朝日の祝福 2
朝日を待つ三人は、微動だにしない船の上。
警戒は必要だが、夜は長い。これではリリカがグロッキーなときと変わらない状況である。
「…………暇」
「…………何もねぇな」
「…………眠くなってきた」
しかし状況は、落ち着くことを許してはくれなかった。
「んほ! やっと来たか!」
「ああ、気ぃ張れや!」
天が光り、ガラガラと轟音が響く。雷がおちてきた。
そしてその一瞬で三人が見たのは、渦巻く黒い雲だった。
「嵐で船沈めようって魂胆かコノヤロー」
「動かねーんじゃあどうしようもないのがもどかしいぜチクショー」
「あきらめ早いーーー!」
船は動かない。このままでは沈んでしまう。
が、船乗りでもない三人には備える方法など分かる訳もない。
もっとも、熟練の船乗りもこのような状況に陥ることなどないのだが。
挙げ句、
「よし、泳ぐか!」
「それだ! それしかない!」
などという、提案というか無謀すぎる策が出される始末である。
そしてそれは当然、
「アホかぁぁぁぁぁ!」
リリカが盛大に却下するのだ。
ようやくいつもの調子である。
「じゃあどーすんだよー」
「少なくとも海に飛び込むなんて最終手段!」
「おぉ、一応アリなのか」
その時、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
だんだんとそれは大粒になっていき、やがて大雨となった。
「レン! もう一度船が動かないか確かめ……ぅぶ」
「お?」
雨が降ると同時、風が吹き始めた。止まっていた空間が、動き始めたのだ。
それはつまり、船も動き始めるということ。
「おー? どうしたレン」
「リリカが死んだー」
「生き、てる……よぉ」
リリカの大船酔いが再発するということである。
しかしレンとジンはそれに構うことなく、魔導水晶を起動させた。
「よしゃ! 動いた!」
「全速前進~!」
猛スピードで前進する船が、荒波をかき分ける。
多少進路がずれるのはこの際仕方ない。
今は嵐を抜けるのが最優先だ。
荒波がうねり、渦が待ち構え、雷がいたるところに落ち、雨粒が散弾銃のごとく叩きつける。
海の猛攻に揉まれながらも、三人を乗せた船は猛進する。
「クソッ! 雨で視界が悪ィ!」
「ああー!? 聞こえねーよ!!」
レンは前を見張り、ジンが後ろで魔導水晶を操作している。
レンが危険、主に渦を見つけてジンがそれをかわすのだ。
だが声を張り上げても、雷や雨の音がそれをかき消してしまう。
会話すら大変な状況だ。
「やや右に大渦ー!! あと五秒でつっこむー!!」
「おおー!!」
船が左に傾く。そして渦をギリギリ避けて通り抜けた。
「ナイスー!!」
「そっちもなぁー!!」
二人は息を合わせて船を操作する。
もともとコンビネーションに長けた二人だ。
レンの声の調子や微妙なニュアンスなどから、「なんとなく」ジンが理解しているのだ。
そうして船は渦に捕まることなくすり抜けて行く。
右へ。左へ。船体を激しく揺らしながら。快調である。
「ぉぅぅぇぇぇ……。もっと……ゆっく、うっぷ!」
「うるせーぞリリカ!」
同時に、リリカの大船酔いも山場を迎えているが、相変わらずスルーである。
だが、海は意地になったように荒れ狂う。
それは、八つ目の渦を越えたところだった。
「ジン!! 三つ同時だ!!」
「何ィィーー!?」
前方にいきなり、壁のように行く手を阻む渦が三つ並んで現れた。
避けることは不可能。このスピードでのUターンも不可能。
「冗談じゃねぇぞ! レン!! 一番ちっちぇーのは!?」
「どれもデケェーー!!」
「オーライ!! 突っ込むぞーーーー!!」
「なら右だ!!」
「ぇぇぇぇ…………!?」
船は右と真ん中の渦との間を狙うように右に曲がる。
「なんかに掴まれーーーー!!」
「おおーーーー!」
「ちょ、ちょっと待っ……っぷ!」
だが、わずかに届かず、真ん中の渦の右側にとらわれてしまった。
船が傾き、渦に巻き込まれ、加速する。
「おおおおおおおお!」
「……うぁ……っ!」
「うお!? しっかり掴まっとけ!」
「あ、ありがと……ぅぅ」
リリカが海に投げ出されるが、レンがギリギリ手を掴んだ。
濡れた手が、床が滑るが、なんとか船に引っ張り込む。
「「いっけーーーーーっ!!」」
船は船体を傾かせながら、渦巻く水面を滑るように速度を上げていく。
船頭がバランスを崩し、引き込まれそうになるが、レンが風を放って立て直す。
そして。
「ぃよっしゃぁぁあ! ナイス微調整、ジン!!」
「レンこそ!! 助かったぞ!」
船はそのスピードとバランスを以て、大渦から脱出した。
達成感に喜び沸くレンとジン。
「ふぃ~。魔導水晶あって助かった~」
「ほんとなー。スピード出せなきゃ今頃海の底だったな」
「ぅう~……、助かっ……たぁ?」
大渦を抜けると、雨は弱まり、波も静まってきた。
まだ雲の下にいるが、進路上には静かな夜の空が見える。
うっすらと明るくなり始めた空だ。
「お、もうすぐか」
「やったな!」
(待て!)
その声は、直接頭に響いてくるような、聞いたこともない声だった。
キューキューと甲高い、「声」というか「音」のようだ。
「誰だ!?」
「出てきやがれ!」
このタイミングの声に、いきなり喧嘩腰な二人。
「どこだ!?」
「ジン! 海だ!」
レンとジンが水面下に複数の影を確認した瞬間、急に船が止まった。
まるで何かにぶつかったかのように。
「っ、止めろ!」
「おう!」
それは正しかった。
魔導水晶は止まっておらず、抵抗を突き破ろうとするように動き続けていたからだ。
また、二人の動きも迅速だった。
魔導水晶に蓄えられている魔力は残り少なく、無駄には出来ない。
ジンは即座に魔導水晶を停止させた。
だが、とりあえず障害を排除しない限りは進めない。
「くっそ! 邪魔だ!」
「レン! ふっ飛ばせ!」
「無理! 水ん中のやつふっ飛ばすとなると、船も無事じゃねぇぞ!」
レンの魔導は、風や空気を凝縮し、それを拳や脚に纏ったり、放出したりするというものである。
先の大渦渡りで使ったのも、凝縮した空気を放出する事による反作用を用いたものだ。その威力は船を動かせるほど立派なものだが、風が及ばない水面下の障害をふっ飛ばす威力で放つとなれば、船も大きなダメージを受けるのは間違いない。
(やめておけ。海に出るとは、運がなかったな)
「なんだとぉ!?」
「テメ、どうやってしゃべってんだ!」
ジンが代わろうとすると、再び耳障りな「声」がした。
(私は話してはいない。我々の言語を、お前らが理解できるようにしただけだ。お前らは、概念を言葉として理解しているにすぎん。そして同時に、私にもお前らの言葉が概念として届……)
「だぁーーーーっ! 意味わかんねぇーーーー!」
「いいから姿を見せやがれーー!」
すると、船を囲むように無数の触手が海から生えてきた。
吸盤の付いた、白く太い触手だ。
「うわ!?」
「なんじゃこりゃ!?」
(驚いているようだな。分かったら大人しくしていろ。殺すのは私も本意ではないのだ。せめて楽に……)
触手が今にも襲わんと蠢く。
海の上、逃げ場なし。レンたちに圧倒的に不利だ。
だが、
「うほほーい! スルメが大漁ーー!」
「一年分くらいはありそうだな! かかってきやがれェ!」
彼らは大人しくやられるような性格はしていない。
リリカは知らぬ間に気絶していたが、起きていれば二人と同じことをしていただろう。
(……ふ、はは。抵抗するか。おろかな)
「うっせーイカ野郎!」
「簡単に死ねるかバカ!」
触手が一斉に襲いかかってきた。
船底からも衝撃が伝わってくる。
レンは魔力を解放し、風を纏った。怪鳥のときとは密度も桁違いである。それだけ今回は命懸けの状況ということだ。
ジンも創り出したトンファーを逆手に構える。どの方向の攻撃からも対応できるような、隙のない構え。
二人分の膨大な魔力が、緊張とともに高まる。
(愚かな…………む?)
触手の動きが止まった。
しばらく無音の時間が続き、それが過ぎると触手が海へと戻っていく。
戸惑うレンとジンの頭に、あの「声」が響いた。
(……驚いたぞ。その魔力、我らが恩人のものではないか?)
「「……はあ?」」
二人はわけが分からなかった。
「ん、んん…………?」
漂う沈黙の中、リリカが目を覚ました。
全く状況を理解していない。
すると、いきなり海面が大きく盛り上がり、青白く光る巨体が現れた。
女性の顔、瞳のない目、大きな胸、艶やかな腕、触手と一体化したような髪とドレス。そのすべてが青白く光り、暗がりに幻想的な雰囲気を醸し出している。
「ぇぇぇぇ!? なにあれ!?」
(先ほどは失礼した。我々はこの海域を守るため、近づく船を沈め、海に出ようとする人間たちを追い払ってきたのだ。久しく通るものがあるかと思えば、それがまさか我らが恩人が乗る船とは……)
「なんか聞こえるーーー!?」
船酔いも忘れて一人でパニックに陥るリリカをよそに、話は進んでゆく。
「オレたち多分、その友達とは別人だと思うぞ?」
「そもそもお前を知らねーし」
(む? しかしその魔力、確かに……。いや、まさかそういうことか?)
「え? え? なになに何のこと?」
ひとりでに納得する「声」。
全く付いてきていないリリカ。
(我々は、その魔力に救われたことがある。その恩は、死ぬまで忘れることはない。だからここはその魔力に免じて見逃そう)
「おお? よくわからんが本当か!?」
「ありがてーー! サンキューな! イカ!」
「何か分かんないけどやったー!」
なにやら穏便に事が済みそうだと、とりあえず喜ぶリリカ。
(……我の名はヴィシュニヤだ。恩人よ。それと、一つ頼みがある。我々クラーケンの存在、ここを通ったこと、必ず秘密にしてくれ)
「おう、いいぜ。それならばあさんとも約束したしな」
「それよっか、陸はどっちにあるか知らねえか?」
三人は村長から、島の存在を秘匿するよう頼まれている。
(約束してもらえるか、ありがたい。陸なら、すぐそこにあるから、そうだな。近くまでは連れて行ってやろう)
「お! 本当だ! 陸が見える!」
「しかも連れて行ってくれんのか! ありがとうヴィシュニヤ!」
(うむ、そろそろ日が登る。暗いうちがいいな。行くか)
すっ、とヴィシュニヤが海に入った。
すると海流が、一本の道のように伸びていく。
船はそれの上を動きだす。
空が赤くなり始めている。いつの間にか、雲も消えている。
「おー! すげー!」
「こんなことまでできるのか!」
「ぅぇっぷ…………」
振り返ると、無数の触手が天にそびえ、淡い光りを発している。
まるで、道のように。
(ここまでだ。これ以上は浅瀬になっていて、私は通れない。見つかるのもまずい)
「おう! いろいろとありがと!」
(礼には及ばん。……それと、この船は回収しなくてはならない。ここに人の手が伸びるのは防ぎたくてな)
「そんくらいなら、好きにしていいぞ」
「どうせ陸に持って上がるわけじゃないからな」
「早く船、降りたい…………」
リリカが待ちきれないといった様子で呟く。
陸はもうすぐだ。
(では、さらば! その魔力に二度も会えたこと、必ず忘れはしない! 達者でいろ!)
「おお! じゃーな!」
「ありがとな!」
「……あり……ぇぅ……」
青白い光が海の底へと消えていく。
レンたちはそれを見送ると、魔導水晶を起動した。
◇◇◇
ズザザ………
船が砂浜を削る音だ。小さなカニが逃げてゆく。
少女が真っ先に飛び出し、砂浜に着地した。
続けて、二人の少年が同時に。
三人は自然と海を見る。
長いようで短い船旅だった。
これからまた新たな旅が始まる。
「着いたぞぉぉぉぉぉお!」
「ぃよっしゃぁぁぁぁぁぁあ!」
「やったぁぁぁぁぁぁあ!」
それぞれが思い思いの言葉を叫ぶ。
その声に驚いたか。岩場から海鳥が一斉に飛び立ち、ギャアギャアと鳴き始める。
空が赤く、黄色く、白くなる、日の出。
平らな水平線から顔を出した朝日が、三人を祝福した。




