表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/256

朝日の祝福 2

 

 


 朝日を待つ三人は、微動だにしない船の上。

 警戒は必要だが、夜は長い。これではリリカがグロッキーなときと変わらない状況である。


「…………暇」

「…………何もねぇな」

「…………眠くなってきた」


 しかし状況は、落ち着くことを許してはくれなかった。


「んほ! やっと来たか!」

「ああ、気ぃ張れや!」


 天が光り、ガラガラと轟音が響く。雷がおちてきた。

 そしてその一瞬で三人が見たのは、渦巻く黒い雲だった。


「嵐で船沈めようって魂胆かコノヤロー」

「動かねーんじゃあどうしようもないのがもどかしいぜチクショー」

「あきらめ早いーーー!」


 船は動かない。このままでは沈んでしまう。

 が、船乗りでもない三人には備える方法など分かる訳もない。

 もっとも、熟練の船乗りもこのような状況に陥ることなどないのだが。


 挙げ句、


「よし、泳ぐか!」

「それだ! それしかない!」


 などという、提案というか無謀すぎる策が出される始末である。

 そしてそれは当然、

「アホかぁぁぁぁぁ!」


 リリカが盛大に却下するのだ。

 ようやくいつもの調子である。


「じゃあどーすんだよー」

「少なくとも海に飛び込むなんて最終手段!」

「おぉ、一応アリなのか」


 その時、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

 だんだんとそれは大粒になっていき、やがて大雨となった。



「レン! もう一度船が動かないか確かめ……ぅぶ」

「お?」


 雨が降ると同時、風が吹き始めた。止まっていた空間が、動き始めたのだ。

 それはつまり、船も動き始めるということ。


「おー? どうしたレン」

「リリカが死んだー」

「生き、てる……よぉ」


 リリカの大船酔いが再発するということである。

 しかしレンとジンはそれに構うことなく、魔導水晶を起動させた。


「よしゃ! 動いた!」

「全速前進~!」


 猛スピードで前進する船が、荒波をかき分ける。

 多少進路がずれるのはこの際仕方ない。

 今は嵐を抜けるのが最優先だ。



 荒波がうねり、渦が待ち構え、雷がいたるところに落ち、雨粒が散弾銃のごとく叩きつける。

 海の猛攻に揉まれながらも、三人を乗せた船は猛進する。


「クソッ! 雨で視界が悪ィ!」

「ああー!? 聞こえねーよ!!」


 レンは前を見張り、ジンが後ろで魔導水晶を操作している。

 レンが危険、主に渦を見つけてジンがそれをかわすのだ。

 だが声を張り上げても、雷や雨の音がそれをかき消してしまう。

 会話すら大変な状況だ。


「やや右に大渦ー!! あと五秒でつっこむー!!」

「おおー!!」


 船が左に傾く。そして渦をギリギリ避けて通り抜けた。


「ナイスー!!」

「そっちもなぁー!!」


 二人は息を合わせて船を操作する。

 もともとコンビネーションに長けた二人だ。

 レンの声の調子や微妙なニュアンスなどから、「なんとなく」ジンが理解しているのだ。


 そうして船は渦に捕まることなくすり抜けて行く。

 右へ。左へ。船体を激しく揺らしながら。快調である。


「ぉぅぅぇぇぇ……。もっと……ゆっく、うっぷ!」

「うるせーぞリリカ!」


 同時に、リリカの大船酔いも山場を迎えているが、相変わらずスルーである。





 だが、海は意地になったように荒れ狂う。


 それは、八つ目の渦を越えたところだった。


「ジン!! 三つ同時だ!!」

「何ィィーー!?」


 前方にいきなり、壁のように行く手を阻む渦が三つ並んで現れた。

 避けることは不可能。このスピードでのUターンも不可能。



「冗談じゃねぇぞ! レン!! 一番ちっちぇーのは!?」

「どれもデケェーー!!」

「オーライ!! 突っ込むぞーーーー!!」

「なら右だ!!」

「ぇぇぇぇ…………!?」


 船は右と真ん中の渦との間を狙うように右に曲がる。


「なんかに掴まれーーーー!!」

「おおーーーー!」

「ちょ、ちょっと待っ……っぷ!」


 だが、わずかに届かず、真ん中の渦の右側にとらわれてしまった。

 船が傾き、渦に巻き込まれ、加速する。


「おおおおおおおお!」

「……うぁ……っ!」

「うお!? しっかり掴まっとけ!」

「あ、ありがと……ぅぅ」


 リリカが海に投げ出されるが、レンがギリギリ手を掴んだ。

 濡れた手が、床が滑るが、なんとか船に引っ張り込む。


「「いっけーーーーーっ!!」」


 船は船体を傾かせながら、渦巻く水面を滑るように速度を上げていく。

 船頭せんとうがバランスを崩し、引き込まれそうになるが、レンが風を放って立て直す。


 そして。


「ぃよっしゃぁぁあ! ナイス微調整、ジン!!」

「レンこそ!! 助かったぞ!」


 船はそのスピードとバランスをもって、大渦から脱出した。

 達成感に喜び沸くレンとジン。


「ふぃ~。魔導水晶あって助かった~」

「ほんとなー。スピード出せなきゃ今頃海の底だったな」

「ぅう~……、助かっ……たぁ?」


 大渦を抜けると、雨は弱まり、波も静まってきた。

 まだ雲の下にいるが、進路上には静かな夜の空が見える。

 うっすらと明るくなり始めた空だ。


「お、もうすぐか」

「やったな!」


(待て!)


 その声は、直接頭に響いてくるような、聞いたこともない声だった。

 キューキューと甲高い、「声」というか「音」のようだ。


「誰だ!?」

「出てきやがれ!」


 このタイミングの声に、いきなり喧嘩腰な二人。


「どこだ!?」

「ジン! 海だ!」


 レンとジンが水面下に複数の影を確認した瞬間、急に船が止まった。

 まるで何かにぶつかったかのように。


「っ、止めろ!」

「おう!」


 それは正しかった。

 魔導水晶は止まっておらず、抵抗を突き破ろうとするように動き続けていたからだ。


 また、二人の動きも迅速だった。

 魔導水晶に蓄えられている魔力は残り少なく、無駄には出来ない。

 ジンは即座に魔導水晶を停止させた。


 だが、とりあえず障害を排除しない限りは進めない。


「くっそ! 邪魔だ!」

「レン! ふっ飛ばせ!」

「無理! 水ん中のやつふっ飛ばすとなると、船も無事じゃねぇぞ!」


 レンの魔導は、風や空気を凝縮し、それを拳や脚に纏ったり、放出したりするというものである。

 先の大渦渡りで使ったのも、凝縮した空気を放出する事による反作用を用いたものだ。その威力は船を動かせるほど立派なものだが、風が及ばない水面下の障害をふっ飛ばす威力で放つとなれば、船も大きなダメージを受けるのは間違いない。


(やめておけ。海に出るとは、運がなかったな)

「なんだとぉ!?」

「テメ、どうやってしゃべってんだ!」


 ジンが代わろうとすると、再び耳障りな「声」がした。


(私は話してはいない。我々の言語を、お前らが理解できるようにしただけだ。お前らは、概念を言葉として理解しているにすぎん。そして同時に、私にもお前らの言葉が概念として届……)

「だぁーーーーっ! 意味わかんねぇーーーー!」

「いいから姿を見せやがれーー!」


 すると、船を囲むように無数の触手が海から生えてきた。

 吸盤の付いた、白く太い触手だ。


「うわ!?」

「なんじゃこりゃ!?」

(驚いているようだな。分かったら大人しくしていろ。殺すのは私も本意ではないのだ。せめて楽に……)


 触手が今にも襲わんと蠢く。

 海の上、逃げ場なし。レンたちに圧倒的に不利だ。



 だが、


「うほほーい! スルメが大漁ーー!」

「一年分くらいはありそうだな! かかってきやがれェ!」


 彼らは大人しくやられるような性格はしていない。

 リリカは知らぬ間に気絶していたが、起きていれば二人と同じことをしていただろう。



(……ふ、はは。抵抗するか。おろかな)

「うっせーイカ野郎!」

「簡単に死ねるかバカ!」


 触手が一斉に襲いかかってきた。

 船底からも衝撃が伝わってくる。


 レンは魔力を解放し、風を纏った。怪鳥のときとは密度も桁違いである。それだけ今回は命懸けの状況ということだ。

 ジンも創り出したトンファーを逆手に構える。どの方向の攻撃からも対応できるような、隙のない構え。

 二人分の膨大な魔力が、緊張とともに高まる。


(愚かな…………む?)


 触手の動きが止まった。

 しばらく無音の時間が続き、それが過ぎると触手が海へと戻っていく。


 戸惑うレンとジンの頭に、あの「声」が響いた。


(……驚いたぞ。その魔力、我らが恩人のものではないか?)


「「……はあ?」」


 二人はわけが分からなかった。


「ん、んん…………?」


 漂う沈黙の中、リリカが目を覚ました。

 全く状況を理解していない。


 すると、いきなり海面が大きく盛り上がり、青白く光る巨体が現れた。

 女性の顔、瞳のない目、大きな胸、艶やかな腕、触手と一体化したような髪とドレス。そのすべてが青白く光り、暗がりに幻想的な雰囲気を醸し出している。


「ぇぇぇぇ!? なにあれ!?」

(先ほどは失礼した。我々はこの海域を守るため、近づく船を沈め、海に出ようとする人間たちを追い払ってきたのだ。久しく通るものがあるかと思えば、それがまさか我らが恩人が乗る船とは……)

「なんか聞こえるーーー!?」


 船酔いも忘れて一人でパニックに陥るリリカをよそに、話は進んでゆく。


「オレたち多分、その友達とは別人だと思うぞ?」

「そもそもお前を知らねーし」

(む? しかしその魔力、確かに……。いや、まさかそういうことか?)

「え? え? なになに何のこと?」


 ひとりでに納得する「声」。

 全く付いてきていないリリカ。


(我々は、その魔力に救われたことがある。その恩は、死ぬまで忘れることはない。だからここはその魔力に免じて見逃そう)

「おお? よくわからんが本当か!?」

「ありがてーー! サンキューな! イカ!」

「何か分かんないけどやったー!」


 なにやら穏便に事が済みそうだと、とりあえず喜ぶリリカ。


(……我の名はヴィシュニヤだ。恩人よ。それと、一つ頼みがある。我々クラーケンの存在、ここを通ったこと、必ず秘密にしてくれ)

「おう、いいぜ。それならばあさんとも約束したしな」

「それよっか、陸はどっちにあるか知らねえか?」


 三人は村長から、島の存在を秘匿するよう頼まれている。


(約束してもらえるか、ありがたい。陸なら、すぐそこにあるから、そうだな。近くまでは連れて行ってやろう)

「お! 本当だ! 陸が見える!」

「しかも連れて行ってくれんのか! ありがとうヴィシュニヤ!」

(うむ、そろそろ日が登る。暗いうちがいいな。行くか)


 すっ、とヴィシュニヤが海に入った。

 すると海流が、一本の道のように伸びていく。

 船はそれの上を動きだす。

 空が赤くなり始めている。いつの間にか、雲も消えている。


「おー! すげー!」

「こんなことまでできるのか!」

「ぅぇっぷ…………」


 振り返ると、無数の触手が天にそびえ、淡い光りを発している。

 まるで、道のように。


(ここまでだ。これ以上は浅瀬になっていて、私は通れない。見つかるのもまずい)

「おう! いろいろとありがと!」

(礼には及ばん。……それと、この船は回収しなくてはならない。ここに人の手が伸びるのは防ぎたくてな)

「そんくらいなら、好きにしていいぞ」

「どうせ陸に持って上がるわけじゃないからな」

「早く船、降りたい…………」


 リリカが待ちきれないといった様子で呟く。

 陸はもうすぐだ。


(では、さらば! その魔力に二度も会えたこと、必ず忘れはしない! 達者でいろ!)

「おお! じゃーな!」

「ありがとな!」

「……あり……ぇぅ……」


 青白い光が海の底へと消えていく。

 レンたちはそれを見送ると、魔導水晶を起動した。


 ◇◇◇




 ズザザ………


 船が砂浜を削る音だ。小さなカニが逃げてゆく。

 少女が真っ先に飛び出し、砂浜に着地した。

 続けて、二人の少年が同時に。


 三人は自然と海を見る。

 長いようで短い船旅だった。

 これからまた新たな旅が始まる。


「着いたぞぉぉぉぉぉお!」

「ぃよっしゃぁぁぁぁぁぁあ!」

「やったぁぁぁぁぁぁあ!」


 それぞれが思い思いの言葉を叫ぶ。

 その声に驚いたか。岩場から海鳥が一斉に飛び立ち、ギャアギャアと鳴き始める。




 空が赤く、黄色く、白くなる、日の出。

 平らな水平線から顔を出した朝日が、三人を祝福した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ