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日本語異界録

作者: とうゆき

 自分が「この世界」にやって来て早一月。

 身の回りも落ち着いてきたのでこれまでの事を纏めてみようと思う。


 自分の名前は黒田隆治。十七歳。高校生。

 下校途中、いきなり意識が途絶えたかと思うと石に囲まれた謎の場所(遺跡)にいた。

 状況が掴めず動揺していた自分は遺跡を調査に来た調査団に保護され、自分の置かれた状況を把握する事が出来た。(あの時の自分が真にどれ程度理解していたかは疑問だが)


 異世界に飛ばされた。

 実際に体験してさえ信じられない荒唐無稽な事実だったが、日本人には見えない彼等の事や日本のテレビ局が民間人にどっきりを仕掛ける訳がない事、携帯で時間を確認すると学校を出てから三十分程度しか経っていないのに昼間だった事、他にも様々な状況証拠から認めざるを得なかった。




 異世界にいる事は分かったが、だからといって知人もおらず着の身着のままの自分にはどうする事も出来ない。

 やむなく宛てがない事を説明すると調査団の人々は快く自分を受け入れ、お世話になる事が出来た。


 その過程で彼等が調査しているものについて教えてもらった。


 ヤフィーナ人。

 各地にその痕跡を残しながら実態がようと知れぬ謎の民族

 戦争が起きたり病が流行ったような形跡はないのにある時期を境に忽然と姿を消してしまったらしい。

 それだけなら歴史のロマンとして一部の人間の想像を掻き立てるだけだっただろうが、現実はそうならなかった。


 どうやらこの民族、かなり進んだ文明を持っていたようなのだ。

 この世界にもネジや歯車があるが、それは遺跡から発見された物を再現した結果らしい。

 またある国では発掘された遺物のせいで砦が一つ崩壊したという。これはあくまで噂だが。


 このような背景があり各国は遺跡調査に熱心だったのだが、一つの問題があった。


 ヤフィーナ語。

 ヤフィーナ人が使っていた言語であり、発掘される遺物の多くに文字が記されていた。

 これの解読に成功した暁には世界のバランスが一変するのではないかと各国は知識人を囲って研究を行っているが、ヤフィーナ語の文字にはかなりの種類があり、規則性を見い出せず解読がなかなか進まない。


 そして自分は発掘された「謎の金属プレート」を見せてもらった。

 調査団の学者達は向きを変えたり振り回したりしつつも、何が書かれているか分からないとお手上げ状態だったが……


『当店はこの先十分。駐車場完備』


 店の看板だった。

 そう、問題のヤフィーナ語は日本語だったのだ。


 イザナギとオルフェウスの話が似ているとか洪水の伝承が世界各地にあるとかいうレベルではない一致っぷりだった。

 当然疑問に思ったものの、飯の種になるのだから文句どころか絶賛したい。ありがとう、ヤフィーナ人。

 もしかしたら形が同じだけで意味が違うというオチがあるかもしれないが、そんな事は知らない。


 それからは急展開だった。

 ヤフィーナ語が読めると判明するとすぐさま王都に連れていかれ、国王と対面する事になった。

 周囲を武装した厳つい兵士に囲まれ、あの時ほど精神をすり減らした事はない。


 王はまだ若く、気さくに挨拶されたが、自分の返答は声が裏返っていた上に途中で噛んでしまった。

 恥ずかしさに悶える自分を見て取った王は「手短に終わらせよう」と言い、縦横三十センチ程のプレートを渡してきた。


 実はこの国には以前、ミューラー・シュゲールなる高名なヤフィーナ語の学者がいたらしい。

 彼は流行病で亡くなったのだが、亡くなる前に王の依頼でこのプレートを作ったという。試金石として。


 プレートには模様が彫り込まれていた。

 狼に似た生き物が吠える様が描かれ、その下では二本の剣がクロスしている。

 植物の蔦で縁取られ、無数の宝石の粒が散りばめられたそれは一見しただけで高価なものだと分かる。

 そしてプレートの下部には金の染料で文字が書かれていたのだが……


「あの、これ……」

「虚偽は許さん。何が書かれているか言ってみろ」

「いや、しかし、その……」

「……」


 無言ながらも有無を言わせぬ威圧感を放つ王に自分は屈した。


「……便所はここから先一分。漏らさないよう注意。聞いた話では陛下はなかなかおねしょが治らなかったんだって」


 下品で不敬な発言に周囲の兵士が殺気立ったのが肌で感じられた。

 王が制止させなければ首が飛んでいたかもしれない。

 鬼気迫る兵士達とは対照的に王は何が面白いのか口元を押さえて笑い、合格だと告げた。


 まあ、判別方法としては有効だろう。

 知識がない人間が当てずっぽうで答えようとしてもまず正解しないだろうから。


 そんな一件を経て自分は王直属の学者として雇われ、王都内に研究室を与えられて今に至る。


 ちなみに、自分も頼まれたのでカレーの作り方を書いておいた。

 この世界にも似た料理はあるらしいのだが、食材の固有名詞が違うし大丈夫だろう。








 こんな話を聞いた事がある。

 情報を記録する手段は石板から紙、紙から電子へと変化していったが、遥か未来に残るのは石版であると。

 なるほどなーと思う反面、ある疑問も浮かんできた。それは……


「クロード!」


 思考は呼び声に遮られた。

 今日も今日とて研究室には数人の兵士が慎重な手付きで遺物を運びこんでくる。

 自分を呼んだのはそのうちの一人だった。


 余談になるが、自分の名前は黒田隆治なのだが、発音しにくいのかこの世界の住人にはクロード・ルージュと呼ばれている。


「何だよ、ジャン」


 ジャンとは頻繁に顔を合わせているうちに仲良くなった。

 明るく、ちょっとお馬鹿なところもあるが憎めない男だ。


「これを見てくれよ!」


 嬉しそうに見せるのは十センチ程の石像。

 恐らく女性で、右手を上に上げ、左足も真横の高さまで上げている。


「これはきっとヤフィーナ人に伝わる儀式のポーズに違いない」

「ふーん」


 腹の部分には文字がある。どれどれ。


『授知院 芸術コース 自由課題』

(美術の課題か)


 授知院というのは教育機関だろう。こういう時に表語文字は便利だ。

 しかし、自由課題というならジャンが言うような祭事的な意味はないだろう。普通のポーズが味気ないので何となくやってみた、程度だろうか。

 これで高校生の時に提唱した「論議を呼ぶような奇異な形の縄文土器に呪術や政治的な意味はなく、ただの縄文人のお遊び」説に説得力が出てしまった。


「どうだ!?」

「……詳しく調べないと何とも……」


 目を輝かせるジャンに真相を告げるのは躊躇われたので曖昧に誤魔化しておく。


(けど、これはちょうどさっき考えていた事だな)


 ヤフィーナ人が現代日本と同等の科学技術を持っていたとして、石版に重要な情報を記す事はまずないだろう。

 変な文化や風習があった場合は別だが。


「困るよなー」

「どうした?」

「いや、また上の人らにぐちぐち言われそうだと思って」

「お前、何だか嫌われてるもんな」


 兵士や街の人達とは友好的な関係が築けていると思うが、お偉方との関係はいまいちだ。

 解読は止めて教育に専念してほしいという要求を突っぱねてしまったし。

 王は「自分の利益を守ろうとするのは当然の事」と笑って言っていたが、大臣達からの視線は厳しい。


 聞いた、というかジャンが漏らした話によれば発掘された遺物は事前に検分され、重要だと判断されたものについては自国の学者に調べさせているらしい。

 それについては特に反感はない。仕事が増えるのは嫌だし、それこそ利益を守ろうとするのは当然の事だから。


 打算で結ばれた関係だが、それはそれで気楽だ。

 むしろ一国の首脳陣と気の置けない関係になったら神経衰弱で倒れそうだ。


 我が身の将来が不安になる事もあるが、それは悩んでも仕方ない。危機感がないと思われるかもしれないが、碌に社会経験もない高校生があれこれ考えた所で事態が良い方向に向かうとは思えない。思考停止するという訳ではないが、下手に考えすぎてストレスを溜めるよりはマシだ。

 国は自分の研究成果から解読方法を体系化しようとしているらしいがまだ時間がかかるだろう。

 一方自分が受け取る仕事の報酬は膨大。衣食住は王宮で面倒を見てもらっているし、お払箱になる頃には十分な貯えがあるだろうと楽観的な見通しをしている。


(あの調子じゃあーなぁ)


 以前、中々成果が出ず、焦ったとある学者に遺物の一つを見せてもらった事があるが、それは子供の絵描き帳だった。

 思いっきり脱力したが、この世界の人間には蛍光ペンが貴重品に見えるのかもしれない。

 そして彼等は重大な勘違いしている節があった。

 まあ、ヤフィーナ語が日本語だという前提知識がなければ子供の変な絵も文字に見えてしまうかもしれない。

 その事を指摘すると彼はがっくりと肩を落として帰って行った。







『少量なら大丈夫だが、多量の水を摂取するとしばらく下痢が止まらないので注意。ゆっくり慣らしていく事』


 夕方。ベッドに寝転がりながら手帳を捲る。

 これは先日、王から渡された物で、ミューラー・シュゲールの手記だったという。


 皮革製のカバーの隅には自分もよく知る企業のロゴがあった。

 手記を見る限り、ミューラー・シュゲールも自分と同じ境遇だったようだ。つまり、地球から来た日本人。

 調査団の面々の対応や王との面会がやけにスムーズだったのは前例があったからだと今更ながら納得。


 手記には日本人しか読めないのをいい事に好き勝手書かれていた。

 偉そうにしている大臣が家では奥さんの尻に敷かれているとか、我が儘で有名な貴族の娘が何もない所で転んだとか。

 笑いながら次々に読んでいたが、不意にあるページで手が止まる。


『もし同郷の人間が現れたらこれを渡すように頼んでおいたが、果たして上手くいっただろうか。

上手くいったと過程して話を進める。

君は現状に戸惑い、あるいは苛立っているだろう。

周囲も君を理解し、フォロー出来ているかは分からない。むしろ君と敵対している人間もいる事だろう。

だから僕が知り得る有益な情報を記しておく事にする。ヤフィーナ語に関して彼等が君にまだ教えていない事もあると思う。


ただ、分かってほしいのは君と敵対している人間であっても個人としては善良な人間が多いという事だ。好きで敵を作る人間はいない。

(まあ、本当に悪意に満ちた人間も中にはいるので頑張って見極めてほしい)


そして不躾なお願いだろうが、もし地球に帰る機会が訪れたなら家族に遺品を渡してほしい。三浦茂』


 その後には住所が記されていた。東京在住だったようだ。


「……」


 手記をベッド脇のテーブルに置き、思案に耽る。

 三浦茂は故郷に帰る事なく生涯を終えた。思い残す事も多かったに違いない。

 自分はどうなるのだろう。ここは日本とは違う。些細な判断ミスから無様な死を迎える可能性もないとは言えない。




「なーんてな!」


 これからどうなるのか、そんな事は分からない。それでも一度っきりの人生。好きなように生きるだけだ。

 悔いのない人生を送ろうとは思わない。そんな事を意識した時点で楽しさが薄れる。


「とりあえず夕飯に何を食うか考えるか」


 王都だけあって安くて美味しい料理店が多い。同じ悩むならこういう事に意識を割いた方がよっぽど有意義だ。

 一人では味気ないしジャンや他の知人も誘おう。たまには学者連中を呼ぶのも良い。

 あれこれ考えつつベッドから起きて外に向かう。

ふと思いついたネタを軸に没ネタを一部ぶち込んでみた。

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[一言] 日本語の解析はかなり大変だろうな。 漢字なんか音訓あるし・・・^^;
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