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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
シラスズタウン編
103/256

カキブからの刺客 2

 

 

 勢いよく開かれた扉は今にも突入せんとしていた男たちを弾き飛ばした。


「ぐわぁぁ!」

「あ、やべ」


 みしり。と軋む音を残し、扉が外れて倒れた。


「わぁっ!? な、な、何なのです!?」

「内開きだった」

「レンさん!?」

「ソリューニャを頼む!」


 飛び起きたミュウに一言かけると、レンは廊下に躍り出た。もはや隠密行動の意味もなくなり、敵は各々武器を片手に突進してくる。

 しかしここは身を隠すところのない風通し抜群の廊下だ。


「てめーらのせいで壊れたじゃねーかァ!」

「うわっ!」


 レンの魔導が発動し、敵は一網打尽に吹き飛ばされた。


「あぁ、泊まるごとに弁償してるです……。リリカさんの賞金もこれでパァ……」

「ミュウ! 敵だ!」

「いつでも行けるです!」

「さすが!」


 素早く状況を理解したミュウは、ローブを羽織り杖を持ち、いつでも動けるようになっている。


「とりあえず場所を変えるです!」

「ソリューニャはオレが背負う」

「っ!」


 先ほど吹き飛ばした敵が戻ってきた。ソリューニャを背負ったレンに代わり、ミュウが速撃の飛星(ソニックスター)で足止めする。


「飛び降りるぞ」

「えっ」


 ためらいもなくカーテンを引きちぎり、窓を割ってレンが飛び出した。ここは2階、魔術を使えばミュウも無傷で着地できる。

 ただ、怪我をしないからといって恐怖を感じないわけではない。一瞬のためらいが、しかし今回はレンを助けた。窓の下に二人、動きが制限されたレンを狙う敵が待ち伏せていたのだ。


「げ、マジか!」

「危ない! 浅縹の雹星(コールドシアン)!」

「助かる!」


 氷のつぶてが二人の動きを止める。その間にレンは着地を成功させ、二人を吹き飛ばした。


「こっちだ!」

「はいです!」


 三人は身を隠すように路地に入り、ジグザグに進んでいく。

 問題はソリューニャだ。絶対安静が望ましいが、レンが背負ったままではもし戦闘になったときにまずい。


「一度、戻らないとです」

「でも、ソリューニャがいんだろ」

「連れては行けないのです……」


 ちょうどそのとき前方の民家の扉が開いて、人が出て来た。偶然だろうが、なんともタイミングのいい幸運だ。


「すみません!」

「きゃっ!? 夜中にどうしたの!?」

「この人を預かっていて欲しいのです!」


 ミュウの様子に、何か事情があると察したその女性は快く受け入れてくれた。


「ありがとうなのです!」

「なんだか分からないけど、気を付けるのよ」

「ああ!」

「すぐに戻ってくるのです!」


 二人は踵を返してもと来た道を戻りはじめた。ジグザグに進んできたから、帰りも同じように行けばあの宿に着く。


「あの人たち、何が目的でしょう!」

「オレらの命じゃねーのか?」

「それにしては、中途半端な気がするのです!」

「知らん!」


 そうやって戻った宿ではちょっとした騒ぎになっていた。まだ真夜中であるため、人はそれほど集まってはいない。


「ちょっとちょっと、どうしたんだい!?」

「ごめんなさいマルタさん! 後で弁償するです!」

「あっ!」


 いち早く扉の壊れた部屋に着いたレンが声をあげた。遅れてミュウはその理由を知る。


「荷物が!」

「っ! だめです! もう一つの部屋も!」


 レンとジンが泊まっていた部屋の扉の鍵は壊され、中は明らかに物色された痕跡がある。

 レンは壊れた窓から壁を伝って屋根に登ると、辺り一帯を見渡した。


「レンさん!」

「……見つけた!」

「えっ嘘!」


 暗闇の中で近くない人影を見つけ出すとは、相変わらず人間離れした能力だ。だが今は素直に驚いている場合ではない。

 盗られた荷物はどれも大切なものばかりだ。特にセレナーゼから預かった手紙は絶対になくしたくはない。


「先行く!」

「お願いしますです!」


 飛び降りるのに今度は迷わなかった。全身に魔力の恩恵を感じながら、ミュウは少し不恰好に着地する。上を見るとレンが屋根から屋根に飛び移りながら真っ直ぐ移動しているのが見えた。


 冷たい夜の風を浴びながら、レンは移動する敵を観察する。

 敵は黒を基調とした衣装で、剣など目立つ武器を携帯していない。またレンにやられた怪我があるのか、全体的に動きが遅い。


「これくらいなら、すぐに追い付けるな」


 すると、屋根を踏む音に気づいた敵の最後尾二人が迎え撃つ構えを見せた。


「ん、なんか投げる気か」

「行かせん!」

「おりゃ」


 レンは投げつけられたナイフを風で弾くと、地上の二人を無視して先の連中に狙いをつけた。無視された二人は慌ててレンを追いかけようとするが、


「速撃の飛星!」

「ぎゃっ!」


 背後から魔力の矢に襲われて倒れる。


「なんで普通に走ってる私の方が遅いのですか……」

「ぐ、待て……!」

「そんなことしたら見失っちゃうので無理ですよ」


 ミュウがふと屋根を見るとレンの姿がない。どうやら追い付いて降りたようだ。かと思うと前方から戦闘が始まったらしき音が聞こえてきた。


「あ、悲鳴。てことはもう安心なのです」


 十中八九レンは負けない。直接戦闘になったのならば、むしろ安心である。


「ここは格闘祭の会場……。片付けも終わると寂しい場所なのです」


 果たして、ミュウが追い付いたときにはレンは荷物を全て取り返したあとだった。ミュウは急いで自分の鞄を開けて中身を確認する。


「手紙、日記、魔導書、お守り……。よかった! 全部あるです!」

「おう。こっちも大丈夫だ」

「戻りましょう」

「っ!」


 それは全く唐突だった。レンが振り返り様に、何もないところを殴り付けたのだ。

 そしてミュウは、訳の分からないまま謎の魔力に吹き飛ばされた。揺れる視界の隅にレンも転がっているのが見える。


「きゃ……!?」

「ぐぁ!」

「レ……っ!」


 全く状況が理解できないままレンの名前を呼ぼうとした刹那、レンのあとを追うように燈色の魔力が過ぎた。

 ミュウはただただレンの危機だということだけを理解した。


「がっ!」


 魔力はレンに追い付くと喉を掴んで地面に叩きつけた。その時になってミュウは、レンを襲ったものの正体が魔力を纏った女であることを知る。

 女は妖艶に唇の端を吊り上げて、レンに囁いた。


「地獄に逝く? 天国に堕ちる? そ、れ、と、も……」

青風の巻星(ブルーブロー)!」

「あらら、最後まで言わせてよ」


 ミュウの魔導に気づいた女は、レンの首から手を放して飛び退いた。

 そこで初めて、ミュウは敵が知った人物であることにも気付いた。


「ウィミナさん!」

「あなたもいたのね、驚いたわ。ミュウ……だったっけ?」


 カキブの「派遣」のリーダー、高い戦闘力を持つ美女。ウィミナである。

 同時にミュウは、彼女がここに来た「手段」の方に思考を巡らせ、ある種の確信を持って「手段」の名前を呼んだ。


「……いるのですね? ディーネブリさんも」

「ありゃ。さすがミュウちゃんね」

「私も経験したからです」


 果たして、建物の陰からディーネブリが出て来て、ウィミナの隣に並んだ。


「ふぅ、死ぬかと思ったぞ……」

「レンさん、あの人の魔導に注意するです。あの人は……」


 ディーネブリの魔導の最大の特徴はその奇襲性能である。

 よって今最も危険なのはそれを知らないレンで、ミュウが最も優先すべきはレンにそれを伝えることだ。


 しかしディーネブリが自らの武器と弱点を熟知していないはずもなく、そう易々とアドバンテージたる情報を捨てる愚挙を冒すほどバカでもない。


 ミュウが口を開くよりも早く、ディーネブリが屈んで左手で地面に触れた。


「!!」

「!!」


 次の瞬間、彼女はレンとミュウの背後を取っていた。情報を知っているミュウでも尚、認識、判断、回避が間に合わない。


「あ」


 ミュウに掌が触れる。ミュウの全身が危機に怯え、冷や汗が吹き出す。


「きゃっ!」

「なっ!」


 しかしその掌は、彼女を突き飛ばした。もう一つの掌が目と鼻の先を抜けて行く。


 ディーネブリの右手は何にも触れずに空を掻いていた。

 そしてミュウを突き飛ばしたレンはその反動も使ってミュウと反対側に動いていた。


「っとぉ!」

「ちぃ!」


 直後、ウィミナのいる方から爆音が轟いた。


(不発……いえ、そういう作戦ですか!)


 そしてミュウは敵の作戦を理解した。

 ディーネブリの魔導、左手で魔方陣を設置して右手で“転送”。魔方陣のところで待ち構えるウィミナが、転送される獲物へバーストを放つ。


 二人の息はピッタリで、もし触られていたら避けることも防御をすることも間に合わなかっただろう。まさに必殺のコンビネーションである。


(危ないところでした……! レンさんがいなかったら今頃は……っ!)


 驚くべきはレンの反応だ。ただでさえ夜闇で視覚による反応が難しく事前情報すらない中で、死角に瞬間移動したディーネブリに反応しただけでなくミュウを助ける余裕まであった。


「あ、ありがとうございますです!」

「すまん! ミュウ!」

「へ?」


 引っ張られる。そして冷たい浮遊感。

 あぁ自分は飛んでるのか、と他人事のように思う。恐怖はあとから来た。


「ひぃえ~~っ!?」


 咄嗟に魔術が使えたのは訓練の賜物か、はたまた生命の危機に目覚めた本能か。宙を舞ったミュウは空き家の屋根を滑るように転がって、狭い路地に尻から落ちた。


「痛い……てそれどころじゃないのです!」


 ミュウはレンに投げ飛ばされた意味を考える。


(レンさんは……そっか、一人の方がやりやすいのです。風の魔導の特性、敵の性格……。私の仕事は……)


 答えはすぐに見つかった。レンの全力は周囲を巻き込むし、恐らくミュウを庇う必要がなければディーネブリを倒せたはずだ。


(それはそれとして、どうして今頃カキブが?)


 あの二人である理由は分かる。ミュウとディーネブリがカキブへ向かったときのように、ディーネブリの魔導でウィミナを連れてきたのだろう。そしてそれが正解ならこれ以上は連れてきていない。彼女の魔導で連れて来れるのは一人だけのはずだからだ。


(だとしたら、です。最初の10人はあらかじめここにいた? もしくはカキブからディーネブリさんとは別で追ってきた? まだ情報が足りないですけど……)


 襲撃のタイミング的にも最初の10人とディーネブリ、ウィミナが仲間であることは明らかだ。


 ミュウは混雑し始めた思考を捨てるように首を振った。とにかく今は動かなければならない。

 ミュウも戦わなければ、きっとこの危機は乗り越えられない。なぜなら相手はあのウィミナなのだから。




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