たいむましーん。
天気のいい日、僕は学習机に向かう。まだまだ真新しい教科書の隣には先ほどリビングから拝借してきたお菓子とジュース。それらは、つい先ほど母親に勉強するから、と頼み込んで得た物だった。
僕は肩肘をつきながら、ゆっくりと教科書を開く。
……。
…………。
………………。
5分で飽きた。やはり、慣れないことはやるもんじゃない。
片手でポテトチップスをつまみつつ、去年誕生日のプレゼントとして買ってもらった小型ゲーム機を取り出そうと、胸の位置にある引き出しの取っ手を引っ張った。
――サー。
「…」
――パタン。
開いて、閉める。
何か変なものが見えた気がする。激しく波打つ鼓動を取っ手から離した手で押さえつつ、もう片方の手に持たれているポテチをいったん戻した。そして、開いた手でグラスになみなみ注がれていたコカコーラを一気に飲み干す。
「げほっ、ごほっ」
炭酸の一気飲み、よくない。それはまたアルコールも然り。
僕は2、3度むせ返りながら、子供の好奇心という長所であり短所の力を大いに振るおうと、もう一度、今度は勢いよく引き出しを引っ張った。
「こんばんは」
そう挨拶してきた彼はにこりと微笑んだ。
怯えと驚愕と、やはり好奇心の混じった声を使って僕は彼に問う。
「……誰?」
「俺? 未来のお前」
は、何言ってんの? 未来の僕? ていうか、生首みたいで怖いんだけど。それに、存在自体が意味不明。
胸の中で色んな思いが入り交ざる。
けど、何故か、どうしてか一番感じたことは彼が初めにこんばんは、と言ったことだった。……まだ、昼ですが?
――ぽりぽりぱりぱり、ぱりぽりぽりぱり。
「あー、美味いな、ほんと。こんな美味いもん食ったの何年ぶりだろ」
美味い、美味いと何度も口に出しながら僕のおやつであるポテチを貪っている自称、未来の僕である彼。
そして、僕と言えば呆然とそんな彼の様子を眺めながら、ある言葉を何度も何度も何度も、心中で呟いていた。
信じられない、信じられない、信じられない……信じたく、ない。
もし彼が成金の様な格好をしていたら信じていたかもしれない。もし彼が人並みのお洒落をしていたら信じていたかもしれない。もし彼が。
if、if、if。
「あんた、誰」
「だから未来からやってきたお前だって。正確には15年と54日後のな」
容貌からぱっと見て40代過ぎにも見えるおっさんは胸を張ってそう言い切った。
伸びたヒゲ面。垢のこびり付いた汚い顔。極めつけは異臭の放つぼろ服。どう見てもホームレス、いや、浮浪者だった。
「どうやって」
「タイムマシーン」
それ、何てアニメ?
ビシッとかっこよく、いや、実際はその汚い格好からその単語を使うのも忍びないが、とにかくかっこよく浮浪者は引き出しを指差した。
思わず某有名ネコ型ロボットが出てくるアニメか! とも突っ込みを入れたくなったが、僕は理性という猿と人との大きな違いを利用し、必死に押さえる。
「……オーケーオーケー、よく分かりました。貴方、頭の可哀そうな人ですね? 別に外でやる分には全然、全く、これっぽっちも文句なんて言いませんので……今すぐ家から、出て行け」
さめていると時々友達から言われてしまう僕だって、普段はこんなこと言わないと思う。
「俺は小3のときまで指を吸っていた。俺は小5のとき学校の帰り急に犬にほえられ、ちょっとちびってしまった。俺は――」
「信じる! 信じるからやめろ!」
「なんだまだまだあるのに。けど、俺も結構恥ずかしいんだぞ? 羞恥プレイでもあるまいし」
頬を染めて、頭を2度掻く未来の僕。気持ち悪いし汚い。そして悲しい。
一体僕に何が起ってしまったのだろうか。今の僕は、何に対しても無気力な駄目人間ではあるが――ここまでではないと思う。
「で、何しに来たの? わざわざ未来から」
「知りたい?」
……むかつく。
けど、もしかしたら将来俺みたいになるな、とでも言いに来てくれたのかもしれない。ありがとう、それなら大感謝だ。
「しょうがないな、教えてやろう。金、ないからさ。養ってもらおうかと思って。過去の俺に」
彼は満面の笑みでそう言った。
同時に、最後の一切れ、ラストオブポテチを口に運ぶ。
――パク。カリ。ゴクン。
もう無いの? と視線だけで告げる彼に応じて、僕はさっと床から立ち上がった。
「探してくるよお菓子。お母さんに頼んだら、まだくれるかもしれない」
「おお、悪いな過去の俺」
「いいってもんさ、未来の僕。ほら、漫画でも読んで待ってて?」
にっこりと微笑みつつ本棚まで行って1冊だけ漫画本を引き出し彼に渡す僕。
それを大仰しく喜んで受け取る彼。
本当に、僕と同じで漫画を読むと周りが見えなくなるほど集中しだすんだなぁ。しょうがない、信じてやるよ、未来の僕。でもな。
ゆっくりとした足取りで、本棚の隣に立てかけてあるソレを手に取る。
僕は、楽しそうに漫画を読みふけっている彼の背後に回りこみ、ソレを大きく振りかぶった。
――ゴッ。
本当に、いい音がしたと思う。ちょっと快感。死んでは、ないな、よし。まだこの年で犯罪者にはなりたくない。
彼はゆっくりと今まで座っていた勉強机の椅子から転げ落ちた。
「さよなら、仮初めの未来」
僕は彼の脇に両手を差し込み、引っ張って引き出しに無理やり詰め込んだ。引き出しを、閉める。
それから十数秒後、もう一度引き出しを開けると、中には当初の目的だった小型ゲーム機とちょっとした小物。いわゆる普通の引き出しに戻っていた。
今から思うと一瞬夢だったのだろうか、と思ってしまう。けれど、きっと違うだろう。僕の足元には少しだけ血のついた木製のバットが転がっていたのだから。
******
「いってー、くそ! 過去の俺めっ」
俺は頭の鈍痛に唸りながら過去の自分に毒づく。
――びりびりびりびり。
そして、さっと長く汚らしい付け髭を剥ぎ取った。
「全く、本当にこれで良かったの? あなた。もしかしたら昔のあなた、ぐれちゃうかもしれないわよ」
俺は、そう溜息をつきつつ頭に包帯を巻きつけてくれている妻を見る。
「いいんだよ、これで。俺もそうやって今の俺になれたんだからさ」
お礼代わり、彼女の桃色の唇に甘い口付けを落とすと、彼女は頬を少しだけ染めた。
「あなたったら……もう。……けど、あなたが無事で良かったわ。本当に、心配したんだから」
ほっと彼女は安堵の息をつく。そして拗ねるように、ねだるように、濡れそぼった瞳で近づいてくる彼女に俺は――。
「博士! 無事帰っていらっしゃったのですか!? 時空移動初号機の試運転、どうでし…あ、あ…も、申し訳ありません!!」
突然の信頼できる助手からの声で、彼女はぱっと俺から離れた。ぺこぺこと彼は俺たちに頭を下げている。
「……成功だよ。後でちゃんと一から話してやるから……今はゆっくりさせろ」
「は、はい!」
よく出来た助手だ、とは日頃から思っているが今だけはいただけない。意地悪にジト目を送ってやるとすぐに俺専用の研究室から出て行く。
「あなた……」
再び、少しずつ、じんわりと近づいていく彼女と俺。
俺がもしも過去へ行かなかったとしたら、今の自分はどうなっていたのだろう。平凡な一般人として生きていたのだろうか。それとも、どんどん落ちぶれていって本当の浮浪者になっていたのだろうか。それは…きっと誰にも分からない。
けど。
俺は眼前で目を瞑る彼女を見る。
けれど、俺はこの人生を歩んだからこそここにいる。俺は、この人生を歩めたからこそ、彼女に出会えたんだ。
俺は愛しい彼女との、長く深い口付けを交わした。
Fin.
これ何て○○?
↑最近流行ってますよね。この台詞。
なんていうか、これを書きたいがために連載そっちのけで書いてしまった短編です。
それと、主人公の名前はの○太くんではないです。たぶん、きっと。