村へ
レンとミュウの窮地から時は遡り、ジンとリリカが出発した日。
「とりあえず食べ物がいるねぇ」
「あと火だ。ミュウがいねぇから」
ひたすら真っ直ぐ進む途中で、ジンとリリカは商店街に立ち寄っていた。
それほど長くない旅だが、最低限の備えは必要だ。
「ねージン。なんでお金は物を買えるのかなー。ミュウちゃんから預かってるけど」
「知らねー」
クラ島では貨幣経済が成り立たないため、完全な物々交換でのみ買い物ができた。というより買い物という意識すら薄弱なものであった。
大陸に来て短いわけではないが、未だ貨幣に慣れないリリカだ。
一方でレンやジンは一応使えないことはない。等価の貨幣と品物を交換しているくらいは分かっている。
「けど不思議なのは一緒だぞ。なーんでコイン一枚が武器になるのやら……」
ジンが言いながら立て掛けられた短槍に手を伸ばしたところ、同じものを掴もうとしていた手と触れ合った。
「む?」
「ん?」
お互いの目が合う。
ジンが叫んだ。
「あー! あーあー、あーっと、パセリ!」
「セリアだ!」
ジンが絞り出した記憶に突っ込みを入れたのは、つい数時間前まで格闘祭を戦っていたセリアであった。
と、リリカもセリアを見て声を上げる。
「あっ、えーと、パセリ!」
「セーリーアーだっ! 二人してなんだよ! 特にリリカ、ついさっき戦ってた相手をもう忘れたか!」
「えへ、ごめんね。ちょっと間違えただけだよー」
と、リリカにも同様の突っ込みを入れるセリア。
「ったく……。で? どうしたんだ、こんなところで槍なんて買って」
「槍はいらん。ソリューニャが大変だ」
「なに?」
ジンとリリカは説明した。これから向かう方角とその目的を。
「ふーん、それで……」
「オウ。つーわけでもう行くぜ」
「待って。一緒に行くから」
「あん?」
ジンとリリカが不思議そうな顔をするなか、セリアはその理由を話した。
「あの方角には、あたしの里がある」
「里ぉ?」
「ああ。これから帰るところだったんだ。ちょうどいいし、案内するよ」
「えーっ、いいの? ありがとう!」
ということで、ジンとリリカにセリアを加えた三人はセリアの里があるという北東方向へと進むこととなった。
「……で、これが条件ってか」
「へへへ、いいじゃん?」
「一回だけだぞ。俺たちは急いでんだ」
「わかってるってば!」
ジンが荷物を下ろして構える。相対するのはフットワークを重視した構えのセリア。
セリアが案内する代わりにと頼んだのが、ジンとの手合わせである。
「ちょっと前まで戦ってたのに、またやるの?」
「これが楽しみなの! 村じゃこうもいかなくてさ!」
「おい。やるぜ」
「ああ!」
セリアが自慢の脚で小刻みに動きながら、牽制のパンチを撃つ。相手に捉えさせない動きと手数こそが彼女の武器だ。
(左左左右右左……左が多いなぁ。ってさっき気付いてればよかったんだけど)
観戦するリリカは荷物を持って立ったままである。腰掛けて観る必要もない。
というのもリリカには一つ、確信に近いものがあった。
(そろそろかなー)
いつものジンならば、もっと楽しそうに戦っていただろう。
しかし今の彼の目は面倒くさそうに据わっていたのである。楽しむつもりがないのが分かる。
「よしここだ」
「んな!?」
ほどなくしてジンがセリアのパンチをかわし、彼女の腕を脇を使って挟み込んだ。
そのまま流れるような動きでセリア共々仰向けに倒れたかと思うと、するりと抜け出しうつ伏せのセリアに馬乗りになった。セリアの右腕は後ろ手に押さえつけられ、下手な動きを見せた瞬間に折られるのだろうことがリリカにも分かった。
「うわすごい……痛そう……」
「うっ……参った」
「おう。さ、行こうぜ」
手を離して立ち上がったジンは荷物を拾った。その目は真っ直ぐ先を見ており、彼が本気でソリューニャを案じていることが分かる。
「ねぇリリカ。あいつ、ものすごく強いじゃん」
「特に今は急いでるからねー。あたしもあんなジンは初めてだよ」
「そういえば五人はどんな関係なの?」
「仲良し! 楽しい! 旅してる!」
「そ、そう……」
これが初日のことである。
シラスズタウンを北東方向に真っ直ぐゆこうとすると、いくつかの山を越えることになる。一山ごとはそれほど険しくなく、1日あれば越えられるほどだ。
そんな山々を三回越えたところにある谷に、セリアの住む村はあるという。
四方を山に囲まれた土地にあるその村は、完全な自給自足が成立している。特に排他的であるわけでもないが、風習なのか外部との交易すらない。
「一番近いところでもシラスズタウンでさ、遠いし山あるしわざわざ行ったり来たりしないんだ」
「へぇー。フィルエルムみたい」
「フィルエルム?」
「ミュウちゃんの国だよ!」
差異はあれど、フィルエルムに似ていると言ったリリカは正しいだろう。
「お。水の音がするぞ」
「川だねきっと!」
「嘘でしょちょっと! どんな聴力!?」
「え、ないの?」
「いやあるけどさぁ、あるからさぁ」
三日目の夕方。一行は二番目の山を越えた。
越えてきた山と明日登る山を区切るように川は流れる。今日はここでキャンプだ。
「ふぅー。疲れたー」
「腹減ったー。飯にしよーぜ」
「火が先だよ! あたしやりたい!」
「お、ならこれ使え」
ジンが火起こし道具一式の入った袋を渡す。
リリカは袋の中から石と金属と綿を取り出した。ミュウがいない場合は専ら火花式で着火する。
「えいっ、えいっ!」
出た火花を綿に落とすように、右手の石で擦るように金属を叩く。綿には油が染み付けられており、うまいこと火花を落とせさえすれば火は着くようにできている。
ただし叩き方にはちょっとしたコツが必要で、リリカは何度か叩いてようやく火口を作った。
「やった、点いた!」
「おら、消える前に育てろ!」
「あっ! そうだった!」
ジンに言われ、慌ててリリカは火の着いた綿を枯れた葉や枝を集めて作った山の上に乗せた。そして火が消えないように注意しつつ息を送ると、無事に火は山に燃え移った。
「できたーー! わーい!」
「サンキュ。あとは消さねーように気をつけなきゃな」
「うん!」
火がある程度大きければ、多少の水分を含んでいようと関係なく木は燃える。
そこに、川から水を汲みに行っていたセリアが戻ってきた。
「はーい鍋に水汲んできたよー! 山鍋しよ!」
「なに入れる?」
「とりあえず肉!」
「賛成!」
ジンが袋から干肉を取り出して、見えないナイフを持っているかのように握った手を当てた。セリアが初めてこれを見たときは、ふざけているのかと思ったものだ。
「ジンのこれ、手品みたいで面白いよね」
「ねー」
ジンが手を動かすのに合わせて、薄く切られた肉が鍋の中に落ちていく。それがリズムよく繰り返され、ちゃぽんちゃぽんと水が波打つ。
ジンの手に鉄のナイフが現れ、引き戻した時には消えている。こういう魔導と知ってからは驚くことはなくなったが、セリアは今も興味深そうに注視している。
「こんなもんかな」
「うん。大事に食べないとねー」
ジンが干肉を布にくるんで仕舞おうとしたとき、荷物の中から何かが転がり落ちた。
自分の方に転がってきたそれをリリカが拾う。
「お守りだ。もー、火の中に落としたら大変だったよー?」
「それ、大切なものなの?」
「とっても! これを持ってねー、魔力をあげるとみんなの場所が分かるんだよ!」
「すごいじゃん。貸して貸して!」
セリアがお守りを手に乗せて魔力を注ぐイメージをする。
しかし、何も感じられなかった。これは持ち主しか使えない代物なのだから当然だ。
「なんもないじゃん」
「な、なわけあるかよ。貸せ」
それを知らない持ち主のジンが慌ててひったくり、魔力を与える。
すると、今度はしっかりと遠くに三つの反応を感知した。
「ふーっ。落として壊したかと思ったぞ……」
「感じる?」
「おう。えーと、二つと、一つ……?」
「え?」
「一人が二人より近い所にいる。それにたぶん、近づいてきてるぞ」
「えーっ!? どういうことー!?」
「なんだかただ事じゃなさそーじゃん」
ここでこの三人が取るべき行動は大きく分けて二つあった。進むか、戻るかである。
「進むぞ!」
「どうして?」
「誰がその一人で来てるのかは分かんねぇけどさ、あっちにはレンがいる。それにミュウもいるし、大丈夫だ。俺たちは最初に決めてた通り、先に何があんのか確かめる!」
大丈夫の根拠は相変わらず滅茶苦茶だが、ジンは進むべきだと強調した。
それを受けて、リリカとセリアの意見も固まる。
「二つに一つ、立ち止まるよりはいいと思う。どっちにせよあたしは帰るんだから、進む方が都合いいじゃん?」
「よく分からないけど、進む方がなんか好き!」
「よぉーしっ、そうと決まれば寝るぜ! 明日はさっさと出発だ!」
「「おーっ!」」
明日挑む、最後の山は今までとは一味違う。単純に大きいことに加え、凶暴な魔獣もいるという。だが、それを越えてしまえばもうセリアの里だ。
竜人ソリューニャが向かう方角に、竜人の里がある。単なる偶然かは分からないが、ヒントくらいは見つかるかもしれない。
(待っててね、ソリューニャ。あたし頑張るからね)
静かな決心を胸に秘め、リリカは眠りに就くのだった。




