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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
シラスズタウン編
104/256

カキブからの刺客 3

 


 ミュウを投げ飛ばしたレンは大きな隙を見せていたにも関わらず、ディーネブリからの奇襲はなかった。そして代わりにウィミナのバーストが飛んできた。


「食らうか!」

「……!」


 難なくかわすレン。その背後に、今度こそディーネブリの影。

 打ち合わせ通りの二段構えでタイミングも問題はなかったが、しかしそれもまたレンはほぼ同時に反応し、振り返り様に反撃してきた。


 だが、ディーネブリも何も考えずに攻めたわけではなかった。凄まじい反応速度を警戒し、最初から試すためだけに動いていたのだ。

 そうでなければ、レンの反撃を受けていただろう。結果その判断は彼女を救い、ディーネブリは改めて奇襲の効果が薄いことを確認しつつウィミナの隣に戻ったのだった。


「やっぱ無理! 死ぬ!」

「ちっ! 端っから逃げるつもりだったか」


 例えばリリカやジンの超人的反応速度だと、ギリギリかわすのが精一杯だ。反撃するには先読みで動くか、リリカのようにあらかじめ行動を決めておき飛んだ瞬間に動くしかない。

 だがレンはこの暗さの中で反応し、さらに反撃を後出しする。ウィミナたちには分からないことであったが、当然これにはカラクリがあった。

 …

「あれは異常ね」

「あの時の子といいどんな反応速度してるのよ。こんなの初めてもう正直お手上げ」

「あなたにしては弱気ね?」

「そりゃあ私に反応できる人なんて早々いないし、そもそも私、戦闘は本職じゃないし」


 そのカラクリとは、風。レンは扱う魔導の特性から非常に風の動きに敏感なのだ。ディーネブリの奇襲を目でも耳でもなく、皮膚で。かなり正確な距離、方向まで感知している。

 またディーネブリが近くに飛ぶほどその精確さは増し、ディーネブリにとっては微妙に相性も悪い。


「ならディーネブリは、ミュウ。あの子を追えばいいわよ」

「あ、一人でやるのね?」

「トーゼン。それに後ろから撃たれたくもないしね。あの子はあの子で無視できないのよ」

「そんなこと言って、分かってたわよ? リベンジだもんね」

「なーに喋ってんだこらぁ! お返しだ!」


 レンが手のひらから風を放ち、ウィミナがバーストで相殺した。


「じゃ、行くわね」

「ええ。あいつは私が仕留める。ミュウは捕獲を第一目標に」

「待てやぁ!」


 ディーネブリが消えた。

 残されたのはレンとウィミナ。ウィミナからすればかつて自分を倒した相手で、レンからすればかつてジンと二人がかりでも敵わなかった相手だ。互いが互いに思うところがある。


「あれからまだ半年くらいね」

「あぁ!?」

「まさかこんなに早く逢えるとは思ってなかったわ」


 真っ直ぐ突っ込んだレンは風を纏う拳を振るう。しかしウィミナは氷の上を滑るように動きながらその全てをかわす。


「ちっ、相変わらず変な動きしやがって!」

「ジン、だったかしら? 今日は相方はいないのね」

「オレ一人で十分だからな!」

「それは好都合」


 ウィミナの回し蹴り。橙の軌跡は闇夜に鮮やかに咲き、ガードの上からレンを吹っ飛ばした。


「がっ!」

「半年……。私も久々に鍛え直したわ」

「いっててて……」


 ガードは完璧、その上で威力は十分。半年を経ても力量差はまだ大きい。

 崩れた角材の山の上から、しかしレンは笑った。


「へっへっへ。残ってみるもんだな。まさかこんなところでこんな奴と戦えるなんて」

「笑う余裕が……いえ、そうだったわね。あなたは笑う」

「いやー。リリカもミュウも変わって、そろそろ欲しかったとこだったんだ」


 ざっ、と土を踏みしめて、レンは構えた。まるでこれから走るような、その姿勢は。


「オレも強くなったっつー実感がな!」

「っ!」


 瞬身。中距離を一瞬で詰める「一歩」だ。

 ウィミナの右に「着地」したレンは体を捻って風を纏った裏拳を繰り出す。あまりに速すぎる攻撃に、次はウィミナが吹き飛ばされた。


「あがっ!」

「よし! このまま……!?」


 レンの足元が燈に光る。すでに一度、これを見ていたレンはすぐに理解した。


「くっそ!」


 いつの間にか仕掛けられていた地雷の爆発に、なす術なく飲み込まれる。レンが攻撃に来ることを予測していたウィミナは、完全に一枚上手であるだろう。


「暗くてよく見えなかったけど、やっぱり瞬身ね。警戒していたのだけれど」

「げほっ! あぁ、オレも思い出したぜ」


 ウィミナの魔導は基本的に魔力を放出するだけである。原理も単純で消耗が激しいという弱点も明らかになっているが、ウィミナはその膨大な魔力でそれを克服し、長時間の戦闘を可能にした。

 また単に放出するだけでなく、魔力を噴射して移動したり、地雷を設置したりといった応用をみせる。


「やっぱ強ぇな……!」

「あら、ありがとう。褒めても許してあげないけどね」

「結構だバカ野郎!」


 レンが突っ込んでいってウィミナがかわす。そして距離が空いたり隙ができたりすると確実にバーストを当てにいく。


「くそ……!」

「一人だとやっぱり戦りやすいわね。横合いに殴られたりしないし」

「ぜってー殴るからな!」


 しかし何度やっても同じことの繰り返しだ。

 ウィミナは非常に手堅くバランスのいい魔導師であり、その魔導も一撃離脱の戦法と相性がいい。そして彼女ほどのレベルともなると、それだけで十分な脅威になる。


「ぐっは!」

「ほらぁ、何度やっても無駄なのよ。いい加減別のことやってみたら?」


 元々の実力差は小さくないものとして横たわり、さらにウィミナは基本的故に隙がない堅実な戦いをする。ジリ貧のレンはなんとか打開を狙うも、その戦法を崩せないでいた。


(……もう少し揺さぶってみる? このままで終わるわけがないもの)


 一方で、ウィミナが「攻めきれない」でいたのにも理由があった。


(あの“白”が怖い。早いところ使わせたいのだけれど)


 前回ウィミナが負けたのはあの白が発動してからだ。魔力の質はそれまでのものと全く別物へと変貌し、上質の魔力は彼らのパフォーマンスを一段階繰り上げた。

 それが発動しなければ、それを潰さなければ、勝負は終わらない。それを隠されている限り、まだ勝負の行方は分からないのである。


「いい加減……使えっ!」

「ぐっ、がは!」


 レンのダメージや疲労は蓄積するばかりで、消耗の少ないウィミナとの差はどんどん開いていく。しかしそれでも発動しない“白”に、ウィミナは疑問を覚え始めていた。


(おかしいわね。“白”はあくまで魔力、元の肉体が動かなくなったら意味がないのに)


 ウィミナはそれがレンの意思と関係なく発動するものだと知らない。


「やっぱ甘くはねーか……しゃーねぇ」

「あら、さっきまでの必死さはどうしたの? 諦めたかしら?」

「けっ、誰が!」


 さらに使えば丸一日以上はろくに動けなくなり、よって旅の途中で発動させる訳にもいかず、練習もできないから未だに使いこなせないことも知らない。


「とっておきがある。まだ未完成だけどな!」

(使ってくる? いよいよね……)


 ウィミナが警戒を強める。急激な力の高まりについていけず、少しでも対応が遅れればそれが命取りになるのだ。


「見せてやる!」

「!?」


 しかしそれは、ウィミナが警戒していた“白”ではなかった。


「はあぁぁぁ……!」

「変わっていない……? 何をする気!?」


 ただレンに集まる風が強まっただけだ。風はレンの魔力と混ざり合い、その両手に凝縮されていく。


「過剰な恐れはいらないわね。少し力んでるだけじゃない!」


 ウィミナの言うとおり、その現象自体は今までと変わらない。風の量が増え、より一層密度を増しただけだ。

 ウィミナは両手をレンに向け、魔力を放つ。


「ツインバースト!」

「っ……あっ!?」


 それで集中を欠いたのか、集めた空気が揺らめいた。

 その瞬間、まるで風船を突いたように空気が弾けて、レンは大きく吹き飛んだ。


「おわぁぁぁぁっ!」

「自分を吹き飛ばした!?」

「いてて……!」


 レンの魔導の基礎は集めた空気を放つことだ。その際、集めた空気は魔力を消費して圧縮し、留めておく。

 通常、レンは戦闘中に集める空気を無意識のうちに最大効率に近い量にしている。魔力の消費やコントロールにかかる負荷、そういったものの無駄を小さく抑えるためだ。そしてそうすることで、レンの弱点である消耗の早さをカバーしているという事情がある。


「自分にも制御できないほどのエネルギー……!」

「ぬうぉぉぉぉ!」


 だがこれは意識的にそのバランスを崩し、むしろ消耗を加速させる戦法だ。


「自棄になったかしら!」

「どーだかな! 試してみろや!」

「ええ!」


 自滅の道を選んだのなら好都合である。ディーネブリは少し距離を大きく取ることを意識した立ち回りに切り替えて、堅実な戦い方を維持する。

 一方レンは目に見えて動きが荒くなっていた。コントロールに集中を割いている分、それ以外のことはどうしても疎かになってしまうのだ。


「はっ! 悪手だったわね!」

「ぬぅ、くそ……!」

「バースト!」


 誰が見ても、レンの行動は自分の首を絞めるがごとき行為である。それは紛れもない事実であり、よって戦いは決着に向けて加速する。


「くぉぉぉぉ……!」

「バース……」

「だらぁああ!」

「トっ!?」


 レンの左手から放たれた竜巻がウィミナを掠めた。周囲の空気ごとウィミナの体も引きずり込まれそうになり、彼女は急いで安全圏へと離脱する。


「く……見誤った! 想定外の威力!」


 今までの二倍はあるだろうその規模に、ウィミナは肝を冷やした。もう少し甘い見積りをしていたのなら、恐らく巻き込まれてただでは済まなかっただろう。


「外した! 次は当てる!」

「……! 左手の風がない。なるほどね、騙されてたわ」


 しかしそこは経験豊富なウィミナ。レンの左手の風がすっかり消えているのを目敏く見つけ、あの威力の秘密に早くも当たりをつけた。


(今までは余力を残してて、今回は使いきった。それほどまでに制御できないってことね)


 今までレンは溜めた空気を調整しながら使うことができていた。しかしコントロールが難しくなっている今、彼は一度の行動で空気を使いきってしまうのだろう。


「つまり、残り一発。その後にまた溜めに入るはず!」


 ウィミナは残りの一発を撃たせるように、適度な距離を保ちつつ挑発する。レンの左手はまだ風を纏っておらず、つまり今右手も使わせることができればしばらく丸腰も同然になるだろう。

 確実に仕留めるためのチャンスは、きっとその時だ。


「バースト」

「くっ、ちょこまか動きやがって! 降りてきやがれ!」

「ふふん。降ろしてみれば?」


 ウィミナはバーストの噴射で空を飛んでいる。先ほどまでなら遠距離攻撃も使えたレンだが、迂闊に使えなくなった今は自ら仕掛けることが難しい。


「これで、どうだ!」

「飛び道具なんて、想定済よ!」

「ちぃ、打つ手がねぇ!」


 投擲した角材もバーストで消し飛ばされて、いよいよもって防戦一方になる。


「くそ、まだか……!?」


 ウィミナの攻撃をなんとかかわしながら、しかしレンは期を窺っていた。バーストに当たるか、「それ」が来るか。

 今はただ、勝利を信じてひたすらかわし続けるのだった。

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