第六章 灰燼の後の空
赤壁の炎が消えたのは、三日後だった。
長江の水面には、焼けた船の残骸が無数に浮かんでいる。
黒い煙はまだ空に残り、風が吹くたびに焦げた匂いが漂った。
だが戦いは終わっていた。
魏は北へ退いた。
蜀は山へ戻った。
呉の艦隊は静かに川を下っていく。
赤壁は、巨大な墓場のようだった。
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南岸。
呉の陣営。
菅野直――孫策は丘の上に立ち、長江を見ていた。
空は澄んでいる。
戦いのときより、ずっと高く感じた。
背後から足音が近づく。
源田実だった。
「片付けは終わった」
菅野は振り向かない。
「損害は?」
源田は短く答えた。
「艦三十」
「滑空機六」
「回収不能」
菅野は口笛を吹いた。
「思ったより残ったな」
源田は静かに言う。
「運が良かった」
しばらく沈黙が続いた。
川を見下ろす。
その水面の下には、まだ沈んだ船がある。
そして人も。
菅野がぽつりと言った。
「勝ったのか?」
源田は考えた。
しばらくして言う。
「違う」
「均衡だ」
菅野が笑う。
「参謀らしい答えだ」
その時、杉田庄一が走ってきた。
「おーい!」
甘寧の鈴が鳴る。
「滑空機、もう直りました!」
菅野が振り向く。
浜辺には竹と絹の翼が並んでいる。
真・紫電改。
堀越二郎が翼を撫でていた。
「まだ飛べる」
誇らしそうに言う。
「もっと作れる」
源田がそれを見つめた。
「航空隊を増やす」
「江東の空を支配する」
杉田が笑う。
「空軍っすね」
源田は頷く。
「そうだ」
そして静かに言った。
「戦争はもう変わった」
菅野は翼に手を置いた。
「俺たちが変えた」
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同じ頃。
北方。
魏の本営。
巨大な軍がゆっくりと移動していた。
敗走ではない。
整然とした撤退。
曹操は馬上にいた。
背後には司馬懿。
そして石井四郎。
曹操は言った。
「呉は空を使う」
司馬懿は答える。
「はい」
「航空戦力です」
曹操は笑う。
「面白い」
そして振り返った。
「ならば我々は」
石井を見る。
「人を使おう」
石井は嬉しそうに頷いた。
「研究は進んでいます」
兵士たちを指す。
狂戦士兵。
麻薬兵。
爆裂兵。
「人体は改造できます」
司馬懿が静かに付け加える。
「国家も」
地図を広げる。
魏の領土。
広大だ。
「全土を工場にします」
「戦争のための国家」
曹操はそれを見て笑った。
「いい」
「世界最大の軍を作れ」
そして北の空を見る。
「次は負けん」
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さらに西。
蜀の山。
霧が深い。
諸葛亮孔明は観星台に立っていた。
夜空に星が並んでいる。
趙雲が報告する。
「呉は航空隊を拡張しています」
孔明は頷く。
「予想通りだ」
張飛が腕を組む。
「魏はどうだ」
趙雲が言う。
「兵が増えている」
「異常な速度で」
孔明は星を見上げた。
「技術」
「人体」
羽扇を振る。
「ならば蜀は」
地図を広げる。
そこには複雑な線が描かれている。
陣形。
補給路。
情報網。
「戦術だ」
張飛が笑う。
「頭脳戦か」
孔明は微笑んだ。
「戦わずして勝つ」
そして空を見た。
遠く東の空。
「菅野直」
静かに呟く。
「面白い男だ」
風が吹いた。
山の霧が流れる。
孔明は羽扇を閉じた。
「三国は今」
「均衡している」
張飛が言う。
「いつまで続く?」
孔明は答えなかった。
ただ空を見ていた。
そこにはまだ翼はない。
だがいずれ。
戦争は再び始まる。
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長江の空。
夕日が川を赤く染めていた。
菅野は滑空機に乗り込み、空へ飛び立った。
静かな滑空。
風の音だけが聞こえる。
高く、高く上がる。
やがて長江が小さく見えた。
世界が広がる。
菅野は呟いた。
「いい空だ」
遠く北。
魏。
西には蜀。
三つの国。
三つの戦争。
だが空は一つだった。
菅野は操縦桿を軽く動かす。
翼が夕焼けの中で光った。
「次は」
小さく笑う。
「もっとでかい戦いだ」
滑空機は、江東の空を静かに旋回した。
戦争は終わっていない。
むしろ――
**ここから始まるのだった。**




