第三章 北方の狂気、生体特攻の魏
北方の空は、灰色だった。
長江の南とは違う。
乾いた風が大地を吹き抜け、空は低く、重い。
巨大な軍営が広がっていた。
無数の旗。
鉄の鎧。
規律正しく並ぶ兵。
その中心に、一人の男が座っていた。
玉座ではない。
粗末な軍卓。
だが、その男がいるだけで周囲の空気は変わる。
覇王。
**曹操。**
彼は静かに地図を見ていた。
長江。
江東。
呉の領土。
その上に、黒い石が置かれている。
曹操はゆっくり言った。
「江東が騒がしいらしいな」
側に立つ将が答える。
「はい」
「孫策が急速に勢力を拡大しております」
曹操は目を細めた。
「孫策か」
その名の裏に、別の人物の影を感じていた。
直感だった。
「……妙だ」
その時だった。
天幕の奥から声がした。
「妙なのは当然でしょう」
静かな声。
冷たい知性を感じさせる声。
曹操が振り向く。
そこに立っていたのは、痩せた男だった。
鋭い目。
軍服のような整った装束。
曹操が言う。
「司馬懿」
男は一礼した。
「はい」
だが、その魂は別の人物だった。
**永田鉄山。**
日本陸軍の頭脳。
国家総力戦の理論家。
司馬懿は地図を見た。
「孫策の戦い方」
指で線を引く。
「突入、離脱、再突入」
曹操は頷く。
「知っているのか」
司馬懿は言った。
「空戦術です」
将軍たちが顔を見合わせる。
曹操だけが興味深そうに笑った。
「空?」
司馬懿は静かに答える。
「孫策は恐らく」
「**別の時代の軍人です**」
沈黙が落ちた。
曹操はしばらく考えた。
やがて笑う。
「面白い」
「ではこちらも呼ぶか」
曹操は言った。
「医者を」
天幕の奥から、別の男が現れた。
白衣のような服。
細い目。
その笑顔はどこか歪んでいる。
「お呼びでしょうか」
名は華陀。
だがその魂は――
**石井四郎。**
将軍たちが嫌な顔をした。
石井は笑っている。
曹操が言った。
「呉に妙な軍がいる」
石井は楽しそうに答える。
「ええ」
「聞いています」
机の上に瓶を置いた。
黒い液体。
「戦争は技術だけではありません」
瓶を振る。
「**人体も兵器になります**」
曹操は興味深そうに見る。
「ほう」
石井は言った。
「恐怖を消す薬」
「痛みを消す薬」
「疲労を消す薬」
将軍の一人が怒る。
「人を薬漬けにするのか!」
石井は微笑む。
「違います」
そして静かに言った。
「**兵器にするのです**」
その時、外で怒号が上がった。
兵士たちが叫んでいる。
曹操が眉をひそめた。
「何だ」
天幕が開く。
そこに立っていたのは、二人の男だった。
一人は小柄。
もう一人は学者風。
二人とも異様に落ち着いている。
石井が振り向く。
「やあ」
「来ましたか」
小柄な男が言った。
「やっと会えた」
その目は狂気に光っている。
名は――
**黒木博司。**
そして隣の男。
物理学者。
**仁科関夫。**
曹操が尋ねる。
「誰だ」
石井が嬉しそうに言う。
「仲間です」
黒木は笑った。
「私は面白い兵器を考えました」
地図を見つめる。
長江。
「船は大きすぎる」
「目立つ」
仁科が続けた。
「ならば」
「**水の中を行けばいい**」
将軍たちがざわめく。
黒木は言った。
「小さな船」
「人が一人乗る」
「爆薬を積む」
「敵艦に突っ込む」
沈黙。
曹操が呟いた。
「自爆か」
黒木は首を振る。
「違います」
そして笑った。
「**特攻です**」
石井が楽しそうに拍手した。
「いいですね」
司馬懿は冷静に聞いている。
「名前は?」
黒木は言った。
「回天」
長江を指差す。
「この川の底から」
「呉の艦隊を沈める」
曹操は立ち上がった。
外へ出る。
北の空を見る。
重い雲が流れている。
遠く、長江の向こう。
そこに孫策がいる。
曹操は小さく笑った。
「孫策」
そして呟く。
「空を使うなら」
背後の天幕を見る。
そこには
* 生体兵器
* 特攻兵器
* 国家総力戦
が揃っていた。
曹操の目が光る。
「こちらは」
「**人間を使おう**」
北の大地に、戦争の影が広がっていった。




