Memory 6「あの頃」
あの頃の放課後は、ちゃんと放課後だった。
チャイムが鳴ると、教室の空気が一段ゆるむ。
机が鳴って、椅子が擦れて、誰かの笑い声が跳ねる。
…まさか、こんなことになるとは。
その時の俺は、夢にも思っていなかった。
「っしゃー! 今日どこ寄る!? ゲーセン? コンビニ?」
鷹月涼は、もう鞄を肩に引っかけている。
考えるより先に身体が動くタイプだ。
そのすぐ後ろで、
SP002が、一歩だけ距離を取って立っていた。
何かを止めるわけでも、命令するわけでもない。
ただ、涼が廊下に飛び出そうとする瞬間、足元の段差を一瞬だけ視線で示す。
「おっと」
涼はそれを見て、笑いながら跳ねるように避けた。
「サンキュー、今の!」
誰に言ったのかは分からない。
でもSP002は何も返さず、また静かに後ろに戻る。
それが『普通』だった。
「焦神、これで問題ないか」
伏見誠士が、揃えたプリント束を差し出す。
余計な言葉がない。視線もブレない。
伏見の斜め横には、
細身のSP003が、まるで背景みたいに立っていた。
教室の騒がしさから、
伏見の机周りだけが少しだけ静かに見える。
SP003は、
伏見の視界に入る情報だけを、自然に残しているようだった。
「うん、それでいい」
「了解」
それで会話は終わる。
一本道で、迷いがない。
「それ、意味が分からない」
神代紬の声が、少しだけ強く響く。
女子の輪の中……ではなく、
輪の『外縁』に、紬は立っていた。
その隣にいるSP004は、
紬と同じ方向を向いて、相手の言葉を静かに聞いている。
「『普通』って、どの基準の話?」
「え、普通は普通でしょ?」
そうクラスメイトに言われた時、SP004がほんの一瞬だけ手元の端末を操作し、紬の視線の先に短いテキストを投影する。
《この場の『普通』=慣習的表現》
紬はそれを見て、少しだけ表情を緩めた。
「……ああ、そういう意味なら分かる」
噛み合った瞬間だけ、会話は前に進む。
それでいい、とSP004は何も言わない。
「はーい、そこ揉めない!」
姫野あやめが、ぱっと間に入る。
明るい声。
でもその少し後ろで、SP005が感情ゲージのような表示を、
あやめにだけ見える位置に浮かべている。
《疲労:中 負荷:上昇中》
「はいはい、深呼吸ー!」
あやめは自分で言いながら、
一瞬だけ息を整えた。
空気を読む才能は、
削れやすい。
だからこそ、補助輪が必要なんだと、その時はまだ、俺は深く考えていなかった。
「ねえ焦神、これどっちだと思う?」
朱音八雲が、スマホを差し出してくる。
勢いがあって、でも目は少し不安定だ。
朱音の背後には、
SP006が、静かに立っている。
何かを決める前に、
朱音の感情の波だけを、淡く可視化して
「こっち。直感」
「……直感でいい?」
「いい」
朱音はそれで笑った。
SP006は、感情波が落ち着いたのを確認して、表示を消す。
落ちる自分も含めて、前に出る。
その再定義を、誰も口にしない。
そして、斑鳩セイヤ。
セイヤの隣には……
SPがいない。
少なくとも、見える位置には。
「遊火」
「ん?」
「お前さ、たまに『世界の外側』に立ってるみたいな顔するよな。」
「失礼だな」
「褒めてる」
セイヤは笑う。
笑いながら、教室全体を一度だけ見渡す。
その視線は、
誰かを見るためじゃない。
『見られているかどうか』を確かめるみたいだった。
(……なんだ、今の)
引っかかる。
でも言語化できない。
その頃の俺たちは、SPシリーズを『特別』だとは思っていなかった。
誰かの隣にいる。
何も主張しない。
能力を誇示しない。
ただ、その人が
落ちすぎないように
壊れすぎないように
支えているだけ。
能力の増幅器じゃない。
補助輪だ。
それが、この世界の『当たり前』だった。
「そういえばさ」
誰かが、軽いノリで言った。
「セイヤのSPって、どれ?」
セイヤは一瞬だけ間を置いて
笑った。
「縁がないんだよ、そういうの」
「えー、今どき?」
「珍しいでしょ。」
笑いが起きる。
話題は流れる。
でも俺だけが、
その『縁がない』って言葉の綺麗さに、妙な親近感を覚えていた。
その日の帰り道。
涼は走り、伏見はまっすぐ帰り、
紬は自分の速度で歩き、あやめは誰かを気にかけ、朱音は笑いながら揺れて、セイヤは俺の隣で笑っていた。
ただの放課後。
ただの日常。
…まさか、こんなことになるとは。
本当に、夢にも思っていなかった。
あの時の俺たちは、
『守られていた』ことにすら、気づいていなかった。
焦神《-ASEGAMI-》
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最終更新:2026/03/10




