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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
シラスズタウン編
105/256

カキブからの刺客 4

 

 

 レンが発動したこの名前もない未完成の技は、ウィミナの勝利をさらに引き寄せることとなった。この時点でウィミナは、レンのそれが選択ミスだと確信している。


「あと一発! 撃って来なさい!」

「じゃあ降りてこいバカ野郎! すぐにでも撃ってやらぁ!」

「……だったら、そうしてあげるわ」

「!?」


 ウィミナが方向転換をして、レンの方に迫る。これまで頑なに安全なところから攻撃していた彼女が、ここで初めて仕掛けた。

 レンはウィミナを追う足を止めて迎え撃つ構えに入る。


「さぁ! 来なさい!」

「っ、まだだ!」

「はぁっ!」


 確実に当たる距離まで真っ直ぐ突撃してきたウィミナに、嫌なものを感じたレンは右腕を引っ込めた。直後、足元が光る。


「うぉぉ!?」

「いい勘してるけど、終わりよっ!」


 魔導地雷が仕掛けられたポイントに、レンはウィミナを追いかけながらその実誘導されていたのだ。

 なんとか爆発から逃れたレンに、それを見切ったウィミナの蹴りが迫る。


「か……はっ……!」

「終わりね!」


 鮮やかな橙がレンの腹に刺さり、その強烈な衝撃で弾き飛ばされた。


「が……ぁ……」

「ふふ、よく生き延びたわね。いま楽にしてあげるわ」

「ぐ、ぁ……ぁあ……」


 今の攻撃で右手の風はほとんど消えてしまったが、最後まで警戒は怠らない。ウィミナは不用意に接近することを避けて、最大の遠距離技を放った。


「フルバースト」




 その一瞬は、橙の閃光が視界を埋める一瞬で。

 そしてターニングポイントだ。


 レンの新技は、最大威力を上げることが目的ではない。あれほどの空気を一ヶ所に留めておくには非効率な魔力消費が必要で、まさにそれこそが目的なのである。

 そう。魔力を使いきるために。


「……ったきたキタ来たァーー!」


 レンの全身を覆う、透明な白。


 レンは僅かに残された風を放って、バーストの射線からなんとか脱出した。僅かに遅れてバーストが通りすぎ、レンがいたところは焦土となった。


「なっ! ここで使うの!?」

「ぐっ、ダメージ受けすぎてる……! けど、間に合った!」


 透明な白が発動しても、それが魔力であることに変わりはない。元の肉体がぼろ切れのようでは十全の力は出せないのだ。


「すぐに決めてやる……!」

「何で今さらになってそんな……! なんらかの制約があるということ……?」

「おりゃあっ!」

「っ!」


 レンが飛び出してウィミナに殴りかかる。ウィミナはそれをかわして、肉弾戦に持ち込まれないように距離を取る。

 しかしレンは無理矢理前に出て、ウィミナを逃がさない。


「速い……!」

「ぬおぁぁ!」

「っ、タワーバースト!」

「ぐぁっ」


 魔力に飲まれて足の止まったレンに、すかさず追撃をかける。


「バースト!」

「んぐっ、てりゃぁぁぁ!」


 橙の魔力と白の風がぶつかり合い、共に消滅した。

 肉体の限界が近いことを理解しているレンは、怯むことなく突進する。


「はっ!」

「おおおおお!」


 正面には手をかざすウィミナがレンを待ち構えていた。カッと橙の閃光が迸る。

 レンは臆すことなくその手に自分の手を合わせる。


「嘘!?」

「おおおおおおおお!」


 強力なエネルギーが今度は超至近距離で弾け、二人は後ろへ吹っ飛ばされた。


「かっ……あぁっ!」

「がぁぁっ!」


(魔力が底をつきかけてるわ……!)


 前回レンとジンを相手したときは、彼らが元々消耗していたこともあって比較的早い段階で白が発動していた。そのため、白が発動してからもまだウィミナの魔力には余裕があったのである。


「悠長に一撃離脱なんてやってられないわね。いいわ、望むところよ!」

「へっ! 魔力が足りてねーぞ! 全っ然きかなかったぞ!」

「嘘おっしゃい。あなた、今の無茶でもう立ち上がることすら難しいじゃない」

「んだと!? ぐ……くっ。ほーら見ろ、立ったぜコノヤロ!」


 レンはまさに満身創痍。それでも気合いでなんとか立ち上がると、不敵に笑った。ただしそれが強がりであることなど、ウィミナでなくても分かる。


「……あなたは、なぜそこまでして立ち上がるの?」

「あん?」

「そんなにも死にたくないの?」

「……へっ」


 ウィミナの問いかけを、レンは鼻で笑い飛ばした。

 そして両腕を広げると、凄まじい密度で風を集め始める。


「この世界にゃお前みてーに強ぇ奴がいっぱいいる。だからオレは強くなりてぇ」

「でも、今から死ぬわ」

「死なねーよ。オレは死にたくねーなんて思って戦っちゃいねぇ」


 風は先の限界の密度を超えてなお集まり続ける。


「オレはお前に勝ちてーから戦ってんだ!」

「ふっ! 最後まで的外れなことを言う!」

「行くぞっ!」


 右腕を真っ直ぐウィミナに向け、そして、放つ。それと同時に左手の風を解放し、レンの体は弾丸のように吹き飛んだ。


「馬鹿正直に! よける!」


 ウィミナは当然回避を選択した。彼女はこれをかわして、確実にとどめをさすつもりである。


「さっき以上の威力……!? まずい!」


 さらに凄まじい規模の竜巻に巻き込まれそうになり、ウィミナが減速する。


「うおおおおおお!」

「くぅっ……!」


 レンに組みつかれたウィミナはそのまま地面に叩きつけられた。


「っは!」

「うおおおおおおお!」

「うっ、かっ!」


 レンの拳がガードの上からも重く響く。しかしウィミナもやられるばかりではない。


「はぁあっ!」

「ぎっ……!」


 ウィミナはレンの首を掴むと、体を反転させてレンに馬乗りになった。

 必死に抵抗されるが、いよいよ体が限界なのだろう。右手で首を、左手で右手を、右足で左手を、それぞれ抑え込む。


「死ね!」


 これ以上の抵抗はさせない。一刻も早くこの敵を殺す。

 それだけを考えて、ウィミナがバーストを──




「────!?」


 巻き上げられた。ただそれだけを、体に感じる風から理解した。


「オレはここでお前に勝って……!」


 レンの声が、頭上から、背後から、足元から、そして、


「オレを超える!!」


 正面から。

 ウィミナの意識は白い光に飲み込まれたのだった。





 レンの魔導はあくまで風を集めて放つものだ。

 あのときレンの両手を抑えて油断していたウィミナは気づかなかったのである。レンが全身どこでも風を纏えることに。


「…………う」


 そしてウィミナを吹き飛ばしたレンは風の力も借りてなんとか立ち上がると、最後の力で彼女を殴り飛ばした。


「うおおおおおおおおお!」


 レンは夜空に向かって吼え、そして気絶した。


「………………」

「………………」


 しんと静まり返った闇夜の下で、二つの影が倒れている。うち片方からは白い魔力が煙のように昇っては消えていく。

 しかし、先ほどまでの激闘が嘘のように穏やかだ。


 ほどなくして、前触れもなく一つの影が現れた。


「…………」

「ウィミナ……そう。相討ちだったのね」


 さらにもう一つ、背の低い影が現れた。


「はぁ、はぁ……。っ、ディーネブリさん」

「ミュウちゃん」


 ミュウは寝息を立てるレンの隣でディーネブリに杖を向けた。


「撃たないでよ。戦いはこれで終わったわ」

「どういう意味ですかっ!」

「そのまんまの意味。私はミュウちゃんと戦うつもりはない。よっておしまい。だから撃たないで欲しいの」


 ディーネブリとミュウは入り組んだ路地で隠密戦を繰り広げていた。お互いに見つかったその時点で負けるという条件下での戦いは、両者ともにかなり疲弊させている。


「私がノコノコ姿を見せたのはそのため。……そうね、杖は向けててくれて構わないけれど、代わりに話をしましょう。…………撃たないでよ?」

「話、何のです?」

「私たちがこんなところまではるばる長い時間かけて来た理由。あー思い出したら腹立ってきたわ。人使い荒すぎるでしょうに」


 ぶつくさ言いながらディーネブリは頭をかく。完全にやる気だったウィミナとは、なにやら事情が違うようである。


「私たちを捕まえるためです?」

「んーさすが。でも半分ハズレ。私はあくまであなたたちの正確な位置を知りに来ただけで、捕獲は主な目的じゃないのよ。ウィミナは捕獲どころか殺す気だったけれど」

「な、なんで私たちの居場所が」

「分かっちゃうのよねぇ。あの魔方陣を使うとしばらくは後が追えるようになってるから。だってほら、調節が難しかったでしょう? 変なところに飛ばされたときの、万が一のための機能よ」

「……!」


 ミュウには思い当たる節があった。完璧に解読して使ったはずでも空中に飛ばされたのは苦い記憶だ。


「じゃあ、最初に襲ってきたのはずっと私たちをつけていた人です?」

「ハズレ。確かに追跡はいたけど、最初だけよ。お察しの通り私とウィミナは私の魔導で来て、襲わせたのは昨日雇ったばかりの傭兵ね。調べてみたらすぐに分かるわよ?」

「いえ、信じるのです」

「そう言うなら杖下ろしてくれてもいいのに。どうせ何か仕込んでるからミュウちゃんも出てきたんでしょうに」

「まぁ、それは……です」


 バレている。確かにミュウは魔力に反応して発動する魔方陣をローブの裏に、それも複数仕込んでいる。

 ただし、ディーネブリにバレることは軽く予測できていたことであるし、ディーネブリもミュウがそれを承知していることを承知している。


「そうよね。私とミュウちゃんはお互いのことをよく知ってるものね」

「です。あのときからディーネブリさんは私の先生で、友達なのです」

「……うふふ、素敵な関係ね」


 しばしの沈黙は双方にあの二人旅の記憶を呼び起こさせた。

 ディーネブリが口を開く。


「そういえば、フィルエルムには寄ってないの? ミカゲさんは元気だった?」

「あっ! もしかしてディーネブリさん、彼らの正体を知ってたです!?」

「当たり前よ。あの時はミュウちゃんに心配させたくなくて黙ってたのよ。まさかもう二度と帰れまいと思ってたし、知らない方が幸せと思って」

「恨むですよ……」


 思わぬ事実の発覚に少しむくれるミュウ。実はディーネブリはアルデバランとはちょっとした縁がある。だからこそミカゲがミュウを追放する際、ディーネブリがそれを知り得たのだ。

 だがそれは結果論で、ディーネブリのことも善意の行動と分かっていたため、本心では恨んでいない。


「ごめんなさいってば。それより、寄ったのに帰らなかったのね」

「まぁ、そうですね」

「冒険したがってたものね、ミュウちゃん。夢が叶ったわけだ?」

「はいです!」


 嬉しそうに笑うミュウを見て、ディーネブリはしかし困ったように笑い返した。


「……ねぇ、フィルエルムに帰らない?」

「えっ?」

「今なら間に合うわ」


 一瞬、何の冗談なのかと考えたミュウだったが、ディーネブリの沈痛な面持ちを目の当たりにすると言葉を失った。


「どういう……ことです?」

「私があなたたちの居場所を調べに来たのは“組織”に伝えるため」

「……?」

「雇い主である王はあなたたちを消したがっている。あなたたちが重要な機密を盗んだ恐れがあるから」

「機密!?」

「そうよ。荷物を奪わせたのはそれを確認するため」


 城に殴り込んで生還したから指名手配というのは分かる。しかし、機密を盗んだということは全く身に覚えがない。


「その、機密っていうのは……!?」

「それは言えないわ」

「っ!」


 口を割るつもりはないという、明確な意思。さっきまでのディーネブリの饒舌さから一転した様子が、その意思を際立たせていた。


「な、なら“組織”というのは?」

「私とウィミナ、アルマンディアが所属しているところよ。カキブにいるのは雇われたから。知っているでしょう?」

「はいです……」


 カキブでは「派遣」と呼ばれていたはずだ。外部から戦力の補填のために雇われたと言っていたが、その彼女たちにも元々所属があったのである。


「王は私たちを通じて“組織”に依頼をしたわ」

「依頼?」

「えぇ。暗殺の依頼よ。誰が来るかは分からないけど、少なくとも私たち以上の使い手でしょうね」

「暗殺……!?」


 血生臭い言葉に、ミュウはぶるりと震えた。今日の襲撃も実はとても恐ろしく感じていたのだ。レンが扉にもたれて寝ていなければ、ミュウが朝を迎えることはなかったかもしれない。


「フィルエルムに戻れば、少なくともミュウちゃんは守られる。ねぇ、冒険はまた時間をおいてからすればいいじゃない」

「それは……」

「友達として、純粋に心配をしているのよ。ねぇ、分かって」

「…………」


 ディーネブリは本気だ。本気でミュウを案じている。


「……ありがとうなのです。でも……」

「……っ、そう……」

「ごめんなさい、です」

「じゃあ、もう二度と会うことはないわね。寂しいわ」

「!!」


 ディーネブリはミュウのことを、それこそ我が妹のように想っていた。だからこそミュウの選択を否定しないし、心から悲しんでいる。

 すでにミュウの死が確定したかのように振る舞うディーネブリに、ミュウは鳥肌が抑えられなかった。心底そう思っているということが伝わってくるのは、あまりに恐ろしい。


「私も仕事。あなたたちの居場所は伝えなきゃいけない。でも、私も人間。あなたたちが生きる奇跡を願うわ」


 奇跡、と表現された。ミュウは自らの恐怖心を誤魔化そうと、咄嗟に思い付いた軽口を言う。


「もっ、もし奇跡が起きたら、また会いましょう!」

「…………ふふ。えぇ、頑張って生きてね」


 いつの間にか杖は下を向いていた。

 ディーネブリはウィミナの体に触れると、最後に手を振って消えた。


「…………うぅ」


 ミュウはひどい脱力感に襲われて、ぺたんとレンの隣に座り込んだ。色々ありすぎて、今は少し倒れてしまいたい気分である。


「もしも夢なら、いいのですけど……はぁ」


 とりあえずレンを回復させなければならない。


「ヒールボール」


 黄緑の魔力がレンを包んだ。

 ふと思い出して、ポケットから小さな立方体を取り出す。


「えーと、ソリューニャさんの方角はっと……」


 目を閉じ、軽く魔力を充てて集中する。これで同じお守りを持っているジンとリリカ、ソリューニャの居場所がだいたい分かるようになったはずだ。

 

「……え」


 三つの中では比較的近くのそれがソリューニャだろう。それはすぐに見つけられたのだが、問題は、


「ええええええ!?」


 移動していることであった。


「これはそう、きっと夢なのですぅーーーー!」

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