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Memory3 「存在強度と練習試合」

一時間目のチャイムが鳴っても、教室の空気は落ち着かなかった。


そりゃそうだろう。

教卓の後ろ、一番後ろの列の窓側の席…


出席番号0番。

そこに、SP001が座っている。


「……本当に、いるんだよな」


授業中だってのに、つい後ろを振り返りたくなる。

ぐっと我慢して、ノートに視線を落とした。

黒板の前で、担任が単語帳をめくる。


「じゃあ、この単語の意味分かるやつー……SP001、答えてみろ。」


いきなりだ。


教室の視線が一斉に後ろに向く。


「はい。」


落ち着いた声。

SP001がすっと立ち上がる。


「『Existence』存在、実在、生活、という意味があります。この文脈では、『存在』が最適だと判断します。」


「「おお〜」」


ちょっとしたどよめき

担任は満足そうに頷いた。


「そうそう。お前ら、語彙力で負けんなよー。……って言いたいとこだけど、負けるなこれは。しゃーない。」


笑いで教室つつまれ、少しだけ和む。

俺は前を向いたまま、ペンをくるくる回していた。


Existence。


さっきまで黒板の隅に書いてあったその単語が別のもの…『存在の校庭《Existence Ground》』の光景と重なって見える。


あのひび割れた空。

ノイズに満ちた校庭。

記録喰い(レコードイーター)


そして…


「自分の存在を、守るか、手放すか。」


SP001の声


「……遊火?」


隣から、小さな声が飛んできた。


「ん」


「ノート、止まってるぞ」


涼が、ボールペンの先で俺のノートをつつく。


「また変なこと考えてただろ。0番のこととか?」


「……まあな」


否定はできなかった。


休み時間。


人の波が一気に教室の後ろに押し寄せていた。


「なぁ、SP001ってさ、給食食うの?」

「0番くん、好きです!」

「電気で動いてんの?」

「スマホと連携したらテストの点上がる?」


質問攻め。


SP001は、その全てに、落ち着いた声で答えていた。


「飲食は不要です。ただし、疑似的な味覚データの取得は可能です。」

「好意は受け止めます。」

「主電源は内蔵バッテリーと、クロナールパトロール社管理サーバーからのワイヤレス給電です。」

「テストの解答を不正に提供することは、プロトコル違反です。」


淡々と、でも拒絶しすぎない距離感で。

妙に慣れてるようにすら見える。


「遊火ぃ、見に行かねえの?」


涼が椅子の上で振り向いてくる。


「いや、いい。」


「なんでだよ。新しいSPだぞ、ちょっとはテンション上がれよ!」


「テンション上がる立場じゃねえし。」


「は?」


「なんでもねえよ」


視線を窓の外に逃がす。


SPシリーズは、本来上の世界のオモチャだ。ゲノモで買えるやつ。

俺とは縁遠いはずの存在。


なのに、そのSPが今は、教室の一番後ろで、当たり前みたいな顔をして座っている。


……俺を、監視するために。


「焦神さん。」


背後から、自分の名前を呼ぶ声がした。

振り向くと、SP001がそこに立っていた。

周囲のクラスメイトたちは、いつの間にか別の話題に移っている。


「なんだよ」


「少し、お時間をいただけますか」


「は?」


少し小声で喋りかけてくる


「放課後。五分で構いません。

 焦神さんの『存在強度《Existence Strength》』について、説明が必要です。」


「……存在、強度?」


聞き慣れない単語に眉をひそめる。


SP001はこくりと頷いた。


「はい。昨日の記録喰いとの戦闘ログから、いくつか異常値が検出されました。このままでは、次回の接触時に、焦神さんのほうが危険です。」


「次回って、また来んのかよ、あれ…」


「高確率で再出現します。」


さらっと言いやがる。


「……分かったよ。放課後な」


「ありがとうございます。」


SP001は短く会釈すると、また自分の席に戻っていった。


胸の奥で、またあの針のような違和感がちくりと刺さる。


存在強度。

異常値。

危険。


どの言葉も、ろくな未来には繋がらなそうだ。


放課後、校舎の上階は静かだった。


部活動の掛け声も、下のフロアから遠くに聞こえるだけ。


「……で、なんで屋上なんだよ」


鍵の開いた扉を押し開ける。

古い校舎の屋上は、想像通り、少し錆びたフェンスと、風と、夕焼けがあるだけだった。


SP001はすでにそこにいた。

フェンスの前に立ち、校庭を見下ろしている。


「人目が少なく、かつ、存在の校庭と重なりやすい構造だからです。」


「その重なりやすいってのが怖えんだよ。」


扉を閉めて、SP001の隣に立つ。


下を覗き込むと、グラウンドでサッカー部がボールを蹴っている。

さっきまで普通の放課後だった世界。


「では、始めます。」


SP001がそう言った瞬間…


世界が、静止した。


風の音が消え、部活の掛け声が途切れる。

夕焼けの色が、少しずつ、深く沈んでいく。


空に、黒い線が走った。


ヒビのような、亀裂のような、あの嫌なノイズ。


「……っ。」


周囲の景色が、じわりと溶けて、塗り替わっていく。


さっきまでの屋上は、確かにここにあるのに……

空気だけが、別物になっていく。


音のない風。

色だけが濃くなった夕焼け。

遠くで、黒い靄がゆらぎ始める。


存在の校庭


「今回は、訓練モードです。」


SP001が言う。


「この記録喰い(レコードイーター)は、実個体ではなく、模擬投影体。焦神さんを殺す意図はありません。」


「意図はありませんって言い方やめろ…」

「ゼロリスクとは言えませんので。」


真顔で言うな。


「説明を始めます。

 EMSバトル《Existence Mind System》について。」


SP001が右手を軽く上げる。


その瞬間、俺の視界の端に、半透明の何かが浮かび上がった。


三つのゲージ。

三方向に伸びる、簡易的なグラフのようなもの。


「なに、これ?」


「焦神さんの内面リソースを簡略表示したディスプレイです。」


「日本語で言え。」


「心の状態を写した画面です。」


「要約しすぎて、余計ややこしくなった気がするんだが。」


SP001は、三つのゲージを指さした。


「左から順に、記憶(メモリー)《MEM》、感情(エモーション)《EMO》、思考(シンク)《THK》」


表示がそれに合わせて光る。


「EMSバトルでは、この三つをリソースとして使用します。

記憶は『どんな経験を持っているか』、感情は『どれだけ強く揺れているか』、思考は『それをどう扱うか』」


「ゲームみたいに言うなよ」


「実際、ゲームとして設計されている部分もあります。」


SP001は淡々と続ける。


「クロナールパトロール社のごく限られた部署は、記録喰いとの接触を『データ収集の機会』として利用しています。そのために開発されたのが、EMSバトルです。」


「……人が消えるかもしれねえのに、ゲーム扱いかよ。」


胸の奥がざらつく。


「ゲームだと認識してもらったほうが、恐怖で思考停止するリスクは下がります。」


「それは……まあ、分かるけどよ。」


俺はディスプレイを睨む。


MEM

EMO

THK


どれもよく分からない数値で表示されている。

ただ、ひとつ……


「これ、なんで『空白』があるんだ?」


MEMのゲージが、所々かなり抜け落ちているように見えた。


SP001は、少しだけ表情を曇らせたように見えた。


「それが、焦神さんの『記録の空白領域』です。」


「空白、ね。」


「通常の人間の記憶なら、多少の抜けや曖昧さはあっても、ここまでにはなりません。あなたの場合、『誰か』や『何か』に関する連続した記録が、所々丸ごと欠落しています。それも異常なまでに。」


誰か…何か…


その言葉に、胸の奥がチクリとした。


幼い日の校庭。

誰かに名前を呼ばれて、笑っている自分…

なのに、それがぼやけて見えない。


「……それが異常値か。」


「はい。記録喰い(レコードイーター)は、その空白に異常なまでに惹き寄せられてます。

 『欠けている記録』は、『食べやすい欠片』として認識されるためです。」


「便利な体質だな、おい。」


吐き捨てるように言うと、SP001は首を横に振った。


「欠けているからこそ、武器にもなります。」


「武器?」


「空白は、上書きしやすいですから。」


SP001が、指先で空間をなぞる。


ディスプレイ空白の部分に、小さな光が灯った。


「記録喰いは、存在を『食べる』ことで世界を書き換えます。ですが、焦神さんのように『もともと空白がある存在』は、その穴を『自分の意志で埋める』ことで、逆に世界に干渉することが可能です。」


「……よく分からねえ。」


「簡単に言うと、こうです。」


SP001が一歩、俺の前に出る。


「次に記録喰いが来たら……焦神さんは『奪われる側』ではなく、『殴り返す側』になれる可能性があります。」


「殴り返す、ね…」


その言葉だけは、妙にしっくりきた。


「で、その『練習』が、これからってわけか。」


「はい。」


SP001が、遠くの空を見上げる。


黒い靄が、ゆっくりと形を変え始めていた。


さっきまでの記録喰いより、小さい。

人影のような、ほとんど輪郭だけの存在。


「模擬投影体とはいえ、危険はゼロではありません。ですが、ここで一度『意図して記憶を使う』感覚を掴んでおかないと、次の本番で対応できません。」


「……分かった。」


息を吐く。

逃げる選択肢は、もうとっくに自分で捨ててる。

昨日、『俺は俺を忘れたくねえ』って叫んだ時点で。


「どうすりゃいい?」


「まず、ひとつの記憶を選んでください。嫌でもいい。嬉しくてもいい。今の焦神さんを、一番揺らすものを…。」


「……一番、揺らすやつ…」


目を閉じる。


浮かんできたのは、情けないほど日常的な光景だった。


六畳一間の部屋。

安物の机。

一人分の食器。


静かすぎる夜。


「……一人暮らし、始めた日の夜だな。」


「内容を、もう少し詳しく教えてください。」


「うるせえな!恥ずかしいだろっ…」


「感情の強度を計測する必要があります。」


ため息をついて、言葉を継ぐ。


「引っ越し終わって、荷物も片付けて、やっと一息ついてさ。ふと気づいたら、部屋が静かすぎて。『あ、本当に一人なんだな』って思った瞬間があった。」


指先が、じわりと湿る。


「その時さ、『自由だ』って思ったのと同時に、『誰も見てないんだ』って、変な怖さがあって……笑うのも、泣くのも、怒るのも、全部『自分の勝手』になっちまった気がした。」


言いながら、胸の奥がじくじくと熱くなる。


「それが、今も一番揺れる記憶ですね?」


SP001の声が少しだけ柔らかかった気がする。

気のせいかもしれない。


「そうだよ。」


「……十分です。」


ディスプレイのEMOゲージが、一気に跳ね上がる。

MEMも、THKも反応する。


「その感情を、そのまま拳にしてください」


「拳?」


「はい。『誰も見ていないからどうでもいい』という諦めと、『それでも誰かに見てほしい』という願望。両方を、そのまま殴る力に変換します。」


「……そんな都合よくいくかよ。」


「昨日、あなたはそれをやりました。」


言葉に詰まる。


(俺は……俺を、忘れたくねえ!)


あの瞬間。


あれは、確かに殴るための言葉だった。


「来ます。」


SP001の声で、目を開ける。

黒い影が、こちらに向かって滑るように近づいてくる。

輪郭だけの、人型のノイズ。

腹の底が、ひゅっと冷たくなる。


「大丈夫です。模擬体です。本体に比べれば、脅威度は低い個体です。」


「『低い』ってのは、『痛くない』じゃねえんだよな。」


「はい」


(正直でよろしい)


左手を握る。

右手も握る。


誰も見てない。

だけど、本当は……誰かに見ててほしかった。


それでも、一人分だけは守りてえ。

自分の“存在”くらい、自分で持っていたい。

胸の奥のぐちゃぐちゃを、そのまま拳に押し込むイメージをする。


ディスプレイのEMOゲージが、限界近くまで跳ね上がった。


「今です。」


SP001の声と同時に、一歩踏み込む。


足元の床が、柔らかい。

屋上のコンクリじゃない。

存在の校庭の、あの不確かな地面。


振りかぶって、そのまま影に拳を叩き込む。

……手応えは、意外なほど、ちゃんとあった。

ゴン、と硬いものを殴ったような感触。

同時に、胸の奥のもやもやが、少しだけ形を変えて散った。


黒い影が、砕けるようにノイズになって消えていく。


静寂。


ディスプレイのゲージが、ゆっくりと収束していく。


「……やった、のか?」


「はい、模擬投影体の消滅を確認しました。」


SP001が、いつもの無表情で頷く。


「どうですか?今の感覚。」


「最悪だよ。」


正直に答える。


「自分の情けないところとか、全部引っ張り出されて、それを殴る力にしろって言われてるみたいで、ムカつくし、恥ずかしいし、気持ち悪い。」


「正しい感想です。」


「正しいんかよっ!」


思わず笑ってしまう。


SP001は、少しだけ目を細めたように見えた。


「でも、その『最悪な感情』は、あなたのものです。記録喰い(レコードイーター)に食べられる前に、『自分の意思で使う』ことができます。」


「……奪われる前に、殴る…。」


「はい。」


世界が、ゆっくりと色を変え始める。

夕焼けが元の明るさを取り戻し、

風の音が戻る。


屋上のフェンス。

遠くから聞こえる部活の声。

見慣れた放課後。


存在の校庭は、静かに幕を下ろしていた。


「焦神さん。」


隣で、SP001が俺の名前を呼ぶ。


「あなたの存在強度は、平均より低く見えます。しかし、それは『欠けているから』ではなく、『まだ使っていない領域が多いから』です。」


「……言い方ひとつで全然違うな、それ…」


「事実です。」


SP001は、真っ直ぐ俺を見る。


「次に本物の記録喰いが来たとき。今みたいに、自分で選んで殴れる準備をしておいてください。」


「お前は?」


「私は、そのための『道具(ツール)』です。」


一瞬、胸がチクリとした。


道具(ツール)、ね…。」


「はい。焦神さんが自分の存在を守ると決めた以上、私はその選択を補助する役割を果たします。」


「……勝手なことばっかしてんのに、真面目なこと言いやがって。」


「勝手なこと、とは?」


「空いてた空席スロット、再利用したやつのことだよ。」


「最適化です。」


即答。


思わず、吹き出した。


「……まあいいや。」


フェンスに寄りかかり、空を見上げる。


まだ、全然分からないことだらけだ。

記録喰いも、記録の空白も、SP001も。


でも……

昨日より少しだけ、殴り返せる気がする自分がいる。


「なあ、SP001」


「はい。」


「次、本物が来たときさ…」


風が吹く。

屋上の鉄の匂いと、夕焼けの色が混ざる。


「俺がビビって動けなくなったら、その時だけは……思いっきり、背中蹴っ飛ばしてくれ。」


「蹴る必要はありません。」


少しの沈黙


「プロトコル上、腕を引く程度で十分だと判断します。」


「そういうことじゃねえよ!」


思わずツッこんでしまった。

SP001は、少しだけ考えるように間を置いてから、言った。


「分かりました。その場合は、全力で、あなたを前に出します。」


「……ああ。頼んだ。」


俺は、握った拳を一度だけ見つめる。


自分の存在を、守るか、手放すか。


昨日の問いに、もう一度、同じ答えを重ねる。


……守る。


たとえ最悪な感情ごとでも、殴る力に変えて、生き残る。


存在の校庭は消えても

あのディスプレイの三本のゲージは、まだ胸の奥で微かに光っている気がした。

焦神《-ASEGAMI-》

の未管理著作物裁定制度の意思表示について


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本作(焦神《-ASEGAMI-》)は作者の療養・創作目的で執筆しています。


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本人確認方式や運用が変更される可能性があるため、状況を確認しつつ必要が生じた場合に検討します。

※本方針は予告なく更新する場合があります。最新版は本活動記録(または最新話の後書き)をご確認ください。


本記事が最新の意思表示です

(変更時は活動報告で告知します。)


最終更新:2026/03/3

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