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「キヨミ。ごめん。俺、好きな人ができた。別れてほしい」
ふいに彼にそう言われ、私達の関係は終わった。
数日後、彼の相手が誰だかわかった。
「…ごめん。本当にごめん…」
電話口から鼻水をすする音、涙で掠れた声が聞こえる。
「………」
吐き気がした。
何も言えなかった。
「いい加減、仲直りしたらいいじゃん」
「あんたには関係ないでしょ」
私は向かいの席に座る、タカシを睨みつける。
彼は篠田タカシ、おせっかい好きのいい男だ。
カオリの高校の時からの友達で、大学でカオリと友達なり必然的にタカシとも友達になった。
「だいたい、あんたもカオリを取られてくやしくないの?」
「まあ、でも付き合っていたわけじゃないし。あ、ごめん」
「……別に。今日はいかないから。あんただけ行けば?」
私はそう言うと席を立った。そして、タカシに背を向ける。タカシの大げさなため息を聞こえ、私はますます苛立った。
彼アキラと別れ、アキラの新しい彼女がカオリだとわかって3カ月が経っていた。
私はあれから2人と会っていなかった。
今日もカオリと飲むとかで、タカシに誘われたけど、ごめんだと断った。
会いたくなかった。
許せなかった。
顔を見ると2人を罵る自分が分かっていた。
だいたいタカシはカオリを好きだったはずだ。
なのに彼はけろりとしている。
カオリを取られてくやしくないのかと思いたくなる。
まあ、男はそんなものなのか。
アキラだって、別れる直前までずっと優しかった。
ああ、でも最近体の関係がなかったっけ。
あの時すでに彼の心は私になかったんだ。
私の隣の可愛らしいカオリを見てたんだ。
そう思うと怒りがこみ上げてきて、私は立ち止まった。
そして深呼吸する。
忘れよう。
過去のことだ。
今はやることがある。
私は青い空の眩しさに涙が出そうになったが、目をぎゅっと閉じると
進路指導室に向かった。
就職活動はうまくいっていない。
アキラが証券会社に決まったから、私は……と思って、のんびりしてた。
馬鹿だな。私。
階段を下りて、進路指導室に入ると誰もいなかった。
新しい登録会社が増えてないか、リストを手に取る。
『タチキ印刷』
その名前が目に飛び込んできた。
タチキ?変な名前…
でも受けて見ようかな。
数週間後、私は書類審査が通り、第一面接にこぎつけた。
「カオリ…?」
「キヨミ?」
タチキ印刷に行き、廊下の椅子で待っているとカオリが顔を見せて、私は顔が引きつるのがわかった。
「キヨミ…ごめん。本当にごめん。私、許してなんて」
「…ごめん。静かにしてくれる?次、私の番だから」
カオリの言葉を遮ってそう言うと私はタチキ印刷の会社案内を広げ、カオリから顔を逸らした。視線を感じたが、どうでもよかった。
会いたくなかった。
許せるわけがない…
1週間後、不採用の電話があった。
結果は分かっていた。
面接中、カオリとアキラのことがよぎり、質問にうまく答えられなかった。
そうして数ヵ月後過ぎた。
「お前、まだ決まってないの?」
「うん、もう諦めようとおもって。実家に帰るわ。しばらくニート」
「…まったく、やる気ない奴だな。カオリは決まったみたいだぞ」
タカシの言葉に私は胸が痛くなった。
なんでここのカオリの話題ができるのよ。
「しょうがないから俺の親父の会社で働く?事務員くらい後1名雇ってもいいぜ?」
「…遠慮しとく」
私は苦笑してそう答えた。
タカシはいい奴だ。
アキラと別れてから色々構ってくれる。
でも甘えるわけにはいかなかった。
数日後。
「…え?採用ですか?」
ふいにかかってきた電話に私は驚きを隠せなかった。
それは3カ月前に受けたタチキ印刷からだった。
「決まっていた子が急に辞退しまして。もしまだ決まっていなければ…」
「ぜひ、受けさせてください!」
私は嬉しくなって電話口ではりきってそう答えた。
「乾杯!」
その翌日、私はタカシを誘って居酒屋に来ていた。
「決まってよかったな」
「うん!色々ありがとう」
私はそう言って生ビールを煽った。
「なあ、俺の気持ちに気づいていると思うけど、俺と付き合わない?」
居酒屋の帰り、アパートに帰る道をタカシと歩いていたらそう言われた。
「………うん」
私は反射的にそう答えていた。タカシはギュッと私を抱きしめるとキスをした。
そして私達は付き合い始めた。
卒業式間近、私は偶然に大学構内で会った。
「久しぶり、カオリ」
私がそう言うとカオリは驚いた顔をした後、泣きそうな顔になった。
「キヨミ…」
「…私、今タカシと付き合ってるんだ。だからもうアキラのことはいいから」
「…ごめん。本当に」
「いいよ。もう」
その日から私はカオリと仲直りした。
「…タカ…」
書店に向かって歩いていると、喫茶店の窓際でタカシを見つけた。
声をかけようとして、その向かいにカオリが座っているのを見て、振り上げた手を降ろした。
でも、カオリは私に気づき、慌てて立ち上がる。
私は反射的に背を向けると走り出した。
「キヨミ!」
そうタカシが私を呼ぶ声が聞こえた。
でも私は逃げるように走り続けた。
タカシも結局、カオリ…。
私はアパートに戻ると、服も着替えず、ベッドに横になった。
携帯電話が何度か鳴ったけど無視をした。
胸が痛かった。
結局、友達なんてそんなものかと思った。