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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

税理士の街(アホ税理士)

作者: monta

 税理士、それは究極の身体を持つ神のごとき人間。それゆえに人々は、彼らの肉体をこう呼ぶ。


 神体しんたいと――。



 ●



「昨夜、ネオウラワシティの路上で税理士の真田治さん四十二歳が殺害されているのが発見されました。真田さんは強化神体手術を受けた人工税理士で、付近でも有名な実力者であると言われており――」

 無音のテレビがニュースを流す。音はなくとも字幕が表示され、その場にいるものはそのニュースの内容を見て取ることが出来た。見ていれば、ではあるが。

 テレビが置かれているのはオーセンティックな雰囲気のバーだ。けっして明るいとは言い切れない照明に、しかしその光が優しく柔らかに感じる温かみのあるテーブルと椅子が映える。カウンターにはひとりの客と、二人のバーテン。深夜というより早朝に近いこの時間、このバーは暇なようだった。

 店内をムーディなジャズが流れていく。

「ジャック、あんたも税理士なんだろう?」

 バーテンのひとりが客に問いかけた。含み笑うような顔は小皺が刻まれ、くせっ毛の白髪とよく似合う。

「税理士なんて、ヤクザな商売さ」

 店の中だというのにシェード状のサングラスを外すこともない客、ジャックが答える。

 税理士は国に認められた職業だ。ジャックの几帳面とも言えるスーツの着こなしを見てもそれは分かる。ただし、この街では違う。

 税理士という職業に求められるそれは、確かに納税の相談などである。ただ、この街では違法な相談が多い。つまり、税を免れる方法はないかというのだ。普通ならばこれに答える税理士はいない。だが、この街は普通ではなかった。それだけだ。たったそれだけのことで、税理士は神のごとき肉体を持つようになり、闘争に明け暮れるのだ。

「大方自分の不手際さ」

 ジャックは言う。既にニュースが終わって次の番組が始まったテレビに向けて。

「ジャック、あんたも不手際は起こすなよ」

 バーテンが言った。その言葉は心配しているようで、しかし目の前でバーボンソーダを飲み続けるジャックに呆れているようでもあった。

 と、風が吹いた。いや、吹いたという生易しいものではない。爆発のようなそれは店のドアを吹き飛ばし、周りの壁を少々吹き飛ばしながら吹いた風だ。

「探したぜぇ、ジャーック!」

 やや間延びしたような叫び。吹き飛んだドアのあった場所に、ひとりのスーツ姿。だが、この男は税理士ではなかった。

「鮫芝組の若頭か」

 何事もなかったかのように振り向いたジャック。しかし、次の瞬間には席を立ち、上着を脱ぎ捨てている。

「へ、ジャーック、上着を脱ぎ捨てるとは、死を覚悟したかぁ?」

 税理士はその超人的肉体そのものが武器だ。それを包む上着とは刀の鞘のようなものであり、その扱いにおいて様々な意味を作る。上着を脱ぎ捨てるとは、鞘を投げ放ち、戻ることを捨てたことを意味するに等しい。

「私は常に死を覚悟して行動しているだけだ。それよりも若頭、どうせ先日の納税の件だろう?」

 ジャックは問う。その目線はまさに上からであり、完全に相手を見下している。

「けっ。お前のぬるい仕事のせいでうちの組は査察が入って大賑わいだ。てめえを殺してチャラとさせてもらうぜぇ」

「あの税務署、まだ痛めつけが足りなかったか」

 ジャックは自らの不手際を省みて思う。税務署の窓口係、半殺しではなく全殺しにすべきだったと。

「とにかくてめえはここで、全殺しだぁ!」

 若頭が叫ぶと同時にその服が弾けた。服の下から現れた無数の触手状のワイヤがジャックに飛び掛る。四方から放たれた極太ワイヤは避けようもなく、ジャックの四肢を絡め取った。

「あんたサイボーグだったのかい」

 動きを封じられつつも、ジャックは静かに返す。

「お前ら税理士相手に、生身じゃ体がもたねえよぅ!」

 若頭の胸に機関砲の銃口が生えた。

「あばよ!」

 言葉とともに機関砲が鉛の弾を吐き出す。無限にも見えるその弾丸は全てジャックに着弾。しかし、赤い色が宙を舞うことはない。

「なんだと!?」

 若頭が驚くのもつかの間、ワイヤを電流が走った。あまりの痛みにワイヤが緩む。

「税理士の神体をなめてもらっては困る」

 ジャックは歩き出す。緩んだワイヤを振り払い、電流で痺れた若頭に向かってゆっくりと。

「第一、私の神体は強化手術程度で手にできるようなものではない」

 ジャックの神体は外部からの強化手術で手に入るような出来合いではない。自らが鍛えた本物の神体――。

「てめえ、まさか、”本物の神体トゥルーゴッド”……」

 若頭の声を無視し、その頭に手をかける。

「私はまがい物ではないのだ」

 ジャックの手に、電流が走り始める。

「トゥルー・ジャック――!!」

 その名を呼ぶ声を最後に、若頭の意識は切れた。

「迷惑をかけたな」

 若頭から手を離すと同時に、振り返ってバーテンに言う。

「慣れてるよ」

 そう言うバーテンはそれ以上をいわず、右手を上向きに差し出す。店の弁償の催促だ。確かに慣れている。

「話が早くて助かるがね」

 そう言うと、ジャックはバーテンの手に尻ポケットから出したマイクロチップを乗せる。こういうときのために用意してある電子小切手だ。

「言い値でかまわない」

 言うなり身を翻す。上着を拾うと外に向かう。

「やりにくのかい」

 バーテンの言葉に、一言だけ答える。

「仕事は完璧でなくてはな」

 夜の街に歩き出す。ターゲットに向かって。

 ジャックは上着を着ることはしなかった。まだこの神体を使わなくてはならない。その覚悟だ。

「仕事熱心でまいるねまったく」

 マスターの言葉が、背後で夜に溶けた。



 ●



 後日、税務署の職員が自宅で倒れているのが見つかる。死にはしていないが、日常生活を送ることが困難な怪我をしていたという。

 ここはネオウラワシティ。正しいものは常に強いものであるという街だ――。



END

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