◇第三十七話 侯爵家当主と男爵令嬢 ②
団長様は私を連れて貴族達の群がる中に足を進めた。しっかりと手を握り、私の歩幅に合わせて歩く彼は紳士だが恐ろしい地獄に導く悪魔のような方でもあった。
楽しく会話をしている貴族達の間をすり抜けると、周りはざわざわと小さく騒ぎ出す。それもそうだ。あの悪魔の近衛騎士団長が、女性騎士の私と手を繋いで歩いているのだから。
きっと、他の先輩達だって会場の端で警備をしているのだから当然私達を見ている事だろう。後が怖いのもあるけれど、それ以上に怖いものが沢山あるのだからそんなものは後だ。
「陛下方の方へ行こうか」
「……」
この方は一体何を思っているのか恐ろしくて仕方ない。一体陛下方にどうご挨拶をなさるおつもりなのだろうか。団長様は何度も陛下方と顔を合わせているだろうけれど、私はつい最近狩猟大会でお話した程度。これも事前にお伝えしていただきたかった。
「ご機嫌麗しゅう、国王陛下、王妃殿下」
「ご機嫌麗しゅう……」
陛下と王妃殿下は会場に用意された椅子に座っていらっしゃる。少し離れた目の前に立つ私達に、一体何を思っただろうか。先ほどまでそばに立っていた近衛騎士団長と、会場の端で警備をしていたはずの王城騎士団員が仕事をせずに今目の前にいるなんて。
とても恐ろしくてならない。つい、視線を下ろしてしまう。
「あらまぁ、この前はドレスだったけれど、騎士団の正装もとっても似合っているわね。素敵だわ」
「……光栄です」
王妃殿下に視線を向けると、とてもにこやかだった。けれど、以前の血飛沫の付いたドレスでご挨拶した時は、本当に申し訳なかったと気まずくなる。
そして、恐る恐る視線を王妃殿下から国王陛下に移すと、つい素っ頓狂な顔をしてしまった。
何故、そんなにニコニコと笑っていらっしゃるのだろうか。
「いきなり席を外すと思いきや、彼女を連れてきたとは驚きだな。なぁ、近衛騎士団長?」
「私もそろそろ身を固めたいと思っていましたので、連れてまいりました」
「ほぉ、なるほど」
だいぶピリピリした会話ではあるけれど、陛下のにこやかな表情と、普段は全く見せないらしい近衛騎士団長の笑みに周りはざわざわとしているのが聞こえる。
そして私は冷や汗が止まらない。いつも鍛錬を怠らず続けているはずなのに、足が震え出している。ここから逃げ出したいとまで思ってしまった。
「女性としての美しさと騎士としての誇りを持つ素晴らしい女性は他にはいませんからね。ロドリエス侯爵家としても申し分ない女性です」
「ふむ……これではマーフィス男爵から文句が出る可能性があるが、私としては似合いと見える」
そんな国王陛下の発言に、つい耳を疑った。国王陛下が、私達二人がお似合いだとはっきりと口に出したからだ。しかも、今日、ここで。この会場に隣国の第三王女殿下がいるにもかかわらず。
お父様の件に関しては、新しいお相手が見つかったのだから逆に喜ばれるのではないかと思ってしまうが、それは黙っておこう。早く殿方を見つけろと脅し……うん、脅しの手紙を送る人なんだから。
「では、陛下方から公認していただいたという事でよろしいでしょうか」
「あぁ、もちろんだ」
「だ、そうだよテレシア」
公認? 陛下が、お認めになられた?
私は、底辺の男爵家の令嬢。王城騎士団の、第三騎士団団員。それなのに、お認めになられた?
そんな夢のような話が、あるのだろうか。
誠意を見せる。先ほど団長様ははっきりとそう言った。きっとこれが、団長様の言う誠意というものなのだろうけれど……これは、ずるいと思う。
きっと、私が気にしていた身分という壁を消すためにこんな手段を取ったのだろう。けれど……
これは、絶対に破棄の出来ない、周りは口出しの出来ない婚約だ。
ここまでやらなければ意味がない、と言っているようにも見える。なんと恐ろしい方なんだ、この人は。そんな方と婚約しても、大丈夫なのだろうか。いや、もう手遅れではある。
戸惑いと、あと尻込みしてしまい何と答えたらいのか分からなかった。むしろ、こんな私が応えてもいいのかとも考えてしまう。そんな私に、向き合うように立ってきた団長様。
「なら、婚約してくれるだろう?」
そうして、目の前に出してきたもの。それは……懐から出した小さな箱だった。これは、中身を確認しなくても何が入っているのか分かる。
ロドリエス侯爵家当主で、近衛騎士団長なのだから、こんな事をしていいはずがない。それなのに、誠意を見せると言い出してこんな事をしてきた。逆に私が心配してしまいそうになるけれど……
「……いいんですか、こんな事して」
「私は大真面目だよ」
陛下方や貴族の方々の前だという事を忘れるくらい、内心混乱状態ではある。だからつい……
「……呆れます」
「でも?」
こんな言葉しか私の口からは出てこなかった。けれど、恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだ。とはいえ、もうこの時点で全部見透かされている事は十分に分かっている。
いや、もうすでに全部、酷い出会い方をしてからずっと、全て見透かされていたのかもしれない。
「……嬉しい、です」
「そして?」
「……ください」
「はは、よろこんで」
本当に、この方はよく分かっていらっしゃる。私の両親より私の事を分かっているんじゃないかという危機感すら覚える。
けれど、その時だった。
「お待ちください」
ソプラノのような綺麗な声が、会場内に響いた。そして、国王陛下方の前に出てきた声の主は……つい数日前お話した、来日なさっている隣国の第三王女殿下だった。
あの時とは全く違う、明らかに怒りを露わにしている彼女の表情が私に向けられた。そして、国王陛下の方に向き直った。
「陛下、これでは話が違います。昨日、話し合いをなさったではないですか!」
昨日の話し合い、とは……ロドリエス侯爵と隣国第三王女との婚約の話だろうか。
話が違う、という事は、そういう事になる。
「我が国とこの国との友好関係をより強固とするための国際結婚、でしたでしょう。それなのに、これではこちらが困ります」
「……」
確かに、噂ではあったけれど私は先輩からそう聞いた。だから、こんな事をしてもいいのかと思っていた。
恐る恐る陛下に視線を送ると、何故か陛下が第三王女に向ける視線が……冷ややかなものに見えた。そして、それを向けられた彼女は、たじろいでいるように見える。
「だがそれは、そちらがその気であるならば、という事が大前提だ」
「っ……」
「そちらの国王は人選を見誤ったな。王族の血を引いているとはいえ、教育が足りなかったようだ。それであるなら、やはり我が国の軍事力を管理するロドリエス侯爵に見合う相手は〝テレシア〟であると見えるな」
こんなに緊張感が漂っていたのに、一瞬にしてぴたりと空気が止まった。今、陛下は〝テレシア〟と言った? 陛下が、テレシアと?
「そういえば、お主の兄はどうしたのだ?」
「そ、れは……我が国の国王陛下に、いち早く帰国するようにと……」
「ほぉ、一体何日ぶりの帰国なのだろうな」
「っ……」
「何故そこまで早く戻されたか、ご存じかな?」
だんだんと、王女殿下の顔色が悪くなってくる。ドレスのスカートを両手で握りしめ、カタカタと身体が震えている。
一体、今の会話の中で何が彼女をそこまで追い詰めたのだろうか。もしかして、あの潜入捜査で捕らえた外国人商人と王女殿下も関わりがあったのだろうか。
「そちらの国王に伝えよ。返事を楽しみに待っている、と」
「は、ぃ……」
今にも泣き出しそうな王女殿下は、失礼しますと下がりメイドに支えられ会場を出た。
状況を飲み込めていない周りの貴族達はざわざわと騒ぎ始めている。
そして、隣に立つ団長様は耳打ちで教えてくれた。
偶然ではありつつも、あの仮面舞踏会の主催者のスポンサーでもあった隣国の第二王子を見つける事が出来たことは手柄だったと。そして、お酒の件もそう。あれは一年前から全く出回らなくなったお酒であり、外国人商人がその件に関わっていたという事が分かった。
他にも証拠があったらしく、第二王子につながったようだ。
私があのお酒をもらったのは入団して一年目の頃。私とデカルド団長、そして女子寮の子達はだいぶありがたいものを飲んでしまっていたという事になるな。
だから私は手柄を立てたという事になったらしい。でも偶然が重なっただけなのだから、これが本当に手柄になるのかは分からない。けれど、褒められたのならありがたく受け取っておこう。
けれど、それよりも今の状況が全く飲み込めていない。
「テレシア、私の方からもマーフィス男爵に文を出そう。いや、もう首都の手前まで来ているやもしれないな」
「……」
「あらあら、陛下、テレシアさんが驚いていますわよ」
全く、本当に、全くもって何故陛下方が私をテレシアと呼んでいらっしゃるのかが全く分からず、何を言えばいいのか分からない。これはだいぶ失礼なことではあると自分でも十分理解しているけれど……一体どう答えたらいいのか分からない。
……何故?
次回、最終話。




