけの実力が確かなものであるとこれではっきりした。

 そしてそれはレン自身も受け入れたことのようだった。


「あら、あんた鈍ってる?」

「いやいや、レンは強いよ。魔導も早々に使わされた」

「へえ。褒めるじゃない」


 またそれはマオとヒバリにとっても意外だったようである。二人はレンの実力に関する評価を上げた。


「レンさん……」

「ん? ああ、大丈夫だ。まだまだ強い奴はいっぱいいるな!」

「……はい」


 レンの言葉は的確である。“強い奴”などいくらでもいる。

 クロノスが敵であったらと考えると怖いが、幸い今は味方でいる。


「とにかく今は、ソリューニャさんのことなのです!」

「おう!」


 もしもを考えてもキリがない。未熟さは呑みこんで進むしかないのだ。




 翌朝、村の広場にて。


 ヒバリが魔力を手に纏い、中指と親指を丸めて口に近づける。


「何をするです?」

「まあ見ててよ。ちょっと面白いよ」

「あ、指笛」


 きれいな指笛の音色が山にこだますると、どこからか四羽の大きな鳥が飛んできてヒバリの近くに降り立った。


「おお、すげーー!」

「うふふ、この子たちを呼ぶ魔導よ」


 ヒバリは風圧で乱れた髪を直しながら説明する。


「おはよう、みんな」

「ピーー!」

「紹介するわね。この、私とおそろいのスカーフを付けているのがぽっぽ。頭の色だけ変わってるのがキャップ。鋭い目をしているのがアイ。尾羽が灰色なのがグレイ」

「よろしくなのです!」

「よろしくな~」


 彼女の魔導は、この鳥に乗って空を飛ぶサポートをするというものだ。


「この子たちは種類は違うけどみんな魔力があるわ。それで人を乗せて飛べるの」

「昨日も皆さんを乗せてきたですね!」

「そう。だけど空を飛ぶには生身じゃ危険なの。そこで私の魔導ね」


 ヒバリがミュウの額に触れて魔導を発動する。ヒバリの魔力が体を覆うように薄く広がった。


「もう教えたけどこれが私の魔導、空飛ぶ魔法使い(フライングウィッチ)

「オレもオレも!」

「もちろんみんなにもかけるわよ」


 残りの三人にも「空飛ぶ魔法使い」をかけると、ヒバリはレンとミュウに注意事項を伝えた。


「もう一度言うわね? この魔導は体温や呼吸とかを守ってくれるわ。だけど効果は長く続かないし、あくまで飛ぶのはこの子たち。それを忘れないでね」

「分かった!」

「ですっ!」

「うん。あぁ、それとこれも渡しておくわね」


 ヒバリは二人に小さめの魔導水晶を一つずつ渡した。


「私の魔導が封じてあるわ。もし空中で魔導が切れるようなことがあれば使いなさい。緊急用だから過信はしないで」

「おう、ありがとう!」

「じゃあ、乗りなさい。バランス気を付けてね」


 マオがアイに、ミツキはグレイに、レンはキャップに、そしてミュウがぽっぽの背に乗る。キャップとぽっぽは比較的穏やかな気性で、初めて乗る二人にとっては適しているのだという。


 これから、レンとミュウ、ミツキとマオは研究施設に向かい、ぽっぽたちは転送陣のある洞窟までレンたちを運んだあとここに帰ってくる。


 戦闘能力がないヒバリは村に残る。彼女はぽっぽたちが戻った後、シラスズタウンまで行って村の不足した物資を調達するのだ。

 もともと潜入はマオとミツキの仕事だったため、彼女は村の復興を手伝うことにしたということだ。適材適所である。


「それじゃあ、みんな。無事を祈るわ」

「ピイッ!」

「よし、行くぞみんな!」


 四羽が一斉に翼を広げて力いっぱい羽ばたく。


「おおおお! すっげぇーーーー!」

「飛んだですーーーー!」


 離陸してからはあっという間だった。ヒバリの姿が豆のようになり、村が見えなくなり、代わりに遠くにシラスズタウンが見えた。


「あはははははは! 楽しーー!」

「すごいですっ! すごいですっ!」

「ふふっ、楽しそう。最初はやっぱりはしゃいじゃうわね」

「笑うミュウちゃん最高!」


 風に流されてお互いの声は聞こえない。が、四人とも笑っていて飛行体験を楽しんでいることは伝わってくる。


「さてさて、そろそろ高度を落としますかね」


 先頭を飛ぶマオが銀の笛を短く二度吹く。その音を聞いた鳥たちは徐々に高度を落とし始めた。


「お~~。あれが指示を出す笛ですね」


 マオが首から下げているのは金と銀、二つの笛だ。ヒバリに渡された特別な笛で、その音と吹き方で飛行中の鳥たちに様々な指示を出すのだという。


 飛行を始めてしばらくすると、カーテンウォールが間近に見えてきた。頂は雲に隠れ、岩を縦に割ったような険しい山肌もはっきりと見える。

 なるほど、雲から垂れるカーテンのようだとミュウは思った。

 そして、着陸。


「すごい、速かったのです!」

「こんなにも速いなら昨日のうちにでも追いつけたんじゃねーのか?」


 レンのもっともな疑問にミツキが答える。


「昨日は一日を通して飛んでいたからね。鳥たちの体力もなかったし、基本的に夜は飛ばないんだ」

「夜目がきかないのですね。聞いたことあるです!」

「そうそう。目が見えにくい夜は危険……って、ヒバリさんの受け売りだけどさ」


 鳥類の多くは昼行性で、例にもれずぽっぽたちも夜目は利かない。そのため暗くなると飛びたがらないし、ヒバリも飛ばせない。


「ありがとうね、アイ」

「さあ、ヒバリさんの所に戻るといい。ご苦労だったね、グレイ」

「ぽっぽさん、ありがとなのです!」

「キャップもサンキューな!」


 主人のもとへ帰っていく四羽を見送ると、彼らは洞窟に向き直った。


「ここで間違いなさそうね。人が通った形跡があるわ」

「そうか。よし、行こう」

「早く行こうぜ!」

「まあ落ち着いて。見通しも悪いし、慎重に行こう」

「あ、それなら。輝る衛星(ホーリーボール)


 ミュウが杖を持って、魔力を集中する。その先端に淡い光の玉が生まれたかと思うと、光の強さとともにみるみる大きくなった。

 歩きやすくなった洞窟を四人は歩く。


「便利ね。安定型?」

「いえ、たぶんどれでもないのです」

「どういうこと?」

「うーん。強いて言うなら専用型……です?」

「貴重なのね」


 フィルエルムで新しくなった神樹製の杖はすこぶる調子がいい。ずっと使ってきたと錯覚するほどそれは彼女に馴染んでいた。


 転送陣の間に着くのにそれほど時間はかからなかった。光の玉が部屋の全容を明らかにする。四人は部屋の中央に置かれた石板に近づいた。


「な、なんなのです!?」

「ミュウ?」

「これが転送陣ですか!?」


 ミュウが驚愕した。フィルエルムでも転送陣は利用しているため、彼女にはその異常性が理解できたのである。


「こんな転移魔方陣、“初めて見た”です!」


 否。正確には「理解できない」ことに驚愕した。

 通常同じ効果の魔方陣には、モノによって細部は違えど共通の式が組み込まれている。彼女がカキブで複雑な転送陣を解析できたのはそのためだ。

 しかしこの魔方陣にはそれが一切見当たらない。


「こんなもの、どうやって、誰が作ったのですか」

「ずいぶん古い物みたいだし、初めて見たっていうのはおかしなことじゃないんじゃないかな?」

「……そうかもです」


 古いが、全く未知の技術である。


「それよりも! 行こうぜー!」

「そうね、みんな。準備はいい?」

「おう! オレとミツキはすぐに走って!」

「私とマオさんは転送陣を守るのです!」

「よし!」


 魔力を与えられて、転送陣が光を発する。

 そして四人は眩い光に包まれて────

 


「────ちよく死んでよ!」

「!!」


 瞬間、マオが魔導を発動する。

 バッカルの目の前に展開された一枚のバリアが彼を守る。


「熱いーー!」

「あちちちち!」

「な、何なのです!?」


 しかし、一気に温度の上がる部屋。

 レンが即座に空気を集めて、部屋の出口に向けて放つ。熱を持った空気の塊が“トリガーハッピー”もろとも吐き出された。


「うわっ!?」

「ふぅー、いきなりなんだってんだ」

「なるほど、戦闘中だったのか。そして彼らはバッカルとクリートということかな?」


 ミツキが素早く状況を分析する。


「そ、そうだ。お前たちは……」

「説明してる暇はないな。行くぞ、レン!」

「ああ!」


 後のことをマオたちに任せて、ミツキとレンは部屋を飛び出した。敵がいる方とは逆、右側の道。そこをまっすぐ行けば上に行くことができる。

 クリートが作った、通路を塞ぐ土の壁。それを易々破壊して二人は走っていった。


「いててて。びっくりしたなぁ、もう」

「ミュウちゃん。戦える?」

「だいじょぶです!」

「あなたたち、ご苦労様。話はあとでね」

「あ、あぁ。味方……なんだな」


 生きている。その実感を受けて、バッカルはクリートの隣にへたり込んだ。

 こうしてバッカルとクリートの奮闘は報われ、最悪の事態は回避されたのだった。

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