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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
研究施設編1 導き
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亀裂

 

 

 竜人族の戦士、バッカルは傷ついた肩を押さえて膝をついた。手放してしまった剣は転がって、爆心地から上がる炎と黒煙を映している。


「ぐ……!」

「なるほど。悪くない」


 正面に立つ男は、長柄の武器を一振りして着いた血を飛ばした。先端に取り付けられた刃が、ギラリと光る。


「さて、試し斬りだ。その首をよこせ」

「くそ、ここまでか……!」


 村の数少ない戦士であるバッカルはいち早く爆心地に到着し、目の前の男と戦闘になった。幸いこの辺りには人はおらず思う存分に剣を振るうことができたが、それでも敵の方が上手だった。

 傷は浅いが、為す術がない。どうあがこうとも生き残る道はないだろう。

 バッカルが死を受け入れようと目を閉じた、その時である。


「よっ……とぉ!」

「なっ!」


 その刃が首に届く前に止めるものがあった。

 鉄の棒で刃を受け止めていたのは、黒髪の少年。


「へっ! 急いで来てみりゃあ、こいつはテメーの仕業かぁ?」


 ジンである。


「貴様、竜人ではないな。何者だ」

「そりゃあ、テメーもだろうが! あー、とりあえずぶちのめせばいいか」

「やってみろオォ!」


 鉄の棒がタイムリミットで消滅すると同時、男は標的をジンに変えて襲い掛かってきた。ジンは高速で突き出される武器を涼しい顔でかわし切る。


「どうした! 反撃して来い!」

「うるっせぇ!」

「ぐはっ!?」


 ジンの手に現れたのは、敵の得物よりもさらにリーチのある棒だ。ジンはそれを突き出して、敵の鳩尾を突く。

 そして敵が怯んだ隙に接近し、正拳突きをかます。すでに棒は消滅しており、ジンの速攻の妨げになることもない。

 敵はなんとか柄でガードし、直撃こそ免れていたものの大きく後退した。


「ぐぅ……っ!」

「ちっ、防がれたか」

「棒を出し入れする魔導か……?」


 しかしそれでジンの魔導に見当を付けたのか、再び苛烈な連撃を繰り出す。ただそれはジンが一度見た技である。

 イメージするのは、Y字の形状。


「おらぁ!」

「何っ!?」


 敵の刃が正面に来た時を狙って、ジンは手元に現れた、先端が二股に分かれた武器を振り下ろした。

 敵の武器は地面に叩きつけられ、刃を地中に食い込ませて固定される。武器を封じた、つまり二股が消滅するまでの3秒間、敵は丸腰だ。


「食らえぇっ!」

「がはっ!」


 そして3秒もあれば、敵にダメージを与えるには十分な余裕がジンにはある。

 敵を蹴り飛ばしたジンはそのまま追撃に移った。


「これで終わりだコラ!」

「ぐ……!」

「……ちっ! 飾りじゃなかったのか、それ!」


 ジンが追撃の手を止めたのは、敵の手に新たな武器が握られていたためだ。

 先ほどまで腰に括りつけられていたそれは、見たこともない形をしていた。持ち手部分からまっすぐ伸びた刃は途中で折れ曲がり、まるで「く」の字をそのまま武器にしたようだ。一見するとそれは奇妙な形状の剣にも見えるが、刃にあたる部分は丸く厚みがあり、人はおろか布一枚斬ることもできないだろう。


「はぁはぁ……! 切り刻んでやる!」

「!?」


 鍔にあたるところに取り付けられた魔導水晶に青の光が灯ると、ジンは“切り刻む”の意味を理解した。

 鍔から先端まで、まるで弓に弦を張るように一本の魔力が繋がった。


「はっ! 面白れぇもん持ってんじゃねーか! 俺にも貸せよ!」

「くそがっ、なめてるのか貴様ぁぁぁ!」


 頭に血が昇った男が、気勢と共に大振りの一撃を繰り出した。


「……!?」


 手応えは、ない。

 それどころかジンの姿さえ見失って、男はゾワリと悪寒に襲われた。


「やっかましいなぁ、おい?」

「ッ、上……!」


 頭上の木の枝に片手で掴まったジンが、男を見下ろして言う。半ば反射的に振り回されたくの字をひょいと躱したジンは手を離し、器用に体を丸め枝を蹴り、急降下した。


「遅え!」


 重量の乗ったパンチは、男を沈めるのに十分すぎるほどの威力があった。


「げあ……かっ……!」


 たまらずに男は白目を剥いて気絶した。


「ハッハーー! 楽勝!」

「つ、強い……」


 バッカルは目の前で起こった戦闘に唖然としていた。ジンが思い出したように戻ってくる。


「おい。説明しろ」

「あ、ああ。突然あいつらが来て、爆発が……」

「他の奴らは」

「おれが足止めされているうちに、村に」


 村中がパニックなのを承知でジンはここに来た。今も村のどこかに襲撃者はいる。


「そうだ、頼みがある! 奴ら、長老を狙ってる! 力を貸してくれ!」

「ああ。どこだ?」


 バッカルが指をさす。それを確認するやジンは駆け出していた。


「全員ぶっ倒せばソリューニャ治んねーかな」


 竜人の村と、タイミングよく現れた襲撃者たち。謎は深まるばかりであった。







 一方、遅れて村に入ったリリカは敵と対峙していた。

 敵の近くにはぐったりと動かない竜人の子供が二人。リリカが来なければそのまま連れられていたのだろう。


(あれから初めての、本当の闘い……!)


 敵は逞しい肉体を持つ上半身裸の男。その肉体には厚みのある帯のようなものが何本も巻き付いており、得体の知れない不気味さを纏っている。


「グケケ。やる気満々だな」


 眼や首も帯で覆われ、それが敵の不気味さに拍車をかけている。露出した口元はニタニタと歪み、二本の牙が覗く。

 人間というよりも人形の怪物を相手にしているようで、リリカはつい尻込みしそうになる。


「……負けないっ」


 格闘祭では優勝することができた。実力はある。戦える。

 しかしこれは、リングも審判もない、命をかけた戦いである。リリカは両手で頬を叩いて気持ちを入れた。


(シドウ以来の、命がけ……! でも、今度こそ……!)


 リリカはここで勝って、実感を得なければならない。

 自分は成長したと。強くなったと。みんなと肩を並べて、闘えると。


「はああっ!」


 密かな決心を内に秘め、リリカは戦いに臨むのだった。






 最後に到着したセリアはリリカとは逆の方に進んだ。


「はぁはぁ……。あいつら、私より速いっておかしいじゃん」


 襲撃者の姿はすぐに見つかった。あの爆発は外部の者の仕業と踏んでいたが、どうやら正解のようだ。


「あれは、マトマ!」

「っ、セリア!」


 襲撃者と戦っていたのは幼馴染のマトマである。マトマはいつも愛用していた槍を持ち、竜の鱗を纏って構えている。

 しかし、その目は襲撃者を見ていない。セリアからは見えない、壊れた建物の向こう側を睨んで少しずつ後退している。


「何かいるの……」

「っ!」

「なっ、何あれ!?」


 飛び出してきたのは、獣だった。長い牙を持った茶毛の四足獣である。獣はマトマの何倍もある図体を揺らして彼女に飛びかかった。

 体当たりを防いだマトマがよろめき、隙をさらす。


「くぅっ!」

「マトマ!」


 そこにセリアが滑り込みその鼻先にパンチを当てる。牽制ほどの威力しかないが、初めからマトマが体制を整えるための時間を稼ぐのが目的だった。


「!?」


 拳が当たる瞬間、セリアは違和感を覚えた。

 この獣、動きがどこか固い。生物らしさに欠ける。


「……かっ!?」

「セリア、下がって!」


 毛で覆われていない鼻先、獣の急所に確かに当てたはずだった。しかし獣は全く意に介さないどころかセリアに体当たりを仕掛けた。

 身体を捻って直撃は避けたものの、セリアは獣にわずかに触れて弾かれた。一瞬見えた獣の目は何も見てはいなかった。


 マトマにかばわれて立ち上がりながら、セリアは尋ねた。


「マトマ、あれは何? まるで人形じゃん。それにあんな奴、ここらにいたっけ?」

「気を付けて。あれはあの女が魔導で呼び出した死体だ」

「死体? 道理で生きた感じしないわけじゃん……」


 獣はくるりと振り返り、焦点の合っていない、合うはずのない瞳で二人を睨む。二人は竜の鱗を発動し、警戒を強めた。


「てことは、あの女が操ってるのか」

「そう。だからあいつを倒さないと」


 セリアが来るまでは二対一だったはずだが、女がマトマに何かしてくることはなかった。実質的にこの獣との戦いだったわけである。それが意味するところは、


「たぶん、本人は戦えないんだ。だけど、こいつに邪魔されて近づけない……」

「わかった。それなら私がやる」

「お願い」


 二人が走り出した。マトマが獣を押し留めている間にセリアが術者を叩くのだ。

 まともにぶつかればマトマに勝ち目はない。押し留めるにしても命がけだ。

 だからセリアは素早く決着を付けなければならない。


「ふふふ」

「悪く思わないでほしいね!」

「いいえ、悪いわ」


 女が魔力を与えた布を地面に広げた。布に描かれた幾何学模様が光り、間近まで接近していたセリアの拳は何かにぶつかる。


「なんだか騙してしまったみたいですもの」

「!?」


 セリアのパンチを食らったそれは、赤毛の獣だった。


「死んでる……! この猿も、まさか!」

「ええ。私を守りなさい、異界の狒々(ヒヒ)よ。死体遊び(ドールメイカー)


 死体遊び。

 命亡きものを操る魔導である。高度な技術や知識、才能、修練が不可欠で、さらに発動には生物の死体が必要となるが、それに見合う効果は十分にあった。


「ぐっ、こいつ……!」


 女が狒々に触れるとそれはむくりと体を起こして、長い腕でセリアを振り払った。


「うあっ!」

「セリア!」

「私は大丈夫、だけど……」


 二人は背中合わせに立ち上がる。それを挟むように赤と茶の獣。

 獣本来の俊敏性や柔軟性、野生のカンなどは失われているものの、それでも猛獣は人が一人で相手をするには強すぎる。なんとか隙をみて術者を止めるしかいよいよ方法はないだろう。


「やるしかないじゃん、マトマ!」

「死なないでよね、セリア!」


 二人は決死の覚悟で飛び出したのだった。

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