カキブからの刺客
更新がない間も少しずつ読者さんが増えているようで、嬉しい限りです。ありがとうございます。
「たっだいまー! ソリューニャは!?」
「おかえりです。今は落ち着いてるですよ」
ミュウは元気よく手を振るリリカを、宿の前の大通りで迎えた。
「あの後どうなったですか?」
「おー。教えろー」
ジンとミュウは、セリアとリリカで決勝を戦ったことを知らない。運営側の判断を聞く前に会場を出たからだ。
「リリカとセリアで決勝戦やったぞ」
「へぇー。結果は?」
「勝ったよ! 褒めて褒めて!」
「おめでとうございます。すごいですー」
「えへへ~~」
少しかがんで頭を差し出すリリカと、当然のようにそれを撫でるミュウである。
ちなみに上位入賞者へは賞金が出るようで、一通りミュウの手を堪能したリリカは自分の分とソリューニャの分、それなりの額の賞金を彼女に預けた。
「ジン。医者には見せたんだろ?」
「うん。多分魔導がらみだってよ」
「じゃあ誰にって話だけどな」
「それで考えたんだけどよ……」
レンとリリカが戻ってきたことで話題は、自然と今後の行動を決める話し合いへと移っていった。
「とりあえずこれからのことを考えなきゃです」
「これから? ソリューニャが治るまでここにいるんでしょ?」
それ以外の選択肢があるのかと言いたそうな顔でリリカが言った。
しかし、ジンからの返答は彼女にとって予期せぬものであった。
「イヤだね」
「えっ」
「性に合わねー。それより……」
リリカは自分の耳を疑ったが、次の瞬間にはジンを殴り飛ばしていた。
「のわーーーー!?」
「信じてたのに! 乱暴だけど、仲間を見捨てるようなことはしないって!」
「ストップです! 誤解です!」
「まーまーまー。最後まで聞けって」
「どういうことっ!」
レンが止めてミュウが説明する。
「二手に分かれて、片方がソリューニャさんの看護を、もう片方が原因を探しに行くことになったのですよ」
「えっ」
「ソリューニャさんがいつも歩いていく方向に何かあるんじゃないかって、それを調べに行くです」
「えっ」
つまりジンは調査チームがいいと言っていただけである。確かに誤解を招くような言い種ではあったが、リリカも早とちりだった。
ジンが腫れぼったい頬をさすりながら戻ってきた。
「何か言うことは」
「…………」
不機嫌なジンの声から彼の表情が容易に想像できる。きっと今後ろを見ればその通りの表情があることだろう。
どうすれば安全に済むのか考えたリリカは、いい感じの笑顔で振り向きざまにこう言った。
「信じてたよ!」
「やかましいわ!」
「きゃーー! 悪かったよーー!」
紆余曲折の話し合いを経て、ソリューニャの看護チームと原因の調査チームが決まった。
「オレも調査がよかった!」
「我慢してくださいです。ソリューニャさんの周りには強い人を置きたいのですよ」
「強い人……。そりゃオレじゃなきゃ務まんねーな!」
看護チームは、ミュウとレン。
ミュウはいざというときにヒールボールが使える。女手であることも重要なポイントである。
またレンは単純な戦力として有事の際の活躍が期待できる。異変の原因が不明で何が起こるか分からない以上、備えておくことは大切なことだ。
「んだとこら! せいぜい安全なとこで留守番してろ!」
「なんでよりによってこの組み合わせ!? あたしさっき虐められたばっかりだよ!?」
「そもそもてめーが原因だろうが!」
調査チーム、ジンとリリカ。
サバイバルに長けたジンと、それについて行けるリリカの組み合わせである。
「レンさんとジンさんの組み合わせよりは喧嘩しなさそうですから!」
「そんな理由!?」
「レンこらてめぇ!」
「やんのかジン!」
「ほら、もう喧嘩してるですし」
正直ジンとレンは逆でもよかったが、最終的にミュウはこれがベストな形だと判断した。
「てゆーかソリューニャも連れてみんなで行けばいいのに」
「このソリューニャさんを連れ出すつもりですか? それに近づけても大丈夫という保証もないのです」
「そっか、そうだね。ソリューニャは安全に寝てて欲しいね」
とにかく真っ直ぐ進んで、何か原因と思われるものを発見するのが調査チームの役目だ。
できることならミュウも行きたかったが、体力的な問題で足を引っ張ってしまいそうなこと、ソリューニャの側にいるなら自分であるということなどの理由で断念した。
「二人を信じるしかないです」
「おう、任せとけ。すぐ行ってすぐ帰ってくる」
「そーだね! 今はあたしたちにかかってるもんね!」
他に解決のきっかけになりそうな手段がない以上、今は二人が頼りだ。きっと何かを見つけて欲しいとミュウは願った。
「ってことで行くぞおら」
「今から!?」
「たりめーだろ。あんまトロトロしてソリューニャが手遅れになったりとか冗談じゃねーぞ」
「うっ……それは絶対やだけど……」
二人揃った途端にこの行動力である。
特にリリカは格闘祭を勝ち抜いたばかりだ。さすがに無茶だとミュウは思ったが、
「もー。じゃ少し待ってて。荷物まとめてソリューニャも見てくるから」
「行くのですっ!?」
「うん、行ってくるよー」
ひらひらと手を振るタフなリリカに舌を巻くミュウだった。
◇◇◇
二人が宿を発って一日が過ぎた。相変わらずソリューニャの具合は悪く、一度はふらふらと歩いて行こうとすることもあった。幸い昼だったためすぐに気づけたレンが連れ戻したが、どうやらソリューニャの症状は少し悪い方に変化があったようだ。
「うーん。いつもは夜とか、朝方だったのですけどね」
「寝てるときならいつでもありえるってことか?」
「そうとも考えられるです」
ちょうどミュウも同じことを考えていた。時間帯が関係ないとして、考えられる魔導的な仮説をたててみる。
「誰かがソリューニャさんに取り憑いて、寝てるうちに操っちゃう……とか?」
「おおー。なるほど」
「だとしたらそれは何がしたいんでしょうかね?」
「そりゃあ……あっちに行きたいんじゃねー?」
することがなく、自然と二人の間の会話も増える。
「ならあっちに何があるのです?」
「それを調べるのがジンたちだ」
「まったくその通りなのです」
しかし結局話の終わりはいつもこれだ。今は待つしかないのだ。不安で退屈な時間はいつもよりゆっくり過ぎ去って、夜。
「ソリューニャさんの手にお守り結んでおいたですー」
「なるほど! だったらオレはここで座って寝るぞ!」
「……本気です?」
レンは部屋の扉に背を預けてあぐらをかいた。
「それなら出て行く前に止められるですけど」
「だろだろ!」
「それ、レンさんは眠れるのです?」
「三秒で寝れる」
ここまでキッパリと言われてしまっては止める理由もない。
(……あれ? そもそもここって女の子二人の寝室……)
あまりに自然に馴染み過ぎていて素通りしてしまったが、よく考えると寝れる寝れない以前の問題である。
「あの、やっぱり……」
「ぐー」
「……本当に三秒……」
彼にデリカシーなど求めても無意味であることは学習済みだ。呆れながらもあっさり受け入れてしまったあたり、ミュウもだいぶ染まっているのだろう。
誰もが眠りについた深夜の街は、朧げな月明かりに照らされる。
その下で闇に紛れて移動する少数の人影。僅かばかりな衣擦れの音を残しながら、それはとある部屋の前で止まった。
先頭の男が扉に耳を当てて集中する。
「…………」
「「……!」」
男は後ろで息を潜める仲間たちに素早く指示を送る。ばばっと形を変える指が意味するのは、
(突入だ!)
荒々しく扉が開かれた。




