◇第四話 白い騎士団服 ④
先輩達がぱらぱらと帰る中、私も内心焦りつつも事務室を出た。そして、東棟を出て王城敷地内にある女子寮へ急ぐ。
何故こんなに焦っているのか自分でも分からない。本人はああ言っていたけれど、どうせ来てるわけがないと分かっているのに。
「テレシア、お疲れ様。遅かったね」
女子寮に着くと寮母が偶然いて出迎えてくれた。彼女は私の祖母くらいの歳でとても柔らかい雰囲気の人だから、仕事終わりに話しかけてくれるとようやく仕事が終わったと気が抜ける。
けれど今日は、緊張感が走った。
「……ちょっと仕事が長引いちゃったんです」
「夕飯はちゃんと食べた?」
「はい」
でも、寮母は何も言ってこない。もし誰か来ていれば、寮母が一番最初に伝えてくれるはずなのに。
けれど、何かを言われるわけでもなく「じゃあゆっくり休んでね。おやすみなさい」と残して、そのまま行ってしまった。……やっぱり、来ていない?
それもそうだ、相手はエリートの近衛騎士団長。さすがにこんなところにまた来るなんて事、ないない。
安堵のため息を吐きつつ、私の部屋がある二階に向かって階段を登った。もうこんな時間だから足音はあまりたてないようにしないと。そして、鍵を開け、ゆっくりとドアを開けた。そして、中に入り閉めた時だった。
「はぁ、疲れ……」
気が付くのが、遅かった。
いきなり背後から抱きしめられてしまった。危うく口から声を出しそうになったけれど、ぐっと堪える。
全然、気が付かなかった。けれど、落ち着け私。今日も同じような事があったよね。
「遅かったな」
今日、倉庫で聞いたあの低めの声。
あの人だ。あの時、今日も来ると言っていた事を覚えている。本当に、来たんだ。けれど、鍵はちゃんとかかっていた。さっき確認したから確実だ。それなのにどうして、部屋の中に入っているんだろう……
いきなり電気が付き、そして後ろの方は耳元で囁いた。
「こんな時間まで仕事か? それともどこかに行っていたのか?」
酒の匂いはしないが、とのつぶやきについドキッとしてしまう。仕事が長引いただけで飲みに行っていない。ただ昨日の事を思い出してしまっただけだ。
「あ、の……どうして……」
「言っただろう、今夜来ると」
「そうでは、なく……」
「あぁ……さぁ、どうしてだと思う?」
「えっ……」
質問を質問で返され、戸惑ってしまった。どうして? そんな事、分かるわけがない。そもそも、この人の顔を見ていないのだから、確信していたとしてもはっきり分かってないんだから。
恐怖感はあったが、これはちゃんと確認しなくてはと勇気を振り絞って後ろに視線を、向けた。けれど……後悔した。すぐに視線を戻したけれど全く意味はない。
「あの、誠に、申し訳ございませんでした……あの、本当に、何でもしますのでクビだけは……」
この黒髪に赤い瞳はまさしく、近衛騎士団長、リアム・ロドリエス侯爵だ……終わった。
私はなんてことをしてしまったんだ。酔っぱらってエリート騎士団の騎士団長に手を出すなんて……馬鹿にも程がある。
けれどこれでクビになんてされたら、今田舎暮らしをしている怖いお父様になんと言われるかたまったもんじゃない。ただでさえ、婚約破棄されたっていうのに……
「そうだな……黙ってはおいてやろう。だが、何でもするという言葉は言わないほうがいい」
「ぇ……」
その言葉の後に、抱きしめていた手が離され、肩を引かれ振り向かされると……顔が迫ってきていた。そしてそのまま、唇が重なる。
いきなりの事に驚き、離れようとするも後頭部を抑えられてしまう。もう片方の手で身体を引き寄せられ、密着され身動きが取れない。口も離してもらえず、何度も角度を変え、まるで唇を溶かされてしまいそうだ。
口の隙間から声がこぼれる。離してもらいたくても何も伝わらず、キスがどんどん深くなっていく。
ようやく離してもらえた時には、頭が真っ白になっていた。なかなか、呼吸が整わない。身体の力が抜けしゃがみこみそうになったところを彼が支え、抱き上げてくる。
「腰を抜かしたのか。これでは持たないぞ」
そういえば、この人の顔、ちゃんと見た事がなかった。視界に入る彼は、整った顔に良く似合う黒の髪に、赤い瞳をしている。確か、このぎらつくほどの赤々とした瞳もあの噂の由縁に入っていると聞いた。まるで、悪魔のようだと。
確かに、悪魔のようだ。けれど、周りが思うような悪魔とは違うように見える。
けれど、一体どう違うのか考えている時間は全くなく、ベッドに降ろされ、彼が迫ってきて焦りと不安が襲い掛かってくる。
「明日は休みだろう。仕事で疲れているところ悪いが、あまり寝かせてやれない」
「ぁ……」
「――テレシア」
何故私のスケジュールを知っているのかを聞きたいところだったけれど、そんな余裕は全くなかった。
また、あのとろけるようなキスが始まった。




