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赤い薔薇
さあ朝のミサと講話の時間です。
朝日が昇る前から祈りの舞と詔。枢機卿の一番分かりやすい役目です。
女神ラーナ様は天空の赤い星を象徴する炎と光、太陽の女神。神界の女王でもある。
ここは、宗教弾圧から逃げてきた帝国(と呼ばれる国)の難民と宗教関係者を乗せた一隻の世代宇宙船(超光速機関を持たない移民船)が数世代の航海の末、辿り着いた星である。
いつか彼の星に戻り再びその威光を取り戻すことを祈願しこの星系の太陽を崇める。
しかし今天空には破滅と死をまき散らす存在がある。この時期は太陽のあとに現れる、天空の赤い薔薇。
入植当時から崩壊寸前の赤色超巨星から発せられるEMP(電磁パルス)により航行装置が異常を起こしこれ以上の航海が出来なくなったのもそうだが、地上に降りたあとでも電子機器の殆どが使えなくなり、科学技術は衰退し、生活にも支障が出た。
それから数百年、この星での生存の負担を軽減させつつ人々は日々を暮らす。
そのうち身体的にも変化が起こり、皮膚が透き通るような白から青く輝くなめらかで丈夫な物に変わり、髪の毛も金色で繊細な物から太く濃い緑色、瞳は紫から黄色に。全てはここで生きていくための進化である。
この数年は薔薇の花ビラがこぼれ落ちるようにくだんの星に生じたこぶ状の表層部が千切れて飛び散り、隣の星系であるこの地にも降り注いでくるようになった。
そのたびに強力なEMPや放射線が降り注ぎ、赤道近くにまでオーロラや花びらの残滓が飛び去るのがみられる。
もはや超新星爆発がいつ起きてもおかしくなく、すでに自転軸すら特定できなくなってきました。
このままでは爆発に巻き込まれたりγ線バーストの直撃もありえます。
数世代前からシェルターの準備もして対応しようとしますが効果のほどは疑問視され、また全ての人を収容できるわけもなく、物資の蓄えも満足に出来ずにいました。
かといって何の努力もせずその日を迎えるのはただの自暴自棄であり我が神の最も嫌うところである。
十年前最初の花ビラが太陽障壁(太陽の磁気圏によるシールド)に到達した。
凄まじい磁気嵐と放射線の雨の中、少なからず犠牲を出すも何とかやり過ごしたが、一部の民が絶望により暴徒と化しそれ以上の犠牲者を出す結果になる。
このときに教会関係の施設も多数焼き討ちに遭った。
御座も襲われルベルの母シーナや、私の母である教母(教皇の妻)他に避難していた政府高官や政治家、高級官僚が多数犠牲になった。
たまたま私の部屋に潜り込んでいたルベルは即座に教皇と共に奥の間に避難した。
ここでも多くの犠牲者が出た。待避壕に立てこもった暴徒は最後自爆し生存者は居なかった。
結果、各国政府の発言力は急激に弱まり、教会の勢力が増すことになった。以後のシェルター計画が一機にはかどり、物資の調達、避難準備等ほぼ計画通りに進んだ。
それでも社会を維持できる最低限の人数を長期生存させる計画である。人選は極秘。すでに条件の設定は出来ているためあとは実行部隊の仕事である。もちろん自分は除外それも秘密。もはや私の意思でも変更は出来ない。
あとは残った人々の安らぎを祈るばかりである。
ただ心残りは今現在、ルベルは除外されている事。
ただそれでも二次選抜には入ると思うので生存確率はかなり高いと思う。
今日、第三次選抜の選考が行われ最後の人選が終わる。誰が選ばれたかは実働部隊しか知らない。
明日より極秘裏に選抜メンバーをシェルターの周辺に集めて『その日』にすぐ避難できるようにする。
二次、三次に選ばれた者の一部ははこの門前町に集められることになっておりすでに受け入れが始まっている。
最後の報告を受け、私の裏の仕事は終了した。
久しぶりの落ち着いた夕食。今日はゆっくり休むつもりで早めに寝室へ、そして全ての使用人にも休憩を取らせる。むろん通常の警備体制は維持しておく。
寝ようとベットに横になったところでドアが開く気配とおずおずとした声が掛けられる。
「おじさま、もうおやすみですか?」
「珍しいないつもならシーツの中に問答無用で潜り込んでくるのに。」
「もう諦めます。ご無理は言いません。ただせめて今宵は一緒に寝ていただけませんか?昔のように隣にいて頭を撫でていただければもう思い残すことはありません。ダメですか?」
どこからか取り出した枕で口元を隠しつつ不安げにこちらを伺う。
「はぁ、今日だけですよ、ルベル。さあいらっしゃい。」
よほど疲れていたのか、安心したのか腕枕の元すぐに寝息を立てるルベル。
「________。」
死にゆく私なぞ相手にせず相応しい方を見付けて結ばれればそれで良い。
この子は未来を掴まなければいけないのに私が邪魔をすることは出来ない。
ただの言い訳でしか無いかもしれないが、そう思わなければ私がルベルを壊してしまうだろう。
大切なこの子を誰の物にもしないように。
ああ、やはり私はこの子を愛している。
娘としてでは無く一人の女性として。
こうしているのがどれほど安らぎ、満ち足りているか。それと同時にきつく抱きしめ、思いのままに蹂躙したいと思う自分が居る。
だがそれをしてはルベルを手放せなくなる。
『あの日』が来ればいやでも離れなければならない。彼女を苦しめることは出来ない。
いや、それはうぬぼれだな。ルベルが私のことでどれほど苦しんでくれるかなど私の思い上がりでしか無い。
だからこそ私は忙しい父親の代役の”おじさま”でなくてはならない。それ以上であってはならないのだ。
少しからだが熱いかな?
時折咳き込んでは私の胸元にしがみついてくる。風邪でも引いたか?
いつも元気なルベルにしては珍しい。せめて朝までは抱いて暖めてあげよう。もうこれで最後になるかもしれないのだから。
そのうちに私もゆっくりと眠りに落ちた。その時嗅ぎ慣れた、それでも日頃嗅ぐことの無い臭いが漂うのを感じながら・・・
それは血の臭いだった。




