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魔導士たちの非日常譚  作者: 抹茶ミルク
シラスズタウン編
100/256

格闘祭 5

 

 

 リリカ対マルタ。注目の一戦が始まろうとしている。


「リリカさんとマルタさんですかー。今までのを見てるとどっちが勝つのか分からないですね」

「でもきっと盛り上がるぜ」

「そりゃ間違いねーな」


 仮にこれが試合でないのなら、勝つのはリリカだろう。しかしここはリングの上だ。観客もリリカが勝つかマルタが勝つか、意見が割れている。


『準決勝! 初挑戦、リリカ選手……』


「おぉ、来た!」

「リリカさーん! 頑張るですーー!」

「おーい! リリカー!」


 ここに来てミュウたち以外でリリカを応援する観客が増えた。初挑戦の少女がどこまでやれるのか、皆が期待しているのだ。

 そして、ゴングが鳴る。


「さあ、かかっておいで!」


 体格差は歴然。まともに組み合っては分が悪い。

 リリカはカウンター狙いで待ちの戦法を選んだ。対するマルタはいつも通り、突進を選ぶ。


「ここ!」

「甘いよ!」


 マルタの突進を受け流したリリカは、横から蹴りつける。しかし、命中したにも関わらずマルタは動じなかった。

 そして攻撃を当てたリリカは微妙に姿勢を崩している。


「ふんっ!」

「っ、きゃあ!」


 裏拳気味に振るわれた腕が、リリカに直撃する。リリカはギリギリでガードに成功するも、踏ん張りがきかずに大きく弾き飛ばされた。


「重……! バランスも全然崩れない……!」

「どうした? これからだろう?」


 幸運だったのはこれで距離ができたことだ。下手に留まっていては向こうの得意な組み合いに持ち込まれていた可能性がある。

 しかし飛ばされた先はラインすれすれの所であり、逃げ場は限られてしまった。


(まずい、追い詰められた!)


 マルタに勝つ方法が浮かばず平静を失いかけたリリカだったが、ここでふと記憶がよみがえった。マルタの突進を前に、不思議なほど焦りを感じない。


(あれ、これって。そう、フクロウのときと同じ!)


 フィルエルムで戦った状況と似ている。あの時は木を背にして攻撃が来る方向を狭め、一撃にすべてを懸けたのだ。


「そっか、今は私が追い詰めてるんだ……」

「さあ行くよ!」


 棍棒のような太腕が迫る。この張り手に当たれば間違いなく一本取られる。

 しかし、来ると分かっていればリリカに反応できない速度ではないのも事実。タイミングを合わせて、肘を狙ってはたき落とした。


「むぅ!」

「はあっ!」


 構図は先ほどと似ている。いなされたマルタの横を抜けるようにしてリリカがいる。

 ここで打撃を使ってはそれこそ焼き直しだ。しかし今度は手を出してきているため、マルタの重心は前に寄っている。

 ならばとリリカはマルタの足を掴み、そのまま押し出した。


「うわとと!」

「ぐぅぅりゃああ!」


 ドスン、と重たい音がした。


『一本! リリカ選手!』

「よっし!」


 マルタの手がリングの外についている。


「おおー! 逆転した!」

「やったー! すごいですリリカさん!」


 今回初めてマルタに土が付いた。歓声がガッツポーズのリリカに浴びせられる。


「あちゃー、やられちまったかい。やるじゃないか」

「えへへ、ありがとう」

「さぁ、やろう。今度はこうはいかないよ」


 仕切り直しのあと、マルタは一定の距離をとって立ち回るようになった。ジリジリと距離を詰め、リリカに圧力をかけてくる。

 無言の時間が続き、観客もその瞬間を見逃さないように静まり返る。


「…………」

「……しっ!」


 先に動いたのは意外にもマルタだった。巨体を活かした突進は迫力満点だが、行動そのものは今までと同じ。位置としてはリリカのやや左手側に寄っている。


「うっ!?」

「そりゃあ!」


 マルタが左腕を真横に伸ばした。決め技だったラリアットだ。

 右手側に避けようと動いていたリリカが慌てて上半身を反らす。鼻先を豪腕が掠めたが、直撃は免れた。


「あ……!」

「ふんぬっ!」


 マルタはあらかじめこの動きを予測していたため、避けられた後もスムーズに体は動き、ついにリリカと両手を合わせることに成功した。


「うぐ……!」


 マルタが押し潰すように力をかけるのを、リリカは押し上げるようにして抗う。

 少しずつ、少しずつ。リリカが押される。


「リリカさーん!」

「リリカぁー! 踏ん張れー!」




 リリカは一度、修行中になぜ体を鍛えるのかと聞いたことがある。魔術を使えば手軽に肉体を強化でき、現にリリカはレンたち武闘派に生身では敵わないが、魔術込みでは比するレベルなのだ。

 リリカは知らなかった。魔術も魔力を用いた仕組みである以上は魔力の性質、すなわちイメージに引っ張られるということを。


 体を鍛えることは、イメージを鍛えることだ。

 筋肉量は多いほど力が強いという“常識”。魔術とは自己暗示の延長であり、筋肉がない人は「岩を持ち上げる自分」のイメージが難しい。

 その結果、生身が強いほど魔術を使ったときの補正がかかりやすくなるのである。


「あああああ!」

「ぬぐ……!」


 リリカがマルタと互角の力で対抗しているのは、だから驚くべきことなのだ。


「たああああああっ!」

「ぬぅぅぅぅ!」


 まるで大岩を押しているような、不動の手応えも一瞬。ついにリリカがマルタを上回る。


 リリカはそのままマルタをリングの外まで押し出した。

 会場が静まり返り、次の瞬間。今日一番の歓声がリリカを包んだ。


「やった……!」

「いてて。いやあ、ここまで真っ向から負けると気分がいいねぇ」

「あ、マルタさん」

「いい試合だったよ、リリカちゃん」


 二人は固く握手した。


 ◇◇◇





 前試合の余韻を残しつつ、ソリューニャとセリアがリングに立つ。竜人同士の戦いということで注目を集めるこの試合は、攻めるセリアと守るソリューニャという構図で始まった。


「待ってたよ!」

「ああ!」


 それはスピードのセリア、パワーのソリューニャとも言い換えられる。


「たっ、はっ!」

「はぁっ!」


 セリアの初戦と状況は似ているが、ソリューニャには連撃の間隙を突く技量がある。加えて呼吸を読んだり、フェイントで騙したりといったテクニックもある。


「そこだぁっ!」

「ぐ!?」


 観客にはセリアから当たりに行ったように見えただろう。今日初めてセリアが攻撃を受けた。

 相手の体勢が整う前にソリューニャが追撃を仕掛ける。


「ははっ、やるじゃん!」

「ふっ。アンタもね」


 ソリューニャの追撃は成功し、同時にセリアのカウンターも成功していた。軽くとも防げなかった一撃はソリューニャの頬に吸い込まれ、切れた唇からは鉄の味がする。


(ここは強引にも攻めるべきだ)


 ソリューニャは少し攻めを強くする。

 二撃入れたのは一つの事実であり、それによるダメージも蓄積されているだろう。セリアの攻め気が微妙に萎み、時間経過での回復を望むような立ち回りになったことからも間違いない。

 ならばソリューニャはセリアに休ませる時間を与えぬように、優位を保ったまま進めるべきだ。多少強引でも攻撃を当てられれば、受けるダメージを差し引いても勝利に近づく。


「アンタのパンチは、軽いからねっ!」

「くぅ……!」


 セリアの表情に隠しきれない苦痛の色が浮かぶ。それがソリューニャに自身の判断の正しさを確信させてしまう。

 もともと最初の一撃は完全に読まれた上で当てられたものだった。実力ではソリューニャが上で、有利なのも彼女ということだ。


「けど、勝てないわけでもないじゃんか!」

「う、っ!」


 セリアが強引に攻めて、一発もらった代わりに二発を返した。


「ぺっ! 容赦ないね」

「容赦なんて野暮な真似するわけないよ」

「同感!」


 口に溜まった血液混じりの唾液を吐き捨てて、セリアは低く腰を落として半身に構えた。

 初めて見る構えに対し、ソリューニャがとったのは防御優先の姿勢だ。腕は相手に合わせてやや低めに置き、顎を引いて急所を隠す。


「しぃっ!」

「たぁっ!」


 リリカ対マルタのような、熱い力比べがあるわけでもない。スターがいるわけでもない。

 しかし観客は次第に言葉少なになっていった。あのレンやジンでさえ勝負の行く末を見逃すまいと凝視している。

 セリアとソリューニャの間で交わされる高度な読み合い。発せられるピリピリした空気。会場は今、この二人が占領しているのだ。


 流れが動いたのはそれから幾許か経ったときだった。突然ソリューニャが頭を押さえてよろめいたのだ。


「っ!?」


 張り詰めた意識の中、セリアの攻撃は反射の速度で放たれた。そしてソリューニャの様子がおかしいと気付いた時には拳を振り抜いていた。


「が……あぁ……!」

「おい! どうした!?」


 ソリューニャは頭を押さえ、苦悶の表情で歯を食いしばっている。セリアの攻撃は無防備なボディを打っていたから、これは明らかにセリアのせいではない。


「ストップ! 離れて!」

「ソリューニャ!」


 審判が止めると同時、リリカがリングに飛び込んできた。遅れてミュウたち三人も乱入する。

 誰もが混乱する中、真っ先にリリカがセリアに食いかかった。


「おい! しっかりしろ!」

「セリア、あんたソリューニャに何をしたの!」

「待って! 違う!」


 セリアが弁明するも聞く耳持たない。あわや喧嘩に発展しそうなところを、ミュウが止めた。


「リリカさん! セリアさんの言うことは嘘じゃないかもです!」

「なんで味方するの!?」

「やめろって、リリカ! 落ち着け!」

「ソリューニャさんは頭を押さえてるです! でもセリアさんが攻撃したのはお腹だったです!」

「え、そうなの……?」


 リリカの位置からはよく見えていなかったのだろうが、観客席からはセリアがどこに攻撃したかはっきり見えていた。


「そうだ。それにソリューニャが先にふらついてたぞ」

「てめーも、だから攻撃したんだろ?」

「あ、ああ……」


 レンとジンにはさらにソリューニャが異変をきたした瞬間も見えていたようだ。

 とにかく、試合は一度中断されることになった。


「一度帰って、お医者さんに見せるです」

「よし。宿まで俺が背負ってくぞ」

「私も行くです!」

「ちょっと! 次あたしの試合なんだから、せめてレンは見ててよね!」

「しゃーねぇな」


 そのあと簡単な協議が行われ、試合はソリューニャの体調不良でセリアの勝利ということになった。始終押され気味だったセリアはいまいち納得できていないようだったが、決勝はセリアとリリカの対決に決まった。

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