交渉
「お願いです!仲間になって下さい!」
俺は今、土下座をしている。いや、何言ってんのこいつ?と思わないでいただきたい。俺からすればどうして滅びてんの世界?と聴きたいくらいだ。
少し話しがずれてしまったがとにかく、俺は微かに見えた希望へ向かうためにも神門と仲間になる必要がある。
「嫌だ」
「え?」
目をぱちぱちと開閉する。今結構あっさりお手軽に断られなかったか?ここまで連れてきてくれたし、俺を見捨てなかったしで何だかんだ言っても優しくて土下座すればいけると思ったんだが…
「ダメ…か?」
「ダメだ」
間髪入れずに即答。俺はさらに頭を低くする。もうおでこ地面についちゃってるんですけど。
「これでも?」
「それでも」
「こんなんでも?」
「そんなんでも」
「こーーんなんでも?」
「そーーんなんでも、だ」
半分以上地面にめり込んでいた顔を上げ、湿っぽい土を払う。これ以上やっていたらブラジルの人とこんにちはしてしまうかもしれない。まあ、それ以前にこれだけ頼んで全て即答で拒否ならば一生ダメだと思うが…
「何でダメなんだ?やっぱり俺が気に入らないのか?」
「別にお前がどうとかそういうんじゃない。ただ、群れるのが嫌いなだけだ」
神門が答える。その中で神門の言った群れるのが嫌いという言葉にはやけに負の感情がこもっていた。
「じゃあ、何でここまで連れてきてくれたんだ?」
「飛鳥がお前を気に入っていたからだ。別に私自身は行きたくなかった。」
神門の答えからは別に私は行きたくなかったんだからね!みたいなツンデレ感は微塵も感じられず、むしろ本当に行きたくなかったわーという倦怠感しか感じられなかった。
「じゃ、じゃあ、俺がうなだれてる時にいてくれたのは?ずっと俺の方を向いてたじゃないか」
そう、これならば飛鳥が単に俺に興味を持っていたとは考えにくい。これこそ、神門の優しさのはずだ!
「ああ、あれか。あれは飛鳥があっちで用を足していたからだ」
「へ?」
「いや、お前がもし変態で用を足している飛鳥に欲情したら眉間に三発ほど穴を開けてやろうと思ってな。あ、決して大じゃないからな、小だからな、小」
飛鳥が顔を真っ赤にしながら神門!と言って神門を叩いている。てか、小だろうが大だろうが中だろうがそんなのどうでもいい。重要なのは、
「俺の心配とかは…」
「する訳ないだろ。というより、何で会って数時間もたってないような奴に優しくしなくちゃならないんだ」
「ですよねー」
神門に即答、というか言葉を被せられるレベルで拒否される。いやまぁ、確かにその通りなんですけどこれ、俺の将来かかっちゃってるんですよ、はい。
どん詰まり。そんな言葉がのしかかる。
「シェアーマン、どうしたらいい?」
「えぇ、そこ僕に聞いちゃうのぉ?」
こそこそと助言を求めると左ポケットから声が響く。
「うるせぇ。お前俺のこと主人とか言ってるくせに、俺が頭抱えてる時に一言もフォロー入れなかったじゃねえか」
「うん。だってめんどくさいじゃん」
こいつ、ぶっ壊したろか。
「あぁぁ、分かった、分かったから壊さないでよ一馬さん」
また俺の心を読んだのか、俺のでこに浮かぶ怒りマークを見たのか分からないがシェアーマンは今までになく素早く反応した。
「そうだねぇ、頼むんじゃなくて交渉するって考えたら?」
頼むのではなく交渉する。自分が持っているカードを使って自分にはない相手のカードを引き出すということか。なるほど、中々有用そうな手ではある。
「そうだな、それで行ってみよう」
息を吸い、そして吐く。緊張をできる限り和らげるにはやはり深呼吸が一番だ。
「なあ、神門。俺と交渉しないか?」
「話だけならいくらでもしろ」
第一関門である相手の興味を引くことには多分成功した。次に本題の交渉だが、恐らく神門は交渉について大阪のおばちゃんに勝らずとも劣らない程度に手強い気がする。理由はある。まず始めに、この世界。見る限り文明は完全に衰退している。 とすれば生活形態は自給自足が主だろう。それに加えて群れるのが嫌いという神門のあの言葉。あれに込められた感情から推測すると神門は飛鳥以外と行動しておらず、どんな集団にも属していないはずだ。この二つの要因から神門達はこの自給自足が必要な中でどこにも属さずに生きているということが推測できる。だが、いくらたくましくても他人との物資や資源の交換は必要となる。つまり、他人との交換交渉を少女だと舐められずに何度も上手くこなさなくては生きていけない。これが俺の考える理由だ。
だとしても、だとしてもこの交渉を成功しなければ俺自身の生存率はゼロとは言わないが大きく下がること間違いなしだろう。自分に気合いを入れ、神門との交渉を始めた。
「俺の要求はただ一つ。俺を神門達の仲間にしてくれ」
「お前もしつこいな。それはさっきからダメだと…」
「ただし!」
神門の声とかぶせるように大声を上げる。神門は当たり前ながら少し不機嫌な視線を俺に向けていた。
「この要求には期限を付ける」
「期限?」
「そうだ期限だ」
神門は不機嫌な視線ではなく、何を言っているのかという疑念に満ちた視線を向けてきた。期限をつける、これこそが俺の考える単純な作戦である。例えば、ある人が友人に「俺とずっと一緒にトイレにいてくれ」と言ったとしよう。そうすればほぼ100%友人はドン引きするし断るに決まってる。そんなホモホモしい展開は腐女子にしか需要がないだろうが、ちょっと一緒にトイレ行こ、と連れションに誘ったら?大抵の友人ならば、軽く良いよーと返事してくれるはずだ。また、付き合ってくれ!と言うよりも一緒にどっか行かない?の方が受け入れられる成功率が高い。ちょっと強引な例えである気もするが、このように一緒にいてとお願いするのも期限をもうければOKされやすいのだ。これを、「連れションの法則」と俺は呼んでいる。
「期限は神門達が次に人のいる安定した集落、えっと、自治区とかって言う所だったか?まあ、そこに到着するまでだ」
「連れションの法則」に則り期限を相手にしっかりと伝える。神門はそれに対し、
「ダメだ」
簡潔に、しかし明確な拒絶の意思を表明される。とはいえ、これは想定していなかった事態ではない。「連れションの法則」はOKされる確率が上がるだけであって確実にOKされるなんてことはないのである。それに、元々これは交渉だ。シェアーマンの言った通りお願いをしている訳ではないのだ。そう、俺はまだ手札を一枚も出していない。
「もう聞き飽きた。これ以上同じ事を続けるのなら私達は立ち去らせてもらうぞ」
神門がもう不機嫌をすっ飛ばして呆れしか見えない表情と声を吐き出した。
「俺は俺の主張を曲げる事はない。これには俺の今後、ひいては生死に関わるからな。けど、確かにお前の気持ちは分かる。だから俺からもお前達に手助けをしようと思う」
「はっ、手を貸す?何を上から目線で語っているんだお前は。あの世界の後の事やここの事を微塵も知らないお前に何ができると?第一、私達に必要な物はないんだぞ」
神門は鼻息を荒くし、言葉を捲し立てた。今まで下に思っていた男から手助けするなんて言われたのが余程気に入らなかったらしい。俺もそんな状況になったら少なくとも快くは思わないだろう。これで交渉は少し難しくなってしまったかもしれない。だが、その場の雰囲気でOKされたとしてもこの世界では後々気に入らなくなって、または邪魔になってあの銃で殺される可能性も十分ありえる。だからこそ、感情の良し悪しよりも相手が俺を必要としなければならないようにする方が重要である。まあ、あんまり嫌われるのもよろしくはないが。そんなことを考えながら、俺は口を開いた。
「本当にか?」
「何がだ?」
「本当にお前は必要なものを‘‘全て”持っているのか?それはないはずだ」
「理由を言ってみろ」
「お前と最初に会った時だ。俺がここが名古屋だと言った時、お前は言った。‘‘そうか、もう名古屋まで来たのか”とな。つまりお前、ここがどこか分かってなかったんじゃないか?」
「……」
神門は口を閉ざしたまま何も答えようとしない。おそらく図星、神門達はここがどこか分からなかった。すなわち、‘‘地図”を持っていないのだ。
地図、それは人類が発展する中で密かにその発展を支えてきたと言える。人類が地球のあらゆる場所へと版図を広げるためには不可欠な存在であったし、さらにその昔から戦争に勝つために古今東西ほぼ全ての国家が自国や敵国の地図を求め、今でも形ある情報として高値で売買されている。日本でも外国の脅威が高まりつつあった幕末に江戸幕府が伊能忠敬らに精巧な日本地図をつくらせたり、シーボルト事件ではその日本地図が外国に流出しかけて大問題となった。これらは国家レベルでの話だが、地図の重要性は個人レベルでも変わらない。初めて来た場所ではまず周辺地図を見るだろうし、ある場所へ行くためにそこまでのルートを調べることは必須のはずだ。
そして、地図の重要性はこの世界も変わらない、いや更に重要性が増している可能性の方が高い。名古屋があの潜水艦から発射された核ミサイルによって消滅し、かつその消滅した土地が緑豊かな大地へと変化している。今思えば核ミサイル発射からはかなりの年月がたったのかもしれない。それはともかく、そんな文明も地形もめちゃくちゃになった世界では今までとは全く別の新しい地図が必要となるはずだ。そしてその地図を神門達は持っていない。それこそが彼女達にはなく、俺しか持っていないカードだ。もちろん、俺だってこの世界の地図は持っていない。だが、
俺はポケットから四角い物体を取り出した。
「それは、しぇあーまん、とかいうやつだったか?」
神門が確認するように問う。
「ああ、そうだ」
神門は表情こそ変えないものの、俺が次に何をするのかをじっと注視していた。
「こいつは多機能な携帯だと言ったよな?多機能っていうのはそのまんま機能が多いってことだ。その機能の一つに地図、それもこの世界全てを表せるものがある」
「はったりだ」
神門が冷淡に言い放つ。
「いや、はったりなんかじゃない。Global positioning system(全方位地球観測システム)通称GPSというお前の言った滅びた世界の技術だ」
神門がやれやれといった感じに手と首を振る。
「 まさか、いくら大戦前の技術でもそんなものがあるなんて信じられると思うか?」
大戦という言葉に何か引っかかるものがあるが一旦それを置いておき、神門を説得するために言い返す。
「信じられないことなんてこの世には数え切れない程ある。現に俺も世界が滅びたなんてまだ少し信じられない」
「だとしてもお前が言っていることは荒唐無稽そのものだ。私は…」
「信じるよ」
俺でも神門でも、ましてやシェアーマンでもない。将来のかかった交渉のテーブルに舞い降りたのは、その交渉の当事者の一人でありながら今まで沈黙を保っていた幼き少女の言葉だった。
俺も神門も揃ってその少女、飛鳥を見つめる。険しい顔で交渉をしていた両者から一斉に見つめられたせいか飛鳥はその小さな身体をビクッと震わせ、さらに小さく縮こまらせた。目を俺と神門には合わせようとせず、俯きながら恐る恐るといった感じに口を再度開く。
「私は…一馬の提案にのってもいいと…思う」
「なっ、…飛鳥、正気か?こんな男の言う事なんていきなり信じられない」
神門が飛鳥を問いただすように言う。
「……確かに、私だって一馬がそんな凄い地図を持っているなんて信じられない」
「だろ、だったら…」
「でも!」
飛鳥が神門の声を遮る。これには俺だけでなく神門も予想外であったようで、目を文字通り丸くして、驚きを隠せずにいた。
「でも…私は、神門が神門のお母さんにしてもらったっていう前の世界の話も信じられないくらい凄いことばっかだった…。それに、一馬は‘‘嘘”をついてないよ」
まただ、また飛鳥は俺が嘘をついていないと言った。確かに俺は嘘をついていないしこの場面での援護射撃はとても助かるのだが、どこか…そう、飛鳥でないナニかが俺は嘘をついていないという判断を下して飛鳥に言わせているような気がした。
「それは、お前の判断か?それとも能力の方か?」
神門が尋ねる。飛鳥は力なくどっちも、と答えるだけだった。その様子を見た神門は口元に手を当てながら逡巡を巡らせ、しばらくの後、最終的な結論を出したようだった。
神門の柔らかそうな唇が開く。それを見た途端、秒刻みに高くなってゆく心臓の鼓動が全身に伝わった。これが未来を決める。極力そう考えないように努めていたが、無意識の内に全身を駆け巡るその考えを止めることはできなかった。
「私はお前を…
頼む頼む頼む頼む頼む頼む。もはや祈りと言っても過言でないその思いを口には出さず、心の奥底から連呼し続けた。
‘‘仲間にはしない”」
えっ?だとかもう一度言ってくれとは言わなかった。ちゃんと聞こえていたから。可能性としてはどちらもあった。なんだろうか、悲しみや絶望は感じていなかった。言うなれば、無。ただ空虚な感じだけが残っている。いいじゃないか別に。別に死んだ訳じゃない。ここから、じゃあなと神門達に別れを言い、そこからまた考え直せばいい。そんなポジティブとも負け惜しみとも区別がつかない思いが浮かび上がってきた。
「だが、近くの自治区までお前を連れて行くという話。あれは呑んでやろう」
うなだれていた首を超スピードで持ち上げて声を発した本人を、神門を見つめる。
「なんだそのえ?マジで?といったような間抜け面は。別にお前の情に流された訳ではない。私がきっちりと審査してだな…
「マジでか⁉︎ありがとう‼︎サンキューベリーマッチョ‼︎」
さっきまでのシリアスな雰囲気から勢いよく脱皮するかのごとく抜け出し、神門の両手をがっしりとホールドしたまま上下にブンブンと振りまくる。あまりに素早い身の移り変わり様からかひっ、と神門が仰け反っている気がするが、多分気のせいだろう。
「分かった、分かったから!とにかく離れろ!離れろと言っているだろうがこのバカ者が‼︎」
俺が振り振りシェイクしていた手を神門は力づくで解き、本日二度目の強烈な右ストレートを繰り出した。
ベキッ
ちょっとヤバそうな音を上げて神門の右の拳が俺の顎にクリティカルヒットする。もう何度目か分からないが視界がまた暗くなっていった。だが、今回は何だか痛みを感じたりはせず、喜びを素直に感じたまま大自然へと倒れ込んだ。
どうも皆さんノンです!
今回投稿しました分プラスあと1部で第1章完結の予定です。全5章くらいでやろうと思っているのでまだまだ導入部分ですが是非読んで頂きたいです。
さて、次回についてですが、次回ついに世界が滅びた理由が明らかになります。なので次回も読んで頂ければ幸いです。