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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編2 契り
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研究施設 4

 

  ~中央棟地下一階・地下倉庫前~


 中央棟は巨大な円筒状の施設で、部屋数も少ない。代わりに一つずつの部屋が大きくできているのが特徴だ。

 ソリューニャは人の少ない道を選んで進んでいたが、ある場所から一歩も動けなくなっていた。今いる部屋から次の部屋まで行くには隠れるところのない通路を通らねばならず、その途中にはたくさんの人が行き来する巨大な倉庫があるのだ。


「さて、どうする……」


 しかし、その時間は彼女に貴重な情報を与えてもいた。

 どうやら兵棟は甚大なダメージを負っているが、他二つは全くの無傷で、侵入者への対処もそれほど積極的ではないようだ。特に人棟は戦力の派遣すら一切行っていないようで、せわしなく動き回る人はみな口々に不満を漏らしていた。


「人棟は知らぬ顔。元凶の獣棟はそれなりに戦力を出してるのか」


 イライザなどはその最もたるところだろう。

 だが、ソリューニャにとってそれは朗報以外の何物でもない。獣棟はソリューニャに気づいていない上、その警備はいつもより薄くなっているのだから。


「その分ジンには頑張ってもらわなきゃだけど。ま、大丈夫でしょ」


 侵入するなら今が好機なのは間違いない。が、それには気づかれずにここを突破して獣棟に行かねばならない。

 ソリューニャは何かいい作戦がないものかと思案する。


「……いや、見つかってもバレなきゃいいのか?」


 例えば大きな騒ぎが起きたとして、その中でいちいち見覚えのない人を怪しんだりするだろうか。


「全員同じ服装だし、できるかも。うん、やってみよう」


 と、ちょうどいいタイミングで女が一人、荷物を抱えて現れた。どうやら倉庫に運び込むつもりのようだ。

 ソリューニャは誰にも見られていないのを確認すると、その女の鼻と口を押えて抱きつくように抱えて物陰に引きずり込んだ。

 そして耳元に口を近づけると、ドスのきいた低い声で囁いた。


「~~っ!?」

「騒ぐな、殺すぞ。おとなしくすれば命は取らない」


 涙目でコクコクうなずく彼女の口を布で塞ぎ、顔に袋をかぶせ、両手両足を縛る。さすがに抵抗した彼女だったが、あっけなく自由と帽子と上着を奪われてしまった。


「うーん、悪いことしてるな……」


 手早く上着を羽織って、長い髪もその中にしまい込む。そして長い耳を帽子で隠し、荷物を拾い上げた。


「じゃ、これをアタシが届けるのでチャラってことで」

「~~~~!」


 特に問題なく、ソリューニャは倉庫に侵入した。


(って広っ! 人多っ!)


 倉庫はソリューニャの想像以上に巨大で、想像以上にたくさんの人が動いていた。どうやらここはフロアの中心にあたる空間だと、これまでの移動ルートから推測する。


「でも、ついてるぞ……!」


 ソリューニャは誰にも見られない場所を探してうろつき、ちょうどいい場所を見つける。誰もソリューニャを怪しまず、自分の仕事に手いっぱいのようだ。


「よし、竜の……」


 ソリューニャが魔力を生成し、天井を見上げる。


「息吹ッ!!」


 薄赤色の魔力が放たれ、天井に直撃した。

 崩れ落ちる天井。広がる混乱。ソリューニャの狙い通りだ。


「うわぁぁぁ!」

「なにごとだぁ!?」

「敵だ!」「敵だと!?」

「逃げろー!」


 まったく予期せぬ敵襲に非戦闘員たちは例外なく冷静さを失う。ソリューニャは我先にと出口に殺到する集団に紛れて倉庫を出た。


「おい、どうした!?」

「何があった!」


 中の事情を知らない兵隊たちにも混乱は伝播し、中央棟全体が大混乱になる。

 ソリューニャは自分で起こしたにも関わらず、その混乱具合に慄いた。


(うっわ、思った以上の成果だ……! それほど大事な施設なのか?)


 ソリューニャの攻撃は大きな音と砂埃を巻き上げる派手なものではあったが、実際には天井の表面を削った程度であり、被害もそれほどではないはずだった。が、それにしては騒ぎが妙に大きく感じられる。


(ていうか研究施設ってこんなに兵隊が多いのが普通なのか?)


 などと考えながら人をかき分け、ついに見つけた獣棟へつながる扉。人が行き来していたせいか、鍵はかかっていない。そして今ならソリューニャに気づく人もいない。


「さて、いよいよだな」


 ソリューニャは扉の向こう、明かりのない暗闇へと踏み出した。






 ~兵棟地下二階~


 地上と繋がっているのだろう通気口を眺めながら、バッカルは落ち着かない様子で手を動かしていた。


「うー。心配だな」

「大丈夫だ……」

「なんだ、クリート。珍しく断言するじゃないか」

「……いや」


 兵棟地下二階。ここは普段は兵器やその材料などを保管しておく倉庫として使われている。通路もそれほど広くなく、人がしょっちゅう使う場所として作られてはいないことがわかる。


「だが、自分たちよりはるかに、強い」

「……そりゃ、確かに」


 バッカルはジンが蹴散らした兵の最後の一人を縛り上げると、兵隊置場と化した部屋に放り込んだ。クリートがむき出しの土壁に触れると、壁がゆっくりと動き出して部屋の出口を塞ぐ。密室の完成である。


「これでしばらくは大丈夫だな」

「油断、するなよ」


 この二人の仕事は、転送陣を守ることである。

 転送陣は洞窟にあったものと同じく一枚の岩に掘られており、それが部屋の中心に置かれていた。ゴヨウの尋問からこれを使って行き来できることが判明しており、作戦では脱出にこれを使うこととなっている。


 しかし敵にここを押さえられた場合、生還は非常に厳しくなる。最悪の場合だと、この陣を破壊されて脱出が不可能となってしまう。

 そうならないために、足りない戦力を割いてまでここに二人が配置されたのだ。


「兵隊は閉じ込めて、魔方陣のある部屋も塞いで、あとはどうする?」

「……通路を塞ごう」

「そんなことをしたらセリアたちが戻ってきたとき困るぞ」

「はっきり言う。もし強い敵が来たら……死ぬ」

「うえっ。それは、その」


 幸いここの通路は土がむき出しの所も多く、クリートの魔導なら塞ぐのは難しくない。代わりにセリアたちも締め出してしまうが、そこは仕方ないと割り切ることにした。

 もとより圧倒的な戦力差があるのだ。どこかでは妥協が必要になる。


「……結局は気休めだが、な」

「どういうことだ?」

「通路を塞いでも、破られたら……」

「な、なるほど」


 クリートが恐れるのは、壁を突破された場合だ。結局二人は戦力としてはそれなりでしかないのである。

 それこそ力づくで突破してくるような敵が来たら終わりだろう。


「そうならないことを祈るべ……き……」

「!!」


 バッカルが声を詰まらせる。異変に気がついたクリートも声を失う。

 閉じたばかりの土壁が赤熱していた。


「……そんな、いきなりかよ」

「伏せろ!」


 クリートが珍しく叫んだ。だが、そんなことを言われるまでもなくバッカルは伏せている。


「勘弁してくれ!」

「……!」


 土塊が吹き飛んで、できた穴から熱風が噴き出した。細い通気口以外に熱の逃げ場のない通路は一瞬にして蒸しあがる。


「おいおいおい、当たったらひとたまりもねえぞ!」

「……ああ、まずい」


 だらだらと汗を流すのは、暑さのせいばかりではない。


「あれか、話に聞いていた三人の……」

「……恐らく、“トリガーハッピー”」

「そのとーりっ!」


 兵棟を守る実力者は三人。

 一人は多彩な近接武器を扱うゴヨウ、通称“コレクター”。ジンにやられはしたものの、接近戦においては高い技術を持っている。

 もう一人は爆発物を操る“ボマー”。ソリューニャに兵棟で最も警戒が必要と言われ、彼女自身に敗れた男だ。

 そして三人の中で最もイカレているとゴヨウが言った、“トリガーハッピー”。ハンドガン型の魔導具から強力な砲撃を放つ中距離専門の魔導士である。


「ちょっと待っててねぇ。この壁を壊したらすぐに行くからさー」

「やばいぞ、クリート!」

「……ああ!」


 壁が再び赤熱する。人が通れるくらいの穴を開けるつもりだ。

 しかしクリートも見ているだけではない。


「せめて、時間を稼ぐ……!」

「うわ! ちょっともう、面倒だなぁ。熱いし」


 クリートの魔導で穴の縁が盛り上がり、塞がっていく。激しい魔力の消費と引き換えに、壁の破壊と再生の速度は拮抗した。


「お、おい。そんなに魔力使ってたらすぐに切れるぞ!」

「だが……やめれば……」

「う、それはそうだが」


 これは賭けだ。

 敵の弱点は、その威力と引き換えに消費される魔力の量である。したがって、クリートが持ち堪えられればまだ希望がある。


「あーもう、もったいないけどいーや」

「攻撃が止んだ?」

「……?」


 穴の向こうから、あきらめたかのような発言が聞こえた。同時に壁の破壊が止まり、均衡が破れてクリートによる再生が進む。

 みるみる小さくなっていく穴が、危機の一旦の終わりを表したかに思われた。


「ここは派手にね!」

「なに!」


 しかし、その穴にねじ込まれる敵の魔導具。かなりの魔力が込められたそれは赤い光を放ち、


「離れろ!」


 二人は爆風に背を押されて転がった。バッカルが振り返ると、崩れた壁の向こう、煙と熱気で霞んだ人の姿がある。


「あちち……。やっぱり狭い所で撃つもんじゃあないね。両足やけどしちゃったよ」

「な……!」


 壁だったものを踏み越えて近づく敵は、ボロボロになった靴やズボンを気にするそぶりも見せない。露わになった皮膚が焼け爛れているというのに、である。

 楽しそうに笑いながら裸足同然の足裏で焼かれた土の上を歩く姿を見て、二人はゴヨウがイカレていると言った意味を理解した。


「やっぱり壊れちゃったかー。まあ、また作ってもらえばいいんだけどね」

「く……仕留める!」

「あ、違う違う」


 敵は手負いで、両手には何も持っていない。今なら倒せるチャンスだと思ったのだろう。剣を構えてバッカルが走る。

 すると敵は困ったように手を振って、コートの中から同じ魔導具を引っ張り出した。


「ちゃんと予備はあるよー」

「うあぁ!? しまっ……」

「ぃぃいやっふーーい!」


 機械的なデザインの四角い銃身に組み込まれた魔導水晶が発光する。

 奇声を上げて、敵が引き金を引く。


「ぐぁあ!」

「バッカ……ぐぅっ!」

「アッツーー! テンションあっがるー!」


 直撃はせずとも、それはバッカルに大きなダメージを与えるに十分な威力だった。それだけにとどまらず、熱風はクリートも敵も容赦なく飲み込む。


「こっちまで熱くなっちゃうのは、やっぱり改良してほしいなー」

「ぐ……ぅ……」

「なんだあいつ、自分も無事じゃないのに……なぜ笑ってる!」

「撃つのが楽しいから。決まってるだろー」

「っ、とにかく時間を……!」


 バッカルとクリートに残された選択は、退くことだけだった。このままでは確実に二人は死に、果たされなかった使命が他の仲間も殺すだろう。


「逃がさないって!」

「く……ぐぁ!」


 クリートが地面を盛り上げて盾を作り、放たれた熱の魔力砲から味方を守る。が、吹き荒れる熱風からは逃れられず、吹き飛ばされたクリートは苦しそうに呻く。


「クリート! ぐ、待ってろ!」

「熱ー。全身汗びっしょりだ」

「汗どころか、火傷だろ……!」


 バッカルがクリートに肩を貸して後退する。どうやら魔力の補填には多少の時間がかかるようで、連射はできないようである。この時間に少しでも離れて、そして、


「そして、どうなる……!?」


 どう考えても、死ぬ未来しか考えられない。その途方もなさに膝を着きそうになるが、それでも退がり続ける。

 そしてついに行き止まり、転送陣の部屋に辿り着いた。着いてしまった。


「よし、チャージ完了!」

「くそ、ここまでか!」


 結局ジンたちが戻ってくることも、敵の魔力が尽きることもなかった。暗い通路に魔導水晶が煌々と輝き、向けられた銃口がいよいよ死を確信させる。

 バッカルはクリートを下ろすと、彼と転送陣を守るように仁王立ちした。


「あっはは! 潔いね! 気持ちよく死んでよ!」


 “トリガーハッピー”が笑って引き金を引く。

 バッカルの視界が光に包まれた。



現在地

ソリューニャ……中央棟B1

リリカ、セリア、マトマ……兵棟F1

ジン……兵棟B1

バッカル、クリート……兵棟B2

レン、ミュウ……??

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