◇第七話 後ろにいるのは ③
そして、本城にある近衛騎士団騎士団長執務室に辿り着いた。
……辿り着いて、しまった。私はこれからここに入らないといけないんだけど……これは魔王城の扉か? ごぉぉぉ、と効果音が聞こえてくるのだが。
それについさっき見えた、この扉から出てきた人たちの顔。何やら恐ろしいものでも見たかのような青ざめた顔をしていた。
あぁ、今すぐにでも帰りたい。けれど、これを持って戻った時に団長がいたら? 鬼と魔王どっちがいい? ……選べん。でも、あとで怖いのは嫌だな。
意を決して、魔王城の扉をノックした。
「――ふざけるのも大概にしろ」
「ヒッ……」
ノックした後にそんなドスの利いた声と小さな叫び声が聞こえてきた。一体中で何が起こっているのだろうか。いや、さすがに剣は飛んでこないだろうけれど……命の保証は、あるだろうか……?
けれど、その後聞こえてきた魔王の「入れ」の声。これを言われてしまえば入らねばならない。殺されるのはごめんだ。とりあえず、ドアを開けて一歩入った。
「……失礼します。第三騎士団所属テレシア・マーフィスです。デカルド団長より書類をお届けに参りました」
この部屋の主である近衛騎士団長が座る席の前に、二人立っている。私は歩き出してその隣に立ったが……震えあがってる。顔も青ざめているし。あの制服は、どこの部署だろう?
「卿に伝えろ。これ以上は待たない、と」
「はっはいっ!」
「しっ失礼しますっ!」
そう言い残してそそくさと逃げていった。私を置いていかないで、と言いたいところではあるけれど……魔王からにじみ出るオーラが恐ろしい。
さっきの声は、まるで鋭い矢が飛んできたような気分だった。本当に鋭かった。そんなものが私の心臓を突き刺したら一発であの世行きだ。それはさすがに避けたい。
「で」
「はっはいっ! こちらですっ!」
そこで待っていろ、と言いつつ全くこちらを見ない彼は、私が机に置いた資料を手に取りパラパラとめくり始めた。
渡せば帰れると思ったのに待っていろと言われてしまえばここに立っている事しか出来ない。入った瞬間から冷気を感じてしまって寒すぎる。早くここから立ち去りたい。
けれど、ここにいた他の人達が知らず知らずに居なくなってる。もしかして、私を置いて逃げたか。
「……あぁ、確認した。この件に関しては許可するとデカルド団長に伝えてくれ。……いや、私の方から伝えておく」
「はいっ! では失礼いたしますっ!」
身体をくるっと180度回転させ、速足ですぐに立ち去ろうとした。さっさとここを離れて警備に戻ろう。きっと先輩達がお待ちかねだ。
そう思っていたのに、おかしい。足が止まってしまった。いや、止められてしまった。後ろに、引き寄せられてしまったからだ。まるで昨日と同じように、後ろから手が伸びてきて、私を抱きしめる。
昨日感じたような匂いと、背中に来る温かさを感じた。
「身体は大丈夫か」
先ほどの、椅子に座っていたはずの方の囁き声。冷たく鋭いもののはずだったのに、今はとても柔らかく、それでいて……甘く感じる。そんなはずは、ない。そのはずなのに、おかしい。
気が付けば、先ほどまでの冷たく重い空気も消えてしまっていた。
おかしい、今後ろにいる方は一体誰だろうか。
「……ダイジョブ、デス」
「そうか、それはよかった。昨日は悪かった、仕事とはいえ何も言わず出ていってしまって」
後ろを振り向けば確認が出来る。けれど、怖くて振り向けない。さっきまでの近衛騎士団長様を思い出すと、ギャップがありすぎて向けるに向けられない。
本当に、ご本人でお間違いは、ないのだろうか。
「可愛い寝顔だったから、起こすのが忍びなかったんだ」
可愛い、だなんて言葉が出てきてつい驚いてしまった。悪魔の近衛騎士団長様の口から出てくるなんて想像が出来ない。私の知る近衛騎士団長は、冷血無慈悲で、その眼光で人一人殺してしまえるほどの悪魔のはずだった。
もしかして、この方は別人なのだろうか。
けれど、一昨日は……何度も、何度もその言葉を囁かれた。女子寮にある、私の部屋で。……ベッドの上で。
そう思うと、顔が火照りそうになる。
「明日、狩猟任務に行ってくるんだろう。気を付けて」
「ア、ハイ……」
戸惑いの中、心拍数がどんどん上昇していく心臓の音を聞くしか出来なかった。鎮めようにも、鎮められない。彼に聞かれてしまうのではないかと思うと、焦りが出る。
どうしたらいいのか分からず混乱している中、いきなり後ろを向かされた。そして、キスを一つ。今までとは全く違う、軽いキスだった。
目が合わせられず右側に泳がせてしまう。心臓が煩い、顔が熱い。どうしたらいいか、分からない。
それに、仕事中のはずなのにこんな事してしまっている事への危機感と恥ずかしさが襲ってくる。ここは近衛騎士団長様の執務室。誰か来てしまったら大変なことになる。そうなってしまえばもう私はクビ確定なのでは……?
「職場とはいえ離れがたいが……仕方ないな」
そう一言言って手を離してくれた。その瞬間我に返り、お辞儀と「失礼しますっ!!」の一言を残してこの部屋を離脱した。
流石に職場でキスとか……は、恥ずかしすぎる。顔が火照りすぎて、中々冷めない。廊下には誰もいないことを確認すると安堵し、パタパタと手で顔を扇いだ。交代する先輩達が待ってるのに、もたもたしていられない。
何とか顔の火照りを沈めても、頭から彼の声が消えず周りからヒソヒソと話すご令嬢達の話は全く耳に入らなかった。それを振り切らないと、と内心焦りつつも速足で持ち場に急いだ。
持ち場には、一緒に待機する事になっているガストン先輩もいて、私が何かあったのか知っているからか同情の目を向けてきた。だったら先輩が行けばよかったじゃないですかと言いたいところだけれど、脳内はそれどころじゃない。
魔王城での事件を頭の中から追い出すのに必死なのだから。
「お前、大丈夫か?」
「……恐ろしい魔王に殺されそうになりました」
としか、言えなかった。平常心を保つ事がここまでして難しい事なのかと今だいぶ痛感した。これは、一瞬でも顔に出してしまったら大変なことになる。
「どんまい、これで一つ成長したな」
「……どこがどう成長するんです」
心臓はち切れるかと思ったのに。死ぬかと思ったのに。先輩方は私を生贄か何かだと思ってるのだろうか。本当に酷い先輩達だ。




