表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編1 導き
109/256

亀裂 2

 


 リリカが死を強く隣に意識して戦うのはこれが初めてではないが、かといって多いわけでもない。


 人生で初めての戦闘は怪鳥ククルクスをレンとジンとともに相手にした時。最初こそ恐れていたものの、敵の力量を認識した後は余裕が生まれた。

 次はカキブでディーネブリと戦った時。ソリューニャが拉致された責任を感じていたリリカは、魔導士との初めての真剣勝負にもかかわらず彼女を破った。終始押され気味ではあったが、兎にも角にもリリカは生き残った。


 それから経験を重ね、自信が芽生えてきた頃。リリカは大きな岐路に立つ。

 アルデバラン副団長、シドウへの敗北である。半端に相手の実力を推し量れるようになっていた彼女は、そこで手も足も出ないという絶望を知ることとなった。


「……くっ!」


 運よく命は助かり、すべてが終わった一室のベッドの上で彼女に残されていたのは悔しさと焦りだった。

 何もできずに最初にやられた自分。一人残されてそれでも喰らいついたソリューニャ。辛い中でもできることを必死にやり遂げたミュウ。そしてレンとジンの近づくほど大きくなる背中。


「っ、あああああ!」


 リリカが揺れる心を叫ぶ。彼女は今、冷静ではなかった。


「ぐおあぁ!」

「きゃ……っ!」


 敵の体に巻き付いていた帯がリリカを襲う。

 まるで筋繊維のような、硬さとしなやかさを併せ持ったそれは攻防一体の武器であった。肩のあたりから垂れ下がる帯は、敵が腕を振るえば鞭となり、巻き付くとリリカのパンチを通さない鎧となった。


「なにそれ! 攻撃が……」

「グケケ……ごあっ!」

「通らない……!」


 格闘祭では優勝した。手には武器のグローブを付けている。


(あのときより強くなってるのに! 敵もあいつほど強くないのに!)


 それでも、


「なんでっ! こんなつもりじゃなかったのに!」

「げはーーっ!」


 敵は涎を垂らしながら帯を巻き付けた腕で殴りつけてくる。リリカは魔力を込めた腕でガードするが、弾き飛ばされる。

 そして一度距離が開くと、いつの間にか解けた帯がしなってリリカに向かう。リリカは片手を出して、グローブの能力で固定した魔力を防壁のように展開した。


「ああっ!」

「げへ。もう……おわりか?」


 魔力の壁は威力を弱めたが、一瞬ののちに砕かれて霧散した。鞭は守るもののない横腹をしたたかに打ち付ける。

 殴られるのとは違う、慣れない激痛がリリカを襲う。


「けほっ……痛い……」

「いたい? いたい、いたい!」

「な、何?」

「いたたたたたたたたたぁい!」


 両腕の動きに合わせて不規則に曲がる帯が二本。

 リリカは再びグローブで壁を作ろうとするが、防げずに受けた痛みが判断を鈍らせた。


「うごっ……!」


 強烈な一撃がリリカの鳩尾に突き刺さり、衝撃が突き抜けた。飛ばされた先、軽い体は建物に突っ込んだ。

 たまらず肺の空気を吐き出し、胃液と血の味で口の中は滅茶苦茶になった。


「いった~~た」

「ご……えぅぅ……!」

「ぐけっ。こどもども」


 簡単には立ち上がれないダメージを負ったリリカは、敵が村の子供を両脇に抱えて去っていくのを見ていることしかできなかった。


「そ……な……っ!」


 無力、焦燥。自己嫌悪、劣等感。心の亀裂は、彼女が受けたこれまでのどの怪我よりも痛かった。それだけ大事な一戦だったのだ。

 そんな諸々が多感な少女にのしかかって、膨れ上がる。






 彼が“それ”を掲げたのは、ちょうどジンが一人目の敵を倒した頃であった。

 村でひときわ大きく作られた長の家の祭壇に、“それ”は祀ってあった。


「見つけたぞ! 間違いない!」


 眼鏡の奥で落ち窪んだ目をぎょろりと見開いて、彼は“それ”を観察する。

 皮膚は土色に涸れ、もうほとんど色の抜けた髪に艶はなく、他人には実際よりも10年は老いて見られる。

 つまるところ彼がこの襲撃の首謀者であり、そして目的はたった今達成されたところであった。


「やめろ! 触ってはいかん!」

「ふむ。これが何か知らないのかね?」


 拘束されながらも必死にあがくのは、この村の長だ。男は“それ”と長を見比べる。


「やれやれ。これもあっさりと見つけてしまうし、ご老人は何も知らないようだし、帰るよ。イライザくん」

「これはどうします? ファウスト博士」


 イライザと呼ばれた女が示したのは、村長(むらおさ)の妻女だ。彼女もまた拘束され、長から情報を引き出すための人質となっていた。


「まったく役に立たんかったね。ここには強い戦士もいないようだし、盾としても意味はさそうだ。もう用はないよ」

「では、殺しますか」

「ひぃ……」

「や、やめんか!」


 しかし言葉に反して、イライザはファウストを連れて外へ出て行った。

 残されたのは、老夫婦とイライザが召喚した謎の生物だ。その生物は真ん丸な魚のようだったが、奇妙なことに宙に浮いていた。


「ば、ばあさん、怪我はないか?」

「はい。とりあえず縄を解きましょう」


 イライザの行動は謎だが、今は縄を解いてここを離れるのがいいだろう。なんとか縄を解こうともがく二人は、頭上に浮く魚が膨らんでいることに気が付かなかった。




 イライザとファウストの背後で、爆発が起こった。爆風でよろけたファウストをイライザが支える。


「すまないね」

「ちょっと爆発が大きかったでしょうか」

「ハハッ、キミの召喚魔導は面白いね。研究したくなるよ」

「今はそれどころではないでしょう? 戻ってから“それ”を調べないといけないのに」


 二人が再び歩き出そうとした時だった。


「あ、危ねぇーー!」

「ばあさん! 無事か!」

「ええ、ええ。この方のおかげで……」


 ジンが倒壊した家の下から顔を出した。


「変な魔力だと思って来てみりゃあ、いきなりなんだってんだよ」

「イライザくん。彼、耳が丸いね」

「竜人じゃないようですが、どうしましょう?」

「あ! テメーらがやったのか!?」

「凶暴そうだね」


 ジンは二人を見つけると、返事もないうちに敵と見定めて襲い掛かった。

 イライザがさっと前に出て、ファウストを守る。


「ススまみれじゃねーかっ! 嫌がらせか!」

「ススで済む方がおかしいって、思うわ!」


 イライザが例の魚を召喚する。魚は急速に膨れると大きな音を立てて破裂した。ジンが警戒して止まっていなければ、無傷ではなかったかもしれない。


「その魚面白っ! 面白ぇけどテメーはムカつく!」

「うるさいわね……」

「イライザくん、どうかね?」

「退きましょう」


 決断は早かった。

 それは彼女が読んだジンの力量から下したもので、あるいはそれが彼女の力量も示している。


「逃がすと思ってかぁ!」

「読めない戦いは嫌いなの。またね」

「おおおお!」


 イライザは今度は二匹の魚を召喚した。一匹はジンのもとへ、そして一匹は空に向かって泳いでいく。


「へ! 爆弾ってわかりゃ怖くねー!」

「よけても無駄よ。生き物だもの」

「うお、本当だ!」


 ジンを追う魚は今までのものとは一線を画す大きさだった。一定以上の距離をとるジンを追いかけながら、魚は膨らんでいく。そしてそのシルエットが真ん丸になったとき、ついに弾けた。


「煙幕か!」

「さ。ファウスト博士」

「ああ。行こうか」

「見えん! どこだ!」


 魚が撒き散らしたのは、黒い粉末だった。粉末は広範囲を黒く覆い、ジンの視界を奪う。


「うっ、煙は吸っちゃいけねぇんだった! ……ん!?」


 煙ではないが、鼻と口を袖で隠したのは正しい。もし肺に入っていたならば、最悪死んでいただろう。

 ジンは吸わないように気をつけながらとりあえずまっすぐ走っていたが、不穏なものを感じて地面に伏せた。


 ジンからは見えなかったが、遠くにいた人々はみな、空中に強く光る青い炎を見たという。


「うおおああああ!?」


 直後に起こった、大爆発とともに。


 空中に昇っていった魚の青い爆発で黒い粉末が発火し、粉塵爆発が起こったのであった。


「……げほっ! けほけほ! つーかアツっ!」


 身体を覆い隠すように鉄を創造していたジンは何とか無事だった。熱を持った鉄が消滅する。

 幸い爆発は一瞬で収まったが熱は残り、ジンはしばらく息を吸うことも動くことも許されなかった。


 しばらくして立ち上がったジンは滅多にないほど切れていた。それはもう、猛烈に怒っていた。


「あんのクソがぁぁぁァァァァ!」


 かなりのダメージがあったが、お構いなしにジンは走り出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ