◇最終話 侯爵家当主と男爵令嬢 ③
混乱していると、隣に立っていた団長様が私の肩をトントンと優しく叩いた。落ち着け、という事なのだろうか。
そして、陛下は何とも楽し気にこう仰った。
「お主の父方の曾祖母の妹の娘が私の乳母。それであるなら私の娘も一緒だろう?」
「……さよう、ですか……」
私の曾祖母、ひいおばあ様の妹の娘が国王陛下の乳母……とマーフィス家の家系図を思い出し辿ってみた。けれど……いやいやいや、全く娘じゃないから。そもそも乳母の時点で血なんて繋がっていないんだから。国王陛下の娘ですって? おこがましいにもほどがあるわっ!!
けれど、陛下方はクスクスと笑っていらっしゃる。なるほど、そういう事だったのか。
そういう事があって陛下とお父様は何となく近い存在だったという事ね……知らなかった。というより、先に言っておいてほしかったですお父様。でも王城騎士団の入団に渋っていたのはこれも理由に入っていた、とか……?
「テレシアよ、私は期待しているぞ。あのマーフィス男爵の血を受け継ぐ騎士なのだ。……期待を裏切らないでくれるな?」
先ほどまでは、冗談じみた事を言ってクスクスと笑っていたからか周りは戸惑いを見せていた。ざわざわとしていたのに、陛下の一言で、この会場の空気が一瞬にして重苦しくなった。
――期待を裏切るな。
この言葉は、恐ろしい言葉でもあり、そしてありがたい言葉でもある。
それは、絶対に騎士を辞めるな、という事。
陛下が直々にそうおっしゃったという事は、私が騎士をしている事に文句をつけるのであれば陛下が出てくるという事。これで、周りは下手に私を非難出来なくなる。
そして、私は陛下をがっかりさせないよう、日々精進していかないといけない。自分の失態で騎士を辞めざるを得なくなるような事態は、絶対に起こすことなく期待に応えなくてはいけない。
これは、言葉は悪いが足枷という事になる。恐らく、父を思ってのこの発言なんだと思う。
なら、私にとってこれは嬉しい事? 悲しい事?
答えは考えなくても出ている。
嬉しい事の一択だ。
期待されている。なら、相手は誰であってもその期待に応えるまで。騎士を辞めるな? 上等だ。いくらでも、辞めろと言われてでもこの道を踏み外すことなく、自分の求める先に進むのみだ。
それに、先ほどの話でお父様含め私もコネで騎士をしていると思う者達は増えただろう。けれど、陛下の先ほどの言葉でそれは間違いだということが証明された。王城騎士団に入団出来ないほどの実力であれば、こんな言葉をかけるなんて事はしないはずだから。
「必ずや、ご期待に添えるよう精進して参ります」
その言葉に、周りは戸惑いの色を見せた。
「あぁ。お主の活躍を楽しみにしている」
こんなことを女性に誓わせるなんて、と思ったことだろうが、私は喜んで誓う。
この言葉の先に、私がこうでありたい姿が待っているのではないかと思えたから。
小さい頃から見てきた、父の姿。それは歳を追うごとに憧れの姿に変わった。
その夢に、少しでも近づけるように。
「だそうよ、ロドリエス卿。確かに、侯爵家の夫人に相応しいわね」
「えぇ、私には勿体無いくらいです。さ、テレシア」
「……」
隣にいた団長様は、笑顔で私の左手の薬指に赤い宝石の指輪を収めた。このタイミングでの指輪は、絶対に逃がさないぞとでも言われているように感じる。けれど、私の性格をご存じらしく宝石は金属に埋め込まれている。これなら使いやすいだろうとでも思ったのだろう。
「だが、テレシアはこれでは満足しない事は十分に分かってるよ」
「えっ……」
次に出してきたのは、団長様が先ほどまで腰に差していた、剣だった。けれど、団長様の剣を一度貸していただいた私なら分かる。これは、団長様の剣じゃない。あれとは違って、細いし色も違う。黒くてシンプルな剣だ。
「これなら、今後の任務で剣を使う事になっても今まで以上に能力を発揮出来るはずだ。もし調節が必要なら言ってくれ」
「……」
団長様は、何でもお見通しだ。確かに、私は指輪なんかよりこちらの方が、何十倍も嬉しい。
剣を取ると、今まで使っていた剣より少し重く感じた。けれど、使いやすそうではある。団長様の剣を使わせてもらった時は、私達に支給されている騎士団用の剣より重く感じたけれど、女性の私では少し重いなと感じる程度だった。恐らく、今使っている剣は少し軽いのだと思う。
……まさか、それも見抜いてこれを用意した、とか? 私、団長様の前で剣を振るったのは一度だけのような気がするのだが。もしそうだったとしたら、さすがこの若さでずっと近衛騎士団長を務めあげている天才騎士様だ。
「初めてだ」
「え?」
「君の笑顔を見たのは。やはり、思った以上に綺麗だ」
団長様の前では、いつも戸惑ってばかりだった。確かに、笑った事はなかったかもしれない。けれど、そんなに私は今の顔は緩んでいるという事であれば、だいぶ恥ずかしい。剣をもらって顔が緩むなんて、子供か。
でもやっぱり嬉しいから、否定が出来ない。
「……こんなご令嬢は、嫌ですか?」
「まさか、私が求める理想的なご令嬢だよ」
つい呟くくらいの声量で質問してしまった。けれど、すぐさま最大級の嬉しい言葉で返ってきてしまい、目のやり場に困ってしまった。恥ずかしすぎて、直視が出来ない。
「……光栄です」
「テレシア?」
「ありがとうございます……リアム」
恥ずかしすぎて、茹りそうになる。こんな大衆の面前でこんな事をしてくるのだから、耐えられないに決まってる。
「おっと、もう限界かな? テレシアがこれ以上可愛くなる前に戻ったほうがいいかな。では国王陛下、王妃殿下。私達はこれで失礼いたします。此度の件は私の方でしっかりと処理いたしますのでご安心ください」
「あぁ、分かった」
「またね、テレシアさん」
とても楽し気なお二人に小さく頭を下げ、下がった。その下がる理由の方が恥ずかしすぎてもう全力疾走で会場を出たい気持ちになる。
けれど、早く会場から出てしまいたいと思う反面、この夢から目覚めたくないからまだこのままにという気持ちもある。
とはいえ、周りの目というものもあるわけで。だから団長様に手を取られつつ、一緒に会場を歩き扉を通った。
ようやく息が吸えたような気分だけれど、一体どうしてこうなったのか分からない。それに……まだ分からないことだらけでもある。
「あの、団……リアム」
つい、団長様が出てきそうになる。さっきは貴族達の前で言えたけれど、それでもやっぱりまだ恥ずかしい。さっきはよく言えたな、とまで思ってしまいそうだ。
対する団長様、リアムはとても上機嫌にこちらを見てくる。婚約を約束出来たから、なのだろうけれど……
「あ、あの、さっきの陛下と第三王女殿下の件を……聞いてもよろしいですか……?」
「テレシア」
「……教えてください」
「あぁ、いい子だ」
もう絶対に他人行儀な態度は取らせない、と顔に書かれているような気がするのは勘違いだろうか。まぁ、今周りには誰もいないからいいけれど……
「私と第三王女の結婚は、今結ばれている友好関係をより強固にするためのもの。だが、陛下はその気があればの話と仰った」
「はい」
「だが、テレシアはもう気が付いているだろう? テレシアが捕らえたあの犯人が、あちらの護衛騎士だったという事を」
ただの憶測でしかなかった。けれど、やっぱりそういう事だったのかと納得してしまった。確かに、隣国と違ってこちらは日差しが強い。それに、首都に来るまで数週間もかかった。となれば、ずっとあのヘルメットをかぶっていればあの形で日焼けはする。
それに、あの洗礼された太刀筋もそう。あれは、長年腕を磨き上げ経験を積んだ者が得られるものだ。お父様のご友人は、隣国の騎士団所属だったらしいから、もしかしたらと思っていた。
そして最後に、捕まえたあの犯人の取り調べに待ったをかけ引き渡せと言ってきた。
となると……
「自作、自演……」
「王女が王城内で狙われ、怪我はなかったとしても犯人を捕まえられなかった。となれば隣国側が苦情を出すつもりだったのだろう。だが、結果的にそうならなかった。その誤算はテレシアが捕まえてしまった事」
あ……私、ですか。でも、確かにそうだ。王城に侵入を許してしまった事はこちらの落ち度。けれど、王女に怪我もなく、それでいて犯人もすぐに牢屋に入れることが出来た。
それに、陛下のあの言葉。こちらはもうそれが自作自演だという事に気が付いていると伝えられてしまえば、強く非難する事が出来ないだけでなく、そちら側が非難される事になってしまった。
「先日の動物誘導煙もそうだ。あの事件でもし被害者が出て、なおかつその問題が解決出来ず長引いてしまえば、周辺諸国にその事実が流れてしまう。そして、その状態での来訪となれば支障が出る可能性もある」
「……この国は周辺諸国よりも軍事力を誇っているから、こんな事態を起こしてしまうとなると周りからの批判を受ける事になる」
「そう。となれば、隣国側は都合がいいと考えるだろう」
なるほど、そういう事か。だから、大前提であるならばという言葉が出てきたというわけか。
この国は、まぁ性格が悪い者達は多々いるものの、騎士団員の多さもそうだけれど実力のある者ばかりが揃っている。周辺諸国は、もし大問題が起こり戦争に発展させようにも軍事力で劣っているから強く出られないのだ。
だから、騎士団に必要な医療に力を入れるため今来訪なさっている隣国と友好関係を結んでいた。けれど、こうなってくるとどうなるだろうか心配ではある。
けれど、待てよ? 私、そういえばあの時第三王女殿下に呼ばれてあのお茶会に参加させられたんだっけ。その時は、女子会だからと王女本人が護衛達を外した。
あそこには近衛騎士団長もいた。けれど、暗殺とあっては他に暗殺者がいるか分からない以上王女から離れる事は出来ない。王女本人は、自分の近くにとどまってくれた方が確率的に一番いいと思ったのだろう。となれば……私は、舐められたのだろうか。
もしそうだとしたら……非常に腹が立つな。
「それもこれも、全てテレシアのおかげだよ」
「……えっ?」
「狩猟大会では死傷者はなく、外国人商人の確保も迅速に行われ、第二王子まで辿り着くことが出来ただけでなく、今回の来訪の件でも最悪の事態を回避出来た。全てテレシアの手柄だ」
「あ、いえ、私は……」
「テレシアの、おかげだ。現に、あの隣国が計画に選んだほどの実力のある王城騎士を怪我無くすぐ捕まえてしまったのだから。婚約者の私は誇らしいよ」
……嬉しいけれど、これにはいろいろと誤解がある。決して私だけの手柄というわけではないけれど、恐らくここで私が何を言ったとしても聞く耳を持たないのだと思う。
けれど……あの犯人を捕まえたのは私ではなく第一騎士団員達という報告のはずだったのに、何故私を? あ、まぁ、私が一番先に追いかけたけれど……
でも、それを信じてくれるのは、素直に嬉しい。
「さ、早く戻って婚約届にサインをしてしまおうか」
「……あの、気が早いのでは……?」
「テレシアの気が変わらぬうちにしてしまった方がいい。それに、周りが動き出す前に先手を打つのが一番いい」
それはつまり、第三王女殿下はもちろん我が国の貴族達の事も言ってらっしゃるのだろうか。長年近衛騎士団長を務めあげている彼が言うのだからそれが最善策という事になる。となると、大人しくサインをした方がいいはずだ。
さすが、近衛騎士団長。
……いや、今は、私の婚約者と言っていいと思う。
こんな下っ端の騎士団員で、底辺の男爵令嬢がおこがましいと思ってしまうけれど……もしこれが夢物語のような現実なのだとしたら、これからを描いてみたいと思う。
「さ、テレシアのお父上には何と伝えようか」
「……きっと喜ぶと思いますよ。相手をさっさと見つけろとだいぶ催促されましたから」
「そうか……陛下は首都近くまでいらっしゃっているとおっしゃっていたから、すぐにスケジュールを確認しておこう」
「あ、あの、ご無理は……」
「ん? 無理なんてものはないさ。私の最優先はテレシア。ただそれだけだ」
恐ろしい事を笑顔で言いつつ、軽いキスをしてきた。最優先は私ではなく陛下なのでは……?
とはいえ、こんな冗談を言うのはいつもの事ではないだろうか。
いつもの事だからこそ、なんだか幸せを感じる。
今までで一番の幸福感が自分の中で溢れているように感じる。
だから、この温かくて大きな手は、いつまでも、何があっても絶対に離したくないと思う。
令嬢であり騎士でもある私をちゃんと見てくれて、そして愛してくれる人だから――
最後までお付き合いいただきありがとうございました!
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