◇第六話 後ろにいるのは ②
……と、思っていたのだが。
「なぁテレシア、これ頼まれてくれないか?」
「何です? これ」
そう言ってきたのは、第三騎士団の副団長だ。
唐揚げ定食でお腹が満たされ、よし午後も頑張ろうと気合いを入れつつ第三騎師団の事務室前を通ったら……「おっテレシア!」と副団長に捕まった。
事務室の中は何やらがやがや群がって話してるなと思ったら、副団長が私の前に分厚く大きな封筒を。ついいつもの癖で取ってしまったけれど、これは何かの資料だろうか。結構分厚いな。
一体これは、何の資料だ。恐ろしいものが入っているような……そんな気がするのは私の気のせいだろうか。
「これを近衛騎士団長の執務室に持っていってほしいんだ」
近衛騎士団長執務室。その言葉に、つい耳を疑ってしまった。
「……はぁ!?」
「お前これからまた警備だろ。ついでに寄ってくれればいいからさ」
「ついでって何ですか! ついでって! 副団長が行けばいいじゃないですか!」
「俺は忙しいんだ」
何が忙しいんだ。ちらり、と副団長の向こう側にいる先輩達に視線を向けると、全員が目を逸らした。なるほど、誰も行きたがらなかったから私に押し付けたという事か。分かりやすすぎるな。
受け取ってしまったけれど、さすがに近衛騎士団長様のところには行きたくない。どうしてこのタイミングなんだと疑いそうだ。もしかして、何か気付かれた? それはそれで最悪なんだが。
「テレシア、副団長この前近衛騎士団の団長に睨まれたばっかなんだと」
「え……」
「おい、煩いぞ」
なるほど、一体どうして睨まれたのか聞きたいところではあるけれど、私これから警備だからこんなところでもたもたしていられない。このままでは私達と交代する事になっている先輩達に遅いぞと言われてしまう。
「酷い先輩方ですね」
「ほら、可愛い後輩には時に心を鬼にしてやらないといけないだろ? それだよそれ」
本当は自分が行きたくないだけなのに? まぁ、相手は悪魔なのだから行きたがらないのは分かるが。
はいよろしく、と強引に送り出されてしまった。今までは、近衛騎士団長に書類を持っていくなんて重要な事を任せてもらえる事はなかった。こういう時は大体中身が重要なものばかりだから。
それだけ私が成長出来たという事なんだろうけれど……ニコニコと見てくる先輩方に、殺意まで湧いてくる。
マジかぁ……
鉛のような身体の重さを感じつつ、近衛騎士団の団長がいるであろう執務室に向かった。これを早く持っていかなきゃ怒られるんじゃないか、という恐怖心を抱きながら。
けれど、それだけじゃない。近衛騎士団長様とは、今まで2回も顔を合わせている。話もしている。その時の彼の様子と私が聞いている噂が全然違うから、だいぶ混乱している。一体何がどうなっているのか、全くもってよく分からない。いや、彼自身がよく分からないから仕方ないのだけれど……
とにかく、冷や汗が止まらない。この資料を手汗でびっしょりにしないように気を付けつつ、東棟を出た。
近衛騎士団の執務室は、騎士団が集まる東棟とは違い本城にある。国王陛下や王妃殿下、王太子殿下がいらっしゃる建物だ。
そのため当然の事、人が多い。使用人はもちろん、貴族のご当主や、夫人やご令嬢もいらっしゃる。ここの後宮の庭園でお茶会をする者達が多いからだ。あそこはお金さえ支払えば使わせてもらえる。だから見栄を張るご夫人やご令嬢達がよくそこを使用している。
「あら、マーフィス嬢ではなくて?」
当然、私を知っている同い年のご令嬢達もいる。
私に話しかけたのは、私と同じくらいの歳頃のご令嬢3人。騎士団の制服を着ている私と違って、煌びやかなドレスを身にまとっているおしとやかな方達だ。
この3人は会うたびに私に話しかけてくるから面倒な事この上ない。楽しく三人で喋っていればいいものを。
「ダメでしょう、話しかけちゃ。今マーフィス嬢は婚約が破棄されたばっかりなんだから。きっと心が傷付いてるはずだわ。そっとしてあげなきゃ」
いや、全く傷はついていないが。
「まぁ、それは申し訳なかったわ。ごめんなさいね」
謝る事は一切ございませんが。
「いえ、お構いなく」
……申し訳ないが、ご令嬢やさっきの第二騎士団員達が言うように婚約破棄をして心が傷つくとか、そういう事は一切ない。仕事に追われてしまっていたから、パーティーやお茶会に同行出来ず元婚約者には申し訳なかったなと1mmくらいは思っているけれど。
でも、元婚約者の為にようやく時間を作ったというのに、愚痴を聞かされるのはどうしたものかと思うが。アイツの口からは愚痴しか出ないのかと心配するほどだった。
まぁ、婚約破棄となってしまって困る事といえば、お父様が婚約破棄を聞いてどう動くか。これが一番恐ろしいだけだ。
「あら、それって、もしかしてお遣いではなくて? 女性ですからそれくらいの仕事しか任せられないのかしら。騎士団の方々は大変ですこと」
彼女達の目は、私の抱える大きな封筒に。このご令嬢達はそんなに私が騎士団にいる事が嫌らしい。まぁ、騎士団にいて一番下の爵位である男爵家の令嬢だから、格好のエサになる事は分かる。とはいえ、私としては別にそんな事を言われたとしてもどうってことない。
それよりも、他のレパートリーはないのだろうか。毎回毎回同じような嫌味ばっかりだと飽きるのだが。確かこの前は、婚約者とパーティーなどに顔を出さないからきっと婚約者に見放されるわとクスクス笑っていたけれど……おこちゃま達に呆れてそのまま流したんだっけ。
とはいえ、結局そうなったけれども。
彼女達は楽しそうにクスクス笑いながら私を見ているけれど、きっとここにはお茶会か何かで呼ばれてきているのだろうからここで油を売っている暇はないのでは?
……これ以上この馬鹿げた猿芝居を続ければ、周りの使用人達に自分達の馬鹿さ加減をご披露する事になるだけだが? ここでいつも同じ話ばかりするのだから、自分達が恥ずかしい事をしていると気付くのはいつだろうか。あぁまたあの子達やってるよ、と思われているだろう。
けれど、自分達で気付かせる時間は全くない。こっちは暇じゃないんだ。
「ご令嬢ももうそんな年なんだから、そんなお遣いなんてしないで早く殿方を見つけないと。お仕事ばっかりしていたら独り身になってしまうでしょう? だから、そんなご令嬢の為にパーティーを開いてあげたいのだけれど……難しいかしら?」
「いえ、どうぞパーティーは皆様でお楽しみください。私は仕事が残っていますので失礼します」
「……えぇ、ごきげんよう」
はぁ、面倒くさい。実に面倒くさい。こんなやり取りをして一体どこが面白いのか理解に苦しむな。
ご令嬢は宝石にドレスを好み、そしてパーティーやお茶会で楽しく噂話をするのが当たり前だとよく言われる。けれど、それのどこがいいのか全く理解が出来ない。
『マーフィス嬢もそう思うわよね?』
『えっ、私は……』
『マーフィス嬢?』
『そうよね、マーフィス嬢?』
自分よりも上の女性達に、全て合わせる。ゴマすりをして、おだてて、空気を読みつつも自分の意見を隠し同意見にする。そんな事をデビュタントで体験し、私は嫌になった。
騎士団に入った理由は、これだ。建前として、実家が剣の家だから私も剣の道に進みたいと言っているけれど、本音は、こっち。
令嬢達と意味のないおままごとに付き合わされるのはもう懲り懲り。こんな布の無駄使いのようなドレスを着るのも息苦しい。騎士団の制服の方がだいぶマシだ。
ひそひそと周りから噂されても、どうってことない。




