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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編1 導き
110/256

亀裂 3

 

 

 ジンを襲った爆発は当然セリアとマトマにも聞こえた。


「うわぁぁっ!? な、なんだ!?」

「あら、人形遊びもここまでみたいですわ」

「く……どういうことだ?」


 セリアとマトマを相手にしていた襲撃者の女は、青い光を見るとそんなことを呟いた。

 敵の操る死体と戦っていたマトマが聞く。セリア共々、致命的な怪我はなんとかせずに済んでいたが、敵にもまた有効なダメージを与えることはできなかった。


「撤退の合図が出ましたので」

「あの爆発か。帰るのか……?」

「もともと私の役目は村を混乱させることですから」


 にっこりと笑って、彼女は側に死体を呼び戻す。そして二体の背中に触れた。


「オートモード。あなたたちの相手は引き続きこの子達がやってくれます」

「最後までおちょくってくれるじゃん……! 覚えてろよ?」

「久しぶりに遊べて楽しかったわ。では、ごきげんよう」

「セリア! 来るよ!」

「うん!」


 死体は魔力の供給を受けまるで生き返ったように身震いすると、セリアとマトマに飛びかかった。


「こいつら……!」

「くっ!」


 敵は二人に背を向けて悠々と歩いていく。

 セリアとマトマは急に動きのよくなった死体を相手取るのにいっぱいいっぱいで、それを追うこともできない。


「ちょっと、さっきまでのはなんだって話じゃん!?」

「本当に生き返ったみたいだ!」


 相変わらず別々の方を向いている両目には何も映っていない。


「くそ……!」


 セリアが体を低く倒し、狒々の懐に潜り込んだ。そして上体を起こしながらアッパー気味のパンチを打つ。

 ずっしりと腕にかかる重さが、敵が人以上の質量を持った肉袋であると主張しているようだ。


「重……くぅっ!」

「セリア!」

「え、うわっ!」


 マトマと戦っていた牙の獣がセリアを襲う。


「なんでっ!?」

「このぉ!」


 フリーになったマトマががら空きになった背中に槍を突き立てる。しかし槍は硬い毛皮に阻まれて弾かれてしまった。

 獣は背中の異変など意にも介さず飛びかかり、


「っ……!?」


 狒々ともつれ合って倒れこんだ。


「セリア! 大丈夫!?」

「う、うん。でも、なんでこんな」

「分からないけど、倒すなら今しかない!」


 もつれ合う二体の喧嘩は、狒々の背中に長い牙が突き立てられて終わろうとしていた。狒々は背中に二つ、穴を空けられて身を捩じらせていたが、やがて糸が切れたようにぱったりと動かなくなった。

 セリアはその時、狒々の背中から魔力が漏れて消えていくのを見た。


「マトマ! 背中だ、こいつの背中に槍を刺せ!」

「簡単に言わないで……よっ!」


 今度は敵が隙だらけであったため十分に力を込めることができたが、それでも槍は穂先が沈んだあたりで止まった。


「くぅ……っ! 悪いけどこれで限界……」

「いや、これならっ!」


 さすがに牙の獣も振り返って、マトマに牙をむく。マトマは槍を残して振り落とされた。


「はああああ!」


 そこに跳び上がったセリアが、落下の勢いとともに槍を押し込む。すでに毛皮を貫通していた槍はあっさりと死肉にのめり込んだ。

 狒々の時と同じように魔力が漏れて、消えていく。そして牙の獣がその動きを止めるのに時間はかからなかった。


「はぁ、はぁ。やった……」

「うん。なんとか勝てたね」

「あの女、今から追えば追いつけると思うけど、どうしよう?」

「反対。村のみんなを助けるのが先だよ」


 セリアが着いたときにはすでに崩壊した建物がいくつもあったし、先の爆発も気になる。それに、二人にはそれぞれ家族もいる。


「そうだね。うーん、でも悔しいじゃん」

「セリアは血の気が多いのよ。なんでこの静かな村でそんな風に育ったのやらね」

「ちぇ。私にはこそこそ生きるみんなが分からないよ」





 村の外れにて。


「あら、ステア。楽しめた?」

「うふふ。少しだけ、ね。あの爆発は?」

「ちょっとね」


 セリアたちを相手にしていた死体の奏者、ステアはファウストとイライザと合流した。

 ステアはもっと激しい戦闘を覚悟してきたのだが、竜人たちは逃げ惑うものばかりで、立ちふさがった戦士たちも戦闘に慣れていないような者ばかりであったのが不満だった。


「ファウスト博士。撤退ということは、目的は果たされたので?」

「おお! これだ、見たまえ」

「まあ、綺麗!」


 “それ”は日の光を浴びてキラキラと輝いていた。まるでガラス玉のように透き通り、仄かに赤い。しかし近づくとわかる不思議な魔力が、“それ”がガラス玉とは比較にならない価値を持つものであると伝えていた。


「ぐけけ……あおはかえるのあおだ」

「おや、きみはたしか、251号、だったかね?」

「にぃごぉいちごぉ」

「どうやらきみも仕事を終わらせたようだね」

「こども、ふたり」


 251号、と呼ばれた男も合流した。リリカを返り討ちにした怪物だ。

 今回の襲撃の実行犯は彼らともう一人、ジンにやられた男だけだった。


「相変わらず気味悪いわね……」

「251号、言いづらいですね。ニゴイと呼びましょ?」


 251号とファウストの会話を聞いていたイライザとステアがひそひそと話す。するとそれを敏感に聞き取った251号が食いついてきた。


「にごい! いい! すき!」

「うわ聞こえたの!?」

「気に入っていただけたようで嬉しいですわ」

「えー。行きも思ったけど、ずいぶん優しいわね」

「うふふふ。だって、いい人形になりそうじゃない? 帰ったら人棟に打診しに行こうかしら」

「……趣味悪いよ」


 竜人たちの抵抗があまりなかったからか、少し気の緩んだ会話。


「っ!」

「うおらぁ!」

「敵!?」


 そこに乱入した命知らずな一つの影。

 イライザへの報復に燃えるジンであった。


「うっそなんで生きてるの!」

「イライザ!」


 とっさに交差させた腕の上に、ジンの蹴りが炸裂する。イライザはあっけなく吹き飛ばされて転がった。


「ぐけけけ! てきぃ!」

「あん!? てめぇに用はねえんだよ!」


 しなる鞭をトンファーで受け止める。減衰された威力はジンの動きを妨げるには及ばず、ジンはまっすぐイライザに向かって走る。


「なにが逃げるだ騙しやがって! 死ぬかと思ったじゃねーかぁ!」

「あれを食らって生きてるなんて……!」

「とりあえず殴られろぉ!」


 ジンが大きく拳を振り上げる。しかしニゴイの鞭が背中を打ち付けて、ジンは弾き飛ばされた。

 その間にイライザは立ち上がり、なんとか味方と合流する。


「痛ぇなコラ! ぶん殴るぞ!」

「イライザ、大丈夫ですか?」

「ええ……」

「どうしますか?」

「逃げる。このままじゃファウスト博士が殺される可能性があるわ」


 ジンは完全に頭に血が昇っており、そんな彼の攻撃が魔法使いでもないファウストに当たれば無事では済まないだろう。今はニゴイと戦っているが、またいつ矛先が変わるかも分からない。

 その時、木々の向こうからよろよろとジンにやられた男が現れた。


「待て……。おれを置いていくつもりか……!」

「何をしているの? ゴヨウ」

「そいつにやられたんだ……」


 残る最後の襲撃者、ゴヨウ。これで全員が集まったわけであるが、ステアの返答は非情だった。


「ニゴイ! 逃げますわよ!」

「けけけっ! わかった!」

「お、おい! おれも連れて行け!」

「ついてこないでくださる? 足手まといがいては居場所がバレてしまいますわ」

「見捨てるのか!」

「だってあなた、兵棟から試し切りとか言って勝手に付いてきただけでしょう?」


 ジンとニゴイの間に、魚が一匹。


「こんなもんで止められるかってんだ!」

「ニゴイ! こっち!」


 強く呼ばれて振り向くニゴイ。ジンと魚から目を逸らすその瞬間が、イライザにとっては思うつぼだった。

 カッ、と眩い閃光がジンの目を潰す。


「ぎゃ!」

「うがぁぁ! 目が!」


 ジンと、同じく光を直視したゴヨウが目を閉じる。その隙に退却を始めたのだろう、複数の気配が遠ざかっていく。


「クソ! 目が見えなくっても追えるぞ!」


 しかし数歩進んだところで、ジンは覚えのある匂いに気が付いた。


「けほっ! これはっ!?」


 ついさっき、爆発の時に嗅いだ粉末の匂いであると理解した瞬間、ジンは後ろに飛び退いた。

 怒りで興奮していようが、さすがにこれに突っ込むような行動はしない。しかし爆発はいつまでたっても起こらず、ジンはまんまと嵌められたことを理解したのだった。


「くっそーーーー! また逃げられた! うがぁぁあ!」


 八つ当たりですぐそこの木を蹴りつける。幹がえぐれて、無残に折れた。



 しばらくすると、リリカがやってきた。


「ジン! あいつは!? てきは!?」

「ん、リリカか。あいつらは逃げやがったぞ畜生」


 このときジンの頭の中が怒りでいっぱいでなかったとしたら。


「あの……ジン? その……あたし、負け……」


 だんだんとか細くなっていくリリカの声。


「そっか」

「っ!」


 このときジンの目が完全に回復していて、彼女の表情を見ることができていたとしたら。


「それって……!」

「おーい、リリカー! ジーン! こっち手伝ってくれー!」

「ん? おーー!」

「あ……」


 このときセリアに呼ばれず、ジンのそっけない返事の意味を問い詰められていたとしたら。


 あるいはこうはならなかったのかもしれない。


「…………」


 リリカの中でひび割れていた何かが完全に壊れたのは、この時だった。

 目をこすりながら離れていくジンの、ぼろぼろの背中を見て立ち尽くすリリカは今にも泣きだしそうな顔をしていた。

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