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 1週間後、私はタチキ印刷に入社した。

「よし、今日は俺の奢りだ。大きなプロジェクト前に一杯やろう!」

 入社してから2週間後、部長がそう言って社員を呑みに誘った。数十人ほどの人数が集まり、私はこの2週間でかなり仲良くなった同僚や先輩たちと和気あいあいと呑んだ。酒が入るにつれ、饒舌になる部長は私の肩を掴み、豪快に笑った。

 これくらいのセクハラ、日常茶飯事なので、私はいつも通り適当に笑いながら部長から離れた。

 この2週間、残業もこなして、私はすっかり部長に気に入られていた。

「いやあ。本当君、頑張るよね~。辞退した子、可愛かったけど、根性なさそうだったから、丁度よかったかもしれない」

 部長は酒の入ったコップの中身がこぼれるのではないかと心配するくらい、振り回してそう言った。その言葉に周りにいた人事の人の顔が少し引きつったような気がした。

 辞退した子、可愛い子。

 人事の人の様子も垣間見て、私は嫌な予感がした。

「…もしかして、その辞退した人って私と同じ大学の荒田カオリじゃないですか?」

「ああ、そうだったかもね。まあ、いいじゃないか。君は優秀だし、私は君が入社してくれて嬉しいよ」

 部長は曖昧に笑うとそう言った。


 やっぱりカオリ。

 なんでもいつもカオリ?


 私は笑いながらも心は穏やかじゃなかった。


「なんで電話に出ないんだよ!」

 翌日、仕事から戻ると、アパートの下にタカシが待っていた。

「別に。話すこともないでしょ」

 私はタカシを無視して、アパートの階段を昇る。

「あの時、俺はカオリの相談にのってたんだ。アキラの奴が浮気したとかで」

「ふうん。じゃあ、丁度よかったんじゃないの。これでカオリとうまく付き合えたんでしょ?」

 私はタカシの顔を見ようともせず、鞄の中にある鍵を探す。

「俺とカオリはそんなんじゃない。ただ相談にのっただけだ」

 嘘ばっかり。

 信じられるわけがない。

 私は鍵を見つけると、鍵穴に鍵を差し込む。

「キヨミ!話を聞け!」

 タカシは階段を勢いよく昇ってくると、ドアを開け部屋の中に入ろうとする私の腕を掴む。

「放してよ!」

「放さない!俺の話を聞くまで放さない!」


「うるさいぞ、痴話喧嘩ならここでするな!」

 階下に住む男の人からそう怒鳴り声がして、私達は口を噤んだ。

「…話を聞いてほしい」

 タカシはじっと私を見ると、静かにそう言った

「…わかったわ。入って」

 私はドアを大きく開くと、タカシを部屋の中に入れた。


「はい、麦茶」

 私は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐと、タカシの目の前に置いた。タカシは付き合っていたころに、そうしていたように、緑色のクッションを背に座っていた。

「私、疲れてるんだ。用件はなに?」

「俺達、また付き合えないか?」

「……冗談。カオリのことを好きな奴となんて付き合えるわけないでしょ」

「だから、それは誤解だ!」

「…信じられるわけないでしょ!」

 私はタカシの真摯な目を避けると、そっぽと向いて答えた。

 付き合って、また痛い目を見るのはごめんだった。

「……わかった。邪魔して悪かったな」

 タカシは抑揚のない声で言うと立ち上がった。そして玄関に向かって歩いて行く。

「!」

 思わず呼び止めそうになる私がいた。でも私は息を吸って、ぎゅっと拳を握ってその気持ちを押しとどめた。

 ここで付き合ったら、また同じだ。

「じゃあ、もう電話することもないから」

 タカシが玄関で一度振り向き、少し怒ったような顔でそう言うとドアを開け、出ていった。

 ドアが静かに閉まる音がした。

 まだ明るいと思っていた部屋が急に暗くなったような気がした。



「南さん、電話よ」

 机の上にある電話の受話器を取ると、そう声がした。そして一瞬間が空いて、小さな震えた声が聞こえた。

「キヨミ?」

「……カオリ…」

 私は眩暈がした。カオリのことも、タカシのことも、全て忘れたかった。

「話があるんだ。お願い。一度でいいから会って」

「…わかったわ」

 私は目を閉じて、ため息をついた後、そう答えた。



 待ち合わせのカフェにいたカオリはまた痩せた気がした。

 私は胸がきゅっと痛くなる気がした。

「ごめん」

 カオリが最初に発した言葉がそれだった。

「用はなんなの?」

 私は冷たくそう聞いた。用を聞いてさっさと別れたかった。壊れそうなくらい小さくなったカオリの側にいたくなかった。

「タカシくんのこと、誤解だから。あのちょっと相談にのってもらっただけだから。本当にごめん」

 カオリはそう言って頭を下げた。

「……いいよ。もうタカシとは終わったから。私はもうあんたのせいで色々悩むのは嫌なの。タカシが好きなら付き合えばいいでしょ?あいつなら優しいでしょ?」

「キヨミ、だから違うの!」

「…もう、いいの。何も聞きたくない。私に構わないで」

 私は一方的にそう言うと席を立った。


「キヨミ!」

 横断歩道で待っていると後ろからカオリの声が聞こえた。

 私は車が来ないのを見ると、赤信号なのに走って渡った。

 

 キキッ!!

 歩道を渡り切ると車が急ブレーキをかけ止まる音がした。

 振り返ると歩道に倒れてるカオリとその前で止まっている車が見えた。


「カオリ!」

 なんで!なんで追いかけて来るのよ。

 私は泣きそうになりながら、カオリのいる場所に走った。

「キヨミ?」

 そう目を開いて自分を見るカオリを見て、私は自分がほっとするのがわかった。

「なんで追いかけて来るよ!」

「ごめん」

 カオリは私の怒鳴り声に小さく謝った。


 カオリを轢きそうになった運転手が念のためとカオリを病院に連れていった。

 検査をし、異常がないことがわかった。

「すみませんでした」

「今度から気をつけてくれよ」

 運転手の人は病院の支払いをすべて済ませた後、そう言って病院を後にした。

「キヨミ、ごめん」

 車が病院を離れるのを見ながら、私の横でカオリがそうつぶやいた。


 車に魅かれたかと思った。

 死んでしまったかと思った。


 生きててよかった。


 私はカオリが無事だったことにほっとした。


「本当…なんで、追いかけてくるのかな。赤信号だし、危ないのに。でもあんたが死ななくてよかった」

 私がそう言うとカオリは顔を上げて笑った。

 それは久々に見たカオリの笑顔だった。


 やっぱりカオリを嫌いになることはできない。

 その笑顔をみてそう思った。


 それから私達は久々に一緒に遊んだ。居酒屋に行った後、カラオケで朝まで歌い続けた。


 アキラのことから始まったこと。

 今だにあの痛みは心に残る。


 でもカオリはやっぱり大切な私の友達だった。


「キヨミ…?」

 それから1週間後の日曜日、カオリの隣にいる私を見て、タカシが驚くのがわかった。

「強情でごめん。これからもよろしく」

 私がそう言うとタカシが苦笑した。

「…仲直りしたんだ」

「うん」

 タカシの問いに私とカオリが同時に頷く。

 それでタカシがまた苦笑する。

 女はわからんとぼやいている呟きも聞こえた。

「じゃあ、私はここで。あとは2人で楽しんでね~」

 カオリはひらひらと手を振ると、ふいに私達に背を向けた。

「ちょっと、カオリ!?」

「カオリ?!」

「これから、私もデートなんだ。今度こそいい人だよ。今度紹介するね~」

 カオリは眩しい笑顔を私達に見せると足早に姿を消す。

「アキラとは終わったのか?」

「そうみたいね」

「じゃあさ、キヨミ。俺達もデートしようぜ」

「…うん」

 私は差し出されたタカシの手をおずおずと掴む。

 触れ合った手から暖かいタカシの気持ちを感じる。

「キヨミ~。何する?何したい?」

「映画!」

 私は間髪いれずそう答える。

 確か、新しいアクション映画が上映させていたはず…。

「映画ぁ?まじ?」

「うん」

 私がうなずくとタカシは空を仰いだ後、微笑んだ。

「じゃ、映画でいいよ。いこう」

 私達は腕を組むと映画館に向かって歩き始めた。


 春の優しい風が私達を祝福するように通り過ぎた。

 私はタカシの腕の温かみを感じながら幸せを噛みしめていた。





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